攻城 二
きびきびと李雲が部下に指示を飛ばす。
遠い距離を輸送してきたにもかかわらず、部下たちは疲れを見せる事もなく、車から荷を降ろしてゆく。
太い木の柱、先を杭のように削った木を束ねたもの。様々な資材があった。そしてそれを手際よく組み立ててゆく。
宋江が興味深げにじっと見ていた。
それに気付いた李雲が側へ来る。
「大したものだな」
「遅くなりました。ですが必ず役に立てるかと」
李雲はそれだけ言うと、部下たちの元へと戻って行った。
日が傾き、作業が終わるまで、宋江はそれを飽くことなく見守り続けた。
小気味よい掛け声と共に、陣から数十台の車が前に出た。
昨日、李雲たちが組み立てていた轒轀車である。
荷車の左右に壁を立て、上部は三角型に屋根を据えたような形状で、人が五、六人乗れる大きさだ。壁と屋根には牛の皮を張っている。
轒轀車がじりじりと城壁に近づいてゆく。
蓋州の守備兵が察知し、一斉に弓を構える。指揮を執るのは熊威将の于玉麟だ。
右手を軽く上げたまま、梁山泊の進軍を見つめる。数十もの轒轀車が近づいてくるが、じっと待つ。
どんな策を弄したところで、蓋州は陥とせぬ。もっと引きつけろ。
「点火」
号令で、弓兵が矢に火をつけた。于玉麟の右手が振り下ろされる。
無数の矢が梁山泊軍に降り注ぐ。だが矢のほとんどは轒轀車に刺さらずに、弾かれた。牛の皮を張っているため、刺さった矢の火も燃え広がることなく、すぐに消えてしまう。
歯噛みをする于玉麟。それでも火箭を放ち続けるよう命じる。
火の雨の中でも轒轀車の歩みは止まらない。
于玉麟が次の合図を出した。
兵たちが擂木や巨石などを城壁の縁に持ち上げてゆく。
轒轀車が城壁に近づいた。中から飛び出した梁山泊兵が、壁の上方に向かって、携えていた弓矢を放った。
蓋州兵が射抜かれ、何人か城壁から落ちてゆく。
「やれぇ」
于玉麟の号令がかかる。
梁山泊軍の攻撃を耐えながら、上から擂木、巨石を落としてゆく。それらが轒轀車に激突し、轟音を立てる。だが轒轀車の屋根は三角型をしており、衝撃を和らげる作りであった。
思うほどに効果を上げられず、于玉麟の表情も険しくなる。
兵の一人が叫ぶ。
「于玉麟さま、あれを」
梁山泊陣から、さらに巨大な車が近づいてきていた。
車輪は六つ、荷台の上に人が乗れる部屋が据えられている。そしてその上に長大な梯子が、斜めに立て掛けるように固定されていた。
雲梯飛楼である。背負った梯子を城壁に掛け、兵を突入させる攻城兵器だ。
于玉麟がやや青ざめる。
「火箭だ。燃やしてしまえ」
兵が一斉に矢を準備し始めた。矢に火を灯し、雲梯飛楼に狙いを定める。だが他の方角の守備兵たちが騒ぎだした。
東西南北、四方に雲梯飛楼が出現していたのだ。
何という事だ。
于玉麟は急いで鈕文忠の元へ伝令を走らせる。まずは持ち場を守りながら、増援を待つ。攻城兵器は動きが遅い、間に合うはずだ。
朱武が渋い顔で戦いを見守っていた。敵が慌てている様子がうかがえる。だがそれで安心したりはしない。
雲梯飛楼が四方同時に、攻め寄せる。
他の三台を放置し、于玉麟は前方の一台を集中攻撃する。
その間に、鈕文忠が兵と共に城壁へやって来た。残りの雲梯飛楼への攻撃を開始する。
雲梯飛楼に火がついた。于玉麟の正面のものである。
梁山泊兵が急いで退避してゆく。蓋州兵の士気が上がった。さらに火箭が放たれ、やがて雲梯飛楼は炎に包まれた。
朱武が撤退の指示を出した。残り三台の雲梯が進行を止め、後退を始めた。
于玉麟が雄叫びを上げ、兵たちも歓声を上げた。
