解明
ようやく書けた……遅くなってすいません。
「……調子に乗ったことしてくれるね」
シエルからの報告を聞いたユーマは、不機嫌そうに呟いた。
ハイド・ライオネル。彼の存在を忘れていたわけではない。しかし、こうも唐突に行動してくるとは思いもしなかった。さらに、気になるのは「既に動き出している」という言葉。
水面下で何かをしているのは、ほぼ間違いない。それが何か、を知るには情報が不足しているが。
「仕方ないね。疲れるけど、一先ずボクがシュラと見張っておくとして……」
始業を知らせるチャイムが鳴るのに合わせ、ユーマは呟いた。
「授業に集中するとしよう」
当然ながら、ユーマにとって授業は退屈なものだ。何しろ、教科書の内容を全て暗記してしまっているのだから。おかげで、教師の話なんかそっちのけで七不思議の解明に臨めるのだが。
――誰もいない音楽室からのピアノの音。
過去に、ユーマやエルファと同じように、謎を暴こうとした生徒がいたらしい。その生徒は音楽室の前で身を潜め、ピアノの音を待っていた。
しかし、その生徒は奇妙な現象を目撃することになる。誰もいないはずなのに、突然開いたのだ。音楽室のドアが。直後にピアノの演奏が聞こえ、生徒は急いで音楽室へ入った。
誰もいなかった。
ピアノが使われた形跡は確かにあったが、音楽室には誰もいなかったのだ。何処を探しても、音楽室にはネズミ匹もいなかった。
あれは透明人間か、幽霊の仕業だ。その生徒は、そう言い残し学園から姿を消した。
――どこまで本当かは分からないけど、これがタクトの力によるものなら、シュラの力で解明できるはずだ。
右の視界の変化を待つこと数時間。果たして、その瞬間は訪れた。
「主よ、扉が開いた。確かに、誰もいないぞ」
「そうだね。よし、音が聞こえたら突入だ。シュラ」
《ホークアイ》では、聴覚の共有までは出来ない。しかし、シュラが聞いたものを、シュラ自身が伝えることは、当然ながら可能だ。
数分後、音がしたことをシュラから聞いたユーマは、教室を飛び出した。
「ユーマ君!? どこ行くんだ! 授業放棄か!?」
すかさず、ライジから怒号が飛んでくるが関係ない。ユーマは滑るようにして階段を駆け下り、音楽室の扉を開けた。
《ホークアイ》を解除し、室内を見渡す。なるほど、たしかにもぬけの殻だ。
「エルファが来ないうちに、さっさと済ませよう。シュラ、この部屋にいるタクトを見つけ出して」
「了解だ。行くぞ」
ユーマの体に、何かが抜けるような感覚が襲った。強力なスキルを使った際の副作用だが、やはり慣れない。シュラはしばらくじっとしていたが、突如羽を羽ばたくと窓際の辺りへ一直線に飛んだ。
爪を剥き、獲物を狩るように空中を攻撃したかのように見えたが、違った。何者かが反撃をしてきた。鞭のようなもので叩かれたシュラは、後方へ下がりユーマの指示を仰いだ。
瞬時に姿を消している何かを足止めする作戦を考え、伝える。
「この部屋全体に《フェザートラップ》をばら撒くんだ」
シュラは高く飛ぶと、翼を大きく震わせ踏む足場もないほどに羽を舞わせた。
これで、動くことすら不可能の檻が出来上がった。ユーマが口を開く。
「最初に言っておくけど、君が一歩でも踏み出せば誘爆によってこの階を吹き飛ばすことぐらいはできるようになってる。ここに居るあなたが賢明なら、姿を見せてほしいな」
沈黙が降り立ったが、やがて諦めたのか一つの溜息が聞こえた。
「やれやれ」という呟きと共に現れた姿に、ユーマは驚き目を微かに見開いた。
「あなたは……」
「全く、小さいころから生意気な坊主だと思っていたが……ものの見事に憎たらしく育ったな。ユーマ・ヴォルデモートよ」
「こんな所で、人知れずピアノを弾く趣味があったとはね……メリッサ先生」
そう。誰もいない音楽室から聞こえるピアノの音。その正体は一年生学年主任にして四大貴族の一角ヴァグフール家の愛娘――メリッサ・ヴァグフールだったのだ。
メリッサは戸惑いながら言った。
「メリッサ先生、か。社会勉強のつもりで教師になったは良いものの、やはりあれだな。何かこう……来るものがある」
「とりあえず、姿を消していたトリックは、そのカメレオンに関係があるのかな?」
