第二十三話 高ぶり
「失礼します」
幹斗はクシリナが自分の腿の上に座り、通信機の角をつかんだのを確認して、操縦桿を握る。
――逆ブーストペダルを左足で踏めないのは痛いが、なんとかなるか。
幹斗の武装は中距離向けの小銃、短剣、スナイパーライフルだ。
――スナイパーライフルは置いていこう。使わない。
ブーストペダルを踏み込んで、上昇を開始する。
〈じゃあ、始めようか〉
〈はい〉
二つの中量型機体は、同時に加速を始める。
最初に射撃を行ったのは、ドルトの方だった。
――正確な偏差射撃だ。動きを読まれたら被弾する。
幹斗は緩急をつけながら、不規則に進行方向を変える。
機器を掴んだ手だけに支えられたクシリナの体は、機体が動く度に揺れた。
――……やっぱ、すごいな。
さきほどから何度も、銃弾が幹斗の機体のすぐ近くをかすめている。
〈お前と一番最初に模擬戦した時、妙だと思ったんだ。照準は合ってるのに、撃ってこないから〉
〈後から反省しましたよ。あの時は、隊長がこれほど射線を読めるとは、思っていませんでしたから〉
幹斗はドルトが照準をつけたのと逆方向へと加速する。
〈あの時は、プレッシャーに弱いんだと思ってた。でも、あえて狙いを外してたんだな〉
〈はい。でも、万全を期すなら、発砲前も照準を合わせるべきではなかった〉
〈こっちの近接武器が当たった時、前進してきたよな? あれもわざとだろ?〉
〈ええ。あなたの技量を見て、ボロが出る前に終わらせたかったんです〉
〈すっかり騙されたよ〉
幹斗はドルトのリロードのタイミングに合わせて、前方への加速を開始した。
左手部で持った小銃を撃ちながら、急接近する。
ドルトの機体は、リロードを中断して、回避行動に出た。
もともと、当てる意図が薄かったとはいえ、こちらの射線を読みきったドルトの機体は、全ての銃弾を躱した。
幹斗は胸部に向けて短剣を振り下ろす。
回避行動の直後にも関わらず、余裕を持って掲げられた片手剣が、短剣を受け止めた。
衝撃で、機体が揺れる。
――予想以上だ……!
幹斗は思わず、小銃で牽制しながら、一気に後方へと下がった。
単なる牽制と読み切っているように、ドルトはリロードを終える。
〈あなたほどの人でも、初めて乗る機体では、実力を発揮しきれないようですね〉
〈……こういう状況には、慣れてないからな〉
――やばい、集中しろ俺!
〈それなら、あなたの機体を爆破したのも、無意味ではなかった! 俺にも勝機がありそうです!〉
言ってドルトは、急加速した。
ライフルを連射しながら、こちらへ向かってくる。
幹斗は回避しなければ命中する銃弾を避けつつ、前進する。
ドルトは片手剣を右手部で突き出す構えを見せながら、なおも発砲し続けている。
――なんで、同時なんだ!
幹斗は突き出された片手剣を短剣で弾くと、再び牽制しながら、後退する。
――こんな手応えのある相手と戦える機会と、クシリナ准尉の尻が俺の腿の上に乗ってる状況、なんで同時なんだよ!!
ドルトが撃ってきた弾を、幹斗は急浮上で回避する。
上昇をやめると、クシリナの体が一瞬跳ねるように浮き上がり、その後戻ってきた。
――この弾力、すごすぎる!
今度は上方に向けられた偏差射撃を回避するため、幹斗は左方向へと旋回した。
クシリナの右足が、幹斗の腿の内側に当たる。
――やばい、クシリナ准尉の股の……間が……今、俺の上に乗ってる! こんな状況、初めて過ぎる!
幹斗はトリガーを引いたにも関わらず、沈黙したままの小銃を見て、ようやくマガジン内の弾を撃ち尽くしたことに気がつく。
――全然集中出来ない!
