第十ニ話 接続
幹斗は死地に向かう十六の機影を、冷静に眺めている。
人が死ぬ瞬間に立ち会うのは、今日がはじめてだった。
それでも無感情に見つめていられるのは、視界に映るのがVRで見慣れた光景だったからだ。
こうして機体に乗っていると、ゲームをやっているような錯覚をおこす。
十六の機影を包囲したのは、高速で移動する三つの機体だった。
軽量型が三機、いずれも空に同化する水色をしていて、近接武器のみを装備している。
――全員、飛び方を知ってる。さっきのスナイパーと同格以上の上級者だ。
そのうちの一機が、最後尾の機体に向かって急降下していく。
軍議室で端に座っていた男が乗っている機体は、迷うように空中を左往した。
――死んだな。
振り下ろされた棍棒に割られた頭部は、動かなくなった体とともに堕ちる。
焦りを見せる十五の機影は、急速にばらけ始めた。
――もう遅い。
敵に背中を見せた機体から、次々と頭部を破戒されていく。
一機、二機、三機、……十機、……十五機。
最後に残ったのは、金色の機体だった。
それも、三機の中で最も旋回速度の早い一機の接近を許し、何もできずに撃破を待つだけの状態だ。
――大尉、自分から囮になってくれたあんたに、数秒の寿命をやるよ。
幹斗はスナイパーライフルを発射する。
やや西方に向かって吹いた風を弾道で確認したあと、続けて二連射した。
最初の弾丸が、水色の背中の胸部装甲を剥がした。
続けて二発目が着弾する直前、水色の敵機が振り返る。
入れ替わるように現れたのは、金色の機体だった。
その金色の胸部装甲を、弾丸が破壊する。
――大尉の機体を盾にしたか。やっぱ頭一つ抜けてるな。こいつはAランクに片足突っ込んでる。
《ま、待て! 降伏する! 父上がいくらでも身代金を――》
ヴァレンシアの悲痛な叫びは、やがて悲鳴へと変わった。
金色の頭部に、水色の直刀が突き刺さっていく。
――大尉、最後まで口だけの情けないやつだったな。
幹斗は銃口を右へと移動させる。
――あいつを真っ先にやりたかったが、仕方ない。まずは数を減らそう。
スナイパーライフルから連続して三発撃つと、二番目の旋回速度を持つ敵機の胸部へと全弾着弾した。
〈准尉、残り二機だ。大尉の機体を抱えてるやつに弾幕を張れるか?〉
〈了解〉
小銃の連射を受ける敵機は、単なる盾となった金色の機体を手放さずにゆっくりと近づいてくる。
曲刀を持った一番旋回速度の遅い敵機は、しかし高速で向かってきていた。
――狙い通りだ。到着に差が出る。あいつを先にやろう。
螺旋を描くように回転しながら飛行する敵機に向け、幹斗は三発撃った。
――完璧なバレルロールだ。だからこそ、規則的過ぎるんだよ。
左斜め上方向へと少しずつ角度をつけて放たれた銃弾は、吸い寄せられるように着弾し、水色の胸部を破戒した。
描かれていた円、が下方への直線に変わり、やがて数百メートル先の砂地を舞い上げる。
〈准尉、あと一機は?〉
〈大尉の機体が邪魔で直撃させられない〉
〈予定通りだ。二対一まできた。落ち着いて倒そう。今どのあたりだ?〉
〈了解。一キロほど先の上空、ずっと太陽を背にしている〉
〈思ってたより少し遅いな〉
聞いて幹斗は、強い光を放つ恒星に視線を移した。
白い光の中に見えるのは、金色の輝きだけ。青はない。
〈准尉、奴はそこじゃない!〉
〈そんなはずは〉
幹斗はクシリナの機体の真上に、振り上げられた水色の直刀を見つける。
〈准尉! 上だ!〉
〈ばかな!〉
クシリナの機体は、細身の長剣をかざすように掲げる。
〈撃ちながら距離を取れ! 接近戦じゃ勝ち目はない!〉
幹斗の声も、クシリナの機体の動きも、水色の直刀を制すことはできなかった。
長剣を叩き折りながら進む水色の直刀は、クシリナがいる僅かにのけぞった青い頭部を切っ先で削ったあと、胸部を切り裂く。
〈准尉!〉
力なく背中から落ちていくクシリナの機体を呆然と眺め、幹斗はスナイパーライフルを構える。
しかし、宙を舞う敵機を、照準の中心に収めることができない。
――……銃口の向きから射線を読まれてる。この距離じゃ大口径のセミオートは不利だ。しかも――
スナイパーライフルの残弾は残り二発。
機体はブースターが破損し、走ることしかできない。
二発で仕留められなければ、短刀を握って文字通り突撃しかない。
それを理解しているかのように、水色の敵機は絶妙な軌道を描きながら地へと降りていく。
突如、直刀を下に向けると、そのまま急降下した。
直刀の先端が指し示すのは、クシリナのいる青い頭部だ。
――撃つしか、ない!
