夏休みの予定
「あなたが、生徒会長?」
訝しげに呟きながら、ユーマはそう言えばと思い出した。
――生徒会長が誰なのかってこと、一度も聞いた事がなかったな。
小耳に入れたことのある情報は、あくまで噂や人物像のようなものばかり。最も有名なものを挙げるとすれば、極度の方向音痴で一日の三分の一は迷子になっているだとか、実はすごい美少女らしいとか、反対に渋いおじさんではないのかとか。
憶測の無い勝手な情報ばかり飛び交うので、生徒会長の明確な情報を持っているのは学園内でもごく僅かなのだ。
そんな謎多き人物――ルートはニコッと笑うと、ユーマに言った。
「さっきの、ドラゴンの契約者に言っておいてくれ。使いこなせないような力は、無暗に使うもんじゃないってね。それと、ハイドにも言っておこう」
言い終えると、今度はハイドの方を向き、一言。
「今回のこと、根に持たないようにね。彼だって、悪気がある訳じゃあないんだし。いいかい?」
「……ああ、わかったよ」
どう見ても分かっていない表情と声色でそう返すと、ハイドは自分の風船を割った。立ち上がり、「興冷めだ」と言い残すと、ジキルに跨りどこかへ行ってしまった。
「あーあ、すねちゃったかな。ああ見えて、子供っぽいところあるからなー。あ、先生方はエルファ君に勝利報告をしてあげてください」
「そうだな。では、ユーマのことは頼もうか。何か、話したがっているようだしな」
メリッサたち教師陣は、二人を残すとその場から立ち去った。
一対一になり、先にユーマが口を開いた。
「いくつか質問をするよ。まず、ルークのあの攻撃を、どうやって防いだの?」
投げ掛けられた疑問に、ルートはこう返した。
「それは……そのうち分かるよ」
分かりやすくはぐらかした言葉に、恐らく答えないだろうと考えたユーマは、別のことを問うた。
「じゃあ次の質問。あなたはいろいろと謎が多すぎる。選挙にだって出ているはずなのに、顔すらも知られていないなんてあまりにもおかしい。このことを説明してくれ」
「簡単さ。それがボクのこの学園に入学する際の条件だからだ」
「条件だって?」
オウム返しの様に放たれた言葉に応え、ルートは説明をした。
「実をいうとボク、元奴隷なんだ。でも、ある時ひょんなことからテイマーになってね。で、このタクトが妙に強くて。すぐに、この学園から手紙が来た。でもさ、その当時のボクは、学園になんか通わなくても、軍に入れるぐらい強かったの」
ルートはいったん区切り、続けた。
「だから、学園には入りませんって言ってやった。どうしても入れたいなら、入学金授業料なくして、選挙なしで生徒会に入れるようにして、出席日数が足りなくても卒業させろって条件を付けた」
「……通ったの?」
ルートは事もなげに頷いた。
確かに、納得できないこともない。学園の収入源は、主に二つ。生徒たちの入学金や授業料と国からの支援金だ。この内、国から貰える支援金は、軍に引き抜かせるテイマーの質によって左右される。
強いテイマーを大量に排出できれば、その分金ももらえるというシステムだ。
そのため、有望な人材は是が非でも手に入れたい。学園の持つ思惑を、ルートは利用したのだ。
――だとしても、破格の条件過ぎだと思うけど。
ため息を吐き、ユーマはさらに質問した。
「最後の質問。あなた、転生者だよね?」
「それ、質問と言うより確認に聞こえるんだけど」
「答えなよ。はぐらかせると思わないでね」
ユーマに睨まれたルートは、困った顔になった。逃げることも可能だが、彼の目標を見据えると、それは良い判断とは言えない。
――さて、どう答えようかな。
しばらく思考した末、ルートは正直に告げた。
「そうだよ。ボクは転生者だ。君やハイドと同じようにね」
「なるほどね。ようやく見つかったよ。ボクたちの共通点が」
「それに気が付いたのなら、上出来かな」
そう言うと、ルートは踵を向けた。右手を振り、「あの氷の彫刻はそのままにしておいて」と言い残しどこかへ消えていった。
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「で、結局A組の勝利で終わっちまったな。良かったのか?」
「別にいいよ。それよりも重大な問題が出来たからね」
「それって、今やってることと関係があるのか?」
言いつつ、ルークは床にばらまかれた大量の名札に目を落とした。よく見ると、二つに分類されているようだが、何を基準に分けられているのかは、ルークに見当が付かない。
「生徒会会計、キラ・コークス。これは……こっちだ。次、ルークは、こっちだな」
「キラと俺は別なのか。ユーマとも別だし、シエルとは一緒か。カエル三兄弟は、カガミだけがユーマ側で、残り二人は違う方。何なんだこれ?」
「君には特に関係ないよ。それより聞きたいんだけど、シエルはどうしてた?」
ユーマが尋ねると、ルークが声を抑えて言った。
「ここだけの話な。めちゃくちゃ怒ってたぞ。お前の前じゃ表情に出さないだろうけど、半端じゃなく怒ってた」
「やっぱりね。まあ、覚悟はしてたけど。どうしようかな?」
「まあ、もうすぐ夏休みに入るし、その時に何かしてあげればいいだろ」
言われて気付いた。夏休みの予定を何も考えていなかったと。一応、全員帰省とのことらしいが、特にやることもない。
何しろ、学園には成人を迎えている生徒が大半を占めているので、宿題などあるはずもない。大人は働くなりなんなりをするのだろうが、ユーマはその必要がない。
「ルークは何か予定があるの?」
「ん、ああ。まあ、ちょっと、な」
「歯切れが悪いね。何?」
「えっと……山登りでもしようかなー、なんて」
「何処の山に」
ルークは半端じゃなく挙動不審な様子で答えた。
「ゼ、ゼロフォレスト、だけど」
「馬鹿なの? 死ぬよ? 捜索隊なんか出さないよ?」
ユーマの言うとおり、馬鹿げた事だ。そんなことは分かっている。
「それでも、いつかはやらなきゃいけないんだ。もう、逃げてばかりじゃいられないんだよ」
「十中八九死ぬよ? ゼロフォレストって言ったら、世界でも五本の指に入る超危険地帯だ。一流の登山家でも生還率は十パーセント前後。死ににいくようなものだ」
「……何か、意外だな」
「は?」
「そんなに心配してくれるとは思わなかった。結構、やさしいとこあるよな、お前」
「それ以上言ったら、のた打ち回らせるよ」
ユーマはポケットからスタンガンを取り出し、ルークに向けた。
「っちょ、待て! シエルが失神する電圧だろそれ!? 死んじまうよ!」
「なら、今の言葉を撤回しなよ」
「ちょっと褒めただけだろー!?」
そんなこんなで、王立テイマー学園は夏休みを迎えた。
次話より夏休み編スタート!