名探偵藤崎誠のラインハルト救出作戦
4月17日をまわっていた。
官僚出身の若手国会議員の太田は、いつものバーで一人飲んでいた。
この後、藤崎が来ることになっているが、
彼への依頼をどう話していいか、答えを出せなかった。
悩んでいるわけではない。
ぼう然として、考える気力を失っていた。
また女に振られた?
いや、違う。
でも、そうでないとも言えない。
惚れていたものを失ったのだ。
太田が惚れている大切な人を、今日失った。
太田はグラスを握ったまま、棚に並んでいるボトルを見つめた。
グラスの氷はみそ汁のお麩のように小さくなった。
太田はグラスから手を放し、無意識に頬へあてる。
濡れていた。
太田はハッとした。
「まだ望みはあるはず・・・」
太田はカウンター席を立ち、トイレに入った。
頭から水を被り、気合を入れなおす。
そこに二人の中年男が入って来た。
彼らは太田をいやな目で見つめた。
酔っ払いを蔑むように。
グワッと太田は、何事か言った彼らの方に振り返った。
太田はマスターに借りたタオルを取り、髪を拭いた。
トイレを出る太田の顔に精気が戻っていた。
「独裁者か」と太田は呟いた。
「これでカジノ計画も上手く進むんじゃないか。
大阪がコケて・・・」
藤崎は急いで言葉を飲み込み、ギリッと奥歯を噛みしめた。
言ってはいけないことだった。
太田が予想外に元気だったのと突然微笑みかけられて、
思ったことを口にしてしまった。
「でも、今回のことは残念だったな」
藤崎はしおらしく言った。
「しょうがない。
時代は独裁者を求めていない」
「独裁者?
まあ、一部のメディアが言っているだけだろう。
本当に独裁政治が行われたら、
そんな言葉吐けるはずがない。
それに」
藤崎は語気を強めた。
しめた、という顔をした太田は一つ相槌を打った。
「それに独裁政治も悪くない。
良い為政者なら社会の改革が劇的に進む。
政治家や官僚が税金を無駄遣いする腐った民主主義と
清廉潔白な独裁者の善政、
どっちがいいか永遠のテーマだ。
ヤン・ウェンリーはまったく迷わず前者を選ぶが、
俺はどちらかと言えば後者だ」
藤崎は二度頷いた。
「お前は、昔からキルヒアイスが好きだからな~」
「銀河英雄伝説の第5話は最高だな」
藤崎は何度も頷いた。
藤崎は、銀河英雄伝説のアニメが人生のバイブルの一つだった。
現在アルスラーン戦記を手掛けている田中芳樹の同名の小説が原作で、
1980年代にアニメ化されたものである。
機動戦士ガンダムとは一味も二味も違った宇宙大戦もので、
効果音としてクラッシック音楽が使われたことからかスペースオペラと呼ばれた。
皇帝を抱く銀河帝国軍と民主主義を掲げる自由惑星同盟軍の雌雄を賭けた戦いの物語だ。
キルヒアイスは、将来皇帝となる軍事の天才と幼なじみで、
彼を助け、彼を守り、最後は彼を守るために命を落とすのである。
「また、DVDボックス貸そうか」
藤崎は指で四角形を描いた。
「ああ、頼むよ。
来月はちょっと時間が取れそうだ」
太田は微笑んだ。
「ちょっと頼みがあるんだ」
太田は次の言葉を躊躇した。
しばらく沈黙が続いた。
「ラインハルトを助けてくれないか」
藤崎はじっと太田を見つめた。
ラインハルトとは、キルヒアイスが命をかけて守った幼なじみだった。
藤崎はすべてを察した。
太田が今日呼び出したこと。
から元気であること。
独裁者というキーワードを発したこと。
そしてラインハルトを助けてくれと言ったこと。
藤崎は右手をゆっくりと上げ、胸にあてた。
「名探偵にお任せあれ」
半年が経った。
一人の青年が壇上に立っていた。
会場には500人を超える人が集まっていた。
青年は大ヒットを連発している漫画家だった。
彼は藤崎が捜し、太田も見込んだ男だった。
「・・・半年前のことは本当に残念でした。
このままでいいのか、
いや、
いや、よくない。
機が熟してなかっただけだからです。
彼を失うのは本当に残念でたまりません。
彼を独裁者という人がいます。
しかし、今の行政機関では独裁的な力を発揮しないと、
行政改革はできないのです。
なぜなら、行政改革で痛みを伴うのは議員と役人だからです。
彼は批判を恐れず、改革を進めました。
そして、財政改善の効果を上げました。
しかし、揚げ足を取られました。
大阪都にしなくても二重行政は改革できると。
しかし、待ってください。
これは、独裁者と呼ばれた橋下徹だからできたことです。
自発的に議員や役人が自分の痛みを伴う改革をするはずがないのです。
だから、橋下さんは独裁者がいなくても可能な行政改革を提案したのです。
それが大阪都構想です。
議員が自ら痛みを伴うことができないことを見越して、
二重行政を無くすことをシステム化しようとしたのです。
だから、本当に独裁者を望まない人こそ、大阪都構想に賛成するべきだったのです。
でも、現実は残念ながら住民投票で否決されました。
しかし、ほんのわずかな差です。
本当に廃案にするには惜しい政策です。
それに失うには惜しい人物です。
ただ、機が熟してなかっただけだと思うのです。
だから、大阪都構想を再提案します。
5年後に住民投票をもう一度行いたいと思います。
市長の任期は四年ですので、2度当選することで大阪都構想の信任を得たいと思います。
そしてもし私が当選したら、橋下さんに政治に復帰してもらいます。
なぜなら、大阪都構想は信任されたことになるからです。
私は心から橋下さんの政治家復帰を望みます。
だから、私は市長に立候補・・・」
会場にいた太田は天を見上げた。
そして、落ちる前に涙を手で頬をこすった。
男の熱い演説は太田の心に刺さった。
太田が藤崎に助けてくれた頼んだラインハルトとは、
大阪都構想の住民投票を否決され、政界を引退すると公言した橋下徹のことだった。
太田は彼が提唱する道州制については抵抗感があった。
もし、道州制にすると日本の借金が返せなくなるからだ。
でも、彼の熱さが好きだった。
太田の依頼を受けた藤崎は、太田に指示した。
大阪都構想を掲げた立候補者を大阪市長選挙に擁立しろと。
但し、維新の会から公認や推薦を受けるなと。
つまり、橋下徹の信任選挙をしろということだった。
大阪都構想が継続されれば、政界復帰の可能性が出てくるというわけだ。
藤崎は隣に立つ太田に言った。
「いいのか、将来、総理大臣になる時、邪魔な存在になるぞ」
太田は藤崎の思いに言葉が出てこなかった。
藤崎は彼が当選することをまったく疑ってなかった。
「ラインハルトとヤン・ウェンリー、信玄と謙信、
歴史が輝くには、好敵手が必要さ」
太田は曇りのない笑顔を藤崎に見せた。