第三十九話 貫く嘘
幹斗は、立派な木製の扉を数度叩いてから、ゆっくりと開いた。
ふと、この場所に来るのは何度目だろうかと思い返す。
前回は、大きな怒りを抱えて、この部屋に入った覚えがある。
「よくやった。紀州幹斗中尉」
椅子に腰かけ、足を組んだネイダー大佐にそう言われて、幹斗は首をかしげる。
「褒められるとは思ってなかった。最低でも『なぜ無断で街に連れて行った』とか言われるかなって」
「結果だけ見れば、王女は無事だ。さらに、この件に関しては、こちらの落ち度の方が大きい」
「落ち度?」
「王女が何者かの襲撃を何度も受けている、という状況を把握するのと、それをお前に伝達するのに時間が掛かった」
「……オリーブは誰かに狙われてるのか?」
「王都で三度襲撃を受けたらしい。お前が救った二回を合わせれば計五回、計画性があるのは、まず間違いない」
「俺が救った二回ってことは、所属不明機に追われてたのも、そうなのか?」
「そうだ。護衛にあたっていたのは中隊二十五機、いずれも近衛騎士に選ばれるだけの実力者だったはずだ」
「だった、か」
「二十五名全員の死亡を確認した。車両の運転手によれば、敵は十数機だったそうだ」
「実力者を半数以下で全滅させたのか。精鋭ってやつだな」
「お前が捕えた者たちには、現在尋問を行っている。いずれ身元が判明するだろう。それまで、基地内といえども油断するな」
「了解」
「それと、近衛騎士が全滅したことは、王女には伝えるな」
「うーん、直接聞いたわけじゃないけど、オリーブの性格的に、無事かどうか心配してるんじゃないか?」
「だからこそだ。自分を守って、近衛騎士が全滅したと知れば、あの娘は『自分を責める』だろう?」
それは以前、幹斗がネイダー大佐に投げかけた言葉と同じだった。
「大佐に、俺の『理屈が通じるようになって何よりだ』」
「『理解できても、賛同してるわけ』ではない。泣き始めでもすれば、面倒だからだ」
それは、数時間ほど前に交わしたやり取りの再現だった。
ただ、言葉を発する立場が、逆になっている。
そのことが少し奇妙に思えて、しかし理解し合えた気がして、幹斗は微笑んだ。
ネイダー大佐は、それに応えるように、小さく笑った。
「俺は大佐に、礼を言おうと思ってたんだ」
「礼?」
ネイダー大佐が首をかしげた時だった。
扉を叩く音が響く。
「ネイダー大佐! 緊急のご報告が!」
「入れ」
「失礼します」
そう言って入室してきたのは、女性の伍長だった。
伍長は、ネイダー大佐に、次いで幹斗へと敬礼したあと、口を開く。
「お話中に申し訳ございません。緊急かつ、重大なご報告が」
伍長は一瞬だけ幹斗へと視線を向けてきた。
「中尉に聞かせても構わん。報告しろ」
「了解。……中尉が本日捕えた捕虜六名が、何者かに殺されました」
「警備の者は何をやっていた!?」
「……七人、死にました……」
「犯人は捕らえたか?」
「申し訳ございません。目撃情報すら、得られておりません」
「殺害方法は?」
「全員切り傷が残っておりましたので、剣ではないかと」
「……中尉、今すぐオリーブを連れて王都に向かえ」
「こっちは構わないけど、良いのか?」
「この基地には、増援部隊が次々と到着している状況だ。あまりに容疑者が多すぎる。王宮の方がまだ安全なはずだ」
「それはそうかもしれないけど、帝国軍はまた来るんだろ? 俺がこの基地を離れて大丈夫なのか?」
ネイダー大佐は、いつものように、虎のような赤い目で視線を向けてきた。
「我々を侮るな。お前がこの国に現れるずっと以前から、南部を、この王国を守り抜いている」
「分かった。……俺が戻ってくるまで、死ぬなよ、大佐」
