介入者
新聞部より発行されている月刊誌、「times」。月の初めの一週間中に発行され、一冊の値段は三百グフ。ページ数は百前後、値段は少々高めだが、それでも毎月百部は売れているため、生徒たちの主な情報収入源となっている。
ユーマとエルファが始めた七不思議争奪戦。二人と部長ヘレンの話し合いにより、解明した謎は毎月のtimesで特集を組まれるようになった。五月号から選挙開始の十二月号までの七号で一つずつ特集を組んでいくと言う調子だ。
どちらが謎を解いたのか、などに加えて、新聞部が独自に調査した生徒会役員候補者の支持率を掲載することで、今期の役員選挙は歴代でも類を見ないほどに大規模なものへなろうとしていた。
そして、五月に入り間もないこの日。夜な夜な響く狂ったような笑い声、についての記事が書かれたtimesが発行された。
長らく解明されていなかった七不思議が解明されたこと、さらに年に一度の大イベント、役員選挙が深く関わっていることもあり、今月のtimesはいつも以上に売れた。今ごろ、ヘレンが金の鳴る木が出来たと喜んでいることだろう。
ユーマは記事を読み終えると、昨夜のことで説教を受けた(主に割ったガラスについて)ためにへこんでいるルークへ投げ渡して、机に肘を付いた。顔を上げ、じっくり数分掛けて呼んだルークが口を開いた。
「あの犯人……風紀委員長のゲイツ・シャヌルだったのか。風紀委員ってあれだよな? 素行の悪い生徒を注意するってやつ」
「実際には、委員会ではないね。風紀委員自体、彼一人だけだから。活動内容はその通りだけど、暴力を使った制裁は認められていないはずだ。でも、彼はその決まりを破りすぎたためにもう何年も留年しているらしい」
「留年? この学校そんな制度あんのかよ」
「あるさ。学園からすれば、それだけ借金が増えるからいい金ずるになる。良いのか悪いのかは分からないけど。今回の事件は、彼が秘密裏にやっていた違法制裁の一つってところだろうね」
それが何年もの間露見された事には、当然理由がある。
襲撃時のトリックだ。ゲイツは自分のインコ型タクトの能力、無限の声域と言語を駆使し、人の注意を散漫にさせる声――あの笑い声を起こさせた。何事かと驚いている間に、闇にまぎれて襲いかかり、意識を奪うと言った寸法だ。
timesによれば、このことを受け、学園は夜間の間校舎を見回る、警備員を雇う事を検討することにしたらしい。全くもって、人騒がせな風紀委員長だ。
腕を頭に回したルークが、つまらなそうに呟いた。
「蓋を開けてみれば、案外くだらない事だったな。で、次はどうするんだ?」
「ああ。もう始めてるよ。カエル三兄弟の……次男、だったかな? 彼に頼んである」
「エイルだっけ。あいつのタクトは、ウサギだったか。てことは……」
ユーマは頬を吊り上げ、静かに言った。
「二つ目は……誰もいないはずの音楽室から聞こえるピアノの音。今日は音楽の授業、と言うか音楽室を使う予定すらないから、もしもピアノの音が聞こえればビンゴだろうね」
その時だった。今回の作戦で重要になるエイルが、ユーマの下へ来て、震える声で告げた。
「おい大将! ヤバいぜ……ピットが誰かにやられた!」
ほぼ同時刻、屋上。年は十九辺りの男子生徒が、コンクリートに寝ているウサギを見ながら、佇んでいた。
紫色の髪を風に揺らし、金色の瞳を持参していたtimesに向けると、その青年は呟いた。
「学園七不思議の解明……ま、着眼点は悪くない。だが、一つ大事なことを忘れているな」
と、そこまで言ったところで、屋上のただ一つのドアが開いた。青年は視線をそこへ向かせ、入ってきた物の姿を目にした。
屋上へ足を踏み入れた者――シエルは強く睨みつけると、口を開いた。
「どうぞ、続けてください。何を忘れているんですか」
「……何。役員候補は、お前たち二人だけではない、ということさ」
「その言い草。あなたは、ハイド・ライオネルですか?」
青年は静かに「ご名答」と返した。
ハイド・ライオネルと言えば、ユーマ、エルファと同じ三人目の生徒会役員候補。この一ヶ月、何のアクションも起こしていなかったが、まさかこんな場所で出会うとは。
ハイドが聞き返してくる。
「お前は……ユーマ・ヴォルデモートの奴隷だったか。お前たちのことに付いては、色々と調べさせてもらった。推測するに、お前がここに居る理由は、もしもの時のための見張りといったところだな」
「そうですよ。そして、見つけてしまった以上、あなたを逃すわけにはいきません」
「どうする気だ? 実力行使、は止めておいた方がいいぞ。もうじき、今話題の風紀委員長が飛んでくるだろうからな」
ハイドの言葉の直後、申し合わせたかのようにもう一人屋上に入ってきた。
金髪をリーゼントで固め、何故か学ランを着込んでいる生徒だ。彼が、風紀委員長のゲイツであることは明白であった。
「おいコラてめえら! 学園内での喧嘩は慎め! 特にそこの紫、理由はどうあれ他人のタクトを傷つけやがったのは感心しねえな。弁解はなんかあるか?」
「全く、どこから見ているのやら。油断なりませんね、先輩。とりあえず、厳重注意ってことで、見逃してもらえません?」
「ふーむ。そうだな……まあいい。とりあえず、先生たちには伝えとくが、次やったら俺が暴力で解決するからな」
「怖いなあ。以後気を付けますって」
ゲイツはしばらく黙っていたが、これ以上話しても無駄だと考えたのか、去って行った。ハイドが安堵したように言った。
「行ってくれたか。さて、一難去った所で、俺も行くとしよう。ああ、そうだ。二つ伝言を頼もうか」
「伝言……何ですか」
頷いたハイドは、一足指を立て、続けた。
「まず一つ目、このウサギの契約者に済まなかったと伝えといてくれ。そして二つ目は……」
中指を人差し指に並べ、歩き出したハイドはすれ違いざまに伝えた。
「俺は俺なりに動き出している。お前らがやってる七不思議争奪戦を引っ掻き回すつもりだから、痛い目見ないうちに引っ込んでろ、ガキが。ってユーマ・ヴォルデモートに忠告しといて」
瞬間、シエルは言いようのないプレッシャーに気圧された。同時に、その身に流れる血が感じ取った。
――この人……ユーマ様より、強い。
成長力などを加味すれば、あるいはユーマの方が上かも知れない。それでも、現段階で衝突すれば、間違いなくユーマが負ける。
生まれて初めて感じ取った。これこそが、この感覚こそが――
「圧倒的な力量差による……絶望」
シエルは力なくその場に座り込んだ。