第十四話 信頼の証
二人がメディオ王国警備隊に発見されたのは、幹斗がクシリナを背負いはじめてから一時間ほど経った頃だった。
警備隊の兵士たちは、クシリナに応急処置をほどこした後、二人を基地へと運んだ。
基地につくなり連れて行かれたクシリナには、それからひと月ほど会えていない。
何度か見舞いに行ったものの、毎回『これ以上面会させることはできない』と言われてしまった。
幹斗はというと、最初の一週間は、あのシームルグという傭兵団と戦った当日の状況について、詳細に尋ねられた。
何回か敵を撃破した場所の捜索に付き合わされることもあったが、土地勘もない砂漠では、大した役には立てなかった。
それから、出撃命令はくだされていない。
おそらく、お目付け役のクシリナが不在のため、機体に乗るような任務には就かせたくなかったのだろう。
そうして、シュメルとただぼんやりと過ごす日々が続いた。
以前は朝起きるたびに地球にいるものと勘違いしていたものの、最近はそうしたこともなくなってきた。
ただ、こうして上空を飛ぶ機体をみつめている時だけは、自分がまだゲームをやっているような錯覚を起こす。
そんなことを考えながら眺めていた空から、視線を下に移すと、隣に座ったシュメルが、うとうとと首を振っている。
砂漠にも、いや、この星にも季節というものがあるのかは分からないが、今日の風は心地いい。
もしかすると、夏から秋に、あるいは秋から冬に近づいているのかもしれなかった。
視界の端に、茶色の髪が揺れたのが映る。
「曹長、こちらにいらっしゃったんですね」
声のした方を見ると、幹斗が不在の時に、シュメルと一緒にいてくれている女性の伍長が立っていた。
「ああ、悪い、もしかして俺を探してた?」
「はい。でも、どうかお気になさらず。ネイダー大佐がお呼びなので、お部屋の方にお願いします」
「了解。じゃあシュメルのこと頼んだ」
「すみません、お二人とも、とのことです」
「珍しいな。……シュメル、ごめんだけど起きてくれ」
幹斗が軽く肩をゆすると、シュメルは跳ねるように立ち上がった。
「はい!」
「ごめん、驚かせて。なんか俺らに用だってさ」
「大丈夫です! シュメルですから! 私は!」
まだ少し寝ぼけているらしいシュメルの発した倒置法に、軽く笑ってから、幹斗も立ち上がる。
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伍長とドアの前で別れて、幹斗はネイダー大佐の部屋へと入った。
「なんか用か大佐」
ネイダー大佐は、椅子に深く腰掛け、いつものように鋭い目つきでこちらを見ている。
「まず一点、お前が撃破した敵機体の破片が見つかった。シームルグ傭兵団に間違いない」
「ふーん。なんか有名な奴らってことくらいしか聞いてないし、俺としてはどう反応していいのかって感じだな」
「金で買える戦力としては、おそらく最高の者たちだ。あれに同数で勝てるのは、正規軍でも少ない」
「まあ、やりあった感じ、そこそこではあったよ」
「ブーストなしで四機撃破しておいて、『そこそこ』か」
「ブーストさえあれば、あのムカつく大尉も、他の貴族のやつらも、多分死なずに済んだんだけどな」
「お前が一緒なら、何人かは生き残るかと思っていたが、『期待以上の成果』だったよ」
「おい、あんたまさか……」
幹斗が睨みつけたのを、まるで意に介さないように、ネイダー大佐はこちらを見ている。
「警備隊が何機かやられていてな。精鋭がいるのは分かっていた」
「あいつらがロクに飛べもしないのを知ってて……」
ネイダー大佐は軽く笑う。
「もちろん知っていたとも。シームルグ傭兵団は実に良い仕事をした。こちらからも金を払ってやりたいくらいだ」
「確かに頭に来る連中だったが、味方だろうが!」
「私は『困難な任務がある』と言った。それに志願したのは奴らだ。なんの問題がある?」
「……あるに決まってる。結果が分かってたんなら、あんたが殺したようなものだ」
「ああそうだ。だが、その結果、あの屑どもよりも、よほど有益な者たちが生き残るだろう」
「どういうことだ……」
「やはり連中は精鋭だ。ほとんどの機体が、頭部だけの換装で使用できる。二十人以上の、より優秀な者たちが乗り、生き残る」
「……そうだとしても、俺はあんたが嫌いだ」
ネイダーは乾いた笑いを漏らす。
「別にお前に好かれようとは思っていないよ。紀州幹斗少尉」
「少尉……?」
「二階級特進だ。戦死したわけではないが、この前死んだ屑ども全員を合わせたより、功があったからな」
「全く嬉しくねえ」
「そう言うな。別のプレゼントも用意してある。小隊を一つやる」
「小隊?」
「部下四人に、頭だけ新品の機械が五機だ。せいぜい死なせないよう気をつけるか、有益に殺すんだな」
「まだ軍に入って一ヶ月の俺に隊長やれってことか?」
「精鋭を含む十三機撃破。エース勲章を二回やってもまだあまりがある。経歴としては十分だ」
「クシリナ准尉のが向いてるよ。戦闘中の判断も割りと的確だった」
「クシリナの推薦だ。軍事に関する知識不足は、自分が副官としてサポートすると」
それはつまり、クシリナが幹斗の部下になるということだろうか。
「……それで、シュメルの安全が保証されるなら、やれるだけやってみるが……」
「ああ、その娘のことだが、市民権は手配した。あとで誰かに証明書を届けさせる」
「それに関しては礼を言うよ」
ネイダー大佐のことは、人間的に好きになれそうもない。
だが、今のところ幹斗との約束を守っている。
そこが唯一、この女を評価出来る部分だ。
「それと、その娘を、二等兵として徴用、お前の小隊に配備する」
幹斗はネイダー大佐と自分の間にある木製の机を叩くようにして、前へと迫った。
「それは、話が違くないか」
「……聞いていないのか。その娘の意志だよ」
幹斗は振り返る。
話をただ黙って聞いていたシュメルと目があった。
「シュメルは、もう戦いたくなんかないよな?」
「私は……幹斗が危なかったって聞きました。私は、幹斗が危ないの、嫌です」
「確かにちょっと危なかったけど、俺なら多分大丈夫だよ。だから、シュメルは安全なところにいてくれ」
「私は、安全なところより、幹斗と一緒に危ないところにいたいです」
「誰かに言われたとかじゃないんだよな? シュメルがそうしたいんだよな?」
「はい。私は、シュメルですから」
曇りなくまっすぐにこちらを見てきた緑の目から、幹斗は視線を外す。
『絶対にこの基地で待っていろ』と断言すれば、シュメルの意志を変えることはおそらく可能だろう。
しかし、それは、シュメルがこれまでに何度となく受けてきたはずの『命令』と変わらない。
幹斗は、せっかく自分の希望や意志を表に出すようになってくれたシュメルの気持ちを、力ずくで押さえつけることを、したくなかった。
「……分かった。シュメルがそうしたいなら、俺は止めないよ」
「話がまとまったなら、七番格納庫に行け。そこに、お前の部下と機体を待たせてある」
「わかった。……疑って悪かったな」
「構わん。だが、その娘には人質といった意味合いも、確かにあった。それをお前の指揮下に入れるのは、信頼の証だと受け取れ」
「了解、大佐」




