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第十一話 青い鳥

〈赤と緑の羽を持つ青い鳥のエンブレムですと?〉

〈それは明らかに、悪名高きシームルグ傭兵団の所属を示すものではないか!〉

 ヴァレンシアは吐き捨てるようにいった。


〈西方および東方にも機体を確認、やはり青い鳥のエンブレムがございます〉

〈しかし、妙ですな。南方に十キロ進んだところでも、まだ自国領のはず。四機全てが越境しているはずです〉

〈あの行き遅れめ。下賤な傭兵団を雇い入れるつもりか〉


〈ネイダー大佐からは、そのような連絡を受けておりません〉

〈准尉、緊急時以外通信するなと命令したはずだ!〉


 苛立ちをあらわにしながら、ヴァレンシアは続ける。

〈下賤なる傭兵団に伝えよ。神聖な王国から、すぐさま立ち去るようにとな〉


〈准尉、どう考えても、さっきの奴らが体制整えて戻ってきたとしか思えないんだけどな〉

〈同意見だ。しかも、もしそうなら……〉

〈ああ。囲まれてる〉


 その直後だった。

 南方面の機体の手元が、かすかに数度光った。


〈撃ってきたぞ!〉

〈まだでしゃばるか平民! 貴様は荷運びだけやっておれば――〉


 通信機器は、男の声を最後まで流すことなく沈黙した。

 代わりに聞こえてきたのは、通信機器越しではない鈍い三つの音だ。

 前方にいた軽量型機体の頭部がねじ切れるように宙を舞う。


 落ちた頭部が砂を巻き上げた時、幹斗は一瞬時が止まったように感じた。

〈とにかく動け! まだ撃ってきてるぞ!〉


 そう叫んで、機体の身を投げ出すように倒れこみ始めると、隣に立っていた重量型の頭部装甲がはじけ飛んだ。

 幹斗の機体が地面についた時、いまだ呆然と立っている重量型のあらわになった頭部フレームに何かが食い込んでいく。

 ――棒立ちとはいえ、約七キロ先から連続ヘッドショット……Bランク以上の上級者だ。


〈曹長! 今鎖を〉

〈俺はいいから回避行動を取れ! 七秒後から零・ニ秒ごとに三発着弾するぞ!〉

 言って幹斗は、地面を這うように左方向へと進む。


 機体の左手を伸ばして掴みとったのは、先ほどパイロットを失った重量型が持っていたスナイパーライフルだった。

 ――伏せてるせいで射角が狭い。高く飛ばれたらもう撃てない。もし外したら――

 敵スナイパーは『唯一まともに反撃できる』幹斗を真っ先に狙うだろう。


 この姿勢から移動できる回避範囲は限られている。

 敵の予想と、幹斗がいるコクピットの位置が噛み合った時、幹斗は死ぬ。


 ――風はほぼ無風。敵は地面に停止中。横軸はこれでいい。だけど、縦軸は?

 重力が変われば、着弾する高さも変わる。そしてそれは、距離が遠くなるほど大きな差になっていく。

 それは、異なる重力の惑星フィールドがあったゲーム内での経験から学んだことだ。


〈脚部に被弾!〉

 幹斗が上空を映し出しているディスプレイを見ると、右脚部の装甲を失ったクシリナの機体が見えた。

 ――まともに飛べる准尉が狙われてる。考えてる時間はない。


 敵から放たれた射線を想像しながら、幹斗は三発撃った。

 機体の腕から伝わった振動が、コクピットを揺らす。


 ――当たれ!

〈また七秒後だ! 上昇しろ!〉

 ――頼む、当たってくれ!


 幹斗の願いを背にした一発の弾丸は、敵スナイパーの首の付け根あたりに着弾した。

 ――あれが当たったなら……!

 次の一発が胸部の中心部を割って、装甲が砕け散る。


 ――避けるなよ!

 最後の一発が、胸部の下部へとめり込む寸前、敵機の背から、二つの炎と煙が見えた。

 ――嘘だろ。


 直後にコクピット内で赤い光が点滅する。

 同時に誘導型ミサイルにターゲットロックされたことを伝える警告音が鳴った。

 ――回避より、相打ちを選んだってのか!