ユーマはメリッサの黒髪に乗っかっているカメレオンを凝視した。ついでに、頭にカメレオンを乗せて何とも思っていない彼女に何かを感じながら。
メリッサがカメレオンを手に乗せ、頷く。
「ご名答だ。《ステルス》と言ってな。触れている物体を透明化させる、くーちゃんの得意技だ」
「くーちゃん? まさか、そのカメレオンの名前かい?」
「……そうだが、何か問題があるか? 可愛いだろう」
ユーマは少し思考し「いや、何も」と短く答えた。
価値観なんて人それぞれ。そう思い込み、心の奥底に流すことにした。
「で、話題を戻すけど、何でこそこそピアノなんて弾いてたの?」
「そうだな。あまり知られたくなかった、というところだな」
「知られたくなかった?」
「そうだ。何かを争う際、どうしても男と女とでは男が贔屓目に見られてしまうだろう。だからこそ、あたしは負けないようにやってきた。そして、あたしは勝った。あのクソ兄貴どもに。だが、そのせいでどうにも荒い性分になってしまってな。一時期は、自分が女であることを忘れる程だった」
メリッサはそこで一度切り、ピアノへ近づいた。フェザートラップは、既に解除されている。
「女でも勝てるという事を証明する。それがあたしの闘う理由であり、ピアノはあたしが女であるという誇りと肉体を繋ぎとめる物なんだ」
「割と、女の子らしいところもあるんだね。びっくりだ。仰天した」
「悪かったな。とにかく、そういう女々しいところをあまり知られたくなかった、ということだ。分かったか?」
ユーマは無言で頷き、「これ、広めてもいいの?」と疑問をぶつけた。
「構わない。馬鹿にするような奴らは力でねじ伏せるまでだからな。所で……」
メリッサは急に声を潜めた。あまり、聞かれたくない事なのだろうと察し、ユーマは近づいた。
「お前の担任、ライジはどうだ?」
「別に、掴みにくいことはあるけど、特には……」
「なら良いが……念のため気を付けろ。奴には何かありそうだ。女の勘だがな」
「……覚えておくよ」
そう言い、去ろうとしたユーマを引き留めると、メリッサは今度は外にも聞こえるような声で言った。
「最後に一つ。職員トイレへ行ってみろ。七不思議関係の物が……分かるかもしれないぞ」
「は? いきなりどうし……」
直後、外で廊下を駆ける音がした。
――エルファだ。
それに気付くと同時に、メリッサがクスクスと笑っているのが分かった。
「やってくれたね……シュラ!」
また一回り大きくなったようなシュラへ乗り、ユーマは一階の職員トイレへ急いだ。エルファに先陣を切られたが、スピード勝負ならばこちらに分がある。
階段を下りていくペガサスとエルファの背中を捉え、追いついた。
「何処から聞いてたんだい?」
「最後の部分だけだ。だが、こっちは俺が取る」
「やれるものなら、やってみなよ」
ユーマは威力を抑えた《フェザーボム》を繰りだした。
「なっ、お前!」
「お先に失礼するよ」
スピードをさらに上げ、職員男子トイレへ入り込む。生徒の使用は原則認められていないが、お構いなしだ。
七不思議の一つ。男子トイレから聞こえるすすり泣く声。今朝の事件で諦めていたが、まさか解明できるとは。
月に一度、決まった日に聞こえるそれは、確かにユーマの耳に入ってきた。一番奥の個室に近付き、ノックをする。
「……誰だ……?」
地獄の底から響くような低い声で、尋ねてきた。ユーマはシュラに鍵を破壊させ、中を覗き込んだ。遅れてきたエルファも、覗き込む。
「え?」
二人の声が重なった。
「……君たちは……一年生の生徒ですね。何ですか、私の髪が生えないことがそんなに可笑しいですか。そうなんでしょう、私を笑いにきたんでしょう!?」
そこにいたのは、あの入学式で生徒たちからの信用を極端に落とした、あの二人の教師のうちの一人だった。
「知ってますよ! 生徒が月に一度、育毛に失敗し一人涙する私を七不思議のネタにしてるってことくらい! 別にいいでしょうが! おっさんが泣いたって!」
その教師は最後に叫んだ。
「禿げてるのだって個性だろうがあああ!!」
全速力で走って行った男に呆然としながら、エルファが呟いた。
「……公然の秘密ってやつ、なのか……?」
「多分、先輩や先生はみんな知ってるだろうね」
「なあ」
「多分、ボクも同じこと言おうとしてるよ」
「……戻ろうか」