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第十六話 決闘

 幹斗の機体の五百メートルほど先には、黄色とオレンジ色で塗装された軽量型機体が浮遊している。

〈……約束は、忘れてないだろうな?〉

 それを操るソフィアンの通信機越しの声は、怒りがこもって尚、少女のような高さを保っていた。


〈ああ。お前がもし勝ったら、隊長やめてやるよ〉

 言って幹斗は、相手の装備を確認する。

 ――武器は近接じゃなくて中距離向けのアサルトライフルか。軽量型の機動性でかき回すタイプかな。


〈ルールの最終確認です。頭部および胸部に、模擬弾もしくは木製近接武器が当たった場合、撃破判定とします〉

 地上にいるクシリナの通信だ。

〈また、この十キロ四方の演習場から離脱した場合も、撃破判定とします〉


〈一応言っとくが、地上にいるクシリナ准尉たちに当てるなよ。模擬弾っていっても、生身に当たったらヤバイぞ〉

〈……そっちこそ、無装甲じゃ、ちょっとした接触でも死ぬ可能性がある。せいぜい気をつけろ〉

〈そこは心配しなくていい。俺を敵だと思って全力で来い〉


〈それではカウントします。五、四、三、二、一、開始!〉

 クシリナの声と同時に、幹斗はブーストペダルを踏み込む。

 そして、ソフィアンの機体を中心に、円を描くイメージで旋回をはじめる。


 幹斗の機体が二週目の円を描きはじめた頃、ようやくソフィアンによる発砲が開始された。

 ――やっと捉えて来たか。でも、照準合わせるだけじゃ駄目なんだよな。弾がつく頃には、俺はそこにいない。


 射撃を行う度に、ソフィアンの機体が反動で揺れている。

 ――機体制御は良くてCってとこかな。


〈……逃げずに戦えよ!〉

〈じゃ、遠慮なく〉

 幹斗は最小限の角度で切り返し、ソフィアンの方へと向かう。


〈……なんで当たらないんだ!〉

〈当たらないんじゃなくて、避けてるんだよ〉


 地面に対して平行になった状態で向かってくる敵を狙うのは、実は難易度が高い。

 機体の制御が完璧なら、頭部や肩、つま先など、ごく小さな的を狙うことになってしまうからだ。

 特に、相手が射線を完全に読むだけの目を持っていれば、命中させるのは至難といえる。


 幹斗はソフィアンのすぐ上を通過する。

 その際、木製の短刀を持った右手部ではなく、何も持たない左手部の先で、ソフィアンの機体の頭をなぞるようにした。

〈……いつでも撃破出来るってことか? ふざけるな!〉


 ――射撃に関してはDランクってとこか。次は飛行適正を見ておきたい。もうちょい挑発するか。

〈悔しいなら当ててみろ〉

〈……ボクを、舐めるな!〉


 ソフィアンは思惑通り、後ろから追ってきている。

 それを確認して、幹斗は距離が縮まる程度まで、速度を落とした。

 ――ようやく偏差射撃始めたか。でも、狙いやすい少し上からじゃなく、同高度で追ってきてるな。空中戦の経験は少なそうだ。


 幹斗は高度を落とし、地面すれすれを飛び始める。

 前方斜め右に、小さなくぼみが出来、直後に水色の液体が飛び散った。

 次々と模擬弾が着弾し、砂地が水色に染まっていく。


 正面に砂の丘があるのを確認して、幹斗は地面へと機体の手を伸ばす。

 砂をすくい上げると、背後で砂煙が舞った。


 幹斗は一気に上昇する。

 砂の丘のだいぶ上を通り抜けた時、ソフィアンの声が聞こえた。

〈っく!〉


 砂煙の中から現れたソフィアンの機体は、砂の丘を削る。

 ソフィアンは、そのまま地面に向かってしまいそうな危なげな軌道をどうにか整えて、こちらを振り返った。


 その様子を、幹斗は水色に染まった砂地の上に着地しながら見ていた。

 ――なんとか避けたな。飛行適正はCくらいか、センスはあるかな。……お、見っけ!

 水色に染まっていないくぼみから、破裂しなかった模擬弾を見つけ出し、左手部で包む。


〈よし、そろそろ終わりにするぞー。準備いいか?〉

〈……ボクは、絶対に負けない〉

〈その意気だ。頑張れ〉


 言って幹斗は、ブーストペダルを踏む。

 中量型程度まで加速した時、ソフィアンとの距離は半分程度になっていた。


 ――よし、このあたりかな。

 幹斗は機体の左手部を軽く振り上げたあと、全力でブーストペダルを踏み込んだ。

 僅かの時間で、速度は並の軽量型機体を凌駕する。


 ソフィアンの機体の胸部へと、極力単調な動きで突き出した短刀は、少し手前で向きを変えた。

 幹斗は真横に並んだソフィアンの機体を確認する。


 胸部を守るようにしてアサルトライフルが抱えられていた。

 ――とっさに防ごうとしたのか。悪くない判断だ。反応はBランク並だな。


〈……もう、終わりにするんじゃなかったのか? 何故、途中でやめたんだ〉

 アサルトライフルの銃口をこちらへと向けながら、しかし発砲せずに、ソフィアンはそう言った。


〈途中で気がついたんだよ。そういや短刀をこれ一本しか持ってきてないってことに。だから――〉

 中量型より少し遅い速度で飛来した小さな黒い弾が、ソフィアンの機体の胸部にぶつかる。


 同時に破裂して、オレンジ色の胸部を水色に染めた。

〈模擬弾で撃破判定だそうと思ってさ〉


 クシリナの澄んだ声が響く。

〈隊長による曹長への撃破判定を確認しました。〉


〈……一体、どうやって……。あんたは近接武器しか持っていなかった。今も持っていない。なのに、どうして……!〉

〈お前が撃った模擬弾のいくつかが破裂してなかったんだ。それを、さっき投げておいた〉


〈……向かってくる時に投げてたっていうのか!? なんでそれで当たるんだ……。ボクの撃った弾は、一発も当たらなかったのに〉

〈お前は空中とはいえ、棒立ちに近かったしな〉


〈……それにしたって、ありえるはずがない〉

〈経験の差だよ。俺はもう五年これに乗ってるから。お前もあと何年かすれば、もしかしたら似たようなことが出来るかもな〉


〈……認めるよ。あんたは確かにボクより強い。でも、だからって隊長だと認めるわけじゃない〉

〈それで構わない。隊長面する気はないからな。ただ一個だけ助言だ。多分お前、近接のが向いてるよ〉


〈……ボクの射撃が下手だってことか?〉

〈そうじゃない。俺に当てられたら大したもんだ。ただ、お前は反射神経がなかなか良いから、近接のが向いてるってだけだ〉


〈……それはつまり、近接使えっていう命令か?〉

〈俺は命令出すのも従うのも苦手なんだよ。だから、お前の好きにしていい〉


〈……分かった〉

 口調には苦々しさを含んだソフィアンの声は、しかし、少女が発したとしか思えないほど、濁りなく透明感のある音だった。

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