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八百万物語 ~二世の契り~  作者: 哀ノ愛カ
8/9

おまけ

本編に登場した茶園梅美と勝谷茂之と福永有のスピンオフです。

めっちゃ短いです笑




 茶園梅美の場合





 最低だ。最低だ。最低だ。

 あんなことを言われて、お茶をぶっかけただけだなんて!

 もっと、顔を叩くとか、腕を捻るとか、酷いことをすれば良かった。


 そんな、悶々とした憤りを抱きながら歩いていたからだろうか。部室から学部棟への移動中に人とぶつかってしまった。

「あ、ごめんな―――」

「ぎゃーごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 余所見をしていたのは私の方なのに、その人は大袈裟に頭を下げた。あまりに深々と下げるものだから、頭の位置が私のお腹あたりにある。

「いえ、大丈夫です。顔を上げて下さい」

「本当に?」

「っ!」

 私の目線から十五センチ下に小さな顔。

 深く頭を下げ過ぎていたのではなく、元来背が低かったのだ。

 そして、その小動物的な可愛らしさに目を奪われる。

 何これ。

 可愛い。

「本当に?本当の本当の本当に大丈夫ですか?」

 ああ、そんなうるうるした目で見ないでほしい。

 そんな目で見つめられたら――――

「だ、いじょうぶじゃ、ない」

 私は自分の内なる衝動に逆らえず、その子の頭を抱き寄せ、思わず撫で撫でしていた。

「可愛い。ほんっとに可愛い。中学生?妹にしたいなー」

 私は母子家庭の一人っ子なので、兄弟というものに昔からすごく憧れていた。

 まだ歳の若い母と並んで歩けば、「姉妹みたいね」とよく言われるが・・・。実際、姉妹のように仲も良い。ちなみに姉は私の方だ。家事できない、整理整頓できない母に代わって家を切り盛りするのはいつも私なのだから。

 でも、そんな老けた妹ではなくて、小さくて可愛い妹がずっと欲しかったのだ。

「ね、私の妹にならない!?」

「え、っと・・・」

「ね!」

 でも、次の瞬間、衝撃的な言葉を耳にする。

「私、たぶん年上だけど・・・それでもいいなら」

 と、年上だと・・・中学生とか言ってしまった・・・・。

「いくつ・・・ですか?」

「二十三です」

 何と、四つも上だった。

「う、そ・・・」

「うぎゃーそんな落ち込まないで。ごめんね、年いってて!」

 改めて、目の前の女の子―――否、女性を見る。

「・・・・・」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫です!何も問題ありません!」

 どこからどう見ても、可愛い女の子にしか見えない。そして、本人には申し訳ないが年下にしか見えない。問題ナッシングだ。

「そ、そお?」

「あの、名前聞いても良いですか?あと、タメでも良いですか?」

 些か不躾過ぎるだろうか。でも、どうしてもこの子を妹にしたい。

「いいよ。私、水瀬美咲。そっちは?」

「茶園梅美!よろしくね、美咲ちゃん!」

「うん、よろしく。お姉ちゃん!とかいって」

 お姉ちゃん。何て良い響き!

