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≪8≫

もし


待って下さっている方がいるのであれば



またもお待たせして すみません






とりあえず


どんなに更新が遅くとも

相当なことがない限り 更新はやめません





できる限り頑張ります





では


もし良ければ

ご覧下さいませ

 痛い……。

 頭がガンガンする。


 私、殴られて? 気絶、したのかな……?

 ゆっくりと目を開けて辺りを見渡す、けれど真っ暗でよく分からない。体制はうつぶせ状態。動こうとしても、手足が言うことを効かない。縛られてる。それに、殴られた部分の痛みで動く気力もない……。


 ここはどこかな?

 キーンコーンカーン……。

 少し遠くでチャイムが聞こえる。遠くって、ここは学校じゃないのかな。それともスピーカーのない部屋? 今のチャイムは、1時間目始まりのチャイム? 終わりの? それとも2時間目? 3時間目?

 わからない。


 これは、渚君ファンからのいじめだろうか? さっき、私に挨拶してきた娘は渚君ファンの娘だった。多分……、いや、絶対、その娘と私を殴った人はグルだろう。


 なんだって、私がこんな目に合うの?


「ん……?」


 気絶してボヤけていた頭がはっきりしてきた。それで気付いたけど、なんか体濡れてる……? 水でもかけられた?

 って、あ、あれ……!?

 服、服は……? 制服は……!?


 ちょ、ちょっと待って……。まさか。

 少しづつ目は肥えて来てる。だけど、まだ良くは見えない。


 ちょっと、冗談じゃないよ。まさか、まさか……っ。


 ──気付いた時には怒ってた。こんな理不尽ないじめにあって。高校生にもなってこんな幼稚なことされて。だけど、時間が経つにつれて、それは不安へと変わって行く。


 必死になって目を凝らしてた。そして、足の辺りを見たとき、妙なことに気が付いた。


「え、ちょっと……」


 受け取る相手もいないのに表に出した言葉は、闇の中に飲まれていく。


「まさか、これ……」


 最初は、いじめで良く聞く、脱がされて云々かと思った。だけど、これは、それどころの話じゃない……っ。


「ちょっと、冗談じゃない」


 さっきの『冗談じゃない』とは意味が違う。


「ねぇ、冗談でしょ……?」


 受け取ってくれる相手もいないのに、私は敢えて声をあげた。助けを求めて声をあげた。


「ねぇ、やだ。ねぇ……っ」


 目は肥えては来てるけど、こんな暗闇の中ではっきりと見える訳はない。よくは、見えないけれど、これは間違いない。足が言うこと効かない感覚も、よく感じると足首にある紐のせいだけではない。足全体が、思う様に動かせない。足と足がくっついてるかの様な……。


 間違いない。

 これは、足が魚に。いや。

 私が、人魚になってる。


 嘘……っ!

 なんで? 濡れたから……?

 私はやっぱり、人魚なの? 人間じゃないの……?


 不安──、なんてものじゃない。恐怖にも似た様な物が私を襲う。さっきの娘達、私を殴った娘達は見たんだろうか。こんな風に…なった、人魚になった私を……。


 助けて……。


 聖亜なら、無断私が休むなんてことはないし、変だって思ってくれる?

 渚君なら、私が居なかったら探してくれる?


「ねぇ……、誰か」


 弱々しく発した声は、ただ闇に飲まれていく。


「誰か、助けて……」


 ここは、どこなんだろう。学校の中なのかもわかんない。ちょっと動くと、どっかこっか何かに当たる。物置みたいた感じかな。だけど真っ暗で、目は肥えてきたけど、何かあるのはわかっても何があるのかはわからない。

 どうにか、起き上がれないかな……?


