第二章 引き返せない運命(みち)(1)
それは、ゆめうつつの出来事。
彼女は、ベッドの傍らにたつ、煌びやかかな光を見た。
それは、六枚の翼。そして、二本の人間のものとおぼしき手。
彼女は、その煌びやかな光へ、語りかける。
あなたは、誰なのかと。
煌びやかな光は、気配だけでほほ笑む。
そして、何言か、紡ぎだす。
しかし、それは彼女には聞こえない。
もう一度聞こうと、彼女が口を開いた、その瞬間、
ピピピピ、ぴぴぴぴ、ピピピピ―――――
無機質な目覚まし時計の音が、鈴の部屋へ響く。それで、鈴はのっそりと身を起こす。
昨日にしろ、今日にしろ、なんだか妙な夢ばっかり見る気がする。でも、内容がイマイチよく思い出せない。鈴に思いだせるのは、目もくらむような光だけだ。
「ああ~…なんだか、憂鬱…。雨ふってるし…。あ、そうだ、この間買った苺の傘で行こう!」
自分が嫌な状況でも、楽しみをみいだせる。それは、彼女の強みであった。
「…にしても、あの眩しい光はなんなんだろうね?」
誰にいうでもなく、カッターシャツに腕を通しながら鈴は一人呟いた。
「…聖子?せーいーこー?」
ここは、聖子の家の扉の前。美亜は、玄関のドアを必死でノックしていた。
「おかしいわね、昨日の夜、おでん持ってきた後、そのまま寝てしまったのを確認したのに…確か、両親は仕事で結局帰ってこないって言ってたし…なんだか、嫌な予感がする…!ドア、魔法でやぶれないかしら…」
そう言いながら、美亜はドアノブに手をかける。
「でも、こういう系統の魔法は苦手ね…時間がないわ、ちょっと強行突破だけど…!」
美亜は、ドアノブにかけた手に力を込めなおす。
「…えい!」
かわいい声とは裏腹に、ドアノブからはゴリゴリゴリ、と、なんだか嫌な音がする。すっかり馬鹿になったドアを美亜は開けると、聖子の家へ強行突入を決める。
「聖子!聖子!いるなら返事して!せい―――――」
美亜は絶句した。天使である、キャミーには分かる。昨晩、ここに、悪魔がいたことぐらい。
彼女はダイニングテーブルの上を見る。おでんの食べ残しがそこには放置してあった。部屋には、荒らされた形跡はない。ふと、昨日聖子が寝落ちしてしまったソファーが視界にはいる。聖子にかぶせておいた毛布が、床の上に落ちている。
「…そんな、まさか、聖子は、あいつに…――――!」
美亜は、血相を変えると、馬鹿になったドアから外へでて、何処へとさっていってしまった。
「あ、おはよー!旭川君!」
ここは通学路。鈴は、元成の姿を発見して、シトシト降り続ける雨の中元気に朝のあいさつを決めこんだ。その様子に周囲がざわめいているのも全く気付かずに。
「お、おう、おはよう海山」
そんな、通学途中に朝のあいさつをされるなんていう、よくあるようなことを高校に入って全く経験したことが無かった元成は、鈴を見下ろしながら少ししどろもどろにあいさつを返す。
「ねえ、昨日旭川君は大丈夫だった?って、ここ歩いている時点でだいじょーぶだよね?あはは!」
「なあ海山、朝からそんなにテンション高くて疲れないのか?」
「へえ?私、そんなにはしゃいでるの?なんでだろう、昨日お友達になれた旭川君に会えて、嬉しいのかも!」
なんてこと言いながら鈴は無邪気にほほ笑む。元成は、不覚にもその笑顔にドキっとしてしまう。
(な、なんでドキっとすんだ、俺!俺の好みは年上のお姉さんだったはず…!あ、分かった、初めてまともな友達、しかも同級生の女友達ができてうれしいんだな!うん、そうだきっと、俺天才!)
なんてことを、彼は1秒たたないうちに頭の中でかけ巡らせていた。
「旭川君?旭川くーん?だいじょーぶ、なんか固まってない?」
「いや、いや、なんでもないんだ、大丈夫だ。それより、海山、お前は昨夜大丈夫だったのか?」
「うん、へーき!…でも、このストラップのことは、本当にどうにかしなきゃいけないよね…」
鈴はそういうと、ブレザーのポケットから例のストラップをとりだす。やはり、それには不思議なオーラがまとわれていた。
「って、海山、それ…。桜川に渡してなかったのか?!」
元成はおもわず声をはりあげてしまい、周囲にビクッとされる。元成はハッとして少し声のボリュームを下げて続ける。
「そんな危険なもの、早く桜川に渡してしまったほうがいいんじゃないか?また、悪魔に狙われてしまうことだってあるかもしれないだろ?」
「きっと、大丈夫だよ」
鈴は、そんな元成に、さっきの無邪気なほほ笑みとは違う、すべてを包みこむような優しい、優しい笑みで言葉を返す。
「きっと、大丈夫。なんだか、私はね、そう思うの。確かに、私がこの姿でこのストラップを持っているのは危険かもしれない。でもね、信じで。私は、姿が変わってもやっぱり私だから」
元成はそのセリフに思わずポカンとしてしまう。鈴は、ハッとして我にかえった。
「あれ、私いまなんかしゃべってた?おっかしいなあ、疲れてるのかな、私今なんて言ってた?想い出せないや、あはは!まあいっか!」
その様子に、さらに元成はポカンとしてしまう。まさか、一日に連続でポカンポカンとしてしまう日が来ようとは、元成も夢にも思っていなかったのではないだろうか。
「あさひかわくーん?今日、なんだか変だよー?体調悪いの?」
そんなことを鈴が呑気に言う中、元成は親しみがこもった怒りを感じていた。
(全部お前のせいだろーが!)
「…とりあえず、早く学校にいくぞ、もう一度桜川に色々相談して話し合った方が安全そうだしな」
「え?はーい!」
そうして、二人はいそいそと学校へ向かうのであった。