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波乱万丈入学式

 およそ百ヘクタール。教育機関としては異常なまでに広大な敷地面積を持つ、国の最重要建築物の一つ。それが『王立テイマー育成学園』。

 軍の最高戦力に成りえる、優秀なテイマーたちを育てるための学園であり、タクトとの契約者はよっぽどの事情が無い限り、強制的に入学しなければならない。が、入学金及び授業料は自己負担なため、莫大な金を払えず、学園から借金をする者がほとんどである。

 

「それにしても、こんなに早く招待状が来るとは思わなかったよ」

「あ、見えてきましたよ。あれがテイマー育成学園……大きいです」

「百ヘクタールって言ったら……ヴァチカンがすっぽり入るぐらいか。大きいはずだよ」

「ヴァチカン? ……なんですかそれ」


 しまった、と思いユーマは適当に話をはぐらかした。元の世界の地名はあまり使わないようにしていたのだが、知らぬ間に口走ってしまっていた。

 どうにも癖が抜けきっていない。それを再認識しながらも、ユーマは車内の窓から眼前にそびえる学園――と言うより城に目を向けた。

 あの後、ユーマとシエルの二人は大急ぎで準備をする羽目になった。入学式が三日後に迫っていたからだ。もう少し早く知らせろ、と学園長に文句を叩きつけたいがその気持ちをぐっとこらえて、一日後に届いた制服に身を包みこの巨大な学園やってきたのだ。

 車で走ること一時間。ユーマとシエル、それと運転手を加えた三人はようやく学園へ到着した。運転手に礼を言い、荷物を担いで門をくぐる。

 ユーマは、後ろについてきているシエルに聞いた。


「今は八時三十分。入学式はいつからだっけ?」

「えっと、四十五分から体育館です。あと、十五分ですね」

「じゃあ、少し早いけど向かうとしようか。体育館は……こっちだね」


 二人は歩き出した。二分も歩けば着く距離だ。

 それにしても、流石は化け物学校。僅かな道中の間でも、飲食店、美容院、百貨店、美容院などの大手チェーンが軒を連ねているのが見えた。学園都市どかろか、学園国家と言っても過言ではない。

 二人は体育館に入った。ちらほらとだが、人がいるようだ。一年間の入学者数は、およそ三十人前後と、決して多くはない。この中から卒業して、国家テイマーとして軍に入るのが多くて五人。

 ユーマは腕時計を確認した。残り五分。と、その時だった。体育館中に大きな声が轟いた。


「あと五分だが!! 今何人そろっている!! 点呼を取るから返事をするように!!」


 見ると、身長二メートルは有ろうかと言う大男が出しているようだった。マイクも使わずにだ。恐らく教師の一人、のはずだ。と言うより、そうあってほしい。

 大男は誰かの名前を呼んだ。しかし、戸惑っているのか、はたまたまだ来ていないのか、返事はなかった。


「おい!! いるなら返事しろ!! 減点だぞ!!」

「は、はい!」

「うむ、では次!!」


 まさか、全員分やるのか? ユーマは再び時計を確認した。あと三分。

 ――て言うか、他の教師たちは何故止めないんだ。黙認してるのか?

 そう思ったが、そんなことはなかった。頭皮が少々危機に陥っている中年男性が止めに入った。


「ガイスト先生なにやってんですか! 下がってください!」

「ぬ、ハゲか!! まあいいだろ!! お前が下がってろ!! ストレスが増えるとハゲるぞ!!」

「声抑えてください! それと、私はハゲじゃなくて頭皮が他人よりちょっと薄いだけです!」

「それを世間一般じゃハゲって呼ぶんだよ!! ハゲ!!」

「あんたなあ! それは全世界のハゲへの侮辱か!?」

「自分で認めてんじゃねえか!! だからハゲなんだよ!! ハゲ!!」

「き、貴様ぁ……その髪むしるぞコラァ!!」


 状況がさらに悪化した。大の大人がたった数十秒の間に何回ハゲと叫んでいるんだ。ここの教師、いろいろと大丈夫か? というのがこの場の総意だった。

 現場はさらに悪化していき、とうとう掴み合いの喧嘩になろうかと言う時だった。


「貴様ら……なにをやってるんだ?」


 静かな、しかし異常なまでの威圧感を含めた声が、妙に大きく響き渡った。声の主には見覚えがあった。ユーマともかかわりが深い一族の者だ。

 ミゼラン四大貴族の一角、黒髪が特徴的なヴァグフール一族の次期最有力当主候補――メリッサ・ヴァグフール。いつからこの学園の教師になどなったのか。

 

「誇りあるこの学園を汚すような行動は慎めよ。長生きしたければな。うっかり、あたしが殺してしまうかもしれない」 

「す、すいません~!」

「お、おう。悪かったよ。そんな怒……らないでくださいよ」


 メリッサは生ゴミを見るような眼を向けると、生徒たちの方へ向き、マイクを使い話しはじめた。


「見苦しいところを見せてしまい済まない。あたしは貴様ら一年生の学年主任、メリッサ・ヴァグフール。ま、来年には二年生の学年主任になるが。これから諸君は三年間の教習を受けることになるが、あたしが言えることは一つ。死なないように、精々気を付けろ。以上だ」


