その罪は重い
王立テイマー育成学園は、基本的のに全寮制だ。寮は一流ホテル顔負けの設備が整っており、同じクラスから二人一組で部屋が割り当てられる。
ユーマの同室人は奇遇にもルークだった。同年代だから、という学園の配慮が見え隠れするが、ユーマはありがたく受け取ることにした。さすがに、兄より年を取っている人と同室にはなりたくないからだ。
ユーマが今日の昼に全入学生に渡されているであろう学生鞄から、同じく今日渡された真新しい教科書を取出すと、ルークが信じられないという表情で話しかけてきた。
「お前、まさか予習でもする気か?」
「何か悪いかい。テイマーについての知識は、少しでも多い方がいい。一週間後の模擬戦……全入学生強制参加らしいけど、こっちは六人がいないからね、それでも、ただ負けるのは癪だ」
「それはお前がやったことだろ。て言うかよかったのかよ。あの誤魔化し方で大丈夫か?」
あの誤魔化し方とは、ユーマが無理矢理に頷かせたあれのことだ。ユーマは教科書をぱらぱらと開くと、答えた。
「まあ、さすがに気付いてるだろうね。何故言及しなかったのかは分からないけど……なんにしても、きな臭いね。あの教師、裏があるような気がする」
「裏ねえ。結構人のよさそうな先生だけど……それが嘘ってことか?」
「さあね。ボクの思い過ごしかも知れないし。そういえば、一つ聞いていいかい」
凄まじいスピードで教科書に書いてある内容を頭に叩き込みながら、ユーマは聞いた。
「君のタクトは、何をモチーフにしてあるんだい?」
「え、ああ。俺のは、ドラゴンだよ」
「……本当かい?」
ドラゴンと言えば、数あるタクトの中でも、最高ランクに位置する最強のタクトだ。現在、世界中で確認されているドラゴン型のタクトを持つテイマーは、全部で三人。
コータン最強の国家テイマー、カムル。
世界最大の犯罪組織、《グルーディ》の首領、タイラー。
そして、ガルマ帝国の若き皇帝、シャガラント。
どれも、世界最強は誰かと問われれば真っ先に名前の挙がるような猛者たちである。三大国中唯一ドラゴンとの契約者を持たないミゼランからすれば、ルークはまさに金の卵とでも言ったところだろう。
「ちなみに、今どこにいるの。出来れば呼んでほしいんだけど」
「外にいると思うんだけど、ぶっちゃけまだ使いこなせねえんだよなあ」
「使いこなせない? ドラゴンから認められていない、とでも?」
「そういうこと。三年間のうちに何とかするけどな。軍に入らないと、学園からの借金が返せねえから」
なるほど、とユーマは思った。莫大すぎる入学金と授業料が払えない生徒に借金を背負わせる、いう制度に何の意味があるのかと思っていたが、こういうことだったのだ。
ほとんどの家は借金を背負い込むことになる。そうすると、借金を返すためには高給取りの国家テイマーになるのが一番だと気付き、必死に鍛錬に励む。
「ほんと、貴族でよかったとつくづく思うよ」
「それで疑問なんだが、お前って俺がため口で話しても何も言わないよな」
「ボクはそんなこと気にしないよ。……さて、基本的なテイマーとしての知識は知り尽くした」
ユーマは教科書を閉じて、席を立った。ベッドに潜り込み、ルークに早く電気を消すように言う。ルーク慌てて引き留める。
「いや待て、知り尽くしたってまさか。この教科書全部覚えたって訳じゃないよな?」
「……ルーク。良い事を教えてあげよう。ボクは数百年に一人の天才だ。その位訳ないよ」
「嘘だろ……。これ、三年間通して使うから千ページ近くあるぞ……ってもう寝たのかよ」
何故だかひどく疲れたように思えたルークは、電気を消すと眠りについた。
翌日、ユーマはルークと共に部屋を出た。教室へ入り、それぞれに席に着いた時だった。見知らぬ三人組が目の前に立った。髪の色は右から茶色、金、灰色。年はまばらっぽいが、十七から二十三辺りの三人組だ。
「何か用?」
ユーマが軽く睨むと、真ん中のの金髪が手を前にやって返答した。
