第十五話 血統
幹斗が七番格納庫にたどり着くと、三つの人影があった。
そのうちの一つは、見覚えがある。
「クシリナ准尉! 足はもう大丈夫なのか?」
「お久しぶりです。この通り、まだ本調子ではありませんが、地上勤務には支障ありません」
クシリナは左足を軽く浮かせながら、松葉杖を支えに立っている。
つい先日まで、面会もできない状態だったはずなのに、本当に大丈夫なのだろうかという疑問は残る。
しかし、それ以上に気にかかることが、幹斗にはあった。
「敬語? なんだよ急に。よそよそしいな」
「階級も立場も隊長が上になりましたから。当然です」
「そういうの良いって!」
タメ口で会話していた相手が、突然敬語になるというのは、距離が離れたようで少し寂しいものだ。
「そういうわけには。他の部下の目もありますし」
「うーん、できれば前みたいな口調のが良いんだけどな……」
「命令であれば従います」
凛として言ったクシリナから、幹斗は視線を外す。
「……命令ってわけじゃない。っていうか、俺は上下関係とかあんま好きじゃないんだよな」
「命令ではないということでしたら、このままがよろしいかと」
「うーん……分かった。それで、この二人が?」
「はい。我々の小隊に加わり、隊長の部下になる者たちです。まず、ドルト・エイグナー、階級は一等兵です」
「よろしくおねがいします、隊長どの!」
そう言った目の細い褐色の男は、二十歳前後だろうか。
人の良さがにじみ出るような笑顔をしている。
「こっちこそよろしく」
「この隊に入れて光栄です! 有名な精鋭を倒した人の部隊が作られるって聞いて、真っ先に志願して良かった!」
「たいしたことじゃないよ」
おそらく年上の部下というのは、少しやりにくいが、こういう人物なら、上手くやれるかもしれない。
「次に、ソフィアン・フィネル曹長」
無言で一歩歩み出たのは、十代半ばほどの小柄な少女だった。
金色の短い髪に、やや目尻の上がったオレンジ色の目をしている。
凹凸の少ない上半身から伸びる手は、その身長にしては細長い。
くびれのはっきりとした腰にある細身の剣は、地面すれすれまで下がっていた。
「俺より若そうだな。何歳だ?」
「……十五」
「じゃあ二個下か。よろしく」
最近分かったことだが、この星の一年の長さは、地球とだいたい同じだ。
一ヶ月に入る日にちと、一年に入る月の数が違うが、最終的な一年間の日数はほぼ同じ。
一日の長さも、おそらくそう違いはない。
そのことを思い出しながら、ソフィアンの返事を待ってみたが、返ってくる気配はない。
諦めて、幹斗は再度口を開く。
「十五で曹長って、結構すごいんじゃないか?」
幹斗としては褒めてみたつもりだったのだが、どうやら空振りしたようだ。
見かねたように、クシリナが代わって返答してきた。
「曹長は入隊一年程度ですが、既に二機撃破、七アシストです。腕は確かかと」
「クシリナ准尉が褒めるなら、期待できそうだなー!」
なるべく大げさに言ってみたが、正面の少女からは何のリアクションも返ってこない。
――やばい、もしかして俺、初対面から嫌われてるのか? ……とりあえず、空気を変えるためになんか話題を振らないと。
幹斗はしばらく周囲を見回し、ようやく一つ見つけて、口を開く。
「しかし、この基地、女子比率高いよなー。この小隊内だと、微妙に肩身狭いけど、一緒に頑張ろうぜ! ドルト」
明るく返事を返してくるはずのドルトは、しかし顔を反らして、小さく頷いた。
「あ……はい……」
――空気がさらに重くなった……!? 俺、変なこと言ったか?
「……それは、どういう意味だ」
うろたえるドルトから視線を正面に移すと、ソフィアンがこちらを見上げるようにして睨みつけていた。
「え、いや、五人の小隊で、男は俺とドルトだけだから、女の子の方が多いなっていう、ちょっとした軽口っていうか……」
「……つまり」
「隊長! 少々こちらへ!」
言い掛けたソフィアンを遮るように、クシリナが間に割って入ってきた。
幹斗は手首を掴まれて、格納庫の隅へと連れて行かれる。
「……俺なんか、変なこと言ったか?」
「失礼ながら、その通りです……。曹長は、女性ではなく、男性ですから」
「え! マジで!」
衝撃的な事実に、思わず声を荒げてしまった。
そのせいか、クシリナは、ちらりと他の三人がいる方を見てから答える。
「はい。やはり、勘違いされていましたか」
「いやだってさ、体型とか、顔とか、どう考えても女の子だろ」
「確かに、そういう噂が立ったことはあります。人前で絶対に服を脱がないだとか、そういった」
「その噂、正しかったんじゃないか?」
「いえ、ネイダー大佐が直々に、各小隊長に『噂は事実無根』だと明言して、噂は静まりました」
「……なるほど。じゃあ、俺がその一回静まった噂を掘り返しちまったってことか」
「はい。ただ、それだけではないんです。彼は、貴族出身ですから」
「あーなんか雰囲気的にそうなのかなとは思ってた。『平民ごときが馬鹿にしおって!』ってことか?」
「曹長はそういう性格でもないのですが、ただ……貴族の男性を女性というのは、大変な侮辱だそうです」
「なんでだ?」
「この国では、女性の貴族に相続権はありません。そのため、『家を継ぐ能力がない』あるいは『継ぐ価値もない家柄だ』という意味を持ってしまうからです」
「なるほど、大体分かった。とりあえず、俺が悪かったみたいだから謝ってくるよ」
幹斗はクシリナにそう伝えて、ソフィアンの前へと戻った。
ソフィアンは相変わらず、幹斗を睨みつけている。
「誤解があったみたいだ。申し訳ない」
「……当家に対する侮辱が、謝ってすむ問題だと?」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ」
ソフィアンは腰にある剣を引き抜くと、剣先を幹斗へと向けてきた。
「……決闘だ」
「曹長! それは反逆罪に当たるぞ!」
クシリナの声が響いたが、ソフィアンは変わらず、剣を突き立てている。
「……貴族には、決闘の権利があるんだよ。任務中以外は、反逆ではなく権利の行使とみなされる」
「確かに俺が悪かったが、頭に来たら殺し合う権利まであるのか。すげえな貴族は」
「……とっとと武器持って来い。ボクの剣が怖ければ、銃でも構わないぞ」
「俺は貴族じゃないから、斬り合う趣味はない」
「……なら、このまま死ぬか?」
「それもごめんだな」
「……では、この状況をどうするつもりだ?」
ソフィアンの持つ剣の先が、幹斗の首元に当たる。
「機械でなら、勝負してやるよ」
「……いいだろう。もともと、あんたが隊長だってことに納得してないんだ。もしボクが勝ったら、隊長から降りろ」
「ああ、それでいいよ。別に隊長になりたかったわけじゃない。でも、俺が負けるとは思えないけどな」
「……大した自信だな。後悔させてやる」




