第三章 飛び込んだ世界(4)
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「ふう、鈴たちはぺティーに任せたし、私は私で聖子を探すとしましょうか」
大天使と通信を終えた後、天使キャミーはどこまでもひろがる赤い大地を宛もなく歩いていた。そう、宛がないのだ。キャミー自身、索敵魔法はあまり得意ではない。使ったら、自分自身しか索敵できないぐらいのレベルで苦手であった。
「うーん、適当に探し回るしかないわね…はあ、骨が折れるわ」
そんなことを呟いていたその時だった。
「ヒャッハー!哀れな天使のお嬢ちゃん発見!お前ら、配置につけ!」
「へい!」「ほい!」「いえい!」
そんなセリフがどこからともなく聞こえてきて、キャミーはあたりを見回す。すると、彼女の背後の上空から、まるでチンピラのような悪魔が10人ぐらい彼女の真上に向かって滑空してきていた。
「俺たちに見つかったのが運の尽きだな!降参するか木端微塵になるかどっちか選ぶんだな!!」
悪魔たちはキャミ―の上空を丸く円になって囲み、左腕に漆黒の杖を膨張させて巻きつけていた。
「そのままそっくりそのセリフ、返させてもらうわ」
彼女は、右腕をスッとあげるとその腕に握られた銀色の杖を膨張させて手に巻きつけ、何か小声でつぶやいていた。
「はッ!強そうなフリか、天使のお嬢ちゃん!おとなしく降参すれば命は助けてやるぜえ?」
リーダーっぽい悪魔が、そんなセリフを吐いた。しかし、悪魔たちの中の一人が、あることに気がついた。
「おい…おい!こいつ、目が赤く光ってるぞ!」
「え…目が赤くなる天使って…それ、もしかして、攻撃特化型最強天使キャミ―じゃね?」
「え、やべえよそれやべえよおおお!!」
気づいた時には後の祭り。キャミーは握りしめていた拳を開き、攻撃魔法を発動した。
「Wide(広範) range(囲 攻) attack(撃)!」
その瞬間、悪魔たちは真っ白で純白で、そしてほんの少しだけ赤みを帯びた光に包まれ、消し炭になった。キャミーの足元を囲むように、黒い灰が上空から舞い落ちる。
「よかった、久しぶりに広範囲の攻撃魔法使ったからきちんと出せるかどうか心配だったけど割とちゃんと発動したわね。それにしても、あの悪魔たちは、私ぐらいの年齢の天使はある程度実力がないと悪魔界で単独行動させてもらえないこともしらなかったのかしら?」
キャミーは上空へ向けてあげていた手を降ろし、一息ついた。そして、後ろをちらりと見る。そこには、あえて半殺し状態で生かしておいた、一人の悪魔がいた。今は、どうやら気絶しているようだ。やりすぎたようだ。
「うーん、ちょこーっとやりすぎちゃったかしら?これじゃ瀕死に近いわね…」
彼女の予定だと、喋れる程度に痛めつけて、聖子のいそうな場所を吐かせようと思っていた。少しばかり悩んだ彼女は、その悪魔の胸倉を掴み、ある呪文を唱えた。
「Get up!!!!!」
彼女の苦手な方面の魔法だ、効果は薄い。しかし、渾身の力を込めて魔法を発動しただけに、なんとかその悪魔は薄く目を開く。
「う、ここは…?……って、うわあああああキャミーだああああ殺される!!!」
「うるさいわね、黙らないとあなたの仲間たちみたいになるわよ」
その哀れな悪魔は、自分のそばにぐるっと黒い灰が円を作っているのをみて、小さくヒッと悲鳴を上げ、押し黙った。キャミーは、鈴や元成に向けるそれとは違う声色で悪魔に問いかける。
「あなた、名前は?」
冷徹な声が瞬間的に響き、広い空間へ拡散する。かすかに声の気配が残る。悪魔は、答える。
「か、下位悪魔の、アルーって、言います」
恐怖によって切れ切れになりながらも、アルーという悪魔は答える。そこで、ふとキャミーは疑問を口にする。
「どうしてアルー、あなたは他の悪魔と違って、ちゃんと私たち天使に敬語を使うの?普通なら、嫌悪感と憎悪感をもっている相手に、敬意なんて払えないはずよ?たとえ、自分の命が三角錐の上に置かれたコップの水のようなこんな状況でさえね」
じいっとキャミーはアルーの瞳の奥を見つめる。その視線に耐えきれない、という様子でアルーは目線を外し、言葉を発する。
「ないんです」
少し、間が空く。
「ないんです。天使に対する嫌悪感が。憎悪感が。悪魔としての、本能が。ここに来て、貴女を攻撃しようとしたのも、周りがそうしているから、です」
また少し、間が空く。
「自分でもよく分からないんです、自分が。僕は、悪魔なのか、それとも別の何かなのか。少なくとも、純正の悪魔なんかじゃありません」
そこで、アルーは口を閉ざし、下を向いてしまった。キャミーは、少し考えると、こう口にする。
「それじゃあ、協力してもらうわ。悪魔にも、他の何者にもなれていない貴方に」
アルーは顔を少し上げる。そして、キャミーの目をほんのすこし見つめる。キャミーは、続ける。
「あなたは身体は悪魔で、精神は悪魔とは少し違うのでしょ?こんな使いやすい人材、滅多にいないわ。それに。私に協力することで、貴方の本当の姿が分かるかもしれない」
そこでキャミーは黙り、アルーの目を再びじいっと見つめる。しばらく時がたち、アルーは言葉を発した。
「…そうします。本当の僕を見つけるために。どうせ、ここで断ったら死んじゃうんでしょ?」
彼は、期待と諦めとを混ぜ合わせた視線と声で、そう答えた。キャミーは、彼の胸倉から手を離し、彼の手を握った。
「You(行動) are(制限) bound(発動).」
「う?!」
その瞬間、アルーは身体の自由を奪われる感覚を得た。自分の意思が効かない、不自由な心地。
「な、なんなんですかこの魔法は?!」
「遠隔操作の魔法よ。私、この分野の魔法は苦手なはずなんだけれどなんでこうも上手く効いたのかしらね?あなた、悪魔としてのやる気、やっぱりないのね」
しれっとそんなことを言いながら、キャミーは続けて言う。
「Momentary(一時) release(解除)」
その言葉で、アルーは身体の自由がきくようになる。と同時に、キャミーに逆らうようなことなどできなくなってしまったということを思い知った。しかし、そんな意志、今のところ彼には微塵もない。
「さあて、早速だけど貴方にはしてほしいことがあるの。もちろん、してくれるわよね?」
微笑を浮かべながらキャミーはそう言った。さながら、天使のほほ笑みだ。しかし、それは今のアルーにとって恐怖以外のなにものでもなかった。