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第五話 怯える自信家

 幹斗の手の上に、シュメルの手が重なる。

 表面が荒れた冷たい手は、しかし柔らかかった。

 その手に弱々しく掴まれた直後、幹斗は出来るかぎり優しく包んだ。


 踏み出した右足に違和感を覚えて、ポケットを探る。

 探り当てたのは、発煙装置が二つだった。


 幹斗自身、無意識で入れたと思われるこれの存在を、大柄な男が知っていたかは分からない。

 だがきっと、『牢の鍵を刺したまま忘れるような人物』だから、気が付いていたとしても、もう忘れているだろう。


 幹斗はロックを解除した発煙装置二つを階段の上へと放り投げる。

 そして、階段の途中で様子を探ることにした。


「一体なんだ!?」

「逃がすか!」

 そう言ったのは、大柄な男の声だ。


「待て、俺だ!」

「発砲した方が良いか?」

「銃は使うな! それよりお前らもこいつを押さえつけるの手伝ってくれ!」


「だから、俺だっつってんだろ!」

 会話の内容から察するに、大柄な男は忘れがちな上に、早とちりの癖もあるらしい。

 それを把握して、幹斗はシュメルの手を引きながら、静かに階段を上がった。


 声や足音が聞こえるのとは逆側の壁を伝って、ゆっくりと出入り口を目指す。

 煙幕が薄れ始める場所へとたどり着いた時、小さな声が聞こえた。

「二個で足りたか? これで勘弁してくれるといいんだが……」


 幹斗はその声に答えながら、建物の外へと出る。

「十分だ」


 二人は建造物の間をジグザグに進むように走った。

「あの機体が街まで運ばれてたらいいけど」


 機体にさえ乗ってしまえば、よほどのことがない限り逃げ切る自信はある。

 コクピットは二人が乗るには手狭だが、砂漠を歩くよりはずっと快適なはずだ。


「機体……あっちに、あります」

 シュメルの指差した方向には、黒い巨大な手がある。

 仰向けなのか伏せた状態なのかは不明だが、建物に阻まれて、この角度からでは指先しか見えない。


 二人がさらに速度を上げて走り抜けると、広場へと出た。

「これは違う……」


 黒い手を持つ機体は、赤をベースに黒が混じる軽装甲を纏っている。

 そして、この街一番の高さの建造物にもたれかかりながら、低く座っていた。


 つま先がナイフのように尖った赤い脚部装甲の傍らに立つ者と目があった。

 その者は、太陽を背にこちらの方へと近づいてくる。

 五メートルほどの距離までせまった時、それが女だと分かった。


 明るい茶色の髪を持つその女は、赤みがかった鋭い目と、通った鼻をしている。

 幹斗と同じくらい、百七十センチ前後の高さの体は、凹凸の激しい肉付きをしていた。


「随分急いでいるようだな」

 見た目からは二十代半ばのように思えたが、声の低さから察するに、もう少し上の年齢かもしれない。

 無視したい気持ちはあったが、その声には、そうさせない凄みがあった。


「ちょっと急用で」

「ほう? 戦奴の手を引いて走るとは、よほどの急用か」


 幹斗はシュメルの首元にある焼き印のことを思い出す。

 おそらく既に見られていることを考えると、戦奴ということ自体を否定するのは難しい。


「ああ。本当に急用なんだ」

「なるほどな。……いいことを教えてやろう。我が王国では、百年前に戦奴制を廃している。以来、戦奴の持ち込みは禁止だ」


 『持ち込み』という表現に苛立ちを覚えつつも、幹斗は話をあわせる。

「それは知らなかった。すぐにこの国を出るから、見逃してほしい」

「ふっ、全く面白い小僧だな。だが、無装甲機体で四機撃破した上に、戦奴を連れるとは、目立ちすぎだ」


 女が右手を上げると、揃いの黒い服を身につけ、銃を構えた男たちが幹斗の周りを取り囲んだ。

「新米スパイ、この場で銃殺か、尋問のあとで銃殺か、どちらか選べ」


「待ってくれ、俺はスパイなんかじゃない」

「素直に名乗るスパイはいない」

 幹斗は平静を装いながら、この状況を打破する言葉か、あるいは行動を探す。


 ――こんなことなら、発煙装置を一つ残しておくべきだった。

 それがあったとしても、一か八かの賭けにはなるが、今の状況では賭けに出ることすら不可能だ。


 押し黙り、じりじりと銃口が近づいてくるのを待つことしかできない。

 そんな文字通り八方塞がりな状況を変えたのは、一つの声だった。

