第十話 言葉の意味
「まだ砂漠か……」
幹斗はそう呟いたあと、深くため息をつく。
砂の丘を超えても、それまでと、ほとんど変わらない景色が広がっていたからだ。
砂によって前方が隠される度に、今度こそ砂漠以外の景色があるのではないかと期待させられ、そして裏切られる。
そんなことをこの数時間、延々と繰り返している。
幹斗は物資を抱えながら前方を歩く、青ベースに黒のアクセントの入った中量型機体をぼんやりと見つめる。
事前に聞いていたその機体の周波数に合わせて、個人間通信回線を開いた。
〈なあ、クシリナ准尉〉
〈異常を確認したか? 曹長〉
〈そういうわけじゃないけど。……一体、あとどれくらいかかるんだ?〉
〈不明だ。目標地点の座標すら知らされていないからな〉
〈じゃあちょっと、上空を飛んで何かあるか見て来てもいいか?〉
〈よせ。作戦の内容を知らない以上、命令以外のことはするな〉
〈大体、なんで飛行移動しないんだ? 飛びさえすれば、こんな距離すぐだろ〉
〈不明だ。作戦上の意図があるのかもしれない〉
〈それにしたって非効率過ぎる〉
〈軍隊はこういうものだ。任務時間は、派手な戦闘ではなく地味な移動が大半を占める。早く慣れろ〉
〈……了解〉
そう言って、幹斗は青い腰部パーツに刻まれた逆三角形のくぼみを眺めた。
――これがせめて、機体じゃなく生身だったらな……。
そうであれば、この退屈をきわめた数時間が、至福の時間に変わっていたはずだ。
そんな風に考えながら、幹斗がもう一度ため息をつこうとした時だった。
〈左方に高速で移動する飛翔体確認!〉
〈よっしゃあああ!〉
〈曹長、私語は慎め。それから、個人間通信のままだぞ。重要な報告がある際には、小隊内通信をつかえ〉
幹斗が通信を切り替えていると、ヴァレンシアの声が聞こえ始めた。
〈賊か? 所属を確認せよ〉
〈申し訳ございません。高速のため、確認できません〉
〈ふむ、ならば仕方がないな。呼びかけてみよ〉
《こちらメディオ王国所属、ヴァレンシア侯爵旗下の中隊である。応答せよ》
〈お待ち下さい! 共通周波数では、敵にも届いてしまいます!〉
クシリナの危機感を含んだ言葉に、ヴァレンシアは薄く笑った。
〈まったく、これだから平民出は。敵に届かなければ意味がないであろうに。続けよ〉
《繰り返す、所属を述べよ》
〈こちらに向かっているようですな〉
〈やはり味方であったか? あるいは、敵が降伏するために来ているのかもしれんな〉
〈所属不明機より何らかの射出を確認!〉
〈信号弾か?〉
幹斗は左方を映すディスプレイを拡大させる。
写り込んだのは、火を吹きながら飛ぶ白色の筒だった。
〈ミサイルだ! 一番前にいるやつ、避けろ!〉
〈戦場慣れしていない者はこれだから。そもそも、輸送が主任務とはいえ、無装甲で出撃するなど、常識はずれも甚だしい〉
〈まあ無理もないでしょうな。士官学校を出ていない平民出が機体を操るなど、南部以外ではありえませんから〉
――こいつら、マジで避けない気か!? 直撃するぞ!
