第二十一話 精鋭以上
「今日は、シュメルが好きなシチューで良かったなー」
「はい! シチューは肉と、タマネギと、牛乳の味がします!」
幹斗は左右に土嚢が積まれた道を、シュメルと二人で歩いている。
正午過ぎにしては、日差しが穏やかだ。
轟音が響いて少しののち、突風がふいた。
軽量型機体の旋回を横目で見ながら、幹斗は第七格納庫へと入る。
屋根のある格納庫は、外との光量の差もあって、なおさら薄暗く感じられた。
「あ、ドルト! ここにいたのかー」
「隊長、おつかれさまです」
ドルトは無装甲機の足元から、こちらの方へと歩み寄ってきている。
「最近昼時に見かけないけど、なんか忙しいのか?」
このところのドルトは、昼時になると、食事に誘う間もなくどこかへ消えてしまう。
「いやーそういうわけじゃないんですけど、ただ食欲がなくて」
「もしかして、この前のクシリナ准尉の件、まだ気にしてんのか?」
ドルトは首を横へと振ると、ぎこちなく笑った。
「いや、ほんと、そういうことじゃないんです!」
何度聞いても、こういった答えが返ってくるものの、ドルトが陽気さを失っているのは明らかだった。
それは、アタラの街で十機の所属不明機を撃退した日からずっと続いている。
ドルトに落ち度がなかったとは言えないが、一週間も沈むほどの失態ではないと幹斗は思う。
味方との接触や誤爆は、そう珍しいことではない。
とは言っても、それは幹斗がプレイしていたVRゲームでの話ではあるが。
「それなら良いんだが。……そうだ今晩、この三人でラーメン食いに行かないか?」
「ラーメン……あの日食べた白いスープの……」
「そうそう! 美味かったろあれ?」
「はい、すごい美味かったです」
「じゃあ行こうぜ! 俺の故郷の話もするからさ」
「行きたいですけど、間に合わない……ですね。多分」
「間に合わない?」
「ネイダー大佐から、命令を言付かりました。南の国境沿いに精鋭が出たので、討伐するようにと」
「お、マジか! ついに実戦任務だな! クシリナ准尉を見返そうぜ!」
ドルトは再びぎこちなく笑ってから、背を向けた。
「はい! 准尉と曹長呼んでくるんで、お二人はここでお待ちください!」
* * * * * * * * * * * * * * * *
切り立った崖で出来た谷を、幹斗たちは飛行している。
やや赤みの強い岩で形作られたその場所は、五機が横に並ぶには狭い。
しかし、一機ずつであれば、接触を恐れずに速度を出せる程度の幅があった。
〈一等兵、道は本当に正しいのだろうな?〉
温度を感じさせないクシリナの声だった。
〈は、はい。多分〉
〈多分では困る。もう一度確認しろ〉
〈りょ、了解です〉
幹斗は以前、クシリナに対して『ドルトに、もう少し柔らかく接してくれないか』と言ってみたことがある。
だが『特別扱いはできません』と断られてしまった。
〈報告!〉
〈は、はい! 道はあってます!〉
〈了解〉
――……帰ったらもう一回どうにか頼んでみよう。
そう思った時だった。
前方の岩陰から、銃口が突き出ているのを見つけて、幹斗は目を見開いた。
ほぼ同時に声を荒らげる。
〈敵だ! 応戦しろ!〉
〈まだ先のはずなのに……!〉
〈斥候かもしれない! 逃がすな!〉
クシリナの予想は正しい可能性もある。
ただ、幹斗は、違う予想を真っ先に想像した。
斥候ではなく、待ち伏せだ。
その根拠は、現在浮遊している場所の地形にあった。
分かれ道が、前方後方にそれぞれ二本ずつ。
さらに左右に一本ずつの合計六本もある。
曲がりくねっているせいで、それぞれの道の先は見ることができない。
この場所は、偶然斥候と遭遇したにしては、あまりに待ち伏せに適していた。
〈……谷の上に出て、偵察してくる〉
そう言ったソフィアンの機体が上昇を始める前に、幹斗は制す。
〈駄目だソフィアン! 上に出たら的になるぞ!〉
