第三章 飛び込んだ世界(3)
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「ねえ、歩き出したのはいいけどさ、…こっちであってるのかな?」
と、鈴は元成に不安げに尋ねる。元成はというと。
「俺にも分かるはずねえだろ。…心配すんな、さっき鈴が言ってた通り、きっと大丈夫だ。いざとなったら、俺、どうにかするから」
と、頼りなさげに答える。
「え、もしかして、見かけどおり、元成君って喧嘩とか強かったりするの?」
「喧嘩は、極力さけてたからな。昔、空手やってたけど、やめちまった」
「え、どうして?」
「俺の見た目でそんなことやってたら、本当にやっかいごとにしかまきこまれねーんだ。空手は好きだったけど、どうしても続けにくくなって、中学に上がる前にやめた」
「えー。こんなに男前で、しかも空手やってたら、かっこいいとおもうんだけどなー」
鈴が素直にこぼしたその言葉。鈴にとっては何気ない会話の内であっただろうが、元成にとっては、そうではなかったようだ。
「か、かかかかかっこいいなんて、俺がそんなはず、なななななないないなないじゃないか!こんな怖がられるだけの顔でっ…」
その反応に鈴はキョトンとしながら、こう続けた。
「だって、ほんとのことだもーん。元成君、きっと強くてかっこいいよ?」
「そんな、かっこいいとか強そうとか男前とか言うの、本当に好きなやつができて、そいつに言うためにちゃんととっておけよ!なくなっちまうぞ!!」
照れ隠しの強がりで、元成がそう言い放つと、またもや鈴はキョトンキョトンとしながらこう続ける。
「え?私、元成君、好きだよ?」
「…は?」
「だってー、優しいし、見た目の割にすっごくいい人だし、なんか話しやすいし。私、こんな短期間で人とこんなに仲良くなったの、初めて!」
にへら、と鈴は元成へ笑いかける。ちなみに、腕はまだつかんだままであった。元成はというと、なんだか胸の鼓動が収まらない。
「そうだ、せっかくなら手、つないじゃおうよ!」
鈴はそう言うと、元成の手をにぎった。元成はというと、勝手に心臓の鼓動をはねあがらせてあった。なかなかの乙女である。
「えへへ、なんだかカップルみたいだねー。よおし、しゅっぱーつ!」
元成は、そんな鈴の無邪気な笑顔に、さっきの好き、という言葉を想い出していた。鈴のその言葉は、愛情ではなくて友情だとしても、元成にはものすごく嬉しい言葉だった。それを、ふと、もしかしたら、もしかすると、自分の努力で、愛情へと変えてしまえるのではないか、と、そんな考えが元成に宿る。それは、とてもすばらしいことのように思えた。ぼんやりと幸福に浮かれた頭で、元成は言葉を紡いだ。
「なあ、鈴。俺、鈴のこと―――」
その瞬間、辺りをものすごい轟音が響きわたる。
「きゃあ!今の何、元成君!このすごい音、もしかして元成君のおなかの音?!」
「そ、そんなわけねーだろ!どうなってんだ、いったい…。―――って、あれ!」
元成は、後方に何かを見つける。それは、いくつかのの人影だった。5,6人ぐらいだろうか。姿は、普通の人間のようだった。よく見ると、お尻に尻尾のようなものと、黒い翼が背中に生えている。
「あれ、美亜の仲間なのかな?なーんか、そうじゃないような、嫌な予感がする…」
「同じく。なんかオーラがどす黒いぞ…?まさか、あいつら、悪魔?」
元成は、鈴の手をぎゅっと強く握りなおす。すると、その集団が声を発する。
「いたぞ!人間だ!ア―リマン様の言うとおりだ!!捕まえろ!」
「捕まえたら、きっといいお礼がもらえる!俺達で捕まえて、ア―リマン様の力になるんだ!」
「…リア充を、爆発させん」
なんだか変なのが混じってるな、と思いながら、鈴は元成に叫ぶ。
「逃げよ!」
「ああ!」
ふたりで息ぴったりなダッシュをかけた。それと同時に、悪魔の集団は、漆黒の翼を広げ、走らずに飛んで追いかけてくる。
「え、どうしよう、走るのと飛ぶのじゃ、ぜんぜん速度が違う、追いつかれる…!」
「ここまで、なのか…?」
鈴は、全然どうにもならない、案外現実は厳しい!どうしよう!とやはりやや能天気思考で、元成は、全力疾走しながら、なにか使えるものはなかったか、と、即座に思考を巡らせる。
「!!そうだ!これでどうだ!」
と、元成は後ろ手でリュックのチャックを少しあけ、上の方に入れておいた“大きめの布”をひっぱりだす。端をつまんで広げて、後ろへ無造作に放り投げる。
「なにを…ぶ!前が、前が見えない!」
集団の一人にクリティカルヒットしたらしく、雑木林の原色の木へと大激突する。そして、気絶したのか、布をかぶったまま動かなくなった。