 幹斗は機体を立ち上げると、既に動作を停止した敵スナイパーに背を向ける。

 全力で進むよう操作したはずの機体は、背に縛り付けられた機体のせいで重い足取りで進む。

 十歩ほど距離をとった時、幹斗の機体は再び地へと身を投げた。


 一本のミサイルが頭上を通過する。

 ――だめだ、避けきれない。


 幹斗は、二つの機体越しにも関わらず、背部から迫ってくるものの存在を確かに感じた。

 激しい衝撃と爆音が響いて、幹斗の機体は砂地へとめり込んでいく。


〈曹長!〉

 耳鳴りの中に聞こえた声は、それでも澄んでいる。

〈准尉、スナイパーは倒した〉


〈確認した。それより、無事なのか?〉

〈ああ、なんとかな〉

 足かせとなっていた敵機は、けれど盾としての役割を果たし、鎖と共に砕けた。


〈なによりだ。だが、まだ敵機は三機いるはずだ。やれるな?〉

〈全部は無理かもしれない〉

〈こんな時に冗談は控えてくれ。頼りにしているんだ〉


〈ブースターが破損した。この機体は、もう飛べない〉

 幹斗は、右下のディスプレイに表示された人型をした二つの輪郭を見ている。

 横向きに機体を示した輪郭は、背部にある突起が赤く表示されていた。


 諦めるように目を伏せたあと、幹斗は周囲の様子を確認する。

 残っているのは、幹斗とクシリナ、そしてヴァレンシアを含めて計十八機。

 数の上では優勢だが、まともに応戦できるのが二機しかおらず、両機とも破損していることを考えれば、圧倒的に不利な状況だ。


 ――一応、持っておくか。

 幹斗は数歩先に転がった短刀を拾い上げると、機体の腰に装備しなおした。


〈……大尉。緊急時のため、通信を行います。現時点で敵機の撃破は一、対してこちらの損耗は被撃破七、被弾多数。撤退を進言いたします〉

〈て、撤退だと? こ、これだから平民は!〉

〈ま、まあ、とにかく、ヴァレンシア殿のご判断に従いましょうぞ〉


〈亡くなったのは全員、血筋正しき我が友人であった。そのかたきを討たず、撤退することはできぬ〉

〈さ、さすがは侯爵! お、お供いたしましょう!〉

〈しかし、我が国への攻撃のため、シームルグ傭兵団を雇いし国ありと、女王陛下にお伝えせねばならない。心苦しいが、ここはいったん引くべきであろう〉


〈聡明なご判断です! ヴァレンシア殿!〉

〈それではさっそく、全員撤退を〉

〈……全員ではない。平民の二人はここに残り、時間を稼げ。命令だ〉


〈何を言って――〉

 クシリナの声を封殺するように、複数の声が同時に聞こえる。


〈ご命令に従え、平民!〉

〈侯爵のご命令に背けば、銃殺となるぞ!〉

〈軍務違反による処刑と、我らの役に立って死ぬ栄誉、答えは出ているな! 平民!〉


〈せめて、曹長だけでも――〉

 そのクシリナの声を、今度は自分が遮るように、幹斗は口を開く。

〈俺はここに残る。こいつらのために死ぬのはむかつくが、どのみちブースターが壊れてて逃げられないからな。その代わり、准尉は撤退させてくれ〉


〈よかろう。平民、名は?〉

〈紀州幹斗だ〉

〈その名は『今回の多大な損害の原因』としても記録されるが、撤退までの時間を稼いだ功で汚名はそそがれるであろう〉


〈私も残ります〉

〈准尉、いいから行け〉

〈駄目だ、大佐の命令に背くことになる〉


〈ええい、平民が一人死のうが二人死のうがどちらでもよいわ!〉

〈侯爵、敵がニキロ先まで迫っております〉

〈ふむ、では、参ろうか。平民、頼んだぞ〉


〈頼まれる気はないが、敵が来たら応戦する。俺も死にたくはないからな。大尉、最後に一つだけ助言をやるよ〉

〈申してみよ〉

〈固まらずにバラバラに逃げろ。味方がやられても絶対に止まるな。それが、生き残る唯一の方法だ〉


〈平民、戦力の分散は愚策だと、士官学校を出ていれば学べたはずだ〉

〈お前らが戦力になればな。士官学校とやらに行ってなくてもそれくらいはわかる〉

〈最後まで生意気な平民だ。……みな、撤退だ!〉


 ヴァレンシアがそう言うと、十六機の集団が、おぼつかない軌道を描いて飛び立つ。

〈曹長、どう対処するつもりだ?〉


〈俺が引きつけてる間に准尉が逃げる……っていうのはどうだ?〉

〈却下だ〉


〈ならまあ、とりあえず敵戦力の把握だな。大尉達が全滅する前に、実力を引き出してくれるといいが〉

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