第三話 戦奴
これがVRではないとすると、現実だということだろうか。
それにしては、幹斗の知る現実とあまりにもかけ離れている。
〈こりゃ驚いた。全員逃げたと思ってたが、軍人がまだ残ってたのか〉
先ほどからしきりに、こちらを案じる通信をしてきているのは、NPCだとばかり思っていたが、どうやら違うのかもしれない。
〈俺は軍人じゃない〉
〈冗談だろ? それがほんとなら、この街を見捨てやがった本物の軍人よりよっぽど軍人らしいぞ〉
〈嘘じゃない。……俺が撃破したこの機体はなんなんだ? 人が乗ってるのか?〉
〈そりゃ当然人は乗ってるだろ。何者かってことなら、多分国境抜けてきた脱走兵だろうな。近頃急増してる〉
幹斗は深く息を吐く。
動力部があるはずの胸を狙ったからよかったものの、危うく人殺しになるところだった。
〈あと三機向かってきてるぞ! やれるか?〉
〈そいつらは悪人なのか?〉
〈街襲って略奪する奴を善人だと思うのはお前の勝手だ。どうやら本気で軍人じゃないらしいな……。逃げたきゃ逃げても構わんぞ〉
〈俺が逃げたらどうなる?〉
〈避難を始めてるが、全員逃げきれるとは思えんな。捕まればおそらく皆殺しだ〉
〈……場所を教えてくれ〉
〈そこからさらに南の街外れ……お前からも、もう見えるはずだ〉
幹斗はスクリーン下部に表示された方角を示すアルファベットを頼りに、機体をS方面へと向けた。
その方向に向かって画面を拡大すると、灰色の中量型が一機と重量型が一機。
そして部位ごとに色が異なり、軽中重いずれとも思えない機体が一機いる。
――なんだ? あの機体、まるで……。
ゲームを始めたばかりの初心者が、パーツの種類を考えずに選択したような、不格好な機体だ。
幹斗が上昇を始めると、中量型もあわせて宙を浮き始める。
ブーストに煽られた砂が、その周囲を舞った。
こちらに向けられた銃口は、上下左右に大きく揺れている。
――あれじゃ、こっちが動いてなくても当たらないな。よくてDランクか。
幹斗はよろめき飛ぶ機体へ向けて加速を強める。
腕を最大まで伸ばせば、短刀が胸部に達するだろう時だった。
現れたのは、青い塗装の軽量型頭部パーツ。
幹斗は、その日一番の反応速度で、黒い重量型腹部パーツを蹴り飛ばした。
短刀が、青い頭部パーツの表面を軽く削るようにしたあと空を切る。
――正気かこいつ。
幹斗は眉まで垂れた汗を、自身の手で拭った。
――あやうく殺しかけた……。
《おい、そこのわけわかんねえ構成のやつ、急に飛び出してくんな! 死ぬぞ》
《心理戦のつもりか? 死ね! 無装甲機体!》
灰色の重量型機体から発せられた物理弾は、空中でホバリング中の幹斗の機体をかすめた。
――あいつからやるか。
地に立つ重量型に向け、ブーストを起動する。
《おい、センド!》
《……はい》
二つの機体の間に割って入ったのは、またしても青い頭部だった。
――こいつさっきから危なすぎる。とりあえず動き止めるか。
幹斗は、短刀の刃先を下方に向けて、赤い胸部を突き刺した。
《今だ!》
咄嗟に短刀を引き抜く。
そのまま横薙ぎに青い首を切り裂いた。
幹斗は、胴体から切り離された青い軽量型頭部を左手部で掴んで、斜め上へと急加速する。
背面を映すスクリーンには、二つの方向から放たれた弾によって砕け散る、色とりどりのパーツが写った。
《分からないことだらけだが、一個だけ分かった。お前らクズだな》
味方ごと撃つ行為など、ゲームでも憚られる。もしこれが現実だというのなら、尚更だ。
《モノをモノ扱いして何が悪い!》
幹斗は重量型の付近まで最高速で到達すると、そのまま胸部に短刀を突き立てた。
静止した灰色の手から長銃を奪うと、浮遊する中量型の胸に向けて照準をあわせる。
規則性なく上下左右に揺れる敵機と、相対的に熟練度の低い長銃。
着弾地点が多少上になっても不思議はない。
それを承知で、幹斗は引き金を引いた。
一発目が灰色の首の下あたりに食い込み、二発目が胸部装甲を砕いた。
三発目がむき出しの動力部を破壊する。
ブーストが停止した灰色の機体は、地へと落下していく。
砂煙が舞い上がる中、幹斗は一人呟いた。
「一発目、もう少し上でも良かったな」
〈おい、聞こえてるか?〉
〈ああ〉
〈パイロット捕まえるから降りてきて手伝ってくれ。みんな避難しちまって人手が足りん〉
〈分かった〉
