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第二十二話 夕日が沈む時

 幹斗の目前には、空中にも関わらず、地に立つように安定しているドルトの機体がある。

 それは、高レベルの機体制御能力があることを示していた。


〈俺を『倒す』か。自信あるんだな。楽しみだよ〉

 これは、幹斗の本心だ。

 あれだけの技量を持つ中量型と戦うのは、どれほどぶりだろうか。


〈自信……そんなもの、十機撃破した時の隊長を見て、消え去りましたよ〉

〈弱気になるなよ。期待してるんだから〉

〈自信を失って弱気になった。だからこそ、俺はあなたを撃破出来るんです〉


〈どういうことだ?〉

 高い音が足元の方から鳴る。


〈隊長の機体の動力部に、爆薬を仕掛けておきました〉

 ドルトの言葉が終わると同時に、突き上げるような衝撃と爆音が、幹斗を襲った。

 唖然としながらドルトの機体を見上げる幹斗は、機体ごと地へと堕ちていく。


〈不本意ですが、こうするしかないんです〉

 沈んだ声で言うドルトに、幹斗は同じ調子で返す。

〈俺も残念だよ〉


 先程とは違う持続性のある衝撃のあと、砂地に沈むように機体が止まった。

 幹斗は明度が下がったスクリーン越しに、クリーム色の機体と青い機体を見ている。


〈やはり、スパイだったか。証拠は掴めなかったが、ずっと怪しいとは思っていた〉

 クシリナの声は、冷静さの中に、わずかな怒りがにじみ出ていた。

〈准尉、あなたは優秀な軍人です。おかげで、本来の任務の半分も達成できなかった〉


〈……ボクらの機体にも、爆薬を仕掛けてあるのか?〉

〈爆薬の入手も、設置も、間に合いませんでした〉


〈それでも貴様は、今日決行した。なめられたものだな〉

〈本当は、もっと先で仲間と合流する予定だったんです。それが、先客のせいで予定が狂ってしまった。まあでも――〉


 ドルトが向けた銃口が、クシリナの機体の胸部を捉えかけている。

〈准尉、避けろ!〉


 急上昇したクシリナに向けて発砲を続けながら、ドルトは言う。

〈この状況に対しては、そこそこ自信がありますよ〉


〈シュメル! クシリナ准尉のフォローを頼む!〉

〈はい!〉

 シュメルの機体が、クシリナを庇うように前へと出た。


〈ソフィアン、命中させることより回避重視で飛び回れ!〉

〈……命令するな〉

 ソフィアンは、そう言いながらも、するどい角度で旋回を続けている。


〈リロードのタイミングが重ならないように気をつけて、とにかく撃ち続けろ!〉

〈了解〉


 ――とはいうものの、これじゃジリ貧だ。

 ドルトが回避に専念しているおかげで、友軍三機は無傷だ。

 しかし、無傷であるのは、ドルトの機体も同様だった。


 こちらが射撃を緩めれば、ドルトは三機のいずれかを撃破するだろう。

 それが可能なだけの射撃精度を、三つのミサイルを連続で撃ち抜いたドルトは持っている。


 だが、弾薬は有限だ。

 永遠に撃ち続けることはできない。

 銃弾が発射されればされるほど、形勢はドルト有利へと傾いている。


 ソフィアンの機体が、腰にあるレイピアの柄へと手を伸ばした。

〈ソフィアン、なるべく近接戦は避けろ〉

〈……他に方法がない〉


 ――弾切れか……。

 ソフィアンが近接に重点を置き、弾薬の装備数を減らしていたのが、今回はあだになった。


〈それなら仕方ない。気をつけろ、ドルトは接近しても撃ってくる可能性がある〉

〈……分かってる〉


〈クシリナ准尉、援護してやってくれ〉

〈了解〉


 幹斗は祈るような気持ちで、ソフィアンの機体の軌道を目で追った。

 背後を取るために行っている旋回は、しかし意味をなさない。

 旋回速度よりも、ドルトの機体が方向を変える方が早いからだ。


 『せめて上を取る』といった風に、ソフィアンは上昇していく。

〈曹長、あなたは隊長の言った通り、近接の方が向いていると思います〉