「よっしゃ!一人倒した!…って、まずいな、怒らせた…?」
元成は、明らかに様子の変わった集団の雰囲気を感じ取った。みるみる殺気に満ちていく。
「よくも!よくも、俺たちの仲間を!あんな、子供だましな方法で!絶対に許さない!」
悪魔たちの集団は、そう言い放つと、追いかける速度を更に速めて、二人を追いかけてきた。一秒もしないうちに、鈴のナップザックへ、悪魔の一人の手がかする。
「きゃあ!もう、だめ、なの…?」
鈴が目に溜めた涙が地面に落ち、スカートのポケットに入れておいたストラップが熱を放った、その瞬間―――
「Protect(防御)!」
という声が、悪魔たちと逆の方向の上空、すなわち鈴と元成の正面から響く。すると、その声のおかげか、悪魔たちは、見えない壁のようなものに次々とぶつかり、地面に尻もちをついていく。
「大丈夫でして?そこの御二人さん」
鈴と元成が少し上を向くと、そこには天使がいた。綺麗な蒼いリボンに、同じ色のスカート、ハーフアップにしたブロンド色の髪、そしてキャミーと同じ、一メートルほどの大きな翼を湛えていた。その天使は、藍色の目で二人をしっかり見据えながら、ゆっくりと目の前に降り立った。
「わたくし、下級天使アンゲロイ、呼び名はぺティーと申します」
「は、はあ」「そ、そうなの?」
その丁寧すぎるあいさつと、今の状況に、元成と鈴は、そんな返事しかできなかった。
「実は、あなた方のご親友のキャミー…人間界では、美亜と呼ばれていたのですよね。その方からの御指名で、こちらへお伺いに参りましたわ。キャミーとは、私も昔からのとても深い仲なのですわ」
ふふ、とその天使ぺティーはほほ笑む。その笑みには、人生経験を物語らせる、とても気品高いものがあった。
「ぺティーさん、でいいんだよね?えっと、どうも悪魔たちがこっちをこわーい顔で睨んでるんだけ、ど…」
おずおずと鈴はそう言った。悪魔たちは尻もちをついただけで、4人ほどまだピンピンしている。
「よくも、こんな辱めを…!皆殺しにしてやる!」
「ええええ!?さっき、とらえるとか言ってなかった?」
「そんなの知らんわ!よくも我々をここまで…!」
悪魔が、何やら黒い杖を取りだし、それを、あの取り憑かれた聖子がしたように、膨張させて腕に巻きつける。巻きつけた左手を、鈴たちへ向ける。
「Human(人間), and Angel(天使は) disappear(消えろ)!」
「Protect(守り) and(報 復) attack!」
悪魔も叫び、ぺティーも叫ぶ。一瞬で勝敗はついたようだ。バチン、と火花が飛び散り、悪魔たちが30メートルぐらい後ろへふっとんでいった。
「ふう、まったく、往生際悪いですこと。わたくしに出会った時点で、一目散に逃げて頂かないと」
そんな優雅そうでまったく優雅じゃない言葉を吐きながら、ぺティーは、右手に絡みつけていた銀の鎧のようなものを、どういう原理かわからないが、しゅる、と銀の杖のようなものへと変えた。
「悪魔たちは、きっと半日は気絶したままですわ。わたくし、攻撃魔法はからっきしなので、魔力で力任せに吹き飛ばすことしかできないのです。しかし、これで一安心ですわ。歩きながら、少し状況を整理いたしましょう」
ぺティーはそう言うと、鈴の隣に降り立ち、話し始める。
「まず、わたくしがここに来た理由を少し詳しく。わたくしは、天空界でお茶会へ向かう途中、大天使様から呼び出しをうけましたの。正直、大天使様のお飲みになるコーヒーへ、黒い絵の具を混ぜてさしあげたい気分になりましたわ」
鈴と元成は、なんだかこの人は怒らせたらいけないな、という心地で話を黙って聞く。
「しかし、わたくしの憧れであり大親友キャミーのご親友の人間御二人が、大変危険な目にあっていると聞かされてしまったのですわ!そこで、私はいてもたってもいられず悪魔界を訪れ、人間の気配を探し始めたのたのです。しかし、わたくし、そういう系統の魔法は大の得意ですのに、なかなか御二人を見つけるに苦労いたしました。理由は、貴女のその膨大な魔力係数ですわ。ええと、名前をお伺いしてませんでしたわ、よろしければそこの御二人、自己紹介をなさってくれないかしら?」
そう促され、二人は、自分たちが自己紹介をしていないことに今更気がついた。
「えっと、私は海山鈴、って言います!17歳、血液型はO型です!苺が大好きです!」
「俺は旭川元成。17歳、血液型A型…って、この情報いるのか?」
「うーん、いるようないらないような感じ、ですわね。とりあえず、あなたがたのお名前は把握させていただきましたわ」
ぺティーがそこまで言うと、鈴はさっき気になったことについて質問すると同時に、止まったはなしの流れを再開させる。