「よっと」


 ふぅ。起き上がれた。固い床にうつぶせは、少しキツかった。


 一息ついて、もう1度辺りを見回す。視点が高くなったおかげで、さっきよりは視界が広がった。

 なんだかはわからないけれど、背中にはよしかかることの出来る何か。肌触りで、段ボールかな? その他にも、積み上げられた段ボールの様なもの。その向こうには棚? 見上げると、天井は低く感じる。やっぱり、どこかの物置なのかな。


 一通り観察を終えて、視線は私自身に向く。目に入るのは、一番見たくない足。魚の尾になった足。

 マジマジと見て、視線を逸らす。深い溜め息。溜め息のせいで、その場が静まり反った様な気がした。静寂が押し寄せる。


 人間ではない私の、孤独感の様に静寂が襲ってくる。


 早く、誰か私がいないことに気付いてよ。


 って言っても、無理だろうな。私、一匹狼で、ひねくれてるから友だちいないし。そもそも、友だち作ろうとすらあんまりしないし。こういう時に、駆け付けてくれる人なんていない。


 いや、聖亜、渚君。

 2人なら来てくれる? 見付けてくれる?


「誰か、見つけてよ……」


 敢えて、言葉に出してみた希望。それにより、一つ気がついた。ハッとした。


 ちょっと待って。こんな姿を、こんな『人魚』なんかになってしまっている姿を、あの話知ってる人以外に見られたら……、どうなる?


「嫌……っ」


 思わず、声に出た。全身鳥肌が立つ。寒気、恐怖、不安。いろんなものが爆発した。


 他の人に見られたらなんて、想像しただけで、それはもう大変な事態に……。


 怖い……。


 これ、確か乾かすと元に戻るんだっけ。でも、こんな閉めきった空間でそう簡単に乾く訳もないし。


 怖い。


 凄く怖い。他の人になんて見られたくない。


 あ。駄目だ……。泣きそう。


「誰か、助けて……」


 怖い。どうしようもなく怖い。


「ねぇ、誰か……っ」


 ──誰か……?

 違う。『誰か』じゃない……っ。


「聖亜、渚君……」


 思わず口から溢れた2人の名前は、ただ闇に飲まれて行く。2人の名前を呟いた途端、私の頬を一筋の涙が伝っていった。


 駄目だ。もう、堪えられない。


 今まで抑えていた涙が一気に溢れ出した。あとはもう止どまることを知らずに溢れ続ける。頬を伝い、胸元に落ち、足へと流れて行く。


「助けて。渚君、聖亜……」


 もう嫌だよ。どうして私がこんな目に合うの? 怖い、怖いよぉ……っ。

 いじめにしても、人魚になってしまうことに関しても、私何もしてないのに。何も悪くないのに。


「助けて。ねぇ……、助けて」


 受け取ってくれる人もいないのに、口に出す。真っ暗で無音の中、頭の中だけでこんなことを考え込んでいたら壊れそうだ。自分の声でもいいから音が欲しい。


 でも、もう大分限界。

 ここはどこ? なんで私がこんな目に合うの? あの娘達は、殴ってきた娘達はこの姿を見た?


 もうやだ。

 やだよ。

 助けて、助けて……っ!


 声が届く。そんなことは考えてもいないけど。それでも、声に出さずにはいられなかった。叫ばずにはいられなかった。いつも、私を気にかけてくれている2人に。SOS。


「助けて……。、助けてっ!

 な、渚君っ、聖亜ーっ!」


「明日菜っ」

「明日菜ちゃんっ」


 ……え……?


 私が思わず叫んだ瞬間、勢い良く戸が開く音が響き、私の回りを光が包んだ。そして、私を呼ぶ2人の男の声。いや。2人の男、なんて言わなくても。

 今まで真っ暗だったのに急に明るくなったせいもあり、逆光のせいもあり、涙目のせいもあり。2人の男の姿はシルエットとしてしか捕らえることができない。だけど、この2人は……っ!