 めちゃくちゃノリの良い人で良かった。

 でも、何だろう。

「お姉ちゃん」と呼ばれた時の、この安定感は。

「私、一人っ子だから兄弟欲しかったんだよねー。特にお姉ちゃん。今じゃ、姉妹みたいな母娘(おやこ)もいるし、姉妹みたいな友達がいても良いよね!」

 美咲はそう言って、無邪気に笑った。

 この笑顔、昔どこかで見た気がする。ずっと、昔に―――――

 でも、それ以上は何も思い出せなかった。


 今はただ、(ともだち)ができたことの喜びに浸っていたい。

 血は繋がっていないかもしれないけれど、これも何かの縁。


 そうだ。

 今度、夏希ちゃんも誘って、美咲をうちに招こう。


 きっと、老けた(は)方の(は)妹も、喜ぶに違いない。

 年甲斐もなく、「私も入れて三姉妹ね」とか言いそうだ。

 夏希ちゃんは私よりもしっかりしているし、さながら私達の『母』というところか。


 そんな、しあわせな予想を頭の中で描いているうちに、先程の失礼な奴のことなんかすっかり忘れていくのだった。





 勝谷茂之の場合





 ―――誰かと交わした約束―――

 物心付いた時から、自分の生きる目的は既に定まっていた。それは、漠然としていて要領を得ないものだったが、確かに、自分の原動力となっていた。

 そして、この世に生を受け、半世紀もとうに過ぎた頃、それはやっと形を為して自分の心に現れた。


「えー、本研究科では、教師育成のプログラムとして――――」

 とある女子大学での大学院入試説明会にて。

「三か月の実践実習を通して、教師としての自覚、技量を磨き――――」

 彼女を見つけた。


「私、まだ大学院に進学するかどうか迷ってるんです。受けても必ず通るとは限らないし、それなら入試勉強よりも就活に力を入れた方がいいかな、と」

 説明会の後の個別相談会で、彼女はそう言った。相談申し込み記入用紙を見て、今の彼女の名前が『市村夏希』であることを知る。

 大学院に行くことを迷っていると言う彼女に努めて優しく、されど力強く、こう言った。

「迷っているなら行くべきだ。市村さんなら絶対合格できる。約束しよう」

 彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、「そうですか?」と言って恥ずかしそうに笑った。



 ああ、これで。やっと約束を果たせそうだ。

 七月の大学院入試に向けて、続々と届く受験者の願書を整理している中、彼女のものを見つけて、そう思った。

 願書受け付け開始早々に提出してきた『長谷部政文』の願書と並べて破顔する。

 しかし――――

「さて、これはどうしたものか」

 氏名欄に『吉津秀彦』と書かれた願書を手に取り、思案する。

 入試の採点は厳正な管理の元で行われる。

 こいつをわざと落とすことはできないだろう。でなくても、あの吉津教育長の息子だ。


 ま、いざとなれば。

「死んでもらうしかないな」

 一人きりの会議室に物騒な独り言が響いた。


 あの時、

 死の間際に、

 必ず、彼の元に連れていくと約束した。

 それを果たすのに邪魔な者がいるならば、致し方あるまい。


「勝谷先生、入試面接のことでご相談が」

 その時、会議室に入って来たのは、同僚の安住信教授だった。

「何だ?」

「それがですね――――」


 かつての自分を取り戻した今なら分かる。


 こいつは――――


「お願いできますか?」

「ああ、やっておこう」

「ありがとうございます」


 自分よりも、脆く、危うく、実に(たち)の悪い(つわもの)だ。


 人生五十年?

 きっと、今生も、それまでに決着を着けようというのだろう。

 だから、

「こんなこと、誰かにバレたらどうなるか」

 不正だろうと、犯罪だろうと、厭わない。


 他愛のない相談をする最中、わしの目を盗んで一瞬のうちに市村夏希の願書をすり替えた。

 安住が去った後で確認してみると、希望コースが変わっている。

 そういえば、この三人は全く同じコースを希望していた。後々、ゼミが被るのを避けようとしたのだろう。

 あえて、市村の方を変えたのは、吉津の親のことを考えた結果か。

 何の後ろ盾もない市村なら、合格発表後に訴えられても「そちらのミス」で押し通せる。


 この男がそこまでする義理を感じないが・・・。

 現在で言うところの『シスコン』というやつなのか?

