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図書館に行ってみた

重い眠気を抱えながら図書館に来たのは、午前11時のことだった。

目覚まし時計はセットした通り、午前8時に叫びを上げた。だが爆睡していたわたしはそれをうるさく思って目覚ましを切ってしまった。

それからはずっと眠っていて、再び意識を取り戻したのは母親が部屋に来て起こしに来たからだった。


「さ〜な〜!オキロモウジュウジダ!」

早口でまくしたてながらわたしの体を大きく揺らし、わたしの意識をはっきりさせた。その揺らし方は暴力的で、怒りが混じっているのがよく伝わった。

それに恐れてわたしはベッドの上で正座して頭を垂れた。

「お母様おはようございます」

皮肉を混ぜてみた。茶目子の一日という童謡に似たシーンがあったので、それを真似てわざと甲高い声で言って見せた。戦前の”良い子”みたいに、わざと大げさに振舞って。

「また変なことやって…いつものことだけど、体のリズムは整えないといけないよ。早く顔を洗って、図書館へ行ってきなさい!」

母が顔を赤くして、大声で怒鳴った。近所迷惑になるのではないかと思われるくらいの酷い声と顔だ。こんな性格と顔でよく結婚できたものだ。図書館で子供向けの本を読むのは別に恥ずかしくないが、母親の顔はとても恥ずかしい。こんなことを思うのは娘として良くないこと。だが化粧をしないと目のたるんだ部分や頬の黒い部分は若い頃に戻れない。おまけに性格も鬼とくれば、いい部分なんて1つしかない。

顔を洗って眠気を少し抑えたところで、母親からポンとお金が渡される。

「これでお昼を買って食べなさい」

母親の作るご飯は不味い。魚をさばけるくらいには腕がある父親が出勤前に朝ごはんを作り、晩はコンビニ弁当だ。むしろそっちのほうが嬉しい。腐ったカレーや味噌汁を出されるくらいなら…。

母親や妹のうるさい家を離れた時は、一瞬解放されて爽やかな気分になった。だが次に来るのはどんな本に巡り合えるか、というワクワクと嫌いな種類の本に当たった時への不安だ。

「もし”聖ルウィンの国”が地雷だったらどうしよう…」

そんな風に考えていた。図書館へ向かっている時はずっとその考えに支配され、自転車ともぶつかりそうになった。

「おい何やってんだ!」

自転車に乗っていたおじさんが怒る。わたしは涙目になりながら頭を下げた。

「ごめんなさい!」



無事図書館の入り口が開いて入る時もわたしは抜け殻のようになって、おじいちゃんのことを引きずっていた。

あの怒鳴り声がわたしの中で響き続けて頭の中を離れない。

わたしは何でも引きずってしまう。昔からそうなのだけど、切り替えることがなかなかうまくできない。だから喧嘩した友達の”本音”を引きずって、今まで通りのように接することができなくなった。

そして友人も減っていき、今では避けられる様だ。

ただ、おじいちゃんの件は引きずっていいと思う。怪我はしていなかったみたいだが、持病で病院へ向かう途中だったのだという。

「急いでるから」、と言って連絡先も渡さず、また自転車に乗り直してどこかに行ってしまった。転んだのが原因で骨折してしまったらどうしよう?


物事を何となくネガティブに考えながら、階段を上がり、二階の児童書コーナーにたどり着く。

キィとわたしが扉を開く音がすると、中の人間たちがわたしを一瞬じっと見つめていた。

本を読んでいたであろう子供十数人と親であろう大人数人、コーナーを切り盛りする司書が二人。まるでわたしをおかしな人と見るように。

わたしは確かに高二だった去年、児童書コーナーで堂々とトーマスの絵本を読んだ。だがいつもは3階にしかおらず、この場所へ来るのは実は1年半ぶりだ。

「勇気がある」と自称しているとはいえ、慣れない場所へ行くのはとても辛い。

子どもは痛い視線でわたしを見つめ、こう語りかけてくるようだった。

「お姉ちゃん、3階に行きなよ」


このコーナーにいる子どもたちは大体幼稚園児や小学校低学年がほとんどだ。彼らにとっては身長の関係もあり、小学4年生も”大人”と見なされてしまうのだ。中学生ならもう社会人のように見られる。モラトリアムなどというものは存在しない。