「いや、昨日なんやかんやで自己紹介してなかったろ。お前とあとの二人は名前聞いたけど、俺達の名前は知らないだろうから教えとこうと思って」
あとの二人が同時に頷く。昨日の騒動で、何か妙な結束感でも生まれたらしい。右から順に名乗っていく。
「カガミ・ドライ。年は十七だ」
「俺はエイル・キョウ。今年でちょうど二十になる」
「最後のワシがルカジ・ラーザ。こん中では最年長で二十五だ」
ユーマは三人を順に見た。カガミ、エイル、ルカジ。
――待てよ、カガミ、エイル、ルカジ……そうだ。
「めんどくさいから、全員の頭文字取って『カエル三兄弟』でいいか。よろしく。カエル三兄弟」
「カエル三兄弟ぃ?」
三人の声が重なった。直後、
「よくねえよ!!」
と大声が響き渡った。が、直後に「良いじゃないか」と言う声が耳に入ってきた。誰かと思えば、いつの間にか入ってきていたライジ教諭だった。
ライジは楽しそうな笑みを浮かべながら言った。
「カエル三兄弟。良いんじゃないか。覚えやすいし、印象に残るし。担任権限で、お前らこれからカエル三兄弟ってことにしとく」
カエル三兄弟は頭を抱えた。三人そろってほぼ同じ行動を取っているため、名付けたユーマ自身が型にはまっていると納得した。
と、その時ユーマははたと気が付いた。よくよく教室を見渡してみると、シエルがまだ来ていないのだ。おかしいと思い、ライジに質問する。
「先生。シエルって誰と同室だったっけ」
「シエルさんか。えーと、昨日入院した六人組の一人とだぞ。実質一人部屋だな」
「だとしたら、ただの遅刻だと良いんだけど」
教室に置いてある時計を見てみると、始業のベルまであと三分しかない。
――念のため、探してみるか。
ユーマはコンパクトになっているシュラを鞄から出すと、シエルを探すように命じた。シュラが羽ばたき、窓から出て行ったところでスキル《ホークアイ》を発動。シュラの視界とユーマの右目の視覚を繋いだ。
昨夜、教科書を読み覚えた《テレパシー》でシュラと言葉を交わす。
「まずは……学園全体を確認しよう君のスピードなら、三十秒で十分だよね」
「ああ。では最高速度で行く。動体視力も格段にアップしてるが、見落とさないように気を付けろ」
直後、景色が流れる速度が、急激に加速した。それでも、ユーマの頭脳なら余裕を持って処理できる。シュラが飛び続け、やがて生徒たちの憩いの場『噴水公園』に差し掛かった時だった。
特徴的な青い髪が視界に写った。シュラに止まるよう伝える。
シエルの前には一人の男、と言うよりは少年という表現が適切な者が立っている。遅れている原因はあれらしい。二人は何か討論をしているように見えた。
――シエルに一目惚れして告白、なんて穏やかな話じゃないだろうね。だってあれは……。
シエルの間に立ち塞がっている少年は、ユーマにとって意外な人物であった。それは少年の赤い髪の毛が物語っている。
「……赤髪の四大貴族――ヴィンレンジ家。まさか、エルファがテイマーになっているとは。彼はボクより一つ年上の十一歳だったか。ふん。多少は成長したようだね」
エルファ・ヴィンレンジ。四大貴族の一角、ヴィンレンジ家の一人息子である。年が近いこともあり、ユーマとも度々あっているのだが、どうにも相性が悪く犬猿の仲と言う言葉がしっくりくる。
考え方や思想が全くと言っていいほど合わないのだ。古来より、ヴォルデモートとヴィンレンジは友好的で、親世代の仲もよいのだが、この二人だけは仲が悪い。とにかく悪い。
ユーマはホークアイを解除し、呟いた。
「仕方ない。行くか」
ユーマは席を立ち、形だけ断りを入れて、窓から飛び下りた。降下していく体を、シュラが上手くキャッチし大きく翼を振ると、スピードを上げ再び噴水公園へ滑空していく。
しばらくして、噴水公園が見えてくると、二人の声が聞こえてきた。どうやら、どこからかシエルがユーマの奴隷だという事を聞いて、そのことで何かを言っているらしい。
「全く……一々癪に障るね」
ユーマはシュラから降りて、二人の間に降り立った。エルファを睨みつけ、口を開く。