 それとも、他に別の目的があるのか――――


 ともあれ、安住に加担することに決めたわしは、何食わぬ顔をして、作業に戻った。


 いざとなれば、わしとて――――

 拳銃、ライフル、手榴弾、ダイナマイト、ナイフぐらいの武器は今からでも集めておくとしよう。





 福永有の場合





「もしもしイヨさんですか?はい、福永です。先日はありがとうございました。ええ、ちゃんと話せましたよ。いやーそれはどうでしょう。気付いてないんじゃないですか」


 ――――僕が、かつて自分が殺した子供だとは。


 安住という大学の先生が一年前に紹介してくれたカウンセラーの人とは、こうして電話でよく話すようになっていた。

「でも、いいんです。知らない方が良いってこともあるでしょう?え?んーそうですねー。あの人は、相変わらず馬鹿でした」

 しかし、このカウンセラー。ただのカウンセラーではなかった。何と、前世の記憶を呼び覚ますことができるのだ。

「吉津先生・・・というか、あの人には感謝していますよ。母には黙っていてくれてたわけですし。え?いや、今の母ではなくて、昔の・・・そう、お市さんの方の」

 そして、僕は前世の記憶を手に入れた。

 浅井万福丸の記憶を。

「憎む?いえ、そんな感情はありませんよ。以前にもお話したでしょう?あの人は・・・」


 ――――父との約束を守ってくれたんですから。


 父、長政は自分の首を以てして、母と妹達の命を救うように敵将である信長に打診した。使者からの手紙には確かに承諾の意が示されていた。

 が、

「これは信長殿の字ではない」

 書状は偽物だった。

「罠ですか?」

 しかし、近くに控えていた僕の問い掛けに父は首を振った。

「信長殿の字ではないが、約束は果たされるだろう」

 悔しそうな、苦い笑みを浮かべて父は笑った。

 その理由を知ることになるのは、敵兵に捕まり、信長の片腕と称される男の前に連れて行かれた時のことだ。

「お前の父上は哀れだな。あのような約束事をせずとも信長様はお優しいから元より身内は助けるおつもりだったというのに。最後の最期に、敵に懇願するとは何とも惨め!」

 嘘だ。

 ここに連れて来られるまでに聞こえた兵達の話では、信長は母のいる本丸を真っ先に攻める算段だったらしい。それを直前で京極丸を先に落とす作戦に変えたのは――――

「秀吉公、伯父上はそんなに甘くありませんよ」

 義理の伯父である信長は基本的に人を信頼していない。自分の妹と姪を死なせるのは本意でないとしても、一番に考えるのは敵将の首だろう。

 白旗を上げる真似はできなかった父が苦肉の策として自害することを敵に知らせた。それを、鵜呑みにする伯父ではないし、そもそも肉親の命は二の次という人だ。

 ならば――――

 その時、秀吉の前に使者が現れた。母と妹達が無事城から脱したという知らせだった。

 秀吉は従者に紙を持って来させ、筆を取った。

 盗み見た文字で僕の予想は確信へと変わる。

「貴方、でしたか」

 その呟きに秀吉は何も応えない。

 真剣な様子で書いているのでもしかしたら聞こえなかったのかもしれない。ふと、書き記されていく文字の中に『織田信次』の名を見つけ、じんわりと心が沁みていくのを感じた。

 織田信次は母の叔父にあたる方。秀吉はその方に母達の後見を頼もうとしているのだ。

 なるほど。

 噂には聞いていたが、ここまでとは――――。

「来たな」

 書状を書き終えた秀吉が徐に立ち上がる。

 刀を抜いた瞬間、殺されるのだと分かった。

「俺は個人的にお前が憎いからな、お前が仮初に母と慕っていた女の前で殺してやろう」

 振り向けば母がいた。

 血の繋がりはなかったが、確かに僕の母だった方が。

「馬鹿な人だ」

 事切れる寸前に零れた言葉は、果たして秀吉に届いただろうか。

 いや、届かなかったとしても、本人は自覚しているだろう。


 父の出した条件に嫡子の首も入っていたことを、僕が知らなかったとでも?

 秀吉は、あえて悪役を買って出たのだ。

 実の父親、そして義理の伯父の惨い真実を隠すために。

 ああ、それとも。

 最愛の夫、そして敬愛する兄の惨い真実を隠すために?

 乱世という御時世において、長政や信長のしたことが格別残酷だとは感じない。でも、この人は幼い僕と愛する女のために全ての罪を被った。

 馬鹿だと思う。

 しかし、わざくれ母の前で殺す必要はあったのだろうか。もしそれが、自分への憎しみを糧に生きろという意味合いのもとの行為だったとすれば、馬鹿を通り越して――――


「マゾですよ、たぶんあの人」

 電話越しに妙齢の女の人の笑い声が聞こえてきた。

『貴方の立場からしたら、そりゃあね。でも彼らにとってはどうかしら?』

 イヨさんは、笑いを堪えながら問い掛けた。

 彼ら――――信長と長政にとっては。

「うーん、少なくとも父は感謝しているんじゃないですか」

 信長のことはよく知らない。

 でも、父は約束を果たしてくれたことに感謝しているはずだ。

「ありがとう、だなんて絶対に言わないでしょうけどね。ああ、実習の時も長谷部先生の手違いで配布するはずだったプリントが破棄されてて、それを吉津先生が急いで印刷しに行った時があったんですけど。その時も礼なんて言ってなかったですよ。ただ、意地っ張りなだけなんだとは思いますけどね。吉津先生の方も感謝されたいわけじゃないんでしょうし。それが、何て言うか、面白いですよね。案外良いコンビなんじゃないかって思いますよ」

 僕の話にイヨさんは黙って耳を傾けてくれているようだった。

 そして、ある質問を僕に投げつける。

「え?父ですか?ああ、いや、長谷部先生の方ですよね。そうですよ。補習を引き受けたのは、単なる親切心からじゃありません」

 ――――どうして、長谷部先生の補習に毎回欠かさず参加していたか。

「ご推察の通り、父と、一緒にいたかったからですよ」

 イヨさんは躊躇いがちに『自分が誰だか見失わないように自我を保つべきよ』と注意した。

 確かに、長谷部先生は父ではない。それは分かっている。分かっているつもりでも、

「僕、福永有の父は生まれる前に死んじゃったみたいですし、父へのあこがれってのが強いんですよね。だから、生まれ変わりでも何でも、僕の父だった・・・いや、かつての僕の父だった人でもいいから、話がしたかったんです」

 父が欲しかった。

 イヨさんは何やら逡巡している様子だったが、結局、他愛無い話を振った後で『また今度お話しましょう』と言って、電話を切った。


 父が欲しい。父が欲しい。でも、母が毎回連れてくる得体の知れない男は嫌だ。

 自分と僅かでも繋がりを持った父が欲しい。

「ああ、ダメだ。しっかりしないと」

 僕は福永有。

 苗字は父方の姓のままだ。

 父が『永遠に福が有るように』と言って付けてくれた名を抱いて――――

「ちゃんと、生きないと」


 福永有の生はこの一度きりなのだから。


薄々気付いていましたが、歴史が分からないと登場人物の関係性が意味不ですよね。次で完全なるネタバレ書きます笑

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