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救うため

 辺りが完全な暗闇に包まれた丑三つ時、ユーマは学校全体の見取り図と睨みあっていた。

 音楽室での一件から一ヶ月と半月が経ったが、未だ次の謎を暴くことは出来ていない。残るは四つだけで、アレンはシエルとルークと手分けをして解明に努めようと提案したのだが、これが上手くいかない。

 校舎の二階にある、醜い化け物を写す恐怖の鏡と、存在しない学園長室を担当したのはユーマ。

 五年ほど前に、廃部となった図書部の部室から度々消失する本に当たっているのがシエル。

 そして、保健室に現れる死者の亡霊の解明に励むのが、ルークだ。

 決定直前まで文句を言っていたルークを何とか説得し、それぞれが取り組んだのは良いものの、これまでのように上手くは行かない。操作はかなり難航していた。

 

「存在しない学園長室の謎……何処かに隠されているのは間違いない。問題は、どこにあるのかだけど……」


 アレンはもう何度呟いたかもしれない言葉を反復し、思考を巡らせた。

 王立テイマー学園、学園長――グラウド・シュバルツ。御年九十九歳にして、並の国家テイマー数十人分の力と同等と言う『生ける怪物』である。使役しているタクト、容姿、出身地などあらゆる情報が非公開となっているが、存在しているという事は明らかだ。

 普段は学園のどこかにあると言われる「学園長室」に籠っているが、ごく稀に、十数年に一度ほどの割合で姿を目にする生徒が現れている。では、学園長室は一体何処にあるのか、というのが七不思議の一つとなっている。

 まず、地上には存在しない。これは、シュラが学園中を飛び回り調べたことなので、疑いようもない。ならば地下にでも存在しているのか、と言うとそれもあり得ない。

 学園には当然ながら、様々な種類のタクトがいる。そしてその中には、カエル三兄弟の一人が所持しているモグラ型のように、主に地下で生活している個体もいるのだ。地下にあるのだとすれば、誰かのタクトがうっかり見つけだす、という事件があるはずだからだ。

 残るは空だが、これも地上と同様、シュラが探し回ったので、ないはず。

 ――見つけ出すには、発想を飛躍させる必要がある。

 と、ユーマはふいに耳に入ったルークのいびきに意識を向けた。


「全く、呑気なもんだね。あっちは保健室の亡霊だったか。……そういえば、あれと真実の鏡には関連性があったんだっけ」


 化け物を写す鏡は、人の心を写す、などという噂から、いつからか真実の鏡と呼ばれるようになった。ユーマもその化け物を目撃し、シュラの力で正体を暴こうとしたのだが、結局成果は得られなかった。

 しかし、その後も調査を続け、ルークの言葉も合わせることで、一つの真実が浮かび上がってきたのだ。

 鏡に化け物が映る日と、保健室に亡霊が現れる日は一度たりとも重なっていない。加えて、二つの現象はどちらも人に恐怖を与えるものを見せる、などと似ている部分が多い。

 ここから、ユーマはこの二つの謎を引き起こしている犯人は同一なのでは、との答えに至った。最も、確信は持てないのだが。

 

「あと、シエルがやってくれてる図書部室の問題は、もう少しで解決するとか言ってたな」


 図書部とは、十年くらい前に人員不足から無くなってしまった過去の部活だ。部室には、様々な分野の本が眠っており、その中にはとても貴重な代物もあるため、厳重な警備が敷かれている。具体的には、教師陣のタクトを日替わりで見張りに就かせる、という具合である。猫一匹ですら入る余地はない。

 ……はずなのだが、その目を掻い潜り、本を奪い律儀にも一週間後にはその本を返しに来る輩がいる。

 ――まあ、こっちの犯人は何となく調べがついてるらしいけど……。

 シエルが目星を付けたのは、二年生のエリック・シュタインという生徒だ。驚くべきことに、生徒会役員の一人らしい。

 本好きで有名で、校舎の三階には図書室があるのだが、エリックはそこの書籍を全て読みつくしたという。よく言えば本の虫、悪く言えば、


「変態、だよね。あそこには一万冊ぐらいの本があるはずだけど」

 

 物理的に読めるのが可能か怪しいとこだが、そこまでの変態なら疑いを掛けるには十分すぎる。『times』七月号発行まで時間がないため、いま集中すべきはこの謎かもしれない。