幹斗はブーストを起動すると、すぐ前にいる重量型機体の手からライフルを奪い取った。
〈無礼な!〉
その声に答えることなく、ライフルを構える。
幹斗の放った物理弾は、すぐ近くまで迫っていたミサイルの下部に当たった。
直後に空中で炎が膨れ上がる。
爆音と共に訪れた風は、砂を含んでいた。
〈なにをやっているか! 平民!〉
〈当りもしないものを撃ち落として、危険を増やしおって!〉
〈……直撃していたはずです〉
〈だろ、准尉!? こいつら目ついてるのか? 特に一番先頭の金ピカの機体のやつ、お前確実に死んでたぞ〉
〈も、最も近くで見ていたが、当たるはずのない軌道であった!〉
そう言ったヴァレンシアの声は、明らかに上ずっている。
〈……とにかく、今は戦闘に集中すべきです。軽量型が一機、近づいて来ています〉
冷静に言ったクシリナの機体は、スムーズに離陸すると、姿勢を保ちながら上昇していく。
空中で長銃を発射した機体は多少傾いたものの、すぐに持ち直した。
〈敵、軽量型の左脚部に命中、損傷を確認〉
――悪くないな。中距離バランスタイプで、ランクはC、中級者ってところか。
幹斗はクシリナの機体から、他の友軍機へと視線を移すと、呆れるように笑った。
――まともに飛べてる奴が一人もいねえ……。
ブーストの起動と停止を繰り返し、砂地を跳ねているだけの機体や、飛び立ったはいいものの、ふらふらと危なげに姿勢を崩している機体が溢れている。
最も酷いのは、友軍ニ機を巻き込んで墜落した金色の機体だ。
〈失礼〉
〈お気になさらず、侯爵殿!〉
〈私の方こそ、失礼いたしました!〉
ほとんどがEランクの初心者で、それが多少マシになった程度のDランクが何機か混じっているかどうかだろうか。
〈……准尉、とりあえず軽量型を落としてくる。ミサイルに警戒してくれ〉
〈了解〉
幹斗が飛び立って数秒後、短刀が灰色の軽量型機体に突き刺さる。
〈平民! 貴様また邪魔するか!〉
〈は?〉
〈誤射させる気か! 敵との間に立ちおって!〉
――お前らが狙って撃ってもどうせ当たらないだろ。
〈こいつはもう撃破したから、撃ってもしかたないぞ〉
幹斗が短刀を引き抜くと、緑の液体を吹き出しながら軽量型機体が落下していく。
〈敵機、撤退していきます〉
〈我らに恐れをなしたようだな。みな、よくやった。……一機をのぞいてな〉
――『一機をのぞいて』? 醜態さらした自分以外ってことか?
ヴァレンシアが続けて言い放った言葉は、幹斗の予想をはるかに上回るものだった。
〈平民曹長、貴様が招いた混乱の咎に対する処分は、帰還後に決定する〉
〈お前……正気か?〉
幹斗の機体の両腕を、友軍機だと思っていた二機の機体が掴む。
〈『私が』撃破した敵機のコクピットを溶接した上で、その無装甲機にしばりつけておけ。せめて輸送には役立ってもらう〉
〈ヴァレンシア大尉。お言葉ですが、曹長の行動に落ち度はありませんでした。敵ミサイルを撃墜し、敵機を撃破したのはまぎれもなく曹長の功績です〉
〈准尉、軍に入隊して何年か?〉
〈三年です〉
〈ならば、平民の君でも、そろそろ軍の指揮系統が理解できているはずであろう? 上官の命令は?〉
〈絶対です〉
〈では、他に言うことはあるか?〉
〈……ございません〉
〈それでよい。以後、返答と緊急時以外の通信を禁じる〉
〈……了解〉
クシリナとヴァレンシアの会話が終わったころ、幹斗の機体と敵機に対して行われた作業も終盤に差し掛かっていた。
無装甲機体の背部にあるブーストを覆うように密着した敵機は、太い鎖によって縛り付けられている。
さらに唯一装備していた短刀まで奪われたため、鎖を外す手段もなく、徒歩での前進以外、操縦を行えない状態となってしまった。
幹斗は回線を個人間通信に切り替えると、口を開く。
〈准尉が言ってた『あれを見れば、誰でも上を目指したくなる』って言葉の意味がよく分かったよ〉
〈……実力的に、この隊の誰よりも上だろうからな〉
〈あんな初心者たちより立場が下っていうのは我慢ならない〉
〈……私も、ネイダー大佐のお言葉の意味が分かった。技術の高さに驚かされたよ〉
〈准尉の飛行と銃撃もなかなかだった〉
〈光栄だ。……もし、また敵と遭遇したら、その鎖を私が断ち切る〉
〈いいのか? 『上官の命令は絶対』なんだろ〉
〈不名誉除隊は覚悟している〉
〈おいおい、俺と違って准尉は、軍人になりたくてなったんじゃないのか?〉
〈そうだ。だが、私の忠誠心は、軍そのものより、平民の私をお取り立てくださったネイダー大佐に向けられている〉
〈そうだとしても、大佐の部下として残るべきじゃないのか?〉
〈私などより、曹長の方が大佐のお役に立てる。もし、私が除隊になったら、代わりに大佐を支えてくれ〉
〈大佐が俺とシュメルとの約束を守ってる間は、命令に従ってやるよ〉
〈頼んだぞ、曹長〉
幹斗が『了解』と言い掛けた時だった。
〈南方に飛翔体を確認いたしました!〉
〈北方にも高速で移動する機体がございます!〉
〈また所属不明機か?〉
〈南方の機体は、今だ所属の確認できませぬ!〉
〈北方の機体の所属を確認〉
男はさらに大げさに声を荒げた。
〈肩部に、赤と緑の羽を持つ青い鳥のエンブレムが描かれております……!〉