ソフィアンが忠告に従ったのに安心する間もなく、幹斗は息を飲んだ。
谷の上へと飛び出たドルトの機体が、前方を眺めるように空中で停止していたからだ。
さらに悪いことに、それぞれ別の方向から放たれただろう三つのミサイルが、ドルトへと迫っている。
〈避けろ!〉
叫びながら、幹斗はほとんど確信していた。
間に合わないと。
三つのミサイルが到達する前に撃ち落とすのは、距離からして至難の業だ。
しかも、たとえ高速で撃ち落とせたとしても、爆風に巻き込まれる。
となると、残る選択肢は、避けることだけ。
複雑かつ繊細な動作を繰り返して、ぎりぎり通り抜けることのできる僅かな空間。
それを、口で説明したあとで実行したのでは、間に合わない。
幹斗が瞬きもせず見つめたドルトの機体は、腰を折りながら斜め下へと滑った。
頭部を一本目のミサイルがかすめきったあと、姿勢が伸びていく。
背面跳びのように、天を仰ぎ見た機体のすぐ下を、二本目のミサイルが素通りした。
小気味よいブーストの点滅に合わせて回転する機体は、三本目のミサイルをも躱す。
そのまま流れるように伸ばした左手部に握られたライフルの先が、一瞬光った。
一発の弾丸が旋回を始めた一本目のミサイルを正確に射抜くと、破裂させた。
無駄のない動きで続けざまに二発。
二本目、三本目のミサイルは爆炎とともに消え去った。
幹斗は乾いた目を休ませるように意識的に閉じた。
――偶然じゃないな。
〈ソフィアン! 前方左のやつ、任せていいか?〉
〈……もう向かってる〉
〈クシリナ准尉、中央のやつを頼む!〉
〈了解〉
〈シュメル! 崖を背にしながら背後の警戒を頼む!〉
〈はい!〉
幹斗が三人に対する指示を出し切った時、機体は右前方の敵機の目前に迫っていた。
そのまま加速して、一気に短刀を突き立てる。
撃破したことを確認してすぐに、振り返った。
〈どうだ?〉
〈一機撃破です〉
〈……撃破した〉
〈二人共ナイス、あと一機いるはずだ〉
〈……もう一機なら、俺がやりました〉
〈ナイスだ。他に敵は?〉
ドルトの機体は、いまだ谷の上を浮遊している。
〈少なくとも、ここからだと見えませんね〉
〈なら、前進しよう。先頭で案内してくれ、ドルト〉
〈……了解しました〉
〈隊長、敵機を回収して、基地に帰還すべきではないでしょうか?〉
戦闘直後とは思えないほど冷静な声のクシリナに対して、それ以上の冷静さを持って幹斗は答える。
〈こいつらは『精鋭』ってほどじゃなかった。だから、まだ『任務』は終わってない。そうだろう? ドルト〉
〈……はい、俺もそうだと思います〉
枝分かれのない道の直線へと差し掛かったところで、幹斗は前進を止める。
〈なあドルト、なんでお前は、実力を隠してたんだ?〉
ドルトの機体もまた、ゆるやかに減速すると、空中で振り返った。
〈隠す? どういうことですか?〉
〈さっきのミサイルの回避と撃墜。あれは偶然じゃない〉
〈……運が、良かっただけですよ〉
〈運で出来ることじゃない。別の日に別の場所で、三枚だけ宝くじを買って、全部大当りを引き当てるようなもんだ〉
〈たからくじ? なんですかそれは? 隊長は時々、不思議なことをおっしゃいますよね〉
〈お前には、高度な判断力と、それを実行するだけの操縦技術が備わってるってことだよ〉
〈褒めて頂いてるんですか? ありがとうございます〉
〈褒めてるよ。お前は『精鋭』以上だ。だから教えてくれ、それだけの実力を隠して『わざと』味方に衝突した理由を〉
〈……さすがに見抜かれますよね。本当はもう少し、せめて日が落ちるまでは、この小隊の一員でいたかったんですが〉
〈それは、小隊、っていうか軍を抜けたいって意味で良いんだよな?〉
〈はい、その通りです。そして俺は、隊長を倒さなければなりません〉
ドルトの機体を、夕日が赤く染め上げている。
〈あなたは、敵にしておくには、強すぎるから〉