「侮るなと言っているだろう」
言いながら、ネイダー大佐は机の上へと木箱を置いた。
「これは?」
「昇進祝いだ。持って行け」
幹斗が木箱を開くと、銀色の拳銃が入っていた。
持ち手部分には、勲章についていたのと同じ翼の刻印がある。
手に取ってみると、この星の銃にしては、ずっしりとした重さを感じた。
「なんか威力ありそうだな」
「威力、飛距離、精度、いずれもライフル並みの特注品だ」
「それは凄いな」
「お前ほどの腕なら、狙撃に近い射撃も可能かもしれん」
「練習してみるよ。なんか、もらってばっかで申し訳ないな」
「構わん。お前のこれまでの貢献は、勲章やその銃では報いることができないほど、大きなものなのだから」
* * * * * * * * * * * * * * * *
白い石造りの廊下には、数メートルおきに警備兵が立っている。
幹斗はその者たちに敬礼を返すのに疲れて、右手を額にそえたまま歩いた。
扉の前に立つ二人に頷いたあと、静かに押し開ける。
最初に見えたのは、黒い銃口だった。
「失礼しました。隊長」
「いや、その判断は正しいよ。これからも続けてくれ、クシリナ准尉」
「了解」
銃をおさめるクシリナに向けて、幹斗は問いかける。
「状況は、どの程度伝わってる?」
「王女の身が、危険だということだけです」
「分かった。あとで詳しい事情は説明するけど、みんなには今すぐ身支度をして欲しい」
「二人には、最低限の荷物をまとめておくよう、以前から言ってあります。準備は出来ているな?」
「うん。部屋に取りにだけ行かせてもらえれば、すぐに出発できる」
「はい! お菓子の準備、万端です! 五人分、ちゃんとあります!」
「みんなナイスだ」
言って幹斗は、部屋のすみで不安げな表情を浮かべるオリーブへと歩み寄った。
「来たばっかで、嫌かもしれないけど、王都に戻ってもらわないといけない」
「はい。私がここに留まっては、皆さまのご迷惑になってしまいますものね」
「迷惑っていうか……心配してるんだと思うよ。大佐もそうだったし」
「お心遣いに、感謝申し上げます。アリスさんに、お別れのご挨拶をしたいのですが、お時間をいただけますか?」
「うーん、難しいかな。大佐は今忙しそうだし、なるべく目立たずに出発した方が良いから」
「……承知しました。あの……」
青い目が、ためらうように見つめてきた。
「近衛騎士の方々は、まだ到着されないのでしょうか?」
「……ああ、うん。多分さ、戦ってるうちに方角が分からなくなったりして、迷ってるんじゃないかな」
「そうなのでしょうか……」
「うん。砂漠は、似た景色ばっかだろ? だから、迷子になりやすいんだ」
「それでしたら、お迎えに行った方が、良いのでは……」
「この基地の人たちが探しに行ってるから、大丈夫だ」
「そうなのですね。ありがとうございます」
小さく頭を下げたオリーブに向け、幹斗は尋ねる。
「王都で三回、襲撃を受けたって聞いたんだけどさ、どういう状況だったんだ?」
「はい……あの……」
言葉を詰まらせながら、オリーブはうつむいた。
「ごめん、怖くて思い出したくないとかだったら、また今度でも」
「……いいえ、近衛騎士の方々が、いつも守ってくださっていたので、私は何も見ていないのです……」
涙を溜めた瞳で見上げてきたオリーブは、近衛騎士が無事ではないことを、察しているのかもしれなかった。
そうだとしても、『王女は自分自身の危機に怯えている』のだと、勘違いしたように振る舞うほうが、正しいと思えた。
自らがついた嘘を、貫き通すために、幹斗は、自信を持って、しかし優しく言う。
「大丈夫。近衛騎士の人たちの代わりに、俺たちがオリーブを守るから」




