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第三十二話 嫌悪と親近

 空が明るみを帯びてきた頃だった。

〈隊長、見えてきました〉

 クシリナの冷静な報告を聞いて、幹斗はメインディスプレイを拡大表示させる。


 そこに、街はない。

〈……本当に、ここなのか?〉

〈はい。座標から考えて、そのはずです〉


 そこにはただ、瓦礫だけがあった。

 もう、街はない。

 人がいるとも、思えなかった。


 上へと伸びる数本の煙は、黒みがかった雲へと繋がり、同化している。

 その様子はまるで、瓦礫の山から雲が生まれているかのように見えた。


 ふと気がつくと、瓦礫の真上まで来ていた。

 幹斗は無意識に踏み込んでいた右足を浮かせる。


 それほど近づいて見ても、やはりそこは街ではなかった。

 打ち崩され、破壊しつくされた、瓦礫で出来た廃墟だった。


 どこからどこまでが街だったのか、もう分からない。

 ただ、四方に瓦礫があるから、現在地が街の上空であることだけが分かった。


 幹斗がこの星に来て、最初に立っていた場所も、もう分からない。

 永久に分かることはないだろう。

 本当にこの場所があの街なのか、まだ信じられない。


 見覚えのある場所を見つけて、操縦桿を倒す。

 幹斗は吸い込まれるように、唯一高さと壁が残った建造物へと向かう。


 ネイダー大佐の機体が寄りかかっていた街一番の高さの建造物だった。

 五階ほどの高さがあったはずの建物はしかし、二階建て程度の壁しか残していない。


 まるで、真上から踏みつけられた箱のように、潰れている。

 どんな重装備でも、一撃でこうはならないだろう。


 複数のミサイルが直撃したにしては、焦げ付きもない。

 だが、他の武装で、これだけのダメージを与えるには、相当な時間が掛かったはずだ。


 それは、他の建造物についても言えた。

 街の機能を停止させるだけなら、ここまで破壊しつくす必要はない。


 その動機が、憎しみか、怒りか、義務か、命令かは分からない。

 ただ、明確な意志をもって行われたことは、確かだと思えた。


〈こちら、第四中隊長。増援の部隊、聞こえるか?〉

〈こちら第一中隊長だ。第四中隊長、状況の報告を頼む〉


〈了解。街周辺の安全は確保、敵戦力は不明。第九中隊は……おそらく全滅だ。民間人の生存者すら、確認出来ていない〉

〈くそ! 第九中隊には親友がいたんだ!〉

〈中尉、泣き言なら通信機を切るか、小隊内で言え。……部下が失礼した。機体は持ち去られていたか?〉


〈いや、いくつか残っていた。街の西にまとめてある〉

〈了解。第一、第二中隊は即応体制で待機せよ。紀州少尉、街の西に来てくれるか?〉

〈……了解〉


〈紀州幹斗少尉、聞こえているか?〉

 幹斗は通信が小隊内に限定されているのに気がついて、通信機を操作する。

〈了解、すぐに向かう〉


 街の西に並べられていたのは、頭部を破壊された十機の機体と、パーツの山だった。

 千切れた腕部、潰れた脚部、そして、もうどの部位だったのかも分からないほど粉々に砕かれた金属の塊。

 量から考えて、十機分は確実にあるだろう。


 幹斗は、その金属の塊に、見覚えがあった。

 過剰攻撃(オーバーキル)――。

 それは、撃破後の対戦相手に対し、執拗(しつよう)に攻撃を加える、マナー違反とされる行為だ。


 ゲームの中ですら、忌避(きひ)される行動を、生身の人間が乗る機体にとった者がいる。

 それは、人の気配を感じさせない廃墟の状態より、直感的に嫌悪を感じさせた。


〈正直、この残骸は、どうやられたのか想像もつかん。貴官はどうだ? 紀州少尉〉

 いつの間にか、すぐ横を浮遊していた第一中隊長に問われて、幹斗は返答する。

〈……俺も分からない。でも、ただ撃破するだけなら、ここまでする必要はない〉


〈だろうな。比較的無事……とは言えないが、他の十機をどう見る? 全て近接武器によって撃破されているようだが〉

 第一中隊長が『比較的無事』と表現した機体のパイロットは、確実に死亡しているはずだ。

 その全てが、頭部を、あるいは頭部から全身を、両断されている。


〈大型の武器……多分、大剣だな。全員、同じ奴か、同じ武器を使った奴らにやられてる〉