「大丈夫か!? おま……、なんでんな格好にっ」

「明日菜ちゃ〜んっ! 大丈夫!?」


 そう。


「渚君、聖亜ぁ……っ」


 もう、何も考えれなくて。ただただホッとするばかりで。安堵するばかりで。

 私はただ、しがみつくかの様に、2人の胸に飛び込んだ。




「お前、なんで人魚になってんだ……?」

「わかんない。目が覚めたら、体濡れてて……、良く見たら人魚に……」


 私は、なかなか止まらない涙を必死に拭いながら答える。そんな私の頭を聖亜は軽く撫でる。それからボソッと言う。


「こりゃ、体乾くまで身動き取れねぇな」


 確かに。いつになったら、乾くかな……。

 そういえば。


「ねぇ、ここ何処……? なんでわかったの?」

「ここ? ここねぇ、南階段下の地下物置だよ。でね、僕は明日菜ちゃんの気配追って辿り着いたんだけど。

 なんでこんなことに……っ」

「俺派と天原派の奴らの仕業」

「──は?」


 渚くんの声を遮り、聖亜が口を開いた。何やら怒った口調で。目も鋭くなっている。


「俺がここに来れたのは、俺派の奴らで行動が妙だった奴らをしばいて、口割らせたからだ」


 聖亜が腕を組みながら怖いことをさらりと言う。なんか、その状態が想像付くから怖い。そんな義理もないし、様を見ろと言えばそうだけど。その娘達が少し哀れ。だって本気で怒った聖亜は私でも怖い。


「どうやら、俺のファンだって奴らと天原のファンだって奴らがグルになったみたいだな。まぁ、思いっきり風見先生に言いふらして来たから、今ごろは先生にしばかれてるぞ」


 やっぱり、渚君ファンの娘達の仕業かなっていうのは間違いじゃなかったか。しかし、聖亜ファンの娘達まで絡んでいたとは……。本当、なんで私がこんな目に合わなくてはならないのか。彼女達は男のことしか考えることないのかな。こんなことやってるから、ファン止まりなんだってことに気付かないのかな。


「ねぇ、明日菜ちゃんのこの姿……。その娘達に見られてるんじゃ……」


 渚君が心配そうに呟く。

 そう。それが、一番心配。もし、見られていたら、どうなるか。想像もしたくない。


「いや、多分見られてねぇよ」


 私達の心配をよそに聖亜があっさりと言う。その瞳は、確信すらしている。その自身の真意もわからなく、言葉なく聖亜の顔を見上げる私を、聖亜は優しくなでながら言った。


「あいつらの反応見たら……、見てねぇだろうなと思う。もし、この姿見てたら騒ぐだろ」


 聖亜、後半はひどく言い難そうに眉を下げた。でも優しい顔は崩さない。……気を、使ってくれているんだろうなぁ。私、今、人魚の話に敏感なことを一番理解してくれている人だし。


「う〜ん……。なんでかな」


 不意に渚君が首を傾げる。


「何が?」

「明日菜ちゃん、水、かけられたんだよね?」

「多分……」

「人魚って本来、水道水じゃ人魚にならないんだよ」

「──へ?」


 私と聖亜が一呼吸置いてから同時に反応した。こんな新事実。しかも聖亜も初耳なことなんだ。


「なんで反応しちゃったのかなぁ。まぁ、まだ完全に人魚って訳じゃないのかな。だから普通の水にまで反応して?

 あ、そして普通の水だから反応に時間かかってあの娘達はこの姿見てないとか!」


 首を傾げ、何やらブツブツ呟く渚君。最後には何やら自分で納得したらしく手をパチンと打ち鳴らす。


 人魚、か……。

 私って、やっぱり人間じゃないのかな。実際、私は今人魚になってしまっている訳で。人間ではない。

 これは、夢? 幻? そうだよね?

 そうであって欲しい。

 私は人魚なの? 腰から下は魚で、上は人間の。


 上は人間……。


 ふと、衝撃的なことに気がつく。息を飲む。


 私は、もの凄い勢いで2人に背を向けた。突然の私の行動に2人は疑問符を投げ掛ける。


「明日菜?」

「どしたの? 」

「な、なんでもない……っ」


 慌てて首を振る私に、渚君と聖亜が首を傾げる。


 そういえば私、上半身、素っ裸なんだ。

 一気に体温が上がっていく。一気に顔が真っ赤に染め上がる。なんで今まで気付かなかったの、私は。なんで平気だったの、私は。

 そして、この2人にしても、なんで平気なの?

