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再起 二

 生き延びてしまった。

 配下を失い、友の、関勝(かんしょう)の生死も分からない。

 唐斌(とうひん)は矢が刺さったままの足を引きずり、怒りを煮え滾らせていた。

 いっそ死んでしまった方が、どんなに楽だったか。

 奴らだ。聞達(ぶんたつ)李成(りせい)が援軍に来なかったのだ。

 こうなれば、生きてやる。あの二人に必ず復讐してみせる。大方、自分は死んだと思われているのだろう。考えると好都合だ。

 恨みを炭火のように燃やしながら、唐斌は当てもなく彷徨(さまよ)った。

 ひと月ほど放浪しただろうか。見るとあたりに壁のような峰が広がっていた。

「ここは、どこだ。俺はどこまで来たのだ」

 天地嶺(てんちれい)だった。

 壮大な景色を見上げながら歩いていると、山の上から立ち(のぼ)る煙が見えた。そして肉の焼ける匂いが、風に乗って唐斌の元に届いた。

「腹減ったな」

 ぽつりとつぶやき、山を見上げた。気付くと唐斌の足は山道を上っていた。自然と、手頃な長さの木の枝を握っていた。

 山寨があった。山賊か。それよりも肉の匂いの方が気になる。

 あまりにも自然にそこにいたので、山賊たちも唐斌に気付くのが遅れた。

「おい、何者だ。いつからそこにいる」

 ひとりが叫び、他の山賊もやっと唐斌を見た。

 朴刀を構えて駆けてきたその男を、唐斌が一蹴した。打ち倒された山賊が地面で泡を吹いている。

 山賊たちが固まった。闖入者(ちんにゅうしゃ)が手にしているのは、ただの木の枝だ。

「良い匂いがする。すまんが肉を分けてくれないか」

 偶然だ。

 今度は四人一斉に襲いかかった。唐斌が面倒くさそうな顔をした。二、三度枝を振るっただけで四人が倒れた。それから近づく者はいなかった。

 報告を受けた文仲容(ぶんちゅうよう)崔埜(さいや)が駆けつけた。この抱犢山(ほうとくざん)の二人の頭領である。

 二人はたじろいだ。唐斌の闘気に動けなかった。しかしそうも言ってはいられない。配下たちが見ているのだ。

 文仲容と崔埜は目で確かめ合い、左右から同時に打ちかかった。

 

「悪かったよ。腹が減ってて、気が立ってたんだ」

 目を覚ました二人に、唐斌が頭を掻きながら弁解した。

 文仲容と崔埜の方こそ、言葉がなかった。

 それぞれ撼山(かんざん)力士(りきし)移山(いざん)力士(りきし)と渾名されるほどの怪力を自負していたのだ。どこの誰かも分からぬ相手に一撃で倒されてしまい、もう頭領としても形なしだ。

「この山を治めてくれませんか」

「頭領になっていただけませんか」

 示し合わせたように二人が言った。驚いたのは唐斌の方だ。

「何故、俺などを」

「強いからです」

 文仲容がきっぱりと言い切った。

 ふたりは元々農民であったが、役人たちの横暴に耐えきれず武器をとった。よくある話だ。そしてこの抱犢山に山寨を構えたという。

 だが近頃、頻繁に官軍の攻撃を受けている。山にいる連中も、元は農民や市井の民たちだ。これまでは地の利で追い払う事ができていたが、何度も耐えきれるものではない。かといって山を捨てて、逃げる場所もないのだ。