「そいつは本当にスパイじゃない。来たりし者(ビジター)だ」


 そう発せられた背後へと振り返ると、大柄な男が立っていた。

「……そう考えた根拠は?」

「用途不明の到来物(ギフト)の使い方が分かった」


「この小僧か仲間が、あらかじめ用途が判明した到来物(ギフト)を紛れ込ませていた可能性は?」

「……それは、正直考えてなかった……が、スパイっていうのはもっと隠密に動くものじゃないのか?」

 そう言いながら大柄な男は、幹斗とシュメルの横を通って、女との間に立つ。


「あえて裏をかいてきた可能性もある。確実に見分けられる方法を試す」

 言って女は、腰から拳銃を取り出すと、マガジンを抜きとったあとでこちらに放ってきた。


 幹斗は戸惑いながらそれを空中で掴み取る。

「これをどうしろと?」


「あの旗に向かって投げろ」

 女が指し示したのは、ゆうに百メートル以上は距離がある建物の上で、はためく青い布だった。

「届くとは思えないが」


「死ぬ気で投げるんだな。お前と戦奴の命は、その銃の行く先にかかっている」

 幹斗は覚悟を決めて、拳銃を握った右手を振りかぶる。

 数カ月前の球技大会以来、久しぶりに全力で物を投げる体は、後悔が残るほどぎくしゃくと動いた。


 けれども拳銃は、幹斗のイメージよりもさらに上方の軌道を描いて飛んだ。

 そして、そのまま旗の少し上の、随分と左を通って視界から消えていった。


「俺自身、予想外だが、距離的には届いた……! 次は当てられるかもしれない! 頼む、もう一回チャンスをくれ!」

 唖然とした表情でこちらを見ている大柄な男の横で、女は鼻で笑った。

「やはり面白い小僧だ。テストは合格、死刑囚から、がらくた鑑定人に昇格だ。おめでとう来たりし者(ビジター)


* * * * * * * * * * * * * * * *


 女は『テストは合格』と言っていたが、二人が解放されることはなかった。

 幹斗とシュメルは有無をいわさず、灰色の布で覆われたこの車両に乗せられ、女の席の後ろに隣り合わせで座っている。

 その列の両脇に座った兵士から、銃を突きつけられていないだけ多少ましといった程度だ。


「ネイダーだ。クシリナ准尉、聞こえているか?」

 この女の名は、どうやらネイダーというらしい。

 機体にある通信機をそのまま抜き出したようなものに向かって声を出している。


〈はい。大佐〉

 通信機越しに聞こえてくる声は、透き通るような女の声だ。


「持ち場を無断で離れた馬鹿共の始末は終わったか?」

〈先ほど完了しました。友軍機損耗なし。脱走兵二名死亡〉

 元味方と戦闘を行ったにしては、あまりにも感情の篭っていない口調で、通信先の女は淡々と説明している。


「馬鹿共の機体は?」

〈両機とも、頭部パーツ全壊。他に破損した部位がそれぞれ二箇所ずつです〉

「痛手だな。屑ばかり押し付けられて頭にくる」


〈申し訳ございません〉

「お前はよくやった。機体を回収後、合流しろ」

〈了解〉


 車内が静けさを取り戻すと、幹斗は左側を見た。

 腫れた右目と、血が黒く固まった口角が痛々しい。

「シュメル、顔の傷は痛むか?」


「大丈夫……です。私は、戦奴ですから」

「もう戦奴じゃないだろ?」

「あ……ごめんなさい」


 怯えるように言ったシュメルに、幹斗は可能な限り優しく微笑んだ。

「謝らなくていい。なれるまで時間がかかるだろうし」

「はい……。私は……シュメルです。だから、痛くありません」


 幹斗は小さく笑う。

「なんかその言い方だと、途端に自信家みたいになるな」

「え、あ……なんて、言えば、いいでしょうか?」


「いや、別に言い直さなくていいよ。なんかそのままのが面白い」

「……わかりました」

「でも、これからは痛い時は痛いって言っていいし、嫌なことは嫌って言っていいんだからな?」


「……はい」

 頷いたシュメルは、おそるおそるといった表情でこちらを見た。

「目が……痛いです。口も……ひりひりします」


「よし、その調子だ。最終目標は、殴られたら二倍にして殴り返すぐらいの気の強さだ!」

 戸惑うようにこちらを見ているシュメルが、誰かを殴る姿など全く想像できないが、見てみたい気もする。

 そう思うと、幹斗はさきほどよりも自然に微笑んでいた。

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