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第六話 神話の兆し

「故郷の星に、戦奴の情婦でもいたのか?」

 会話を聞いていたらしいネイダー大佐がそう言って、幹斗は苛立ちを感じながらも、返事をする。

「地球には、戦奴も奴隷もいない」


「それならばなぜ、その戦奴を気にかける?」

「俺からしたら、あんたらの感覚のが理解できない。どうして人をモノ扱いできるんだ?」

「お前は所属不明機を撃破した際、心を痛めたか? それと同じ理由だよ」


「全く違うと思うが。それに、この国は戦奴を廃止したんだろ? 倫理的に間違ってるからやめたんじゃないのか?」

「運用上の問題からだ。連中は素性のはっきりしない者が多いからな。スパイの温床になった」

「それなら他の国もやめるべきだな」


「廃止されることはないだろう。命を投げ出す兵はどんな役回りでも必要だからな。もし私に決定権があれば我が国でも復活させる」

「あんたに決定権がなくてよかったよ」

「私は戦奴のことは評価しているんだ。当て付けによこされた口だけ達者な屑共よりは、よほど役に立つからな」


〈前方に所属不明機!〉

「前方だと? 今日はやけに多いな。何機だ?」

〈四機です、大佐〉


「全隊、停止しろ。私が出る」

〈所属不明機のミサイル発射を確認!〉

「護衛機! 迎撃しろ!」


 ネイダー大佐が叫んだ直後、轟音が響いた。

 幹斗たちを乗せた車両は、横転すると、そのまま地面を滑っていく。

 完全に停止したのは、五秒ほど経ったあとだった。


「シュメル! 大丈夫か!?」

「私は……シュメルです。だから大丈夫です。でも、少し手が痛いです」

「見せてくれ」


 幹斗は、肩と腹部を固定した二本のベルトでどうにか姿勢を保ちながら、下側にあるシュメルの手を見る。

「折れてはなさそうだな」

「はい。折れると、もっと、痛いです」


「状況は?」

 ネイダー大佐は頭を押さえながら、通信機に向かって声を発した。

〈申し訳ございません。大佐の機体に直撃しました。胸部全壊、出撃は不可能です〉


「他に予備の機体は?」

〈もう一機は損傷の程度は確認できませんが、車両ごと炎上しているため、出撃は不可能なものと……〉

「くそっ! 護衛機は二機とも無事か?」


〈我々は無事です。大佐〉

「クシリナ! 合流まであとどれくらいだ?」

〈回収済みの機体を放棄しても、十数分は必要です〉


「放棄しろ。護衛機、十数分しのげるか?」

〈命にかえても〉

「よし。護衛機以外全員退避しろ。車両の近くは的だ」


 幹斗は、先に車両の上に出た兵士の腕を頼りに、体を持ち上げた。

 車両の枠に立って見上げた空は、赤く染まっている。


「シュメル、手を」

 シュメルの手を二本の腕で支えると、この星の重力が低いことを差し引いても、あまりに軽く持ち上がった。

 完全に引き上げたあと、幹斗は周囲を見渡す。


 載せられた車両ごと燃える中量型が一機と、胸部が破損した軽量型が一機、そして、無傷の無装甲機体が一機ある。

「一機、無事なのがあるじゃないか。ネイダー大佐、俺をあれに乗せてくれ」


「……いいだろう。動力はまだ残っていたな?」

 付近の兵士の一人が答える。

「はい、大佐。一時間以上はもつはずです」


「よし。見せてみろ来たりし者(ビジター)。街に侵攻した所属不明機を、お前がどうやって撃破したのかをな」

 幹斗は頷いて、ところどころ緑に染まった無装甲機へと走り寄る。

 仰向けの形で車両に載せられた機体のコクピットには、すぐに入ることができた。


 幹斗は機体を立ち上げることなく浮かせると、そのまま上昇した。

 機体の足が浮く高さまで昇ると、体勢を起こす。


〈無装甲機の不安定な重心で、随分と器用に操るじゃないか。慣れているな〉

 ネイダー大佐の声に、幹斗は短く答える。

〈まあな〉


〈護衛機のどちらか、ライフルを貸してやれ。おそらくお前たちより腕が良い〉