 そういえば、レーネさんが人間から人魚に戻った時は、服は溶ける様になくなっていったけど、人魚から人間になる時は?



「ね、ねぇ……」


 私は2人に背を向けたまま、両手で胸を隠しつつ呟いた。「あ、あのさ……、人魚から人間に戻る時って、ふ、服はどうなるの?」

「あ? 服? あぁ、それは人間に戻ると同時に人魚になる前の格好に戻る……。って、お前、今服着てないこと気にしてんのか?」


 聖亜は軽くため息をつく。

 なんて失礼な態度。


「あ、当たり前でしょー!? なんっであんた達そんな涼しい顔してられるの!」


 私は片手で胸を隠しつつ、顔だけ振り向いて怒鳴った。思いっきり指差して。

 私は、こんなに火が出る程恥ずかしいのに、そんな他人事のように言われてしまっては腹も立ってしまう。 が、2人はあっけらかんと答える。


「だって、人魚は皆こうだし……。ねぇ?」

「あぁ」


 この態度は、本当に何も気にならないんだろうな……。だけれど、私は気になる。平気じゃない。見目を気にするということはあまりしない私でも、さすがにそのくらいの恥じらいはある。2人も、少しは私の気持ちも考えてくれてもいいのに。

 早く、乾かないかな。


 その直後、不意に私の体を何かが包む。覆うというか……。不思議な感覚に私は視線を下げる。すると目に入ったのは、制服。続いて、私の足。


「戻った……?」


 尾は人間の足に。制服もきちんと着ている。

 私は立ち上がり自分の体を見回す。そして、バタバタと手で触り感触で人間であることを確かめた。自分自身の足であることを確かめた。


「戻ったーっ!! 私は人間ーっ!」

「わかった。わかったから落ち着け……。とりあえず教室戻るぞ」

 受かれて叫ぶ私に、聖亜は軽く呆れ顔。

。そして、手をポンと私の頭に置く。


 あ……。

 聖亜の手の温もりで思い出した。そういえば私、聖亜に謝ろうとしていたんだった。

 言わなくては。早く言わないと、こういうことはどんどん言い難くなってしまうよね。


 勇気をふり絞って、私はつんっと聖亜の袖のすそをひっぱった。


「ん? なんだ?」


 聖亜は顔だけで振り向く。なんだか、顔見れない。これって、やっぱりきっと……。私、後ろめたいんだよね。


 私は、聖亜と目を合わせられなくて、聖亜の背中に額を押し当てた。そして、深呼吸。意気地のない私自身の背中を、押す。


「明日菜?」

「聖亜。あの……、ごめんなさい。

 昨日の、こと」


 私の言葉を聞いた瞬間の聖亜の身体、不意に力が入った。肩を張る。


「気にしてねぇよ……」


 聖亜はそう言うと、私の頭にポンポンと手を置く。軽く、そっぽを向いて。私の頭の置かれた手は、なんだか……、限り無く優しかった。


「えー? なんのことー!?」

「テメーには関係ねぇ」

「えー? 何さ〜」


 割り込んで来た渚君に、聖亜はいつもの調子で返す。


 なんで……、怒らないの? 聖亜。

 私、かなり酷いことしてる。残酷なことしてる。怒っていいんだよ? むしろ、怒ってくれればいいのに。

 こんな簡単に許されてしまうと、逆に辛いよ。


 許されてしまったけれど……。あの、強張った聖亜の背中。

 気にしてない訳は、ないんだよね。


 罪悪感が余計に強くなる。胸がキリキリ痛む。

 ねぇ、聖亜。私なんかの、どこが良かったの?


「ほらっ。ボサッとしてねぇで教室戻るぞ」


 聖亜が私の背中を押す。力強く、優しく。


 いいのかな?


 私、聖亜の彼女でいいのかな。




「そういえば、今何時間目?」


 教室まであと少し。人影なく、静まり返って……、はいない廊下。人はいないが、各教室はかなり騒がしい。そんな中を歩いていてふと気になった。

 もしかして休み時間?