幹斗が引き金を引いたのとほぼ同時に、水色の敵機が右上へと移動した。
放った一発の弾丸が行き着く先は視認できない。
――残り、一発か。
敵はおそらく、こちらの残弾が少ないことを理解している。
その上で、撃たざるを得ない状況を作って発砲を誘ってきている。
幹斗はスナイパーライフルを構えたまま、一歩ずつクシリナに近づいていく。
銃口が狙うのは、動きまわる敵機ではなく、敵機とクシリナの間の空間だ。
そうやって、敵機が先ほどと同じように急降下することを牽制している。
幹斗の機体が、クシリナまで五歩ほどの距離に迫った時、敵機は機体四つほどの高さを浮遊していた。
――もう少し近づけば、近接戦に持ち込める。……迎撃しかできないが。
〈准尉、生きててくれよ! どうにかして助けるから〉
幹斗がそう叫んだ直後、水色の直刀が動いた。
水色の手部から投げられた直刀は、まっすぐクシリナのいる頭部へと向かって行く。
的としてはあまりに細いそれは、けれど正確な射撃によって砕かれ、雪のように降り注いだ。
無装甲機体がスナイパーライフルを投げ捨て、短刀を構えたのとほぼ同時に、敵機も腰につけた曲刀を握った。
駈け出した無装甲機体よりも、逆ブーストで地に向かう敵機の方が速い。
しかし、クシリナまでの距離は、幹斗の方が敵より近かった。
――シュメル、帰れなかったらごめん。
幹斗は機体の腕を限界まで上へと突き出しながら、迫り来る曲刀を見た。
その刃は、直前で傾いていく無装甲の頭部の表部を滑るようにして、首の付根へと食い込む。
無装甲の胸部が切り裂かれるのと同時に、短刀が水色の胸部に突き刺さった。
二本の刃物によって繋がれた二つの機体は、ともに地へと倒れこんでいく。
VRとは違う痛みを伴った衝撃が、幹斗の全身を打った。
目を開けると、以前より明度が下がったディスプレイは、くすんだベージュ色のみを映している。
点滅する赤いランプは、ロックオンされた時よりも弱々しく光った。
ゆっくりと上げた手は、押すべきボタンを二度間違えて、三度目にようやくコクピットを開いた。
いまだ焦点の定まらない視界を頼りに、幹斗は無装甲機から這い出た。
手の平を焼くような砂の熱さに驚きながら、どうにか立ち上がると、クシリナがいる青い頭部を目指す。
そこにたどり着くと、砂よりもさらに熱を貯めこんだ青い装甲を叩く。
「准尉!」
痛みを伴う熱さを感じながら、幹斗は叫ぶのをやめない。
「頼む! 生きてたら開けてくれ!」
十数回目に手を振り上げた時だった。
青い扉が、ゆっくりと開く。
「准尉、良かった。無事だったん――」
幹斗はそう言い掛けた口をつぐんだ。
破損した通信機器の先端が、クシリナの左腿に刺さり、そこから溢れでた血がコクピットを赤く染めている。
その状況にふさわしくないほど冷静な表情で、クシリナはこちらを見た。
「無事……とはいえないな。血が止まらない」




