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第一話 速さだけを纏う者

 眼下に広がる暗い森の中心部に、白い光が上がった。

 同じ場所に黄色の光が見えて、紀州幹斗(きしゅうみきと)は操縦桿握る。


機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)オンライン、メモリアル大会いよいよ決勝戦です!」

 妙に気合の入った実況に、幹斗は薄く笑う。


 ――第一試合にして、決勝戦なんだけどな。

 ブーストペダルを踏み込むと、背中に機体の振動が伝わってきた。


「試合開始!」

 青い光が上がると同時に、機体は前進を始めた。

 前方にいた四つの友軍機を一瞬で追い越し、崖の終わりで跳躍を開始する。


「異常な速度で進む機体があります! これは……やはりKIMITO_321選手だ!」

〈まじかよ〉

〈え、でも黒い機体じゃなかったか?〉


 チーム内通信で友軍プレイヤー達の会話が聞こえた時、幹斗は森の中心部を超えていた。

 前方に人型のシルエットが映る。

 こちらへと向かってきているのは、黄色の機体だ。


 ――夜戦の森で黄色塗装か。よっぽど自信があるのか、勝ち負けにこだわらない方なのか。

 『できれば前者であってほしい』そう考えながら、幹斗はさらに加速していく。


 ――軽量型の機体に片手剣、オーソドックスな近接タイプだな。

 振り下ろされた曲刀の剣を、幹斗は左方向に滑るようにして(かわ)す。

 同時に、敵機の頭部に向けて短刀を突き出した。

 

 迫り来る刃を回避するため、黄色の頭部が傾き始めた直後、胸部へと短刀が刺さっていく。

 吹き出た緑色のオイルが雨のように飛び散った。

「一機撃破! 開始わずか十五秒! これは驚異的です!」


 ――頭への攻撃には反応できてたな。そこそこ上級者、Bランクってとこか。

 このゲームの機体の急所は、頭部と胸部の二つ。

 しかし幹斗は、フェイントに利用することはあっても、頭部を破壊することはない。

 