 そんな中、渚君が明るく言う。


「3時間目のど真ん中!」

「え……。2人とも授業は?」

「フケた」


 聖亜が軽く言い放つ。そんなに軽く言わないで欲しいなぁ。

 それにしても、3時間目。そんなに経ってたんだなぁ。一体、どれだけ眠ってたのかな。

 そして、今現在3時間目真っ直中。それって……。


「教室、入り難いんじゃない?」

「大丈夫だと思うぜぇ? 犯人共は今、先生に呼び出し食らってるだろうから、授業になってないと思うぜ?」


 犯人……。まぁ、いきなり襲いかかって来た訳だから、その表現は間違ってない。犯罪だよね。


 さっき、聖亜が先生に言いふらして来たって言っていたし、今は自習になってて各教室が騒がしいのかな。



「お? 高瀬っ、無事だったか!!」


 前方の私のクラスのドアから見える人影が言った。


「風見先生。はい、まぁ、一応は」


 風見先生が心配そうな顔で駆け寄ってくる。そして、そっと頭に触れる。力を加えない様にそっと。


「殴られたんだろ? 大丈夫か? 保健室行くか?」


 あぁ、そうだった。なんだか殴られたことを忘れていた。人魚の事でいっぱいいっぱいで。


 そっと、自分でも触れてみる。確かに、こぶは出来てる。触れば痛いし。でも、歩いてもフラフラしないし、何せ忘れていたくらいだし。


「大丈夫です」

「そうか? 無理すんなよ? そしたら……、ちょっと悪いが生徒指導室来てくれるか? あ、天原と立花も」


 風見先生は真剣に、だけれどどこか申し訳なさそうに言った。


 呼び出し、か。面倒なことになってしまった。私、ただの被害者なのに。まぁ、被害者だからこそだけど。




 ──生徒指導室。

 張り詰めた空気が流れている。先生は3人。私の担任の風見先生と、学年主任と教頭先生。そう言えば、風見先生って生徒指導の先生だったはず。

 風見先生は生徒指導室の真ん中に座り、犯人達は窓側に立たされている。ちなみに、同じクラスの娘が3人、顔だけなら知っている他クラスの娘が3人の計6人。こんなに、いたんだなぁ。

 学年主任と教頭はホその娘達の隣に立っている。私達は、風見先生の後ろ、ドア近くの椅子に座らされた。

 暗闇の地下物置から生還して来た私に、犯人達の痛いほどの視線が注がれている。

 先生達の前だと言うのに、更に言えば呼び出されてお説教を受けている最中だと言うのに、その視線はあからさまに嫌そうで刺がある。


「……で? お前らのアイドルと化してる天原と立花を独り占めしてる高瀬が気に食わなかった……、と?」


 風見先生が軽くため息ついて言う。ホシ達はただ無言で頷く。風見先生の、溜め息は軽かったけれど、表示は心底呆れ返っている。


 本当に、呆れる。私も溜め息をついた。あまりに幼稚でくだらない理由。小さな子どもが使いたいおもちゃを使われていたから癇癪を起こした、と何が違うの? なんて短絡的なのだろうか。たかがそんなことで殴られて、気絶させられた私って……。


 深く溜め息をついて、もう一度犯人達の顔を眺める。

 あれ……? そういえば、賀川ルイがいない。意外な気がするけれど、今回は関係ないのかな?


