第一章 非日常からの御誘い(7)
その頃、二組の教室。
「なー、あんた、命狙われる覚えでもあんのか?」
と、元成が鈴へ尋ねる。
それもそのはず、元成が聖子を突き飛ばした後、克は抵抗されそうで少々厄介そうな元成を先に倒した方がいいのに、あえて鈴から消そう、とした。
「うーん…なんだろう、最近変わったことって…。…―――――!!!!!」
鈴は想い出した。昨日、黒い天使のストラップを拾った事を。
「えっとね、えっとね、…怒んない?」
「怒らないから。怒らないから、言ってみろよ?」
元成にそう優しく促され、鈴は事の顛末を話す。
「…じゃあ、海山、あんたは、その誰のかもわからない黒い天使のストラップを拾ってきてしまったのか?」
「ううう…ごめんなさい…」
しょぼんとしている鈴の頭に、元成は手を軽くのせてぽんぽん、とした。
「へ?」
「元気がでる、おまじないだ。こう、ほら、温かい気分にならないか?俺が昔そうだったんだ」
やさしく微笑んでいる元成の姿は、鈴が噂に聞いた恐ろしい不良ではない。本当は、とても優しい人なのかな、と鈴は頭をぽんぽんされる心地よさの中、考えていた。
「で、ほら、なんだ」
そう言いながら元成は手を自分の膝の上へ戻す。鈴は内心がっかりしていた。そんながっかりするのはなんで?と、少し疑問に感じながら。
「その黒天使のストラップが、もしかしたら今回の事件の原因じゃないのか?」
「その通りよ」
ふと、透き通った声が二人しかいなかった教室へ響く。教室のドアの付近に立っていたのは、美亜だった。
「さっき、聖子を家まで送り届けたわ。眠たくなる魔法をかけちゃったから、多分しばらく家からはでないから安全よ。家に守護結界も貼ってきたわ。といっても、私の守護結界程度じゃ、ただの気休めなんだけど」
ふう、と息を吐きながら、鈴と元成のすぐそばの椅子へ腰掛ける。
「えっとお、美亜、ごめん、守護結界とかってなんなの?それと、やっぱり私の命が狙われるのって、このストラップを拾ってしまったからなの?」
鈴が戸惑いがちに尋ねる。美亜は、すぐに話し出す。
「ええ、そうよ。単刀直入に言うわ、そのストラップには、ある悪魔の魂…力の源のようなものが、その悪魔の半分閉じ込められているの」
「…え?」「…はあ?」
完全に鈴と元成がハモる。そんなことはお構いなしに、いや、ちょっと構いながら美亜は説明を続ける。
「ああ、悪魔ってのは、簡単にいうと私たち天使の敵。人間に危害を与えることもあるから、私たち下位天使、特に私のような攻撃型の天使は、地上の治安維持のためにこうやって配属されるの。私の天使に変身したときの格好、真っ赤なリボンに真っ赤なスカートだったでしょ?あれは、攻撃型が特に優れている証なの。守護型になると、綺麗な蒼い色になるわ。どっちに特性が偏っているかで、色が変わってくるから、天空界には蒼に近い水色のリボンに赤に近いピンクのスカート、なんてバランスがいい子もいたりするわ」
そこまで美亜はしゃべると、いつ買ってきたのかもわからないペットボトルの紅茶(無糖)をひとくち。そして、また語りだす。
「ちょっと話を戻すわね。ストラップにある悪魔の魂が半分入っていると事までは説明したわね?その悪魔は、さっきの事件から分かる通り、…相本 克…―――いえ、悪魔ア―リマンよ」
「え、ちょっと、美亜、待って待って」
ここで、鈴はかなり頭が混乱してきていた。落ち着こうと、ストロベリーチョコを包装紙からとりだして口に運び、ゆっくりと咀嚼する。さっきの事件から、なんだか人間ではないような気はしていたけれど、まさか学年一のイケメン王子様の正体が悪魔なんて、誰が想像するだろうか、いやしない。鈴は、もうできるだけこの問題には首をつっこまないほうがいいのではと思い始めていた。なんだか、関わったら大変なことになってしまうような気がする。ここで話を切り上げてしまって、ストラップも美亜に渡してしまえば、きっともう危険な事はあまりおこらないはず、だ。平和主義、争いは極力避けたい鈴からしたら、それはとてもいい判断のように思えた。