 何にしても、早く謎を解くに越したことはない。先にヘレンに情報を渡しておけば、エルファに邪魔されることもないのだから。八月の夏休み前には全て解いておくのが、理想だ。

 ――張り込むなら、三日後。丁度犯人が本を返しに来る日だ。




  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 



 

「…………で、何で俺を巻き込むんだ」

「これも、立派な風紀委員会の仕事のはずですが?」

「諦めた方がいいですよ、先輩。こいつが言い出したら誰も止められないし」

「ようやく僕と言う人間を理解し始めたね、ルーク。その通りさ」

「威張ることじゃねえだろ!」

「ルークさん。大きい声出さないで下さいよ」

「マジでお前ら何なんだよ……」


 薄暗い部室で、盛大にため息を吐いたのは、学園の風紀委員長ゲイツだ。学園の備品を盗む輩を放っておいていいのか、と上手い具合に言いくるめられてここに居るが、冷静になればおかしい。

 腕時計を見れば、長い針は十一を、短い針は九を指している。


「おもっきし真夜中じゃねえか! 風紀委員長の前で堂々と拘束破るって、どんな神経してんだよ!」

「うるさいよ。君が昼寝している間に、校内の喧嘩を一つ止めてあげたんだから、貸しを返してもいいはずだよ」

「ぬっ……それを言われるとだなあ……」

「ていうか、今日の見張り役のライジ先生に一服盛った時点で、共犯でしょ」 

  

 正論で返され、ゲイツは押し黙った。仕方が無い。ここまで来たら、この子供たちに最後まで付き合うしかない。そう腹をくくると、萎れたリーゼントを直しながら気付いたように呟いた。


「そういや、そろそろ今日が終わるぜ。ホントに返しに来るのか?」

「来るはずだよ。本の虫って言うのは、その習性として借りた本は必ず返しに来るという物がある。返さないと、気持ち悪いんだよ。だから、のこり十五分の内に来るはずさ。怪盗のようにね」


 と、その時。 

 夜目が効くシエルがあることに気付いた。


「何か……光ってる?」


 ワイヤーのような糸が、何処から入ってきたのか部室に一本だけ垂れ下がっている。シエルですら、よく注意してみなければ分からないように細いが、その先端は――

 

「っ! ルークさん、先に謝っておきます!」

「ちょ、ええっ!?」


 シエルはルークを糸の先端――一冊の本の上へ投げ飛ばした。本の上に、覆いかぶさるようにうつ伏せになったルークは、次の瞬間己の身に起きている現象にたじろいだ。


 ――俺、空飛んでる!?


