第二章 引き返せない運命(みち)(3)
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「おっはよー!って、あれ?まだ美亜がきてない?!」
こちらは二年二組の教室。鈴は元成をひっぱって自分の教室に連れてきたのはいいが、肝心の美亜がまだ学校に来ていなかった。
「めっずらしい…いつも、私が来るころには机で優雅に生徒会の仕事をこなすなり、勉強に勤しむなりしてるのに…こんなの、美亜とすごしてきて初めてなんだけど…」
鈴は教室の入り口で茫然とたたずむ。なんだか周りにひそひそ言われている元成と一緒に。
「なあ海山、俺、自分の教室戻っていいか…?ちょっと、目立つし…」
「ご、ごめん、ひっぱってきたの迷惑だったよね?ごめんね、美亜が来たら呼ぶから!」
(呼ぶのかよ…)
と内心元成は思いながらも、決して悪意はない。
「いや、迷惑なんて思っちゃいないが、俺といたらちょっと色々目立つだろ?海山まで変な噂たてられたら申し訳ないからな」
「え、噂、旭川君知ってたんだ?!でも、話してみたら、ぜんぜん怖い人じゃなかったし、むしろ優しいぐらいだし!噂って、ぜんぜんアテになんないんだね!」
あはは、と鈴は微笑む。その様子を周囲からうかがっていた生徒たちは、あれ、もしかして旭川君って案外怖くないの?とか、そんな感情をいだきはじめた、その時―――
「鈴!旭川君!!ちょっと緊急事態よ!」
と、唐突に美亜が廊下を走りながら二人に叫んだ。周りは、クールな美少女生徒会長が血相を変えて走っているのに驚く。そして、二人の背後に到着すると、全力疾走したはずなのに息一つ乱さずに、二人だけに聞こえる声で、囁いた。
「聖子が、ア―リマンに、さらわれた」
「なんだって!!?」
思わず元成はドスの効いた大きな声をだしてしまう。周囲の生徒たちは、さっきいだきかけた感情もお構いなしに再びちぢみあがってしまった。しかし、元成や鈴には、今、そんなことを気にする余裕なんてない。
「ちょっと、どういう事なの、美亜?」
鈴も続けて問い詰める。さすがに、元成のような大声ではないが。
「ん…ちょっと、ここじゃ目立つわね、屋上へ行きましょう」
「え、もう授業始まっちゃうよ?!」
「授業より聖子のほうが大切でしょう?少なくとも私はそう思う、それに、今日は多分テスト返しだけよ、授業は進まない、心配いらないわ」
そう美亜は言い切ると、さっと身を翻し、ついでに艶やかな黒髪も翻し、屋上へと歩いていった。鈴と元成は、二人で一瞬顔を見合わせた後、決心したかのように美亜についていくことに決めた。
二人は、もうなんとなく気づいていたのだ。巻き込まれ、巻き込められて、すでにもう、傍観者側の“外”には逃げられないことに。聖子を助けるために、自分たちで動かなければいけないことに。そろそろ、とことん“内”へと入って、のめりこむ覚悟を決めなければいけないことに。
「ふう、ここなら大丈夫そうね。二人とも、覚悟はいい?逃げるなら今のうちよ?」
屋上についた一人の天使と二人の少女と少年。天使は、深い意味合いを込め、二人の人間にそう問いかける。まず、人間の少女が答える。
「うん。私は大丈夫。一つは、聖子を助けるため。そして、二つ目はね、私なりに昨日色々考えてみたんだけど…―――――私の、この膨大な力、魔力の理由を知りたい。そして、何に活かせるか、自分なりに考えてみたいの。…えへへ、かっこつけちゃうと、なんだか恥ずかしいね」
そうはにかんだ少女、海山鈴は、天使、美亜もといキャミーの元へ一歩近づく。次に、少年が答える。
「俺は…結局、なにがなんだかわからないうちに巻き込まれちまったけど…俺みたいなみんなに怖がれてしまうようなヤツが、人助けでもできたらいいな、って、少し思ったんだ。それに、だ。もし、俺が今辞退しても、二人は聖子を助けにいくんだろ?女の子だけに、そんな危険なことさせられねえ、罪悪感で夜も眠れなくなっちまう」
少し照れくさそうに少年、旭川元成は笑う。その笑みには、決心がこもっていた。
「ふふふ、みんな、覚悟は十分みたいね。それじゃ、事の顛末などをざっと説明させてもらうわ」
キ―ンコーン、と、鐘が鳴る。その鐘が鳴り終わるのを待って、美亜は話し始めた。
「今朝、聖子を家に迎えに行ったの。そしたら、見事に聖子はいなくなってたわ。そこには、悪魔の気配が残っていた。あいつなら、そんな気配は消していけるはず、でも、あえて(・・・)残していた。…―――これは、あいつからの挑戦状なのよ」
そこで一旦区切ると、どこからか持ってきたか分からないペットボトルのほうじ茶をひとくち飲む。
「そしてその後、私は一旦自宅に引き返したわ。そして、天空界と連絡をとった。天空界っていうのは、俗に言う天国のようなものを想像してくれたらいいわ。私みたいな天使アンゲロイのような下級天使、そして中級天使から上級天使まで、今のところ平和に暮らしている。今のところ、ね。そして、私の直属の上司ともいえる存在の大天使様に連絡を取ったの。大天使様でも下級天使扱いなんだから、上はいったいどうなっているのやら…。まあ、そんなことはおいといて。その大天使様を通じて、悪魔界…おそらく、今聖子がいると思しき場所を透視が得意な天使に調べてもらったわ。悪魔界っていうのは、地獄みたいなものを想像してもらったらいいわ。そしたらね、なんと…ア―リマンと一緒にいるのよ!」
「ええええ?!それ、大丈夫なの?」
鈴があわててた様子で美亜に尋ねる。美亜はほうじ茶をひとくち飲むと、説明を再開した。
「ア―リマンは、どうやら聖子には正体をかくしているみたいね。透視した天使の話だと、もし聖子が彼の正体を知っているなら、あんなににこやかに彼と会話しているはずがない、って言ってたわ。透視は、姿は見えるけど何を話しているかまでは分からないのが欠点なのよね」
そこで元成がこう発言する。
「なあ、それ、早く助けに行かないと、秋原はまずいことになるきがするんだが…。悪魔は、あくまでも悪魔、だ。人間じゃない。相本…ア―リマンの正体が、秋原にばれるのも、時間の問題なんじゃないか?ここで話している時間なんて、もうあまりないんじゃないか?」
「ええ、そうね。それじゃ、こんな簡単な説明で悪いけど、悪魔界に行くことにするわ。今から、私の家に来て。簡単に水と食料、ハンカチちり紙ぐらい用意してきなさい」
そう美亜は言うと、ほうじ茶をひとくち飲んで、キャップをしっかり締めて、屋上のドアへと歩を進めだした。鈴と元成の二人は、またもや軽く顔を見合わせると、凛として歩く美亜の後を追うのだった。