でも。
―――でも。
やはり、ここはこの年代特有の好奇心というのだろうか。
知りたい。美亜が、何者なのか。相本克が、何者なのか。
答えは、きっと美亜が教えてくれる。すなわち、首をどっぷりつっこむことになる。
と、鈴が色々思考を巡らせていると、
「なあ、そろそろ海山頭の整理は大丈夫か?で、桜川。その悪魔…ア―リマンの魂を半分ストラップにとじこめちまったのは、どこのどいつなんだ?」
ちょっと、人が悩んでいるときに勝手に話すすめないでよ!!と鈴は叫びたくなった。だけど、もう話が進んでしまったということは、多分これが私の運命なのだろう、と、鈴は毒を食らわば皿まで状態であった。鈴は、大人しく美亜の話に耳を傾ける。
「閉じ込めた人物、それは私よ。…力が足りなくて、半分しか閉じ込められなかったけど…」
「え、美亜、そんなことまでできるの?」
「ええ。私、天使キャミーとしての特技は、対悪魔用の攻撃魔法と、もう一つはExorcism…悪魔払いよ」
はあ、と頷くことしか、今の鈴たちにはできない。続けて美亜は語り続ける。
「閉じ込めた魂をどこに保管するか。それが、このストラップよ。守護型の天使に強力な守護魔法をかけてもらえば、たとえ悪魔でも簡単には壊せないわ。単純に力だけで壊しても、その閉じ込めたぶんの魔力は失われてしまうから、まあ、ストラップにしてしまえば敵なし、って状態なの。でもね、ちょっとね、今回ばかりはやっかいなの」
「なんで?」
と、鈴が聞き返す。
「悪魔ア―リマン…あいつは、堕天使なのよ」
「…だから、どうなるってんだ?」
元成が尋ねる。
「堕天使。すなわち、元天使」
「…あ!」
「鈴、気付いたようね。そう、元天使だから、そういう系統の魔法も、使えるの。とくに面倒くさい事に、あいつは天使だったころは守備型よりのバランスのいいタイプだったみたいだしね。そしてさらに、面倒くさい決まりが、天使たちの間であるの」
「と、いうと?なんなの、美亜?」
「地上で悪魔を監視している天使は、悪魔がなにか行動をおこさないかぎり、攻撃できないの」
「じゃあ、悪魔が野放しになってるの?それ、こわく、ない?」
「だって、悪魔はなにか行動をおこさないと私たち天使以外には悪魔ってわからないんですもの。仕方がないわ、だって周りの人からみれば、罪もない人を天使という得体のしれない生物が襲っているようにしかみえない。人間に危害が加えられそうにならないかぎり、私たち天使アンゲロイは動けないの」
またここで、美亜は紅茶をひとくち。
「で、なんで私がア―リマンを追っているかというと、悪魔界ってところであいつと戦っていた最中、魂の半分をストラップにすることには成功したのだけれど、そこで人間界に逃げられてしまったの。ちょうど、こちらの時間で4,5年前ね」
「じゃあ、私たちはまだ、中学校入学前、ぐらい…?」
「そこぐらいになるわね。私、小学校6年生の終わりごろに引っ越してきたじゃない?あれは、ア―リマンをおっかけていたせいでもあるの。私たち天使は、ある程度擬態ができるわ。ア―リマンは、とくに擬態の名人。だから、あんなイケメンになることが可能だったのね。まあ、そんなことはおいといて。私は小学生の姿で人間界に潜入して、あなたたちが年を重ねていくごとに、外見の調整をしてきたわ。すこしづつ、大人っぽくね。そんなこんなをしていたら、ア―リマンがこの高校に入学する、という噂を聞きつけたの。あいつ、女子の間で目立つから、便利なの。逆に、私を誘い出す罠だったのかもしれないのだけれどね」
「ねえ、美亜、美亜っていったい本当は何歳なの…?」
「さあね、どうかしら」
美亜はしらをきりながら、また紅茶をひとくち。
「大体、説明できたかしら。私の正体と、あいつ…相本克の正体。それと、私の人間界での目的と、その理由。そして、ストラップの秘密。じゃあ、鈴、とりあえずストラップを返してほしいのだけれど…鈴が持っていたら危険だから…」
そこで、鈴はある重要なことに気がついた。
