第二章 引き返せない運命(みち)(5)
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「準備してきた、二人とも?」
美亜は、自宅の玄関でそう二人に問いかけた。美亜の家も一軒家のようだ。二人は動きやすいようにか、私服に着替えていて、鈴は苺がおおきく一つプリントされたTシャツにパーカー、デニム地のスカートでハイソックスで靴は動きやすそうなペタンコな靴、そして苺柄のかわいいナップザックといういでたちだ。元成は、薄手のTシャツにジーンズ、スニーカーというとてつもなくシンプルな格好で、なにやら重たそうなシュックサックを背負っている。
「うん。とりあえず苺味のおかしと、パンとおにぎり、お茶ぐらい用意してきたよ!それと、タオルとティッシュ!」
「俺も、携帯食料と缶詰と水、そして箱ティッシュ二つに、ハンカチ五枚程度。そして何かあった時の為にバスタオルと大きめの布とブランケット、それと100均で買った自家発電できる懐中電灯をキャンプ用の丈夫なリュックに入れて持ってきたぜ」
元成の準備の良さに、美亜と鈴は少々唖然とした。
「す、すごいね、旭川君!見た目の割にものっすごく準備万端だね!これなら安心じゃん!」
「そうね、驚いたわ。私たち天使は何日か食べないでも割と大丈夫なのだけれど、あなたたりは食べて飲まないと生きていけないものね。とっても優秀な判断だと思うわ、旭川君」
美亜と鈴は、ふふふ、と笑った。元成はというと、すこし複雑そうな照れくさそうな顔をしている。
「見た目の割にって…まあ、いい、それより桜川、はやく家に入ろうぜ、そして早く秋原を助けに行くぞ」
照れくささをごまかすように、そしてそれ以上の意味合いも込めて、元成はそう美亜に促す。
「そうね、こんなところで油をうっている場合じゃないわ。さあ、二人とも早く中へ」
二人は、その言葉で美亜の自宅へお邪魔する。そして、廊下ををまっすぐ進んだ先の部屋へ入った。そこは、普段はリビングとして使っているような雰囲気だが、今は、ダイニングテーブルなどがよけられて、部屋の真ん中には、何描かれているのかもわからない、青白い光を放つ魔法陣が描かれていた。
「こ、これは…?美亜?」
「見ての通り魔法陣よ、鈴」
二人は短く言葉を交わす。そして、美亜は、そこであのセリフを叫んだ。
「Please(神よ) give(我) me power(力) from God!」
すあああっと、美亜は天使キャミーへと変化を遂げる。
「じゃあ、二人とも、魔法陣の中へ来て。そして、三人で円を作るように、手をつないで。」
二人はごくりと生唾をのみこむと、その魔法陣の中へ入る。鈴の感想としては、結構大きめ(?)の魔法陣だな、と思った。三人が、楽々中へ入れてしまう。
「ねえ、美亜、一つ提案があるんだけど…」
「なあに、鈴?」
手を繋ぎながら、鈴は美亜に提案をする。
「これから三人で悪魔界へ聖子を救いに、団結しなきゃいけないのに、旭川君だけ名字呼び、って、ちょっと団結力的な何かにかけている、気がするんだ。せっかくだから、元成君、って、呼ぼうよ。元成君も、私たちの事、名前で呼んで。ここまで来たんだもん、親友も同然だよ、なのに名字で呼びあうの、なんだか他人行儀な気がするの」
美亜は、この提案に驚く。長年鈴を見てきたが、最初の三カ月は、美亜ですらも桜川さん、と呼ばれていたのだ。その鈴が、出会って一日も経ってない元成に対して名前呼びを提案するのは、考えられないことだったのだ。態度こそ気さくで人懐っこいが、鈴はどこかで他人と壁を作ってしまうところがある、と美亜は考えている。打ち解けているように見えて、実は誰よりも心はなかなか打ち解けられない、鈴はそんな人間であった。そんな鈴にとって、名前呼び、というのは大きな意味を持つ。鈴にとっての名前呼びとは、つまり本当に心を許した、ということになるのだから。
「ええと、俺は、二人のことを名前で呼べばいいのか?…鈴、美亜、みんな死なないで…聖子を助けだそう!」
「ええ、そうね。でも、死ぬなんて、縁起の悪い事言わないでね、元成君」
「そうだよ、きっと、悪魔界で聖子を助けて、みんなで戻ってこれるよ、美亜、元成君!」
「ああ、そうだな、みんなで頑張ろう、鈴、美亜!」
三人で、意味もなく笑いあう。そこには、確かに一つの固い絆と、友情、そして決心があった。
「さあ、みんなしっかり手を繋いで頂戴。準備はいい?行くわよ!」
その言葉と同時に、美亜の背中から伸びる翼がはためく。それと同時に、美亜はこう口にする。
「Please(神よ) protect(私たちを) God(お守り) and us. And please(友を) protect(お守り) a friend.」
そして、家の中だというのに、激しい風が巻き起こる。不思議な事に、魔法陣の外には風がいかないらしく、ドアも揺れていないし、カーテンもはためいていない。ただ、鈴たちのいる、魔法陣の中だけ、その異様なほどの風は巻き起こっていた。
その次の瞬間、鈴たちの視界は真っ白い純白の光と、漆黒の闇とが瞬時に交差し始め、その明暗の差に、目あけていられないほどになった。
鈴は、どんどん強くなっていく風にあらがうように、しっかりと手をつなごうとする。しかし、なんの因果か、美亜へつながる手が、一瞬ほどけてしまう。しまった、と思い手を繋ごうと目を開けかけたその時、重力が無くなる感覚と共に鈴の意識が遠のいていくのであった。