 ガラスを派手に割り、ルークは夜空へ身をさらすことになってしまった。

 ユーマの行動は素早かった。すぐさまシュラに乗り、窓から ルークを追う。《ホークアイ》でルークの体の下に本があることを確かめると、叫ぶ。


「ルーク! 絶対落ちるな! 行き着く先に犯人がいるはずだ!」

「……いや……無理……」


 ルークは力なく手を離した。どうやら、さっきガラスに突っ込んだせいで、色んなところを切ってしまっているようだった。ルークの血の雫が、中空に舞う。

 グラウンドに向かって一直線に落下していくルークを、遅れてやってきたゲイツのインコが受け止めた。さらに、ルークと入れ違いになるようにシエルが跳躍。糸に捕まった。


「おいユーマ! こっちのガキは大丈夫だ! ちょっと貧血起こしてるだけで、命がどうこうにはならねえ!」

「それは良かった。……あれは?」


 ゲイツの声を聞いたユーマは、ある光景を目にした。

 何かの影が一瞬横切り、犯人へとつながる糸が切断されていたのだ。

 万有引力の法則に従い、落ちていくシエル。ゲイツが話している間にも、糸は巻き取られているか何かしていたので、ルークのように受け止めることは不可能。

 十メートルは有るだろうか。落ちれば、如何にブランケット一族とて無事では済まない。

 シュラのスピードなら、助けることは可能だ。しかし、そうすれば糸を追うのは諦めなければならない。

 シエルを救うか、犯人を追うか。この二者択一は、飛鳥悠馬の思想ならば、犯人を追う方を選択するだろう。


 しかし。


 ユーマ・ヴォルデモートなら、どうだろうか。犯人を追いたいのは勿論だが、シエルを見捨てるのは――嫌だ。まるで駄々をこねる子供だが、一つに絞るなんてことは出来ない。

 ――全く、平和ボケしているのはどっちだか。

 こっちに比べれば、ずっと平和な世界で暮らした飛鳥悠馬の方が、何かと物騒な境遇で暮らしたユーマ・ヴォルデモートよりもずっとドライだ。

 いつからこうなったのかは知らない。それでも――


 ――この二者択一。ボクの答えは一つだ。


「……シエルを助けて、犯人も補足する……!!」


 必要なのは、スピード。他を寄せ付けない、圧倒的なスピード。自分に降りかかる衝撃とか、そんなことはどうでもいい……!

 ――『シエルを救うため』に……もっともっと早く飛べ、シュラ!

 その瞬間、ユーマの「心」に反応し、シュラは言った。


「スペシャルスキル《オーバークロック》が解放された。どうする、主よ?」

「何でもいい……それでこの状況を打開できるなら、やってくれ。《オーバークロック》発動」


 ユーマの眼に映る世界が、ユーマとシュラを除いた世界が、急速に活動を遅めた。ユーマの体から、時が過ぎるたびに何かが根こそぎ持っていかれ、酷い疲れが被さってきたが、無視してシエルを救出。

 ゆっくり、ゆっくりと短くなっていく糸を見据え、シュラに全速力で飛ぶよう命じる。何も言わず、糸のもう一方の先端をめざし滑空すると、瞬く間に犯人の立つ樹木へ着いた。

 

「……《オーバークロック》解除」


 再び、世界が元の速さで廻りだした。一連の事件の犯人――エリック・シュタインが驚愕した眼で空のユーマを見上げた。当然だろう。いつの間にか、目の前に人と巨大な鷹が居るのだから。それは、シエルも同じだろうが。


「見つけたよ」 

「見つけたぞ」


 重なった同音行くの声の主に、ユーマは面倒な奴が来た、という視線で睨んだ。

 

「ずっと後を付けてたのかい? まるでストーカーだ」

「男を尾行しても何にもならんだろう。ま、後を付けていたことを否定はしないし、いきなり捕捉不能なほど速くなったのには驚いたがな」


 エルファがそう返したところで、ようやくゲイツが三人の元へたどり着いた。そして、予期していなかったことに眠っているはずのライジまでもが後ろに着いて来ていた。


「やあやあ君たち。揃いも揃って何だ? これは。如何に薬を盛られたってね、あんだけうるさくガラスが割れれば起きるぞ。そういや少し前にもガラス割ったことあるよな? まあ、事情は分からん事もないが、ゲイツ君。風紀委員長が悪乗りしちゃだめだぞー。あと、エリック。お前生徒会役員なんだから、こんなことするなよ。とりあえず、全員何らかの処分は下ると思うから、以上」


 一息にそれだけ言い、ライジは去って行った。

 変な空気を紛らわすため、ゲイツがせき払いを一つし、言った。


「えーと、エリック・シュタイン。一応風紀委員として話は聞かせてもらう。それで、その情報はどっちに渡せばいい?」

「エルファでいいよ。ボクはいろいろと萎えた。一つ、貸しだからね」

「は? ちょっと待て、良いのか?」

「いらないの?」

「いや、そういう訳じゃ。だが……」

「じゃあ、交換だ」


 ユーマは指を一本立てると、戸惑うエルファに告げた。


「一か月後、夏休み前の最後のイベント。一年生による水上戦想定訓練、ルールは基本四月の模擬戦と同じだから、同盟を組んでほしい。それで貸し借りは無しだ」


 ゲイツのインコの上で寝ているルークを引き取り、ユーマは寮へ戻った。

 二度もガラスを割ってしまったので、恐らく、これから停学だったり外出禁止の罰が下るだろう。その間に、考えなければならない。

 C組、もといハイド・ライオネルを打ちのめすための策を。

 

 ――あの糸を切ったのは、四足歩行の獣型タクトだった。ボクたちの行動を邪魔する奴なんて一人しかいない。


「ハイド・ライオネル……覚悟しなよ」

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