「唐斌どのの力を借りようという訳ではないのです。私たちを鍛えて欲しいのです。少しでもましになって、官軍と戦いたいのです」

 文仲容と崔埜の真剣な瞳に、唐斌は首を縦に振った。

 素質はあったのだろう。唐斌の指導の元、文仲容と崔埜は腕を上げた。配下も、少しずつではあるが鍛え上げられていった。

 ある時、官軍の討伐軍が大々的に送られてきた。

 いくら三人が強くても、官軍は簡単に勝てる相手ではない。戦が長引くにつれ、徐々に敗色が濃くなってきた。

 退()き時か。唐斌がそう考えた時、ふいに官軍が乱れた。

 何が起きた。退くか、どうするか。いや、

「いまが好機だ。押せ、押せ、押せ」

 唐斌の檄に抱犢山勢が応じた。死に物狂いで官軍に襲いかかり、そして勝った。

「文仲容、崔埜、生きているか」

「何とか」

「私も、傷は負いましたが、深手ではありません。勝ったのですか」

「どうやら、な」

 力を出し尽くした抱犢山勢が、散り散りになる官軍を見やった。そこで唐斌は、勝利の理由を悟った。

 騎馬を中心とした一団がそこにいた。およそ二百ほどだろうか。

 その中央の悠然と馬に乗る男に、唐斌の目は釘付けになった。胸が高鳴ったような気がした。

 その男が唐斌たちの元へゆっくりと馬を進めた。

 男は、孫安(そんあん)と名乗った。


 手を出すのは申し訳ないと思ったのだが、

「なんて言いやがったんだぜ、あの野郎」

 唐斌が杯を呷り、苦い顔をする。

「だが、嫌味には聞こえなかったのさ。奴は、孫安は本心で言ってたんだ」

 単廷珪(ぜんていけい)魏定国(ぎていこく)がなんとなく困った顔をした。

 その時、孫安はすでに田虎(でんこ)と関わりを持っていたという。

「唐斌どの、そしてお二方、抱犢山をこのままお任せしたい」

「どういう事だい」

「ここは壺関(こかん)から昭徳(しょうとく)に至る前の防壁となりうる場所だ。ここにあなた方がいてくれれば、心強い」

「ああ、違う違う。そう言う意味じゃない。任せたいとはなんだ。助けてくれたとは言え、田虎とやらの為に働く気は毛頭ないぜ」

 唐斌が孫安を見据えた。不穏な空気が場に満ちる。

 孫安が快活に笑った。

「これはすまない。気に(さわ)ってしまったかな。いい直そう。力を貸していただきたい、唐斌どの。あなた方の力を見込んでの話だ。本当は抱犢山を奪っても良かったのだがね」

 文仲容と崔埜はぞくりとした。

 孫安はさらっと言ってのけた。奪っても良かったのだと。そして孫安とその配下たちはそれができる連中だ。これは提案ではない、遠回しな強制だ。

 唐斌は胸を張り、答えた。

「怖いこと言うねえ。わかった、仕方あるまい。ただし、こっちも言わせてもらう」

「何だね」

「俺は田虎など知らぬ。だから、お主のために抱犢山を守ることにしよう。それで良いな」

「良いだろう」

 では頼んだぞ。そう言って孫安は風のように去ったという。

 語り終え、文仲容が長い息を吐いた。

 唐斌は田虎に従っている訳ではない。それをどうしても伝えたかったのだ。

 それが唐斌の旧友ならばなおさら、誤解させたままではいられなかったのだ。

 分かっているさ、そういう目で関勝が唐斌を見た。

「田虎軍ではない事は分かったが、どのみちわしらがここにいては迷惑になる。行くぞ、梁山泊軍を援護する」

 待て、と唐斌が言った。

 一同の視線が唐斌に(そそ)がれた。

「お前たちだけで行ってどうなるものでもあるまい」

「行ってみなければ分かるまい」

「俺たちの力を使え」

 一拍、関勝が考える。

「良いのか」

「良いさ。俺は抱犢山を守っていただけだ。それに孫安への義理などとっくに果たしている。なあ、そうだろ」

 文仲容と崔埜に訊ねる。二人とも、良い顔で笑った。

 唐斌がすっくと立ち上がり、関勝と向かい合った。

「せっかくここで再会できたのだ。お前の友、天王(てんおう)の唐斌として戦うことにする」

「まことか、唐斌。これは万軍の味方を得たようなものだ」

「相変わらず、大げさなんだよ、お前は」

 郝思文は、声にこそ出さなかったが喜びに震えた。

 大刀(だいとう)と天王が、再び並び立ったのだ。

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