〈十機という数から考えて、複数と言いたいところだが、貴官にはこれ以上の実績があるからな〉

〈……いずれにしても、相当な手練だよ。扱いが難しい大型武器を、全部頭部に当ててるんだから〉


〈それは間違いない。貴官の小隊に偵察を頼みたいのだが、やってくれるか?〉

〈ああ〉

〈先行していた部隊は、通信範囲内を確認しただけだそうだ。貴官は南方を頼む。敵を確認したら、すぐに戻って知らせてくれ〉


〈了解〉

 幹斗は近距離通信から、小隊内通信へと切り替える。

〈みんな、着いて早々悪いんだが、偵察を頼まれた〉


 三人が口々に同意の返答をしてきた直後だった。

〈中隊長、生存者を発見しました!〉

〈何!? 状態は?〉


〈正直、もう……。伝えたいことがあるそうなので、声をお聞かせします〉

〈今すぐ……逃げろ〉

 それは、鬼気迫る声だった。


〈奴らは、人間じゃない……亡霊と、化物だ〉

〈どういう意味だ?〉

〈これから始まるのは、戦争じゃない、この世の終わりだ……だから、今すぐ出来るだけ遠くに逃げろ!〉


〈彼は混乱しているようだ。伍長! 敵戦力の数だけでも聞き出せ!〉

〈中隊長、申し訳ありません。……もう、亡くなりました〉


〈……手がかりは無しか。次に意識のある者を見つけたら、真っ先に数を聞き出してくれ〉

〈了解しました……〉


 幹斗は上空に三機の機影を見つけて、飛び立つ。

〈集まったな。行こう〉


* * * * * * * * * * * * * * * *


 前方には、高い山が連なっている。

 その中の一つは、根本から中腹あたりまで、黒い色をしていた。


〈隊長、そろそろ通信範囲外です〉

〈了解。何か見つけたら教えてくれ〉

〈分かった。隊長、ひどい……有様だったな〉


〈……ああ。知ってる場所のはずなのに、そこだっていう実感が沸かなかった〉

〈私は以前、あの街に駐留していました。しかし、見覚えのあるものは、たった一つでした〉


〈五階建てぐらいの建物か?〉

〈はい。軍の倉庫で、頑丈な造りをしていたはずです。それが、あそこまで……〉

〈ボクは、襲撃された街をいくつも見てきた。でも、あれだけひどい状態なのは初めてだ〉


〈……私は、見たことがあります〉

 小さく言ったシュメルに、幹斗は聞き返す。

〈本当か!?〉


〈はい。もっと南では、あんな風になった街が、たくさんあります〉

〈シュメルは、攻撃されるところを見たか?〉

〈見てません。私が着くのは、いつも戦いが終わったあとでした〉


〈何か、覚えてることは?〉

〈沢山の瓦礫と、炎と、動かなくなった人たち。それから……〉

〈それから?〉


〈私と同じ、緑色の目をした人です。最初見た時、戦奴だと思いました。でも、違うかもしれません〉

〈どうしてだ?〉

〈呼ばれていたんです。『亡霊』という名前を〉


 砂しかなかった大地に、岩がまじり始めた。

 幹斗は、正面の山にある黒が、色ではなく、形だと気がつく。

 山に開いた洞穴は、中隊がいくつも同時に侵入出来そうなほどの大きさをしている。


 その山を超えると、再び砂の地面が広がっていた。

 遥か前方に、人影を見つけた。

 すぐに、それが人のはずがないことを思い出す。


〈数、千五百以上……二千近いかもしれません。越境はして来ていませんが、侵略の意志があることは、ほぼ確実でしょう〉

〈ライア帝国軍旗がある〉

 二千近くの機械(マキナ)は、整然と並び立っている。


 幹斗は機体ごと振り返る。

〈すぐに戻って報告だ!〉


 直後に、ソフィアンの声が響く。

〈西の上空に敵機!〉

〈曹長、待て! あれだけ損傷が激しいと、紋章が確認出来ない。友軍機の可能性が……〉


 その機体は、装甲の多くが剥がれ落ち、足を一本欠いている。

 しかし、その状態で尚、安定した姿勢を維持していた。


 幹斗は根拠にたどり着く前に確信する。

 友軍機ではないと。

 友軍機のはずがないと。


 ただ、その姿には、見覚えがあった。

 一番見覚えのある、頭部だった。

 幹斗は、その機体を操る者に、親近感を覚える。


 その機体の姿が、幹斗が乗る無装甲機に、似ていたから。

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