「高瀬」

「え、あ、はい?」


 不意に風見先生が私を呼ぶ。


「ちょっと聞くが、お前と天原の関係は?」

「ただのクラスメートです」

「だったら天原君に近付くのやめ……っ」

「あぁ、もう、うるさいっ! お前ら黙ってろ!」


 風見先生の質問に即答した私の言葉に、犯人達はヒステリックに叫びだす。そこに風見先生の喝が入る。

 なんだか、全然反省の色が見られないな。この娘達。反省していたら、こんなにいちいち叫ばないはず。


「明日菜ちゃん。酷い……」

「天原、お前も黙れ」


 ポツリと言った渚君に風見先生は呆れる。

 渚君も……、ことの深刻さをわかっていない気がする。軽はずみな行動で事態をより面倒にしていることが多いし。


「よく言うわよ」


 その時、不意に響いた女の子の声。生徒指導室の中の誰かが発した訳ではない。声は私の後ろから。ドアの向こうから。

 この声。確か……。


 ガチャリと音をたて、ゆっくりとドアが開く。


「失礼します」



 そう言って入って来たのは、あの賀川ルイ。突然のことに面食らっている先生達。賀川はそんなことはおかまいなしに堂々と入って来る。そして、スッと立ち止まったのは、私の目の前。


 やっぱり、賀川ルイも何か絡んでる?


「高瀬さん? あなたねぇ、あれでただのクラスメート!? 何言ってんのよ!?」

「え。ちょっ……」

「見てりゃわかんのよっ。あんたが天原君と立花君にふたまたかけてるってことぐらい」

「はぁ!? なんか誤解して……」

「何が誤解よ! そんな風にしか見えないのよ! いい加減に……っ」

「うるさいっ」


 凄い勢いで私に詰め寄る賀川に、風見先生と聖亜と渚君が同時に怒鳴った。流石の賀川もビクンと体が反応。風見先生、聖亜、渚君の順に見回し、黙り込んだ。


 見ると、風見先生もさることながら、聖亜と渚君の表情が凄い。息を飲む程、鋭い目。全身で怒っていることを感じる。賀川ルイの顔は、顔面蒼白。正にそんな感じ。


「明日菜が俺と天原にフタマタかけてるだぁ? 冗っ談じゃねぇ!」

「明日菜ちゃんはフタマタかける様な娘じゃないよっ!」

「お前らも黙れ!」


 苛立たしげに次々と言う聖亜と渚君に、風見先生がまた怒鳴る。やっと生徒指導室内は静かになる。なんだか、当の本人である私が口を挟む隙がない。


「じゃあ、改めて聞くが」


 風見先生が軽く溜め息つきながら口を開いた。「立花と高瀬の関係は?」


 少し、言葉に詰まる。別に付き合いを隠す気もないけれど、こう、先生という人に面と向かって聞かれると答え難い。


「俺達は……」


 私が一人思い悩んでいると、聖亜がボソッと言う。それから、一瞬の間。そして何か決心したかの様に拳に力を込めた。


「はとこ兼幼馴染み兼……、付き合ってます」


 聖亜がはっきりと言う。少しも恥ずかしりもせずに、堂々と。でも、あの間は何?

 風見先生は『付き合っている』ことよりも『はとこ』であることに驚いている。


「あ〜ぁ……。はっきり言うなぁ」


 渚君が不意に口を開く。天井を見上げ、大きく溜め息をついている。


「天原、お前と高瀬はなんでもないんだろう?」


 先生が改めて渚君に問う。すると渚君は、視線を天井から元へ戻し、再び溜め息。

 とてつもなく深い溜め息。


「まぁ、確かに。ただのクラスメートだって言ったらそうですけど、でも僕は明日菜ちゃんが好きですよ?」


 何を……。


 誰もがしばらく反応できなかった。渚君の口から普通に出てきた、凄い発言に。何だってそんなことを平然と言えるの? 渚君は。先生方の前で、こんなに何人もいる前で。


「だ、騙されてるよっ! 天原君も、立花君もっ!」

「そうだよっ。相手にしない方がいいよっ、高瀬さんなんかっ!」


 犯人達は堰を切った様に口々と叫び出す。

 『騙されてる』とかなんとか、この娘達の反応を見てると私の評判って最悪なんだな。


 反応達に再び風見先生の喝が入り、しぶしぶ静かになる。と、ほぼ同時に私の隣、渚君の方から椅子の動く音がした。ふと見ると渚君がすっと立ち上がっている。凄く真剣に、怒った顔で。


