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第四話 「ついさっき」は遥か彼方で

来たりし者(ビジター)……?」

「宇宙の彼方にある、地球と呼ばれる星からやってきた人間を、俺たちはそう呼んでる」


「ここは地球じゃないのか?」

「そうだ」


 機体に乗るためにハシゴを上った時は、VRだと思い込んでいたから気にとめなかったが、この場所の重力は明らかに地球より低い。

 これが現実だとするなら、重力だけで、ここが地球ではない証拠としては十分だ。

 しかし、まだ疑問は残る。


 宇宙船に乗っていたわけでもない自分が、どうやってこの星に来たのかだ。

 幹斗は答えを探して視線を動かした。


 高さも厚さもバラバラの本が収納された棚の中に、見覚えのある表紙を見つけて手に取る。

 分厚さに対して驚くほど軽いその本に戸惑いながら、幹斗はタイトルを確認した。

「やっぱり、マキオンの設定資料集じゃないか」


「ああ、そいつだけはレプリカだ。本物は多分、どっかの国の宝物庫にでもあるんだろうな。それが全ての始まりだから」

「始まり?」

「そうだ。その本と一緒に見つかった機器には、戦争の概念を覆す映像が入ってたそうだ。そしてその本に、それを再現するための資料が記されてた」


 幹斗は本の表紙に書かれた煽り文を見る。

 『技術的裏付けを取った※1圧巻の資料集!』『全カスタムパーツ・装備の構造を徹底解説!』『※1動力源を除く』

「これを再現したっていうのか?」


「千年ほど前から少しずつな。当時は国ごとに違う言語を使ってたようだが、これを読むためだけに大陸の言語が統一されたほど大きな衝撃だったらしい」

「千年前……」


 幹斗は大きく深呼吸すると、自身の手の甲を力いっぱいつねった。

 ――うん、痛い。

 どうやら夢ではなさそうだ。


 次に、この街に来る直前のことを思い出す。

 ――『マキオン』『瑞乃』『ワームホール生成実験』『実験は今日だろ』『あなたの思い出の品を宇宙の果てに届けよう!』。


 もし、あの実験に何らかのトラブルが発生し、それに巻き込まれたのなら――。

 この雑多な物品が、人々の思い出の品だとしたら、一応の説明はつく。

 ワームホールを通って、どれほど遠いか不明なこの惑星に流れ着いてしまったのかもしれない。


「念のため聞きたいんだが、地球に帰る方法はあるか?」

「戻っていった来たりし者(ビジター)の話は聞いたことがないな。もっとも、この王国じゃおそらく百年ぶりのことだから、詳しくは分からないが」


 幹斗の頭に、自身の発した声が浮かぶ。

 『ワームホールで送れるのは遠くの宇宙の、少し未来か物凄く未来にだけ』。


 原理は分からないが、出発したタイミングはそれほど差がなくても、到着した時間が大きく変わったということだろうか。

 設定資料集がこの星に届いたのが千年前だとすると、最低でもそれだけの時間が既に経過していることになる。

 そうだとしたら、もし地球に戻ることができても、幹斗が知る人は、誰一人として生きていないだろう。


 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)オンラインのサービスが終了した後のことを、ずっと考えていた。

 この五年の自由時間をほとんど費やしてきた物だったから、それが無くなった後、何をして過ごせばいいか見当がつかなかったからだ。

 無装甲の機体で空を舞い続けることができるなら、何を失ってもいいとさえ思っていた。


 しかし、この星には、ゲームに登場する機体だけがあって、他にはなにもない。

 願っていた内容が、望みとは違う形で叶って、代わりに全てを失った。

 今は機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)オンラインができないとしても、あの場所に帰りたいと幹斗は思う。