幹斗が予備のマガジンに右手部を向けると、ドルトが加速を始めた。
リロードする間もなく、横薙ぎに振られた片手剣を、短剣が受け止める。
動きの止まった胸部に向けられたライフルを、幹斗はブースト全開で避けた。
〈やばい、高ぶってきた〉
――高ぶりすぎて、ちょっと痛い……。
〈あなたほどの技量の人に、そう言ってもらえるのは、光栄ですね〉
幹斗はリロードを行いながら、旋回する。
銃弾のいくつかが、青い脚部装甲の表面を削った。
〈まずい、擦れてる〉
――腹にめっちゃ擦れてる!
〈ようやく、動きがある程度読めるようになってきました〉
――揺れるとやばい、めっちゃ擦れる! 最小限の動きで避けるしかない!
幹斗は谷底へと下降する。
岩陰を利用して射線を切りながら、比較的細い道を進んだ。
――もはや、直進する時の微震でも刺激がやばくなってきた……。
道なりに曲がった先に、高い崖が見えて、幹斗は前進を止めた。
振り返ると、ドルトの機体が、待ち構えるように銃を向けている。
〈念のため、このあたりの地形も調べておいて良かったです〉
〈完全に、ミスったよ〉
言って幹斗は、瞬きを数回繰り返してから、通信機が拾わないほど小さく呟いた。
「いくしか……ないのか」
「隊長、危険すぎるかと……。奴は完全に待ち構えていますから」
「そう、だよな……」
――いった直後に、俺は果たして正確に操縦出来るか!? 数秒はまともに動かせないんじゃないか!?
これほどの相手に、数秒の隙は、致命的な時間だ。
――どうにか岩を盾にまっすぐ進んで……。でも、すんなり通してくれるわけないよな。絶対に撃ってくる。
「賭け、だな……!」
回避行動に伴う振動に、今の幹斗の体が耐えられる保障はない。
「隊長、どんな結果になるとしても、私はあなたを信じています」
クシリナは腰ごと体を傾けて、こちらに顔を見せた。
信頼感を表すようなまっすぐな瞳に見つめられて、幹斗は視線を下方へと反らした。
「……ああ、こんなことになってごめんな」
――ほんと、こんなことになってて申し訳ないとしか言えねえ!
幹斗は最小限の加速で前進し、巨大な岩の横へと進んだ。
上方から放たれた銃弾が岩を削る。
〈なるほど、そうやってじわじわ進む気ですか。でも、こんなチャンスを逃す気はありません!〉
――まずい、真上を取られた!
降り注ぐ銃弾を回避するため、幹斗は右足で左側のペダルを踏み込む。
逆ブーストによって、機体は急後退を始めた。
斜め上からの偏差射撃を読み切って、今度はブーストを起動する。
反動で、クシリナの腰が、幹斗の腿の付け根あたりまで迫ってきた。
照準を修正したドルトの機体は、牽制射撃を行いながら向かってくる。
――迎え撃つしかない!
幹斗もまた、短剣を構え、上方に向けて加速する。
振り下ろされた片手剣を、短剣が弾く。
そのまま突き出した短剣もまた、片手剣に反らされて空を切った。
右から片手剣が近づいてくる。
それを弾こうとした時、ライフルの銃口が胸部を向いていることに気がついた。
幹斗は操縦桿を左に倒しながら、全力でブーストペダルを踏み込んだ。
振られた剣、放たれた銃弾よりも速く、機体は左方向へと加速する。
不安定な状態で座るクシリナの腰は、幹斗の腹部をかすめるように右へと移動した。
〈うっお!〉
幹斗は思わず腰を引こうとして、しかし座席に阻まれて留まった。
安定性を失ってよろめき飛んだ機体を、幹斗は左足で左右のペダルを交互に踏んで安定させた。
クシリナは、今度は幹斗の右腿の付け根に座っている。
〈……驚きました。今のを躱しますか。同じ中量型とは思えない……〉
〈……今のは、ヒヤッとしたよ。なりふり構ってられなかった。だけど――〉
幹斗は浅く握った操縦桿を握り直すと、前を見据えた。
〈今ので逝きかけて、冷静になれた。ここからは本気でお前を倒す〉
〈これまでは本気でなかったと。普通なら強がりに聞こえますが、あなたには、それに説得力を持たせるだけの実力がある〉
〈強がりじゃないさ〉
〈そうでしょうね。だからこそ、俺はこの場で、あなたを倒さなければならない!〉