〈おっと。その前に、その頭部を地面においてくれ〉
幹斗が青い頭部パーツを慎重に地においた後、コクピットを開け放つと、砂を含んだ風が吹きつけた。
ゆっくりと下降していくハシゴに掴まり、共に地面へと向かう。
「銃の扱いは分かるな?」
そう言ったのは、先ほどまで通信で聞いていた声を発する大柄な男だ。
「撃ったことはない」
「なら構えてるだけでいい」
手渡されたのは、機体の小銃型装備をそのまま小さくしたような銃だった。
爆音と共に火柱が上がる。
「開けるぞ!」
三人の男たちがコクピットの扉に棒を差し込んでこじ開けた。
「銃捨てろ!」
「手を出せ!」
引きずり出された男は、手首に結び付けられたロープを使って地面へと降ろされていく。
「こっちは一応息はあるが気絶してるようだ」
「了解、念のため縛っとけ」
「さてと、最後はあれだな」
大柄な男が指差したのは、青い頭部パーツだ。
「爆弾抱えてても不思議じゃないぞ! 注意しろよ!」
コクピットが開いて最初に見えたのは青銀色の髪だった。
その下に、光を反射する緑色の目がある。
両脇を抱えるようにして引き上げられたのは、幹斗より二つか三つくらい歳下に見える少女だった。
「とっとと出ろ!」
乱暴に投げ出された少女の体は、細く白い腕で支えきれずに砂地に倒れこんだ。
「おい、もっと優しく扱え! その子は多分、無理やり従わされてただけだ!」
「そいつの首を見てみろ」
大柄な男が示した方へと、幹斗は視線を向ける。
少女の首の左手側に、火傷にしては規則的で、刺青にしては色のついていない模様があった。
「それが、なんだって言うんだ」
「見たことないのか。センドの焼き印だ」
「だからその『センド』ってのはなんなんだよ」
「……戦闘用に訓練された奴隷だ」
「奴隷? ならやっぱり無理やり従わされてるだけじゃねえか」
「そりゃ最初はそうだっただろうが、連中にはもう自我なんて残ってない」
「そんなの聞いてみないと分かんねえだろ」
「分かるんだよ。ここにいる何人かは、戦奴の自爆で家族を亡くしてる」
「……この子が、その自爆した奴と同じとは限らないって言ってんだよ。一括りにするな」
大柄な男は軽くため息をつくと、一度だけ頷いた。
「分かった。お前ら、その戦奴は丁重に扱え! ……これでいいか?」
「ああ」
「どうせ処刑されんのに、丁重に扱えってもな……」
そう、小さく聞こえた声を、幹斗は聞き逃さなかった。
「よし、じゃあとりあえず街まで戻るぞ、そこの車両に乗れ」
示された場所には、砂を巻き上げながらホバリングを続ける簡素な車両があった。
幹斗はその荷台へと座る。
「お前、ここがどこか分かるか?」
隣に座った大柄な男に尋ねられて、幹斗は首を横に振る。
「分からない」
「ここはメディオ王国、南部の街、カルカダだ。お前はどこから来た?」
風景を含め、あらゆる要素から分かっていたことだが、ここは日本ではないらしい。
「日本の東京だ」
「そう言うだろうと思った。……採掘保管庫に寄ってくれ!」
そう大柄な男が声を上げると、車両の進路が変わった。
それから揺られること五分ほどで、他の建物より一回り大きな建物の前に車両が止まる。
「入れ」
促されるまま入ると、建物全体が区切りなく一つの部屋になっている空間に、雑多に物が積まれている。
机の上に置かれた家族写真と何らかのトロフィーの横には、古びた人形があった。
画面の割れた端末の上には、サインの書かれたサッカーボールが乗せられている。
その周囲には、幼い頃に遊んだことのある発煙装置の玩具がいくつも転がっていた。
幹斗はそのうちの一つを手にとって苦笑う。一体なぜこんなものまで並んでいるのか。
その後、あまりに統一感のないラインナップを、首を傾げながら見回した。
「お前に見てもらいたいものがある」
大柄な男が掴みあげたのは白い機械だった。
「電子蚊取り線香だな」
「……使い方は?」
「どっかに虫いないか?」
視線を巡らせると、曇りガラス越しに蝶のようなものを数匹見つけた。
幹斗が窓に向けて手を伸ばしても、それらは無反応にガラスに張り付いている。
「こいつらに効くか分からないが、とりあえず起動してみよう」
青いランプが点滅すると、その蝶と思われるものたちは一斉に飛び立っていった。
それを見ていた大柄な男が、大きく頷いてこちらを振り返る。
「間違いないな。……惑星プロクルへようこそ、来たりし者」