わたしが母親にこっぴどく叱られた時も、当時幼稚園児だった妹は図に乗って中学生のわたしにこう言ったのだ。


「お姉ちゃんもう大人でしょ?!ちゃんとしようね!」


大人でも、児童書コーナーに行く人はなかなかいない。むしろ難しい話題に難しく切り込んでいくのが大人なので、簡単に書かれた子供向けにはなかなか手を出さないだろう。

もし図書館の児童書コーナーに大人が入ってきたら、わたしは警戒するかもしれない。妹を連れてきていて、親代わりに彼女を守らなければならない義務があるとすれば。

まあ、児童書コーナーに入る大人が全員変質者という訳ではない。





大人でも児童書コーナーに入る人の中には、たとえば子どもの図書館利用率を調べている学生や教授もいるだろう。そういった人たちに偏見を持ってはいけない。或いはそれは人とうまく交われない人間特有の偏見だろうし….。まあ、とにかく深く考えてはいけない。

基本的なことを忘れていたせいか、高2の時の勇気を出せないでいた。だが大人の中にも1人だけ、子ども向けの絵本を読んでいる人間がいて幸いだった。

それに励まされて、ドアを開けたらすぐ目に入る場所にあるパソコンをたまたま見つけた。それにだけ頭を集中させ、まるで勉強しているかのように一直線に向かう。とりあえずパソコンを見つけたらいじりたくなる。依存症の症状の一つなのかもしれない。

わたしは小学生の頃からネットにはまり、毎日やってきた。1日でもやらない日があると何かむず痒い気分になってくる。身体中が蚊に喰われているような、そんな感じ。

特に調べたり、楽しいものを見つけるためにやっているわけではなく、ただすること自体に意味を見出している時もある。

本は沈黙の中で文字とお喋りする。頭の中で、BGMも無しに。耳に何も入らないのは寂しい。だから音楽機器で歌詞の分からない台湾歌手の曲や洋楽を聴きながら本を読む。そうしないと本をスイスイ読み進めないのだ。それと同じように、パソコンにBGMと同じ何かを求め、常に弄っている。その”何か”を分からないままに…。

食いつくようにパソコンの画面にある『図書の検索』のアイコンをクリックする。画面はデジタルでカラフルに装飾されており、ほとんどが平仮名で書かれている。それなのに珍しく子どもには難しそうな言葉で『としょのけんさく』などとポップな字体で書かれ ている。それをクリックすると、検索するワードを書きこむスペースとその下にあるひらがなの羅列の間に青い鳥が案内をしている。


「調べたい本のタイトルを、下のボタンで文字を入力して検索してね!」


『そんなこと知ってるわ、バーカ!』心の中で悪態をつく。子供でも分かっていることを、どうしてやるのだろうか。むしろわたしのほうが馬鹿馬鹿しい…、今になってはそう思う。使い方がわからない子どもも多いでしょうに。

ただ、別にいちいちマウスでひらがなを押して行かなくても、キーボードで入力も出来る。わたしは後者を使って書き込んだ。


『”聖ルウィンの国”…」

今までのパソコンのせいか、マウスを使う速度はとても速い。検索ボタンを押して、本がどこにあるかを確認する。結果は、児童書コーナーにしかない、とのことだった。

作者は比丘田優吾、ひらがなでは”びくた ゆうご”。

レミゼラブルでおなじみのユーゴーのような名前だ。この比丘田はもうとっくにこの世の人ではない。亡くなる寸前、20年前にに”遺作”として描いた物語が”聖ルウィンの国”らしい。

図書館にあるのは亡くなってからの重版。だから情報が比較的新しい。この本は図書館には1冊しかないが、借りられてはいないようだ。

ありそうな場所を探してみた。わたしは見落とすことが多いので、何度もコーナーを回って、背表紙のタイトルを必死に探した。

だがあるのは無用な物ばかり。自分が欲しいのはあのグロテスクな絵本だ。乱歩の少年探偵団シリーズの、古臭い絵柄の本がある棚も何度も見て回った。

いつもは大好きなグロテスクな絵柄の本も、尊敬しているトーマスの作者、ウィルバート・オードリー牧師の要求、賜物である絵本の絵柄も、全てがわたしを疲れさせた。

あのリアルで怖い絵本の絵柄は、オードリー牧師のリアリストっぷりを示すものだ。

実際緑の小さな機関車の形が「まるっぽい」という理由で、オードリー牧師と揉めたダルビーという挿絵画家が絵本の絵描きをやめている。

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