 背を向け、マイクを大男じゃない方の教師へ渡して、姿を消した。マイクを渡された男が話しはじめる。


「えー、少しばかり早くなりましたが、今期入学生二十六人。クラス表が外にありますので、各自確認して、向かってください」


 男はお辞儀して、裏に消えていった。続くように、大男も姿を消す。残された生徒は、しばらくした後、一人また一人と外に出て行った。


「ボクたちも出ようか。行くよ、シエル」

「は、はい……」


 いつの間にか積まれてあったプリントを手に取り、名前を探す。ABCの三組に分かれていて、ユーマの名前はB組にあった。


「シエルは何組だった?」

「B組です。同じみたいですね」

「……何かしらの策略を感じるね。まあ、どっちでもいいけど」


 二人は教室へ向かった。校舎は五階建てで、一年生の教室は四階にあった。扉を横に開け、教室に入る。席はどうやら決まっているようで、それぞれの席にネームプレートが置いてある。

 自分の席に座ろうとしたのだが、ユーマの眼にあまりよくない光景が映った。

 二十代前半だろうか。数えてみると、六人の男がユーマと同年代であろう少年を囲んでいる。友好的に話している、とは少なくともユーマの眼には見えなかった。

 当然だが、子供のテイマーと言うのはとても珍しい。遺跡を探検して、生きて帰ることのできる子供はほとんどいないからだ。そのため、学生の平均年齢は二十から三十というところが多い。あの少年は子供だから、もしくは弱そうだから、と言う理由で絡まれているのだろう。

 ――どっちにしても、気に入らないな。

 

「シエル。聞くけど、あいつらを暴力で倒せ、と命じたらできるかい?」

「えっと……できますけど。その……」

「何だい?」

「程度によります。失神ぐらいなら簡単ですが……再起不能となると、少し」

「ああ、そういうこと。全治二か月ぐらいの怪我で良いよ」


 ユーマは立ち上がり、問題の場所へ近づいた。肩を叩き、こちらに気付かせる。


「んだよ? って……ガキじゃねえか。なんだなんだぁ。ここは託児所か?」

「ハハハハ! 言えてるなあ、お子様はさっさと家に帰れよ!」

「……シエル。二か月じゃ足りない。半年だ」


 瞬間、男のうちの一人が吹き飛んだ。何が起こったのか理解するまでもなく、さらに一人がその場にうずくまる。ようやく事態が呑み込めてきたところで、また一人がダウンする。

 

「な、何だこの女……?」

「があぁ! 腕がぁあ!」


 シエルが二人の頭を鷲掴み、ぶつけた。脳震盪を起こしたか、はたまた頭蓋骨にひびでも入ったか、二人はそのままダウン。正に鬼神。シエルの無双は、紛れもなく彼女が人並み外れた身体能力を持つ、ブランケット一族であることを物語っていた。

 

「……これで終わりです。ユーマ様を侮辱した罰……本来なら万死に値しますが、この位で許してあげます。ユーマ様の慈悲に感謝しなさい」


 事態に対処しきれず、気を失っている男の背骨を踏み砕いて、シエルはユーマの元へ跪いた。


「これでいいでしょうか」

「うん。さすがだね。素晴らしいよ」

「……いや、お前ら……何もんだよ」

 

 ユーマはからまれていた少年に目を向けた。金髪、あどけなさの残る顔、おおよそ遺跡を攻略したとは思えないが。ユーマは声を掛けた。


「大丈夫かい。君、名前は?」

「……ルーク。ルーク・ネルバーだけど。その白髪、お前はヴォルデモート家の者、だよな?」

「ああ。ユーマ・ヴォルデモートだ。こっちはボクのお目付け役兼監視役兼ボディーガードのシエルだ」

「えっと、シエルって子は……要は奴隷だよな?」

「まあ、そうとも言うね。で、大丈夫かい? ルーク」

「あ、ああ。大丈夫だけど、良いのか? こんな注目集めちゃって」


 ユーマは辺りを見渡した。あんな騒ぎを起こしたので、当然ながら、ユーマ、シエル、ルークの三人と六人以外の三人の視線を一身に受けることになってしまった。

 参ったな、と思った時だった。今さらながら教師が現れた。男性教師は息を激しく切らしながら、何とか自己紹介し始めた。


「はあ、はあ。一年B組担任の……ライジ・ナムルだ。いやーまいったぜ。朝起きたら八時とっくに過ぎてんだもん。ってあれ、やけに静かだな。……ん、ど、どうした! おい、そこの、いち、にい……六人はどうしたんだ!」

「さあ? 突然喧嘩を始めたと思ったら、このざまですよ。ねえ、みんな?」


 ユーマがいけしゃあしゃあと答えた。重ねて「そうだよね?」と言い、無理矢理全員の首を縦に振らせる。ライジは「そうなのか」と言うと、手をぼさぼさの髪に突っ込み一匹の小鳥を取り出した。

 

「ピーコ。最大まで体をでかくしてくれ。こいつらを医務室に運ぶ」


 ライジがそう言うと、小鳥は見る見るうちに巨大化して、二メートルほどになった。六人を適当に羽毛へ突っ込ませ、小鳥が出ていくのを見守る。

 ライジが教壇に立ち、全員を座らせて言った。

 

「さて、それじゃあ……まずは、一週間後の予行演習――『クラス対抗模擬戦争』についての説明と行こうか」

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