《早すぎだろ……なんだ今の動き》

 全体通信で、黄色の機体のプレイヤーが驚きの声を上げている。

 幹斗が頭部を破壊しない理由がこれだった。


 コクピットのある頭部が破壊されると、視界が暗転し、通信も含めた全ての操作ができなくなる。

 だが、胸部を破壊された場合、動力を失った機体は操作不能になるものの、通信は利用可能だ。


 圧倒的な速度で撃破した相手の驚愕と絶望、そして時には怒り。

 それが、五年間にわたって、幹斗をこのゲームに没頭させている。


〈敵機と交戦開始!〉

 友軍機からの通信は緊張感に満ちている。


 ――お、向こうも始まったか。次はどれを狙うか。

 そう考えながら、幹斗は完全に停止している黄色の機体から曲刀を拝借し、左手部に装備した。


〈みんな気をつけろ! スナイパーがいる!〉

〈場所は分かるか?〉

〈敵の初期位置の崖上だ! 武器はっ……くそ被弾した! 非物理の誘導弾だ!〉


〈そいつは俺に任せろ〉

 そう言って、幹斗は再び加速を始める。

 ――非物理の誘導弾……。あいつだったら嬉しいが。


 敵スナイパーに捕捉されないよう、地面を這うようにして大木の森を抜ける。

 二百本ほどの木の間を通った時だった。


 凄まじい爆音と共に、前方に炎が上がる。

 爆風にさらされた最軽量型の機体は、わずかに揺れた。

 ――豪快だな。邪魔な森ごとミサイルでふっとばすのか。


 直後にコクピット内で赤い光が点滅する。

 誘導型の兵器にロックオンされたようだ。

 けたたましい警告音がひびいて、幹斗は深くため息をつく。


 ――あいつじゃない。

 ロックオンされてから三・ニ秒後、幹斗は機体を上方に向けて急加速させた。

 直後にブーストを切り、逆ブーストを始動する。


 最初に頭上を、少し遅れて左右を、合計三つのミサイルが通り抜けた。

 間をおいて、背後から爆発音が聞こえる。


 ――完璧なタイミングだ。普通の軽量型なら、もう墜ちてる。

 幹斗は機体を崖の方へと向ける。


 ロックオンされて躱す、その動作を五回繰り返すと、敵スナイパーのいる崖の真下に来ていた。

 見上げると、迫りつつある飛翔体が視界に入った。


 ――やっぱ豪快な奴だな。

「ミサイルを全弾発射したようです! まさにミサイルの雨だ! KIMITO_321選手、避けきれるか!?」


 上方から向かってくる二十以上のミサイルは、雨というより、氷柱(つらら)のようだった。

 直撃を目的としないかのように、一直線に並んだミサイルは、あっさりと幹斗の機体の横を抜けていく。


 先頭のミサイルが地面に衝突してはじけ飛んだ。

 連鎖的に爆発を起こしながら、炎が次々と幹斗の方へ湧き上がってくる。

「巨大な火柱が上がっています! これはさすがに避けきれないか!?」


 ――この機体じゃなければ、確実に撃破されるだろうな。

 幹斗は下から迫ってくる炎を回転しながら避け、上空を目指す。

「信じられません! KIMITO_321選手無傷です! 無装甲、フレームむき出しの機体に、損傷は全くないようです!」


〈こっちの三機は片付けた。あとはそのスナイパーだけだ〉

〈早いな〉

〈四対三だからな。あんたが味方でよかった〉


 最初の一機を最速で撃破後、さらに一機を引き付け、味方が有利な状況を作り出す。

 幹斗が得意とする5vs5対戦の必勝法だ。


 ――名残惜しいが、決着つけるか。

 幹斗が崖の上までたどり着くと、先ほどの軽量型より二回り以上大きく、分厚い装甲で身を固めた重量型機体が待ち構えていた。

 スナイパーはランチャーとライフルを重々しい動作で捨てると、腰にあるモーニングスターを握りはじめる。


 ――構える前に倒す。

 ブーストペダルを最大限に踏み込んで、幹斗は飛躍した。

 機体の右手部で握った短刀が向かうのは、頭部だ。


 そしていつものように、それは胸部へと方向を変えた。

 完璧なタイミングで振り下ろされた短刀は、しかし空を切る。

 ――重量型で躱すか……。これ避けられたの何ヶ月ぶりだろうな。終わらせるのがほんと惜しいよ。


 幹斗の機体の左手部にある曲刀の片手剣が、重量型機体の胸部を突く。

 返り血のように浴びた緑のオイルが、無装甲の機体にさらに塗り重なっていった。

「最後の一機を撃破! 世界大会優勝者は、最後の大会でも優勝者になりました!」


 幹斗は完全に停止した重量型機体を見つめる。

 ――日本以外なら国の代表にもなれてたかもな。Sランク相当ってところか。


《あなたと試合するのが夢でした。サービス終了日に戦えて本当によかった。ありがとうございました》

《こちらこそ、久しぶりに楽しかったよ。続編が出たらまたやろう》

《はい、ぜひ。観戦や録画で何度も観てましたが、実際に対峙すると無装甲の機動力に全くついていけませんでしたよ》


 パーツを取り付けることで重量が加算され、機動力が落ちるこのゲームで、装甲を一切つけないプレイスタイルを思いついたのは四年前だ。

 制作者の意図しない構成だったのか、姿勢制御を習得するだけでも数ヶ月掛かった。

 そして、攻撃面も含め完全にマスターしたのが三年前。


 それから、この無装甲機体が損傷を負ったのは、たった一度だけ。世界大会の決勝戦だ。

 そして、いつの頃からか、プレイヤーネーム以外で呼ばれるようになっていた。


「本大会のMVPは積翠の無装甲(ネイキッドディープグリーン)ことKIMITO_321選手です!」

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