燃え崩れゆく雲梯飛楼を、李雲の青い目がじっと見つめていた。
「わはは、やはりこの城は難攻不落だ。よくやった、于玉麟」
「はい。このまま援軍を待てば、奴らは壊滅かと」
だが勝利の余韻を打ち消す報告が飛び込んできた。
梁山泊軍が夜襲をかけてきたのだ。
「懲りぬ奴らだ。甲を持て」
城壁へ上がった鈕文忠の顔がひきつった。城を囲むように松明が灯されていた。無数の炎が揺らめいており、まるで昼のような明るさだった。さらに雲梯飛楼の姿も見えている。至急、兵たちに火箭の準備をさせる。
しかし梁山泊軍は喚声を上げるばかりで、城壁に近づいてこない。睨みあう状態が夜明けまで続き、日が昇るまで膠着状態だった。
昼過ぎ、仮眠をしていた鈕文忠が叩き起こされた。梁山泊軍の攻撃だ、と。
しかし前夜と同じく、騒ぎたてるばかりで攻撃を仕掛けてこない。
同じことが二日続いた。
敵はこちらを疲れさせようとしている。兵数に不安があるからだろう。
鈕文忠は、最小限の兵で守らせるにとどめ、体力の温存に努めるよう命じた。
何度目の報告だろうか。
鈕文忠の返事もおざなりになりつつあった。
だが今度は違った。援軍だ。田彪のいる晋寧から、王遠と鳳翔が二万の兵とともに派遣されてきたのだ。
待ちわびたぞ。これで膠着状態を打破できる。
そう思ったのも束の間、援軍と梁山泊軍がぶつかった。
「于玉麟、すぐに出るのだ」
鈕文忠の命で、于玉麟が飛び出した。
戦況を呉用が見守っている。
先日、使者が来たのを見た。蓋州から出た使者は、飛ぶように帰って行った。田虎に援軍を求めたのだろう。だから伏兵を忍ばせていたのだ。
王遠に史進が、鳳翔に孫立が当たっている。
王遠、鳳翔は遠征で疲れ切っており、かたや梁山泊軍は充分に鋭気を養っていた。結果は火を見るよりも明らかだった。
王遠、鳳翔は命あらばこそ、と少し刃を交えただけで早々に退却してしまった。
「不甲斐ない奴らだ」
と史進が舌打ちをしていた。
一方、于玉麟の行く手を、花栄が遮った。
おのれ、方瓊の仇。于玉麟は槍をしごき、馬を飛ばした。花栄もそれを迎え討ち、槍と槍が火花を散らした。
何合か打ち合った後、花栄が距離をとると素早く弓を構え、矢を放った。于玉麟は構えたが、射抜かれたのは背後にいた部下たちだった。三人、胸に矢が突き立っていた。
于玉麟と兵たちは戦慄した。
矢を射ったのは一度だったように見えた。しかし、あの一瞬に三矢も放っていたのだ。
蓋州兵が恐怖し、背を向けだした。
「おい、お前ら、逃げるんじゃない」
于玉麟が叫ぶも、兵たちは自分の命の方が大事なようだ。
気付くと花栄の矢が于玉麟を狙っていた。
背に腹は代えられない。于玉麟は馬腹を蹴り、一目散に城へ取って返した。
花栄もそれ以上追うことをせず、陣へと引き上げた。
朱武が神妙な顔でそれを迎える。
「首尾は」
「うむ、上手く紛れこめたようだ」
「そうか」
しばし朱武は蓋州城を見つめていた。
石秀と時遷が城内を駆けている。
二人とも、蓋州の軍装を身につけていた。于玉麟が撤退した際、兵の中に潜りこんだのだ。
「まったく、毎度危ねぇ橋を渡らせやがって」
「そう言うな、時遷。軍師どのはお前の技を信頼してるって事さ」
「それはいいけどよ。あんたまで来ることはなかったんじゃ」
「少しでも役に立ちたくて、自分で志願したのさ。おっと、足手まといだったかな。独りの方がやり易かったかもな」
時遷は答えずに薄く微笑んだ。
時遷が先導し、北の方角を目指す。やがて狭い小路を見つけ、そこに入った。小路を抜けると、土地神廟が見えた。
歩を緩め、慎重に近づく。