 ――親父、母さん、(あずさ)……。

 両親と妹は、突然消えた自分を心配している……いや、していたのだろうか。


 ――瑞乃……。

 彼女はあの後、誰かから虐げられることなく、過ごせただろうか。

 怒ることや、拒否することができない性格にみえたから、いつも代わりに怒っていたけれども、本当はもっと別の手助けをするべきだったのかもしれない。


 もう、それらの答えを知るすべはない。

 千年前のことを想像したところで、なにかが好転することはないだろう。

 幹斗にとってのわずか数時間前から、千年以上が過ぎた今、できることは一つだ。


「さっきの戦奴の子に会わせてくれ」

「本当にこだわるんだな。分かった」


 大柄な男と共に採掘保管庫を出ると、止めてあった車両の姿はなかった。

 男のあとについて歩くこと数百メートル。

 入り口に、銃を持った男が二人いる建物へとたどり着いた。


「ここで少し待っててくれ」

 幹斗は頷いて、地下へと降りていく大柄な男と、比較的小柄な男の後ろ姿を見送った。


「言ってあっただろうが!」

 そう怒号が伝わって来たのは、待ち始めてから一分ほど経った時だった。


 下っていく時よりも遥かに大きな足音が聞こえて、大柄な男が姿を現す。

「先に謝っとくぞ」

「何をだ」


「見れば分かる。ついてこい」

 苛立ちを含んだ口調に不信を抱きながら、建物へと入った。

 壁に掛かった鍵束を、乱暴に掴みとった男の後ろについて、階段を降りる。


 薄暗いその空間は、鎖や格子が並ぶ陰鬱な印象とは裏腹に、外と比べてひんやりと涼しく快適に感じられた。

 幹斗は最も奥にある格子の向こう側に、青銀色の髪と腫れた目、そして切れた口角を見つけた瞬間、拳を強く握る。

 その拳を叩き込みたい衝動をどうにか抑えつけて、自身の目線と同じ高さにある胸ぐらを掴んだ。


「丁重に扱うと約束したはずだ」

「言い訳はしない」


「言い訳はいらない。何があったか言え」

 そう言って突き出すように胸ぐらを放すと、筋肉の塊のような男の体は意外なほど力なく後方へとよろけた。


「……同じ牢に入れた途端、その捕虜が『お前のせいだ!』と言って殴りつけたらしい」

 幹斗が視線を移すと、手前の牢の中で男がニ人倒れている。

 そのうちの一人は、元の造形がわからないほど膨らんだ顔をしていた。


「なぜ同じ牢に入れた」

「こちらの手違いとしか言いようがない。その戦奴が殴られた十倍は痛めつけたそうだから、それで勘弁してくれ」

「この子を解放しろ」


 大柄な男は、首を大きく横へと振る。

「それは出来ない。俺だけならまだしも、仲間全員を反逆者にすることになる」

「……なら、二人にしてくれ」


「その捕虜たちも連れ出した方が良いか? 気絶してるようだが」

「そのままで」

 『構わない』と言い掛けた口を、幹斗は閉じる。


 大柄な男が、微かに首を振ったように見えたからだ。

「やっぱり連れて行ってくれ」

「分かった」


 そう言うと、手前の牢の錠を開けて男二人を軽々と両肩に抱えてから、大柄な男は続けた。

「念の為に言っておくが、出口は一つしかないぞ。上にはそこにいる仲間と、俺が残る。さらに出入り口には銃持った奴が二人もいるからな。妙な気を起こすなよ」


 重い足取りで男が去った後、幹斗はゆっくりと奥の牢へと歩み寄る。

「名前は?」

「名前……?」


 毛先が整っていない青銀の髪の間から、大きな緑の瞳が、伏し目がちにこちらを見つめている。

「君を、なんて呼べばいい?」

「私は……戦奴です」


「それは立場というか、状況だろ。他にも戦奴がいる時はなんて呼ばれてる?」

「……お前とか貴様とか……あとノロマとかクズとかそれから……」

「分かった、ありがとう、もう大丈夫だ。別の方向で考えてみよう。……戦奴になる前はどうしてた?」


「……私は、ずっと戦奴だと思います」

「生まれた時からか? 一番古い記憶はなんだ?」

「古い……記憶……」


「そう、小さかった時の思い出だ」

 少女はしばらく考えこむようにして床を見つめたあと、突然視線をこちらに向ける。

 初めて目があった。


「岩の中にいました」

「それから?」

「日が当たる方に行ったら……風が強くて、転んで……下を見たらとても高くて……」


「その調子だ」

「女のひとが『そっちは危ないよ』って言って……男のひとが『背が伸びたから、柵を変えないと』って言って」

「それは君の親じゃないか?」


「親?」

「そう、両親。……お母さんとお父さんだな」

「お母さんとお父さん……そう、呼んでいた気がします」


「じゃあ、その人たちは、君をなんて呼んでた?」

 少女は一分ほど押し黙ったあと、ようやく口を開く。


「……シュメル……」

「シュメルか。いい名前だな」


「それが……私の名前」

「そうだ。俺の名前は幹斗」

「幹斗……」


「シュメル、俺と一緒にここを出よう」

「……できません。私はここで、命令を待たないと」


「命令なんて聞く必要ない」

「でも……私は、戦奴だから……」

「君は戦奴じゃない。シュメルだ」


「戦奴じゃなくて、シュメル……?」

 幹斗は階段側にある牢から鍵束を抜き出すと、シュメルがいる牢へと運ぶ。

 三度目にためした鍵が、錠を解除した。


 開け放った格子の中へと、幹斗は左手を差し出す。

「シュメルが自分の意志で、この手を掴んでくれたら、俺は必ず、君をここから連れ出す」

「でも……」


 ためらいがちに振られる手に向けて、さらに腕を伸ばしながら幹斗は言う。

「お母さんとお父さんに、会いたくないか? 一緒に探しにいこう、シュメル」


 緑色の透き通った瞳が、まっすぐにこちらを見た。

 再び視線が重なる。


「……会いたい……です」

「やっぱり自我がないなんて嘘じゃないか。その証拠に」


 幹斗の方へと向けられた目の端から、雫がこぼれ落ちていくから。

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