「ええっと、ぺティーさん!さっき言ってた、私の膨大な魔力係数がうんちゃらかんちゃらって、どういうことなんですか?」
「ああ、お話を途中で止めてしまいましたね。続きをお話します。最初、あなた方を探すとき、普通一般的な人間が持っている魔力係数をもとに、弱い力をずっと探していたのですわ。でも、わたくしの魔法に、さっぱりひっかかりませんの。困り果てたわたくしは、この広くて立ちくらみがするような悪魔界を、地道に探すしかないと、半分覚悟しておりました。しかし、そんな絶望的になっている時、信じられないほどの魔力係数をわたくしは感じ取ったのです。そして、まさか有力な悪魔が訪れて、彼らにあなたたちがさらわれたのではないかと思い、反応が有る場所までわたくしの魔法でワープしていったのです。すると、御二人が下位悪魔に追いかけられているではありませんか!驚いたわたくしは、御二人の元へ行き、さっきの行動につながるのですわ」
そこで、一旦ぺティーは話を区切った。そして、歩を進めだしながら話を再開する。歩につられるように、鈴と元成も歩き出す。
「そして、この話の根本となった、魔力係数についてお話しいたしますわ。普通、人間が持っている魔力係数というのは、ものすごく微小で、些細で、ほんのひとつまみのようなものです。そこの、ええと、元成さんがそんな感じの御方ですわね。人間らしくてよろしいと思いますわ」
「ど、どうも…」
ほめられているのかけなされているのか、どちらか分からなかったが、元成はそう返事をした。
「そして、鈴さん」
「はい?」
「あなたの魔力係数は、本来普通の人間ならありえないほどの数値です」
「へえ?!なんでですか?」
「それは、わたくしにも分かりません。予想としては、普通の人間でありえない数値なのですから、きっと、あなたは普通の(・)人間で(・)は(・)ない(・・)ということになりますわね」
「えええ…。私、両親も普通に普通の生活してますし、今まで、それなりに普通の人生を送ってきましたよ?ここ最近、あのストラップを拾ってからちょっとおかしいだけで…」
「きっと、わたくしの大親友、キャミーならもうすでにご説明済みでしょうけど、そのストラップが、あなたの秘めたる力を引き出していっているのでしょう。私の見解ですけれども、あなたの今あふれ出している魔力係数も、まだほんの一部で、これからそのストラップによってさらに魔力が放出され、このままだととんでもないことになるかもしれませんわ」
「そ、それに似たようなこと、確かに美亜に言われた…。ねえぺティーさん。私がこのストラップを持っているのって、やっぱり危険なの?」
そこで、少し間が空く。歩を進める、ざくざくとした音だけが静かに響く。
「…いいえ。むしろ、今の状況では、持っていたほうが好都合かもしれません。少なくとも、持っているメリットが、デメリットよりも上回ると思いますわ」
「!!ど、どうして?」
「言ったでしょう、わたくしでも貴女のその膨大な魔力係数に騙されてあなたたちを見つけることができなかった。ましてや、大抵の悪魔は、あなたたちを見つけることができない。それに、今はわたくしも護衛として側にいますわ。よって、今、悪魔たちはわたくしたちのこのカオスになっている魔力の混ざり具合で、きっと索敵魔法だけで見つけることは不可能に近いです。向こうは、きっと、“人間二人と天使キャミーの魔力係数”だけで索敵をかけていると予想できますので」
「………なるほど」
なんとか理解した鈴は、なぜ自分にそんな魔力が備わっているのか、と、少し予想してみる。今まで、普通に生きてきたよね、と、人生をざっと振り返る。うん、普通すぎてあくびがでちゃうほど普通だ。そしたら、ここ最近は?と、ストラップを拾ったあたりから記憶を振り返る。鈴は、ふとあることに気がつく。そういえば、ストラップを拾ってからずっと変な夢を見てる。鈴が覚えているのは、眩い光と、羽と、二枚以上翼がある、ということぐらいだ。でも、もしかしたら本物(?)の天使に聞いたら、その夢の謎が幾分か解けて、膨大な魔力係数の理由が少しでも分かるかもしれない。時間にして、10秒ぐらいまがあいただろうか。話題が変わらないうちにと、鈴は急いで口を開く。
「ねえ、ぺティーさん!少し、聞きたいことがあるんだけど―――」
「ええ、よろしいですわよ」
そうして、話が再び再開されようとした、その瞬間。
「おい、あれ、なんだ…?」
遥か前方を指さしながら、元成がそうつぶやく。彼の指さす先を見て、ぺティーが手で口元を覆う。
「まさか、あれは…―――!!そんなの、駄目…!」