「君達が僕を思ってくれるのは嬉しいけど、僕は明日菜ちゃん以外は好きにならないよ? これ以上、明日菜ちゃんいじめたら、本気で恨むからね?」


 凄いことを、言われている。

 言葉を理解するのに時間がかかった。理解したら、今度は受け止めきれない。体中の血液が逆流を始める。

 どうして、私なんかをこんなに? 身体が、熱くなる。


「嬉しい? 人が良すぎんじゃね?」


 渚君の言葉の後、聖亜が呟く。豪快に溜め息をついて、吐き捨てるかの様に。そして、椅子を倒す様な勢いで乱暴に立ち上がる。その瞳は渚君同様、凄く真剣に怒った顔で犯人達を睨みつけている。


「テメェらが俺をどう思ってようが知ったこっちゃねぇよ。それよか、こんなくだらねぇことしてるテメェらに明日菜をとやかく言う権利あんのか? 俺からすれば、こんなくだらねぇテメェらよか明日菜のが数万倍いい女だぞ?」


 照れもせずに、紡ぎ出される言葉。私の身体に染み込む。広がって行く。私が、言葉に詰まる。


 なんで?

 この2人は私なんかをこんなにまでも真剣に。鈍い私でも、こんなにまで真剣な想いを感じれるほど……。


 生徒指導室の中は静まり返ってる。風見先生ですら唖然として私達を眺めてる。犯人達は、何も言える言葉が見付からない様だ。息を飲み、呆然と立ち尽くしてるだけだ。それでも、視線だけは悔しそうに私に向けられている。


 私も、反応できない。ただ、呆然としてる。

 私には勿体な過ぎる言葉の数々に、理解するだけでやっと。


「それじゃあ、失礼しますっ」

「失礼します。明日菜、行くぞっ」


 聖亜に背中を押され、私は聖亜と渚君と共に生徒指導室を出た。


 呆然、唖然。とにかく驚いて頭が働いてない。頭の中は真っ白。でも身体中の血液は逆流していて、頬は赤い。体は熱い。何も考えられなくて、犯人達や先生達の痛いほどの視線も対して気にならない。


 どうして。どうしてこの2人はこんなにまでも私を? 何が良かったの? どうしてここまで想ってくれるの?


 なんだか体が震えた。感動、って言うのかな。


 不覚にも、涙が出た。




 それから。犯人である女の子達は1週間の停学となった。ここまでのことをされているから当たり前だけど、互いの親も出てきて大変な騒ぎとなった。


 そして、そんな彼女達が停学中でいない平穏なある日。の放課後。



「姫様ー!」


 私と聖亜、そしてムリヤリに近い状態でついて来た渚君とで帰ろうとした矢先。聞き覚えのある男の声が校門前に響いた。


「姫様っ! お久しぶりです!お元気でいらっしゃいましたか!?」


 そう。私をこの特徴的な呼び方をする、水奈本先生。そういえば久々に会う。


「み、水奈本先生……。なんでここにいるんすか」

「そうだよっ! しかも突然っ」

「貴様っ! どっから沸いて出たー!」

「風見先生に用があって……。って、姫様っ! お元気そうで何よりですがっ、未だにアクアの餌になり続けたままなのですかー!!」


 と、水奈本先生は私の手を握りつつ言う。

 なんだか、懐かしい台詞。そして、あまに聞きたくはない台詞。ため息が出てしまった。

 せっかく、賀川ルイたちがいない平穏な日が来たと思ったのに。なんだかなぁ。



「……海吏?」


 何処からか女の人の声が響く。『海吏』? あぁ。確か水奈本先生の下の名前だった様な……。何の気もなしに振り返る。と、そこにいたのは……。


「さ、砂賀野さん!?」



 であった。私・聖亜・渚君の3人は思わず叫ぶ。


 『海吏』って。砂賀野さん、水奈本先生を呼び捨てにしている? し、知り合いなのかな。

 2人が知り合いでもおかしい訳ではないのだが、なんだか意外な2人に思える。更に、下の名前を呼び捨てにできる程の間柄。一体どんな関係? 聖亜と渚君もポカンとして目を丸くしてる。私に至っては軽く混乱。そして、水奈本先生も呆然として目を丸くしてる。私の手を握る力も弱り、私の手は水奈本先生の手から滑り落ちる。


 それから水奈本先生はボソッと呟いた。衝撃的な言葉を。


「なんで、ここにいるんだ?

