第二章 引き返せない運命(みち)(2)
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「ん…ここ、は?」
むくりと、聖子はベッドから身を起こす。ゆっくりと目をあけながら、辺りを見回してみると五畳ぐらいの窓のない白い壁で覆われた部屋に、申し訳程度にクリーム色のドアがついている。そのクリーム色の発色が目に鮮やかに写るぐらいに、部屋の壁はどこまでも白かった。寝かされていたベッドの基本色は白のようだが、掛け布団や枕をめくると、裏は黒、という微妙なモノクロになっているようだった。そんな見覚えのない部屋で、聖子は昨日のことを思いだそうとする。
「確か、相本君が、家に、訪ねてきて…」
―――――
―――
「聖子さん、こんばんは」
玄関のチャイムの音で目を覚ました聖子は、克が王子様スマイルで聖子の家の前にたたずんでいるのを確認する。
「え…?なんで、相本君?…私のあの中庭での記憶は、頭打ったせいでちょっとおかしくなった私の妄想じゃなかったの…?」
聖子は状況が呑み込めず、しどろもどろになる。それもそうだ、美亜から聞かされた話では、紅葉を見に行ったとき、足を滑らせて頭を打って、そのせいで少し記憶がとんだということだった。美亜たちには言わなかったが、克に中庭に呼び出されていい雰囲気になったのは聖子自身の中で、自分の妄想ということで決着がついている。
なのに、どうして。
克は、自分のことを名前呼びするのだろうか、と。
「妄想じゃないですよ、聖子さん。あの時、あの場所で、僕たちは―――」
そういいながら、克は玄関のカギを締め、聖子に近づく。
「え、ちょ、相本、くん…?」
「克、でいいって言ったじゃないですか、聖子さん」
そういいながら克は聖子の頬にそっと触れ、呆然としている聖子にくちづけした。
「んっ」
そう聖子が言葉を発した瞬間、またもや聖子の体がくたっと崩れ落ちる。それを、克は難なく受けとめた。
「ふふ。これで、あなたはもう私の自由…ふふふふふ…」
薄れゆく意識の中、聖子はこの言葉だけを聞き取るのが精いっぱいだった。
(相本君の、自由…?どういう、ことなんだろう…でも、相本君なら、私…)
そこで、聖子の意識は途絶えた。
―――
―――――
「思いだした…!確か、相本君に、私…!」
思い出して、勝手に顔を熱くさせる。聖子はごく普通の女子高生で、女の子である。憧れのイケメン王子様にそんなことされたら、たいていの女子は平常心ではいられないだろう。
「気が付きましたか?聖子さん」
ドアを開ける音とともに声がして、そちらを振り向くと、聖子が顔を赤らめている原因の、―――相本克がいた。
「あ、あああああ相本君?!お、こ、こんにちは!」
ひどくびっくりしたのと、顔を勝手に赤らめていたせいもあり、聖子はよくわからない返事の仕方をしてしまう。
「どうやら目が覚めたようですね。朝食を用意しています、召し上がりませんか?」
そうだ、そう言えばおなかが空いてるな、と聖子は思う。しかし、この無機質な部屋がどこか、なんでこんな状況なのかが分からない。
「えっと…そんなことより、ここどこなの?っていうか、今日はたしか学校がある平日のはず、なんで私と相本君はこんな部屋にいるの?説明してほし…ッて、なにするの相本君!」
それもそのはず、聖子が問いかけているのにもかかわらず、克は勝手に聖子に顔を近づけ、聖子の耳元で囁く。
「そんなこと、どうでもいいではありませんか。そんなことより、名前で呼んで、と言ったでしょう、聖子さん?」
耳元に吐息がかかり、聖子はびくっとする。赤面し、沸騰しきった思考で克の言いなりになってしまいそうなこんな状況のなか、彼女は彼女なりに、今の状況を分析してみることにした。
(昨日、相本君が言っていた、あなたはもう私のもの、というセリフの意味って、どういう意味なんだろう…。それにそれに!状況を全く説明してくれないのって、なんか私に隠したいことでもあるのかな?放課後の記憶も、よくわかんないままウヤムヤだし…。でも相本君はやっぱりかっこいいし…うーん、考えれば考えるほど、よくわかんなくなっちゃうなー)
やはり、彼女の情報量ではそのぐらいの分析が関の山だ。しかも、疑わなければならないのが彼女の好きな異性だ。とことん疑い抜くなど不可能だろう。
(まーいっか、せっかく相本君…ううん、克君が優しくしてくれているんだ、夢だったらもったいないし、楽しんじゃうか!)
「えっと…克、君?朝ごはん食べに行こう!」
その言葉に克は例の王子様スマイルを返し、聖子の手をとりドアの外へとエスコートするのであった。




