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騒乱 一

 忠義堂の中央、頭領の椅子には宋江(そうこう)が座ることになった。

 晁蓋(ちょうがい)の仇を討った者を頭領とする。つまり史文恭(しぶんきょう)を討った者ということだ。

 史進(ししん)楊志(ようし)、そして多くの兵たちの眼前で、宋江が史文恭の首を()ねた。

 だが宋江は慌てて、頭領の座を辞そうとした。実際、史文恭の首は馬群に踏まれ、判別できなくなっていたからだ。

 さらに照夜玉獅子(しょうやぎょくじし)から落ちた体は、落とし穴の中へと消えた。

 宋江は史文恭だったのか、分からないと言った。

「さすがは宋江どの。晁蓋の仇を討っていただき、わしも感謝しています。やはり梁山泊の頭領となるお方だ」

 盧俊義(ろしゅんぎ)はそう言って真っ先に宋江を讃えた。そして他の頭目たちもそれに続いた。

 呉用(ごよう)は、盧俊義に対して何か言いたそうな目をしていたが、結局何も言わなかった。

 これで良い。盧俊義は思っている。

 史文恭こと大哥(たいか)は自分の手で討った。だがそれは誰も知らない事であったし、知らなくて良い事であった。盧俊義は裏道に陣を敷いたが、戦が終わるまで出番はなかった、ということになっているのだ。

 呉用も、宋江が頭領になるべきだと考えているだろう。宋江という男には、人を惹きつける何かがある。当人は意識していないようだが、盧俊義もおそらくそれに惹かれたひとりなのだ。

 なにより宋江の意思を決定したのは、やはり李逵(りき)だった。

「おいらは江州(こうしゅう)からずっと宋江の兄貴のために戦ってきたんだ。頭領にならないというなら、暴れてやるぞ」

 などと脅しめいたことを言ったのだ。

 そして宋江がやっと認めたあたりで、宋清(そうせい)が声を上げた。(うたげ)の準備が整っていると。

 李逵(りき)が真っ先に飛び出し、阮小七(げんしょうしち)鮑旭(ほうきょく)が追うように飛び出した。魯智深(ろちしん)も舌なめずりをし、武松(ぶしょう)と勝負をしようなどと笑っている。

「旦那さま」

 燕青(えんせい)がいつものように、側に控えていた。

 うむ、と盧俊義が腰を上げた。

 父と呼んでくれた。

 嬉しかった。

 だが父親らしいことなど、何もしてはいないのだ。

 父親らしいことなど、何をすれば良いのか分からないのだ。

 許してくれ。

 盧俊義が見ると、燕青は軽く微笑むだけだった。


 北の圧力が大きくなってきた。

 契丹(きったん)族の(りょう)が南下の回数を増やしてきていた。国境では小競り合い程度だったものが、本格的な戦になりつつあるという報告があった。

 官僚どもが騒ぎだし、ついには帝の耳にも入った。

 そして童貫(どうかん)が向かわねばならない事態となった。

 遼の支配下にあった女真(じょしん)族が建てた(きん)と協力する考えであった。果たして童貫がどのような結果を持ち帰るか、まだ分からない。

 蔡京(さいけい)はいつもの小部屋で、一層険しい顔をしていた。

 卓の左右には高俅(こうきゅう)楊戩(ようせん)

 曾頭市(そうとうし)が陥落した。援軍に出した青州と凌州の軍も追い返され、ついに曾頭市は火の海と化し、長である曾弄(そうろう)は自ら(くび)れて果てたという。

 晁蓋を倒した曾頭市ならばと思っていたが、上手くはいかなかったようだ。

 もう梁山泊と戦える将などいない。

 河北(かほく)江南(こうなん)の叛乱が今にも爆発しそうだ。

「困ったものだ」

 蔡京の目が深い皺に隠れた。

「奴らの、梁山泊の評判を落としてはいかがかと」

 楊戩がおずおずと言った。

「どうやって」

「まず、税を上げます」

「馬鹿な。これ以上、税を上げたならば、民の怒りはこちらへ向くではないか」

「待て、高俅。続けろ」

 楊戩は高俅に(あざけ)るような顔を向け、身を乗り出した。

 まず税を上げる。その理由を梁山泊のせいにする。

 いま北の国境が(おびや)かされている。そのために軍の費用がかかる。それが理由のひとつ。

 そしてもうひとつ。梁山泊を擁する済州(さいしゅう)の税収が落ちているのだ。 

 梁山泊がある梁山湖から税がとれない。さらに湖のみならず、梁山泊はその周囲にまで勢力圏を拡大しているからだ。

 済州の役人は梁山泊を怖れ、近づく事もできない。さらに税の取り立てから逃れようとする民たちがこぞって梁山泊の元へ流れ込んでいる。

 そこで、できるだけ梁山泊に近いところに重い税をかける、という政策だ。

 自然、とばっちりをくらったその地域は、怒りの矛先を梁山泊に向けるだろう。

「なるほど。やってみる価値はありそうだな」

 蔡京が低い笑いを漏らした。なによりこの案は、失うものがないからだ。

 税は増やせる。うまくすると梁山泊に、潰すことはできずとも、痛撃を与えられるだろう。

「よし早速、実行してくれ。わしが許可する。目星はついておるのか」

「はい。まずは東平府(とうへいふ)東昌府(とうしょうふ)などが良いかと」

「うむ、任せたぞ」

 東平府は梁山泊の北東に、東昌府はやや離れた北に位置している。

 楊戩が出ていく時、振りかえって蔡京を見た。

 どうですか、と言わんばかりの野卑な眼つきだった。

 蔡京は嫌悪した。

 だがああいう者が必要なのだ。

 使えるうちは使うしかあるまい。

 蔡京は、冷めた茶をすすった。

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