思い出のバレンタイン
「今度のバレンタインデーの一番人気は、転校生の長田くんみたいよ!!」
クラスメイトの藍子が隣の席の裕子に大きな声で言った。
多分藍子はクラスの女子全員に聞こえるように、わざと大声で言ったに違いない。
「佐知はチョコレートあげるの?」
裕子が私に尋ねた。
「学校にお菓子を持ってきちゃいけないんじゃない?」
私は小さな声で裕子に言った。
「バレンタインデーのチョコレートくらいに目くじら立てるなんて、先生も学校も野暮だよね!」
裕子は腕組みして言った。
でも、先生がホームルームにやってくると、きちんと姿勢を正していた。
休み時間はいつも、美男子転校生、長田君の話題で持ち切りになった。
彼が転校してきたのはちょうど4月のクラス替えと同時で、目立たない人だと転校生であることは言わなきゃわからないくらいの時期だった。
しかし、長田 祥はそのルックスが際立っているので、見たことない美形がいると騒ぎになった。
「長田君てさ、お母さんがハーフなんだって」
「へぇ…」
「そうなんだぁ。道理で、髪が少し茶色っぽくて、カールしてるのね!」
「…そう言われてみれば、手足長いし、肌も綺麗よね」
クラス中の女子の話題になっていた。
告白してフラれたなんて噂をちらほら聞くようになったのは、夏休みを過ぎてからだった。
「長田君はハワイにある別荘で夏休みを過ごしたんですって!」
「凄~い!」
「カッコイイだけじゃなくて、お金持ちのご令息なのね~!」
あっという間に長田君は、私たちの中学校のアイドルになってしまった。
「佐知のクラスはいいよね! 長田君みたいな美男子が居てさぁ」
隣のクラスにいる幼馴染の美和がいつも羨ましそうに言う。
「成績はどうなの?」
「運動会では何に出場するの?」
「彼の趣味は何なの?」
美和は私に長田君情報を求めた。
それとなく、リサーチしては美和に伝えていた。
美和は長田君にぞっこんで、今日は廊下ですれ違ったとき素敵な笑顔が見れたとか、運動会の合同練習の時に話しかけられたとか、登下校時の話題は彼一色だった。
「彼の美しい唇でキスされたい」
「抱きしめられたい」
「壁ドンされたら、気絶するかも…」
などなど、私たちだけでなく、女子中学生たちの妄想はどんどん膨らんでいった。
長田君の事を知る度に、私もまるで芸能人に憧れるみたいに、彼に憧れるようになっていた。
美和が毎日長田君ラブの話しかしないせいで、彼女の恋心が私にも伝染したのだと他人のせいにしながら私の恋心も成長していった。
でも、同じクラスだけど特別話す機会はないし、クラス一の美女である舞衣子とくっつけようとする動きがあったり、他のクラスの女の子とも噂があったりして、ただ遠くから見つめるだけの存在だ。
美和に羨ましがられるほど有利ではなかった。
そして迎えたバレンタインデー。
バレンタインチョコを持った女の子の列が長田君の席の後ろにできている。
「休み時間が終わっちゃう。早く渡してよね!」
行列の後ろの方のボヤキ声が聞こえる。
キンコンカンコーン。
無情にもチャイムが鳴り、行列は一旦解除。
また次の休み時間も行列ができた。
「美和、チョコ渡せたの?」
「まだよ」
そう言って美和も行列の一員に加わった。
今日は朝の下駄箱チョコ雪崩事件から始まって、長田君の周りはチョコレートの香りと女の子の列が絶えなかった。
「ようやく渡せたわ。ありがとうって、微笑んでもらった」
美和が嬉しそうに私に言った。
「私も次の休み時間に渡そうかな」
「佐知まで?! こんな側にライバルがいたなんて」
「美和のせいで好きになっちゃったんだもん。仕方ないでしょ」
「仕方ないわね。素敵だもの、彼…」
相変わらず笑顔でチョコを受け取る長田君の姿が目に映った。
「でも彼は誰が好きなんだろう。あんなに沢山の女の子から好かれたら、選り取り見取りよね?」
私は隣の教室に帰ろうとする美和に尋ねた。
「そうよね…。いろんな子と噂があるけど、本当の所はわからないわね」
廊下で話しながらも、長田君の様子を見ていた美和は、
「あ! 握手してもらってる! 私もしてもらえば良かった!」
と嘆いた。
「芸能人みたい…」
「ホント…」
「でも、気持ちは伝えたわ」
美和は満足そうに教室に帰って行った。
私も密かに小さなチョコを持って来たんだけど、渡す勇気がなくなってきた。
だって、チョコを渡しに来た女の子は、成績優秀だったり、スタイル抜群だったり、スポーツで活躍している名の知れた面々だった。
しかもチョコレートも大きな箱にゴージャスなリボンと可愛いラブレターが添えてあったりして、とても太刀打ちできそうになかった。
結局、どの休み時間にも渡せなかった。
隣のクラスはどうやらこのバレンタインデー騒ぎに先生からお小言を頂戴しているみたいだった。
放課後、私は美和を廊下で待っていた。
「はぁ…」
私は溜息を吐いて、手の中の小さなチョコを見つめた。
すると突然、
「それ、俺にくれよ」
と頭上で声がした。
ふと見上げると、同じクラスの伊藤くんが私の凭れている壁に手をついてニコニコしていた。
私は一瞬、意味がわからなかった。
「え…?」
「佐知のチョコ、俺にくれ」
そう言うと、伊藤くんは素早く私にキスをした。
「…!!」
ビックリして何も言えない私の手を取り、チョコを自分のポッケに入れると、耳まで真っ赤にした伊藤くんが、
「長田はやめて、俺にしとけ」
と言ったのだった。
そして時が経ち…。
「懐かしいわね」
「うん?」
「バレンタインデー」
「ああ」
「ホント、幸ちゃんには驚かされたわ」
「あれな、そうとう勇気が要ったんだぞ」
「わかるわよ。私は長田君に渡す勇気がなかったんだから」
「それで良かったんだよ」
「ふふふ…」
「何だよ…」
私は不貞腐れる幸一に、
「そういうことにしとくわ」
と言うと、
「佐知には敵わねぇな」
と言った。
はにかむ幸一は、あの時の恥ずかしそうな伊藤くんに戻っていた。
今では私の大切な旦那様との思い出のバレンタインデーだ。
end
このお話のようなカップル・ご夫婦も実際にいらっしゃるのかもしれないですね。