石秀が周りに誰もいないことを確かめる。
「あそこだな。耿恭どの言う通りだ」
蓋州攻めに当たって、降将である耿恭から城内の情報を得ていた。
曰く、鈕文忠は州役所を元帥府としており、中央に位置している。その北側に廟がいくつかあり、その空地は秣置き場になっている、と。
廟に入ろうとした石秀を、時遷が止めた。
誰かいる、目でそう伝える。
微かに火の爆ぜる音がしている。
「外の様子はいかがですか」
入ってきた二人を見て、廟の道人が訊ねてきた。
「ああ、敵側から神箭将軍が出てきてな。将軍が逃げだしちまうもんだから、俺たちも一目散に城内へ引き返して来たんだ」
時遷の言葉に、石秀は吹き出しそうになった。だがそんな場合ではない。
「すまないが、今夜はここで寝かせてくれないか。俺たちはずっと見張りをやらされてほとんど寝てないんだ。朝になったら出て行くから」
「駄目です。巡回が厳しいもので、見つかったら隠れていたあなた方はもちろん、私まで罰を受けてしまいます」
道人が声をひそめる。二人が何度頼みこんでも、駄目の一点張りだ。
ふいに時遷が道人の背後を指さした。
「おい、何だあれは」
え、と振り返った道人。その首筋へ、時遷が手刀を打ちこんだ。ぐるりと白目を剥き、道人が気を失う。石秀が道人の体を抱きとめ、廟の端へ寄せる。
「手間取らせやがって」
時遷の手には鍵があった。いつの間にか、道人の懐から盗み取っていたのだ。
廟の奥の扉を開けると、そこが広間になっており、秣が山と積まれていた。
時遷たちが腰の袋から火打石を取り出し、秣に点火した。冬の乾燥した秣はあっという間に燃え上がった。
松明に火を移し、二人は道を駆けだした。
「火事だ。将軍に知らせるのだ」
と騒ぎながら、どさくさに火をつけて走る。
蓋州城内が騒がしくなった。
朱武は目を凝らし、城壁を眺めた。微かに赤い色が揺れている。
よし、と朱武が李雲を呼んだ。
「準備は」
「いつでも」
李雲の視線の先に、いくつかの雲梯飛楼が並んでいた。
長い首をもたげた怪物が、闇の中で獲物を狙っているようにも見えた。
ゆっくりと雲梯飛楼が蓋州城に迫る。
城壁の兵たちの動揺が見てとれる。于玉麟がそれでも冷静さを保ち、指示を飛ばす。
雲梯が増えている。まだ隠していたというのか。だが過日の戦いでも、雲梯を焼き尽くしたのだ。いくら増えても同じ事。
弓兵が火箭を構える。号令と共にそれが放たれた。
雲梯飛楼と梁山泊軍の上に火の雨が降り注ぐ。だが命中する矢が少ない。
長きに渡る籠城で、さすがに蓋州軍は疲労の色が濃い。さらに城内で上がった火に、兵たちが動揺している。
そこへ彪威将の褚亨が上がってきた。
「安士栄に、火事の原因を探らせている。ここはわしが加勢する」
「頼むぞ」
散開して配置している弓兵を集めた。ひとつずつ雲梯を攻撃するのだ。
「よし、やったぞ」
褚亨が吼える。
雲梯飛楼の一つが大きく燃えだした。乗っていた梁山泊兵たちが慌てて飛び降りてゆく。
「次を狙え」
他の雲梯飛楼は止まらずに城壁に近づいてくる。
「射て、射てぇ」
于玉麟が檄を飛ばす。火箭が突き立たらずに、なかなか火が点かない。雲梯飛楼は黙々と前進を続ける。
于玉麟は違和感を覚えた。この前の戦いと何かが違う気がする。あの時は、もっと早くに片付けていたはずだ。しかしまだ一台。
するうちに雲梯飛楼が蓋州に迫っていた。
ぎしぎしと雲梯飛楼が軋む音が、怪物の鳴き声のように思えた。
その時、于玉麟は見た。
鉄だ。雲梯飛楼のあちこちが、鉄の甲のようなもので覆われているのを、見たのだ。




