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奴隷の扱い方は難しい

 朝六時、ユーマは騒々しい声で目を覚ました。どこからか知らないが、何やら騒がしい声が聞こえる。

 ――全く、朝から勘弁して欲しい。

 そう思いながら、ユーマは声のする方へ歩いて行った。近づいてみると分かったが、どうやら女性の声らしい。メイドだろうか? いや、彼女たちならもっと静かに、少なくともこんな大声を発さず仕事をこなすはずだ。

 ユーマは声のする部屋を探し出し、その前に立った。試着室、主にパーティなんかに来ていく服を選ぶときに使用する部屋だが。


「さて、誰がいるのかな?」


 不機嫌そうな声でいい、扉を開け放った。瞬間、声は静まり、誰が騒いでいたのかも明らかになった。


「……何やってんの。母さん、姉さん。それと……シエル?」

「げ、ユーマ。もしかして起きちゃった?」


 あからさまに顔を顰めたのは、姉のルルだ。取りあえず放っておいて、いつものように笑みを浮かべている母シェリィに聞く。


「こんな時間から何やってんのさ? あと、何でシエルを背中に隠してんの?」

「うーん。それはまあ、後のお楽しみってことで」

「ほら、さっさと男は出なさい! あと一時間もすればわかるから」


 ルルに追い出されたユーマは思った。訳が分からないと。子供心、と言うには前世も合わせて年を取りすぎかもしれないが、強く思った。

 ――全くもって、女は何考えてるのか分からない。

 思う事は幾つかあるものの、ユーマは大人しく部屋に戻り、時間を潰した。朝食は七時半から、と決まっているので、時計の針が七と四を指したときに、ユーマは食堂へ向かった。

 これでようやく、何をしていたのかが分かる。

 食堂へ入り、辺りを見渡す。メイドと執事たちが忙しなく動く中、席にはグラウストのみが座っていた。ユーマが来たのに気づき、話しかける。


「早いじゃないか。どうかしたのか?」

「ちょっとだけ、睡眠を妨害されただけだよ」


 そう言った直後に、食堂に三人の人が入ってきた。ユーマの睡眠を妨害した張本人たちだ。が、ユーマはその中の一人、シエルに目を向けた。それはグラウストも同じだった。

 

「ほお、随分と変わるもんだな。可愛いじゃないか。なあ、ユーマ」

「朝から何やってたのかと思ったら、これだったのかい?」

「何? 照れてんのあんた」

「そんなんじゃないよ」


 シエルの姿恰好は、昨日とは見違えるほど変わっていた。髪はつやを帯びて、服も青や黒を基調としたものになっている。そう、この二人はシエルのコーディネートをやっていたのだ。

 やはり、女は何考えてるのか分からない。そう再認識したところで、最後の一人が入室した。


「あれ、ルルがもう来てる。何があった。槍でも振るんじゃないか? ん、その子は……ああ、ユーマの」


 ヴォルデモート家長男、ラルグだ。現在は軍に所属していて、剣の腕前から、それなりに名の通った武人として知られている。

 ラルグはシエルを見つめ、微笑んだ。


「俺はラルグだ。まあ、この家に居ることは少ないかもしれないが、よろしくな。シエル、だったよな」

「え……は、はい」

「よし、いい子だ。ユーマ、お前がこの子の主人なんだから、ちゃんと面倒見てやれよ。泣かせたらげんこつだからな」

「肝に銘じておくよ。それより、早く食べよう。兄さんは時間がないんじゃないの」


 時計を指差す。時刻は既に四十分を回っており、今日からまた軍に出勤するラルグとしては、少々まずい時間だ。グラウストが全員に席へ着くよう促す。

 それはシエルに向けてのものでもあったのだが、座ろうとしないシエルへシェリィが言う。


「ほら、シエルちゃんも座って。うちでは、誰が来ようと初めの一ヶ月は一緒にご飯を食べるっていう決まりがあるの。だから、遠慮せずに。ね」

「で、ですが……その」

「いいからいいから。ユーマ、あなたからも言いなさいよ」


 急に投げられても困るのだが、と思いつつもユーマは言った。


「シエル。席に座りなよ。もう君の分も作ってあるんだし、食べないって言うんならそれはシェフへの、そして食材への冒涜だ。何より、君は少しやせすぎだ。見ているこっちが心配になるから、食べてくれ」


 最後に「これは命令だ」と付け加える。自分の主人からの命令には逆らうことができない。シエルは恐縮しながらも、ユーマの隣へ(シェリィがそう仕組んだ)座った。

 一家の主の号令で食事を始めた。一番に食べ終わったのは、ラルグだった。急いで食べたというのに、食事後は無駄にきれいなラルグにいつもながら感心し、ルルも食べ終わる。

 一方ユーマは、席に着いたものの中々食べようとしないシエルへ、何とか食べさせようと悪戦苦闘しながら何とか食べ終わった。


「……朝から無駄につかれたな」


 部屋に戻ってからの第一声がそれだった。シエルが謝ってくるが、軽く受け流して何をしようかと考える。

 この世界には義務教育という物がないため、子供は基本的に労働に使われる。だが、ユーマは貴族なのでその必要はない。ならば勉強、となるところだがユーマの場合前世の知識が大量にあるので、それも必要ない。

