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禍福 三

 (よもぎ)で作られた人形が飾られ、門には菖蒲(しょうぶ)が捧げられている。邸宅内の大きな卓で梁世傑と妻の(さい)夫人が端午の節句を祝っていた。

(ちまき)や酒などを運ぶ女中たちが忙しく立ち働き、やがて二の膳となった頃、夫人が言った。

「早いもので、もう端午ですわね。ところであなた、お忘れではありませんよね」

「もちろん、覚えているさ。来月の十六日、義父上(ちちうえ)の誕生日の事だろう。私は木石(ぼくせき)ではない、義父上のご引き立てで得られた、この功名と豊かな暮らしのご恩は忘れるものか」

 北京で権力を握る梁世傑も、蔡京の娘であるこの妻には頭が上がらない。自身の実力もさることながら、今の地位につけたのは蔡京の力によるところが大きいのだから。

「安心しなさい。もうひと月前から準備はしてある。ただ心配なのは、昨年のようにならないか、なのだが」

 梁世傑は、昨年の蔡京の誕生日にも贈り物をした。この生辰綱(せいしんこう)と呼ばれる誕生日祝いは、いわゆる賄賂にすぎないのだが、それが東京への道中で賊に奪われてしまったのだ。

 梁世傑の落胆はもちろん、蔡京の怒りはいかばかりか。徹底した捜索にもかかわらず、未だに強奪犯はただのひとりも捕える事ができないでいるという。

「今回は同じ轍を踏む訳にはいくまい。どうしたら良いものか」

「あなた、お忘れですか。今年はあの男がいるではありませんか」

 蔡夫人が、ふふふと微笑んでいた。


「お言葉ですが、それではお受けする事ができません。誰か他に相応しい方をお探し下さい」

 楊志は梁世傑の依頼を断ると、渋い顔で心に思う。

 昨年は賊に強奪されたというが、それも当たり前だ。なにせ大仰な荷車に誕生 日祝いの旗を立てて行くというのだから、奪ってくれと言わんばかりではないか。いかに己の武芸に自信があろうと、そんな狼の群れの中を裸で歩くような真似はできない。

「何故だ、楊志よ。この生辰綱を無事届けたあかつきには、お前をさらに引き立ててやろうと、蔡京さまへの手紙もしたためておるのだぞ」

 楊志は警告する。

「梁中書さま、東京への道のりは陸路のみ。そしてその道中にある紫金山(しきんざん)二竜山(にりゅうざん)(とう)花山(かざん)傘蓋山(さんがいざん)黄泥(こうでい)(こう)白沙塢(はくさう)野雲渡(やうんと)赤松林(せきしょうりん)はまさに盗賊どもの巣窟となっております。たとえ五百の兵をお付けになっても、賊を見れば先を争って逃げてしまうでしょう」

 腕を組み思案する梁世傑。

「ならばどうすれば良いというのだ」

「よろしければ、私に策がありますが」

「わかった。楊志よ、お前に一任するから引き受けてくれぬか」

 はい、と楊志は引き受けた。

 楊志にはある秘策があった。これならば、うまくいくはずだ。

 三日後、梁世傑が見守る中、生辰綱が出発した。

 楊志の頭に花石綱の失敗が思い浮かぶ。生辰綱の額は十万貫。途方もない莫大な金額だ。今度は失敗できない。失敗すれば確実に死罪が待っているだろう。

 いや、大丈夫だ。きっとうまくゆく。

 

 待ちうけるは悪鬼羅刹か、魑魅魍魎か。

 だが進むしかないのだ、いま目の前にあるこの道を進むしかないのだ。

 楊志は己を鼓舞し、迷いを断つように頭を振ると、力強い一歩を踏み出した。

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