それぞれの
迎えの車内の雰囲気は、かなり重い物になっていた。機嫌を損ねているのか、そっぽを向いているシエルに、話しかける話題も見つからないユーマ。
本来ならば、主人であるユーマが何か言ってやるべきなのだろうが、今回ばかりは言葉が浮かばないようだった。甘やかすのもどうかと思うし、頭ごなしに叱ったり、突き放すのも後味が悪い。
――前から思ってたことだけど、何だかんだで甘いんだよなぁ。まあ、スタンガンはやりすぎだったかもしれないけど。
シエルに聞こえない程に小さくもれた溜息に気付き、さらに複雑な気分に陥る。耳に入る静かなエンジン音だけが、唯一の音であり、せめてもの救いだった。
そんな空気を耐えに耐え、何とか車は目的地へ着いた。
肩の荷が下りる思いで車から出たユーマは、シエルを待って鍵を開けた。
「帰ったけど、誰かいる?」
呼びかけた声に反応して真っ先に現れたのは、母のシェリィ。次いで、書斎で仕事をしていたらしい父グラウスト。兄のラルグは、この時間家にいないはずだ。
「お帰り、ユーマ。シエルも一緒か。夜ご飯までには時間もあるし、荷物を置いてくると良い」
「今日は、母さんが腕によりをかけて作るから楽しみにしてなさい。シエルちゃんも一緒に、ね?」
「それは良いけど、姉さんはどこにいるの……って、え?」
ユーマの姉ルルはようやく出てきた。出てきたのだが……ユーマの記憶と些か、いやかなり違っていた。
「……太った?」
「第一声がそれとは、いい度胸してるじゃないの。……まあ、ちょっと大きくなった感はあるけど」
「この四か月の間に何があったの?」
「んー、まあ、色々とストレスたまることがあって。ほんのちょーっとだけやけ食いしてたら……」
元々が凄まじいほどの美形なだけあって、壮大な体形になった今でも美人の方だが、あまりにもインパクトが大きい。
「痩せなよ。今すぐ」
「無茶言うなっての。それが出来たらやってるわよ」
「なら、ボクが無理矢理にでも痩せさせる」
「うっわ、その嬉しそうな顔は、何か良からぬことを考えてるわね!」
「まあまあ、良いじゃない。とりあえず、自分の部屋に行きなさい。いつまでも征服じゃあ、疲れるでしょ?」
ある意味邪悪とも取れる笑みを浮かべたユーマを宥めながら、シェリィが部屋へ連行した。
そしてその時、グラウストは気付いていた。シエルとユーマの間に、微妙な確執が生まれていることを。
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その後の夕食は終始和やかなムードで進んだ。兄のラルグは、軍での仕事でしばらく帰ってこないそうだが、それでも四か月ぶりの家族での食事は、ユーマに安堵を抱かせた。
そして食事後、グラウストはシエルを自分の部屋に呼んでいた。恐縮しながら椅子に座っているシエルに、早速話を切り出す。
「今回君を呼んだのは、ユーマについての話しを聞かせてもらいたいからだ」
「ユーマ様について、ですか?」
「ああ。もっと具体的に言おうか」
グラウストは少しだけ目を細めた。
「君は、ユーマに着いて行けるか?」
「そ、それは当たり前です! これでも、あたしはユーマ様のために命を掛けるくらいの覚悟はしています!」
思わず立ち上がったシエルと視線を交差させる。嘘はついていない。実際にユーマが殺されかければ、身代わりになる程度の覚悟は持っている。
だが、その覚悟は間違っている。
これからユーマと共に歩もうと言うなら、その覚悟の仕方では駄目だ。
「……誤解のある言い方だったな。確かに君の覚悟は本物だ。俺が言いたいことを伝えるために、少し話を変えようか。君ならば、わざわざ言わなくても分かっていると思うが、ユーマは、あの子は非常に不安定な存在だ」
「それは……」
思い当たる節はある。基本的に怒らない性格のユーマだが、唯一怒るシチュエーションがある。
仲間や、味方が傷つけられた時だ。
これはシエルの知る由ではないが、ユーマは前世の記憶から、他人に傷付けられる人の気持ちを敏感に感じ取ることが出来る。一度、世界そのものに絶望したユーマだからこそ、その辛さが分かる。
しかし、それとは裏腹に自分が傷つける場合は何も感じない。敵だと見なした物には、徹底的にドライになれる。
「俺が言うのもなんだが、ユーマは異常なまでの才能を持っている。故に周りからの刺激で、その才能を間違った道に使うこともあり得る。極端に言えば、世界を恐怖で支配する独裁者にも、逆に勇気と希望に満ちた英雄にもなれる」
「……そろそろ、教えてください。何が言いたいのか」
「もしも、もしもユーマが間違った道に進もうとすることがあれば――」
グラウストはその先の言葉を、絶対に言いたくなかった。シエルの方も、聞きたくはなかった。
「――殺してやってくれ」
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所変わって、『ゼロマウンテン』近くの小さな集落。
ルークは装備の最終確認をしていた。寒さを凌ぐための厚着は勿論、ありとあらゆる登山用装備。
「よし、装備はこれで完璧。後は……」
リュックを背負い立ち上がったルークは、眼と鼻の先にある極寒の山を目指し歩を進めた。
「俺の体力と根性が持つかどうか!」
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数十年前に、人がいなくなった村。辛うじて残っている民家の一つにその人影はあった。
二つある人影の内の一つが立ち上がり、言った。
「さて、この一ヶ月、忙しくなるよ」
「むさいおっさんに変態科学者になぞの男か。本当に転生者がいるのかよ。めんどくせえ」
「そう言うなよ。いずれやらなきゃいけないことだ」
「まあ、一人でも見つかれば上出来か」
もう片方の人影も立ち上がる。外に出て行った人影――ルートを追ってドアを開ける。
「さーて、最初の行き先は『グリードパーク』。世界最大の犯罪組織『グルーディ』の本拠地だけど、覚悟は良いかい? ハイド」
「誰に言ってる。首領タイラー、どれ程の奴か楽しみだぜ」
それぞれの思惑を抱えた、波乱の一ヶ月が幕を開けた。