 必然的に暇となるのだ。そのため外に出ようと思うが、少し前にそれが原因で命を落としかけた。今度ばれたらさすがにまずいだろう。


「何か、暇つぶしになるようなことがあればいいんだけど……」

「……あの、それじゃあ。あたしが……その」

「論外だ。そういうために君をもらったんじゃない。そうだ」


 ユーマは思いついたように笛を吹いた。ユーマ自身には音は聞こえないが、ちゃんと聞こえているやつがいる。そいつは何処かを飛び回っているだろうが、笛の音を聞けばやってくる。

 ユーマは窓を開けて、それがやってくるのを待った。十秒ほど経過して、それはやってきた。翼を広げ、大空を滑空する。


「来たね、シュラ。少し、大きくなったね」

「何か月ぶりだ? 主よ。む、主その子は?」

「ああ、ボクの奴隷ってことになってる。シエル・ブランケットだ」


 シエルはシュラに頭を下げた。そのせいで表情はうかがえないが、どうやら、酷く怖がっているようにも見える。


「どうしたの? シエル」

「その、ご主人様は……その鷹で、いったい何を」

「ああ、そういうことか。心配しないでよ。ただ、君に色々教えてもらいたいと思っただけさ」


 ユーマは頭を抱えたくなった。どうも、奴隷と言うのはその境遇故に、特殊な概念を持ってしまう傾向にあるようだ。恐らく、シエルはユーマがシュラを使い自分を傷つける、そう思ったのだろう。

 今さっきそんなことはしない、と言ったばかりなのだが、安心させておいて突き落とすという趣味を持つ輩もいるから、怖がっていたのかもしれない。

 というより、奴隷を買うのはほとんどがそういう事を目的とした者たちだ。自然に、奴隷はそういう教育を受けなければならないし、そういう思考を持たねばならない。

 ――まずは、そう言った考えから抜けることから始めないといけないか。


「いいかいシエル。君がボクの奴隷であるうえで、守らなければいけないことが二つある」


 ユーマは一指し指を立てた。


「一つ目。ボクのことはユーマでいい、間違っても、ご主人様なんて言わないように」

「そ、それは無理です……命の恩人のご主人様を呼び捨てなんて……」

「じゃあ、せめて様にしてくれ。最後、二つ目」


 今度は中指を出す。


「ボクは君を傷つけたりしないから、ボクが何か言う度に怖がるなんてことは、やめてくれ」

「それは……すみません」

「よし、それじゃあ、テイマーの先輩としていろいろ教えてもらおうかな」

「え? 教えるって……あたしがですか?」


 ユーマは頷き、窓を閉めて言った。


「ボクはまだタクトを手に入れて三ヶ月ぐらいの、しかもその間は怪我の治療に当ててたから、テイマーとしてはビギナーだ。でも君は、少なくとも五年間タクトを所持してる。だから、知っていることを教えてほしい。この屋敷には、そういった関連の本が無くてね」


 シエルはしばしぼーっとしていたが、言葉の意味を飲み込むと、ポケットの中を探り始めた。そしてあるものを取り出すと、ユーマに見せた。


「これは……熊かい? 手乗り熊とは、斬新だね。どういうことだい」

「あたしのタクトの、ツキノワグマのルナです。タクトは普通の動物より、何倍も起きくなるから体の大きさを自由に変えることが出来ます」

「なるほど。確かに、シュラもちょっと見ないうちに一回り大きくなったし、本格的に大きくなったら置き場所に困るもんね。シュラ、小さくなれるかい?」


 シュラはこくりと頷くと、瞬く間に小さくなり手のひらサイズに収まった。シュラがユーマに話しかける。


「主が知識を得たことで、スキル《身体変則》が解放されたようだ」

「スキル? シエル、スキルって言うのが何か、分かるかい?」

「たしか、それぞれのタクトが使える技みたいなもので、テイマーの行動や知識で習得できる……らしいです」


 ユーマはシュラに話しかけてみた。


「シュラ、今の君はどんなスキルが使えるんだい?」

「今現在解放されているものは、《ホークアイ》《フェザートラップ》それと、さっきの《身体変則》の三つだけだな」

「なるほど。後で試してみよう。シエル、他に知っていることはあるかい?」


 シエルはかぶりを振った。持っている知識はこれだけか。しかしそれも仕方ない。奴隷と言う立場上、知識を得る機会は少ないのだろうから。

 ある程度の時間は潰せたが、まだまだ時間は残っているこれほど暇な十歳児も珍しいんじゃなかろうか。などと考えていると、突然どたどたと足音が聞こえた。

 この足音には聞き覚えがある。グラウストのそれだ。ドアが開き、予想通り父の姿がそこにはあった。


「どうしたの? 父さん」

「おお、二人ともいるか。来たぞ、ついに来たぞ」


 グラウストは二つの便箋を見せ、それぞれに渡した。ユーマはその文字を読み、眼を見開いた。


「……王立テイマー育成学園入学決定のお知らせ?」

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