〈必要ない。武器ならもう持ってる〉

 幹斗は腰に装着された短刀を構える。


〈まさか、無装甲で近接戦をやる気か?〉

〈そのつもりだ。遠距離武器が必要になったら、拾うか奪うかする〉


 最初の敵機は、目前へと迫っていた。

 護衛機一機を左手に持った軽機関銃で牽制しながら、倒れこんだもう一機にとどめを刺そうとしている。


〈大佐、どうかご無事で!〉

 覚悟を決めたように叫んだ護衛機のパイロットに向け、幹斗は言う。

〈心配するな。間に合う〉


 護衛機の頭部に突き刺さるはずの直刀の剣は、直前で停止した。

 剣を持っていた敵機の胸部が、短刀によって貫かれたからだ。


 ――持っていくか。

 幹斗は撃破した機体の左手から、軽機関銃を奪う。


 残る三機は、同時に現れた。

 ミサイル発射装置を両肩に装着した重量型が一機と、中量型が二機だ。

 

 幹斗は軽機関銃を重量型に向け発射する。

 重量型の頑丈な装甲は、弾のほとんどを弾いている。

 残弾数は、まだかなりあるとはいえ、全弾命中させたとしても、装甲を破ることはできないだろう。

 

 しかし幹斗は、空中を移動しながら、トリガーを引き続ける。

 その理由は、誘爆を警戒させることで、ミサイルの発射を牽制するためだった。

 シュメルたちがいる後方へミサイルを到達させるわけにはいかない。


 飛び上がった中量型のブーストと重力が釣り合い、空中で停止した瞬間にあわせて、幹斗は短刀を突き立てる。

 仲間を撃破されて焦ったのか、もう一機の中量型もこちらへと向かってきた。

 撃破した機体から短刀を引き抜きながら、振り下ろされた片手剣を躱す。


 片手剣が完全に振り下ろされる前に、胸部を切り裂かれて、二機目の中量型が落下していった。

 幹斗の機体が接近すると、重量型のミサイル発射装置の蓋が開いた。

 幹斗はそれと同時に、発射し続けてきた軽機関銃を停止させる。


 ――あれじゃ、自殺と変わらないな。

 重量型の肩から飛び立った四つのミサイルは、回転しながら向かってくる無装甲機を捉えることはできなかった。

 幹斗はすでに後方へと通り過ぎたミサイルを、振り返ることなく軽機関銃ですべて撃ち落とす。


 直後に、重量型の表面がボロボロの胸部を短刀が突く。

 緑の雨が降って、砂漠が緑化された。

〈四機撃破完了だ〉


〈……クシリナ、見ていたか?〉

〈何をでしょうか? 大佐〉

〈その反応は、見ていなかったようだな。……お前もいつか、目にするはずだ。神話が再現するところをな〉


〈大佐がそこまで仰るとは、よほどのもののようですね〉

〈ああ。訓練でこの手の発想をする阿呆は見たことがあるが、戦場で見るのは初めてだ〉


 幹斗は機体を降りると、青銀色を探す。

 やがて岩の横にその色の髪を見つけて、駈け出した。


「シュメル、無事か?」

「大丈夫です。私は、シュメルですから」


 たどたどしい口調と、内容のアンバランスさに、幹斗は笑う。

 直後に一瞬だけ硬直した肩を見て、自分が無意識にシュメルの頭に手を置いていたことに気がついた。

 

「ああ、悪い。嫌だよな」

 緑色の瞳が、まっすぐこちらを見ている。

「嫌……じゃないです」


 幹斗の開きかけた口を一時的に閉ざしたのは、ネイダー大佐の声だった。

「お前は、その娘をどうしたい?」

「どうしたいというか、自由に生きてほしい。誰かにモノ扱いされるのは見たくない」


「そうか。私は、有益な情報が得られれば揺さぶりのために送り返し、得られなければ殺すつもりだ」

「あんたらを助けてやっただろうが! ……だからやめてくれ。頼む」


「お前の返事次第で、特例として、その娘に市民権をくれてやることも可能だ」

「俺の返事っていうのは何に対する返事だ」


「軍に来い。私の配下になれ。そして、その娘が唯一モノではなく、人でいられるこの国を守ってみせろ。来たりし者(ビジター)

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