 逆立つソフィアンの機体ごと突き下ろされたレイピアの剣先を、ドルトは最小限の動きで弾いた。

〈ですが、経験が圧倒的に足りない〉

 ドルトは、ソフィアンの機体の肩へとライフルを押し当てる。


 ソフィアンの機体の胸部装甲が割れて、動力部があらわになった。

 さらにそこにも銃弾が食い込んでいく。


〈ソフィアン! 無事か?〉

〈……ああ。……何のつもりだ?〉


 ドルトの機体は、完全に停止したブースターを掴むと、ソフィアンの機体を谷の上まで運んでいる。

 そして、平な場所にゆっくりと下ろした。

〈あなたには伸びしろがある。ここで死なすには惜しいですから〉


〈……クシリナ准尉、撤退を頼んだら、実行してくれるか?〉

〈命令であれば。ですが……〉


〈だよな〉

 クシリナとドルトの中量型機体の速度はほぼ互角。

 簡単に逃してくれるとは思えない。


〈構いませんよ。もしなんだったら、曹長も一緒に〉

〈良いのか?〉

〈はい。ただ、一つ条件があります。隊長はメディオ王国軍を辞めて、俺たちの仲間になってください。シュメルさんの安全も保障します〉


〈そんな条件、飲めるはずがない!〉

 声を荒げたクシリナに、幹斗は続く。

〈正直、俺が軍に入った日に誘われていたら、もっと悩んだかもしれない。だけど、貰うだけ貰って逃げるのってかっこ悪いだろ?〉


〈残念です。でも、俺はまだ諦めませんよ〉

 言ってドルトは、再び浮上した。


 ――これは本気でやばいな。

 状況は最悪と言ってもいい。

 三対一でも不利だった事態が、ソフィアンを欠いてさらに悪化した。


 ドルトの機体は、回避行動を取ることもなく、ただじっとシュメルに銃口を向けている。

 盾から少しでもはみ出た部分を撃ち抜くといった圧力が、そこから溢れていた。

 それは、離れた場所からただ見ることしか出来ない幹斗に対しても伝わってくる。


〈……シュメル二等兵、奴を数分、引きつけられるか?〉

〈はい。出来ると思います〉


 ――クシリナ准尉、何か策があるのか?

〈シュメル、無理はするなよ! ドルトはシュメルより、機体の操縦が上手い〉


〈はい! がんばります!〉

 シュメルの機体は、安定した軌道でドルトの機体へと向かっていく。

 巨大な盾が一直線に進むさまは、黒い壁が空中を移動するようにも見えた。


 その様子が映し出されていた中央スクリーンを、巨大な青い頭部が覆う。

 開いた上部から現れたのは、クシリナ自身だった。

 その口元が動いているのに気がついて、幹斗もコクピットを開放する。


「隊長、私の機体に乗ってください」

「分かった!」

 幹斗は伸びてきた繊細な手を頼りに、クシリナの機体へと乗り移る。


 出入り口のフチに座ったクシリナの横を通って、コクピットへと入った。

 直後にシュメルの状況を、スクリーン越しに確認する。


 巨大な盾の上方を右手部で掴み、乗り越えるように上昇したドルトの機体は、シュメルの頭上で逆立った。

 そして、シュメルの機体の真後ろへと急降下していく。


「私は、隊長の機体に移ります」

 下方から放たれた銃弾が、シュメルの機体のブースターを射抜く。


「そんな時間はなさそうだ。戻ってくれ」

 推進力を失った重量型機体は、地へと落ちていく。


〈やはり准尉は、優秀な軍人です。あなたの機体にも、爆薬を仕掛けるべきだった〉

機械(マキナ)乗りとしては貴様に及ばなくとも、軍人として遅れは取らない〉


 シュメルの機体が、砂埃を巻き上げながら地へと降り立つ。

〈シュメル! 怪我しなかったか?〉

〈大丈夫です! でも、ごめんなさい。……もう飛べません〉


〈あとは俺がやるから大丈夫だ。そこで見ててくれ〉

〈はい!〉


〈……結局、こうなってしまうんですね〉

 ドルトの声に、幹斗は答える。

〈今ならまだ、戻ってこれるぞ〉


〈もう、間に合いませんよ。だって、日は沈みかけてる〉

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