「ああ!聞くの忘れてた、美亜!私、なんでこのストラップをもってて殺されかけてるの?その、悪魔の人も怪しまれたくないなら、さりげなく掏るなり、正々堂々とちょうだい、っていうなりすればいいんじゃない?私を消したら、後々大変なことになっちゃうと思うんだけど」
「…そうね、鋭いところをつかれたわ。これは、あえて言う必要はないとおもったんだけれどね。―――鈴。あなたは、なぜかとてつもない、とんでもない魔力係数を所持しているわ。上位天使ほどにはね」
「…え?へ?どういうことなの、それ?」
「…私にもわからないわ。でも、そのとてつもない魔力係数がなんらかのきっかけで覚醒してしまったら、人間にさほどの影響もないでしょうけど、悪魔には、とても関係があったりするの。鈴、ストラップをもっていて、今日なにかいいことあった?」
「え、なんで分かるの…?」
鈴は、心当たりがあった。テスト勉強していないのにテストですらすら問題が解けたり、購買で鈴の大好物がぽつんと売れ残っていたり。
「…やっぱりね。きっと、ストラップの独特の魔力に反応して、鈴の秘めていた魔力が、すこしづつ表にでてきているの。普通の人間には、こんなことめったにないわ。魔力をひめていようが、それを呼び起こすきっかけがなければそれはただの宝の持ち腐れ。すっごく売れてるドラ○エのカセットをもっていながらも、ゲーム本体をもっていないのと同じような状態よ。鈴の場合は、まだちょっとラッキーなぐらいで終わるでしょうけど、そのストラップを持ち続けると、望めば何でもかなってしまうぐらいの魔力は持ち合わせているわ。ふと飛行機にのりたいなあとかおもったら、校門に飛行機がどん、って現れてしまうぐらいのね」
そこで、ふーっと息をつく美亜。鈴はというと、驚いて言葉を発することができない。
「だから、ア―リマンは鈴を一番に消そうとしたの。旭川君をほうって先に鈴のほうへ行った理由は、それ。…どう、大体のことは分かった、鈴?大丈夫?」
くちをぱくぱくしている鈴に、美亜は尋ねる。鈴はそれでも茫然として固まっているので、美亜はポケットから飴をとりだして包装紙をあけて鈴の口へ放り込む。
「わぶっ?!もー、なにするの!…あ、いちごみるくだ、ありがとー、美亜!」
えへへへへ~と鈴は微笑む。美亜は、続ける。
「ふう、落ち着いたみたいね。じゃあ、今日はちょっと色々ありすぎて二人とも混乱しているでしょうけど、さあ、家に帰りましょう。あ、二人とも、家にかえったら決して家の外にはでちゃだめよ?…ちょっと、二人とも手をかしてちょうだい?」
そういうと、美亜は鈴の左手を、元成の右手をにぎる。
「May(神) a divine(御) protection(加護) of God there be」
そうつぶやいて、にっこりと華のような笑みをうかべたのであった。
「じゃあ、美亜、また明日ね!今日は、家でおとなしくしてるね!」
鈴が、美亜へ手をふる。元成は、さっき家へ送ってきたところだ。
「うん。それじゃあ、またね。なにかあったら、携帯に着信をちょうだい。いつでもでられる状態にしておくから。ばいばい!」
「うん!ばいばい!」
鈴が、家へはいる。美亜は、またあの守護結界を、鈴の家へもはる。これから、元成の家へもどってそこでも守護結界をはらなければならない。守護結界は一人ではらなければあまり意味をなしてくれないからだ。なかなか天使の仕事も楽ではないのだった。
月の綺麗な夜のこと。ある一軒家に、二人の人物がいた。部屋の中は真っ暗闇だ。ダイニングテーブルの上には、タッパーに入ったおでんと、それをよそったらしいてのひらほどの器が置いてあった。
「…ふふふふふ。爪が甘いですね、天使キャミ―。私には、あなたの守護結界なんて、意味がありません」
冷淡な笑みを浮かべるハンサムな青年の彼の腕には、くたっとした女子高校生が抱えられている。
「さあて、あなたはいったい、どういう行動にでてくれるのでしょうか、キャミ―?」
クスクス笑いながら、彼は左手を横に突き出す。そして、黒い業火に包まれて、何処かへと消えてしまった。