「久しぶりだね。エルファ」
「貴様は……ユーマじゃないか。どうした、奴隷がそんなに大事か?」
「奴隷とは呼び方を変えれば所持者の道具だ。逆に聞くけど、自分の道具が嫌いな奴に手を出されても、君は怒らないのかい?」
エルファは軽く笑うと見下すように返した。
「俺はお前と違って心が広いからなあ。残念ながらその程度では何とも思わん。それにしても驚いたぞ。まさかブランケット一族がまだ生きていたとは。何億と言う命を散らしてきた悪魔の一族……寝首を掻かれん様に気を付けろよ」
そう言った直後だった。シエルが一瞬でエルファに接近し、拳を振るった。反応することすら困難な、ほんの一瞬のことだったが、エルファは自らのタクトを取り出すと、巨大化させて防いだ。
光る翼を持って、これまた光り輝いている体毛を有するその獣は、体を震わせると一声高く鳴いた。すると、体を大きく持ち上げシエルに向かいその足を振り落とした。即座にバックステップし躱したが、目を向けるとシエルがいた場所には、小さなクレーターが出来上がっていた。
シエルが躱せていなければ、いかにブランケットの血を持つとはいえ死んでいた。
「……エルファ。それは、宣戦布告と受け取っていいのかな?」
「おいおいユーマ。先に仕掛けてきたのはそっちだろ。どの言葉に反応したのかは知らんが、相当お怒りのようだぞ。お前の奴隷は」
ユーマはシエルの方を見た。既に戦闘態勢に入ってしまっている。ため息を吐き、まずはシエルを宥めることにする。
「下がって。今はボクとあいつが話してるんだ。それに、今はまだ彼には勝てない」
「……何故ですか。絶対に勝ちます。ですから……」
「ダメだ。エルファのタクトは、ドラゴンと同じく最高レベルに位置する『ペガサス』だ。実在する動物をモデルにしたタクトじゃあ、幻想種に勝つのは難しい。ここは引くんだ」
それでも、なかなか引き下がろうとしないシエルに向かって「これは命令だ」と付け足す。シエルは強く拳を握ると、ユーマの後ろへ控えた。エルファもペガサスを後ろへやると、言葉を発した。
「ユーマ。この学園で長生きしたければ、あまり出しゃばらないことだ。俺たち貴族を恨んでるやつは数えきれないほどいるからな。勿論、お前の場合は俺も含んでだ」
「だから? 用が済んだんなら早く帰りなよ。この借りは、模擬戦で返すから」
「っは。やれるものならやってみろ。ちなみに、俺はA組だ。聞けば、お前らのとこは六人が入学早々に怪我したんだってな。半減したその戦力で、精々足掻くがいい」
そう言い、エルファはペガサスに跨り飛んで行った。
ユーマはシエルの方を向いた。すると、シエルが珍しく大きな声で言葉を発した。
「あたしは、ユーマ様に本当に感謝しています。だから、あの言葉が許せませんでした。あたしが悪魔の一族だとか、そんなことはどうでもいいんです。でも、あれだけは……あたしは、何があろうとユーマ様についていきます。ユーマ様が選ぶなら、茨の道だろうと地獄だろうとついていくと決めました。だから……」
「シエル。もういい。君の言いたいことはもうわかったから、とりあえず涙を拭きなよ」
「え……あ」
シエルは自分でも気づかないうちに流していた涙をぬぐった。あまりの怒りと、力不足な自分への悔しさが知らず知らずのうちに涙へと変わっていったのだ。
少しだけ目が紅くなってしまったシエルを見て、ユーマはイラついている自分がいるのに驚いた。この世界に慣れたつもりでいたが、やはりユーマは日本人だったころの気持ちを捨てきることが出来ないようだ。人が傷つけば腹が立つし、三か月前、誘拐犯を間接的に殺した後も微妙な罪悪感に悩まされた。奴隷を完全に道具として見ることもできない。
――飛鳥悠馬の記憶は、まだ消えてないってことか。だとしても。
「今回ばかりは……それを完全に捨て去ろう。エルファ。模擬戦は……君を殺す気で行くよ」
――だって、よく言うだろ? 女の子を泣かせた罪は、何よりも重いって。