 姉さん……」




 姉弟だったなんて……。

 学校近くの喫茶店。たった今、水奈本先生と砂賀野さんの口から思いも寄らぬ事実を聞かされた。


「みょ、苗字が違……っ」

「両親が離婚したのよ。私は母方へ、海吏は父方へ。別々に暮らしてるの」


 砂賀野さんがサラリと話す。


 きょ、姉弟……。

 何やらしっくり来ないしピンとも来ない。だけれど、良く見比べたら似てないこともない、のかな……。なんだか世間は狭い。こんなところで妙なつながりが……。しかも前世が人魚の水奈本先生と、その人魚を追いかける新聞記者の砂賀野さんが兄弟って、なんの因果?


「あんたの教育実習、河守高校だったの」

「そう。それより姉さんはなんで学校にいたんだ?」


 首を傾げる水奈本先生に、砂賀野さんはニヤッと笑う。そして、おもむろに私と聖亜を指差した。


「この子達を取材してるの」

「……は?」


 ニコやかに言う砂賀野さんの言葉。一瞬、目を見開きキョトンとした水奈本先生。直後、顔を引きつらせた。嫌な予感がしたのだろう。


 そういえば水奈本先生は砂賀野さんに、実の姉に『ライリ』のこととかは話していないのかな。


「あ、そう言えば君も関係してるんだっけ〜?」


 砂賀野さんは渚君を指差し、ニヤッと笑う。


「えぇと、明日菜ちゃんに聖亜君に渚君でいいのよね?」


 綺麗な顔で美しくほほ笑む砂賀野さん。

 いつの間にか名前まで覚えられている。パッと見は綺麗な笑顔も私達には怖い。


「んっで俺らの名前知ってんだよ」

「あら。あなた達が呼び合ってるじゃない。私の観察眼を舐めないで?

まぁ、だから苗字は知らないけど」


 なんだか深いため息が出る。絶望というのか呆れというのか。この砂賀野さんにだけは敵わない、そんな気がしてきてしまった。

 とてつもなく、大変な人を敵に回してしまったのでは?


「ちょ、ちょっと……?」


 不意に水奈本先生が口を挟んだ。


「姉さんっ。どういうことだよ。一体何について取材してんだ? こんなまだ高校生の子達を掴まえて……」


 いつになく真剣な水奈本先生。それでいてどこか神妙で、どこかうろたえて。きっと、疑問系で聞きながらも勘付いている。

 そんな弟を相手に、砂賀野さんの表情は崩れない。



御人魚(みとな)川のの人魚伝説について」


 水奈本先生の息を飲む音が聞こえた。直後に、思わずと言った感じに立ち上がる。


「何よ?」

「……え?

 い、いや。だからってなんで……、この子達を?」


 砂賀野さんは水奈本先生の反応に驚いている。こんなに、大きく反応するとは思っていなかった様。やっぱり、『ライリ』のことは知らないんだ。

 水奈本先生はなんとか平静を装う。


「偶然見ちゃったのよね。明日菜ちゃんと聖亜君が人魚と話してるのを」


 ニコニコ嬉しそうに語る砂賀野さん。そして、水奈本先生の顔から血の気が引いた。もう、平静も装っていられないよね。まぁ、砂賀野さんからすると自身の弟と人魚はつながらないとは思うけど。


 重たい空気が流れている。私達の間だけ。何を言っていいのか、わからず黙り込む私達。砂賀野さんはニコニコ、というよりニヤニヤ。勝ち誇った笑顔。と同時に、弟の過剰反応が気になる様子。


「ねぇ、海吏?」

「え、何?」


 不意に口を開いた砂賀野さんに、水奈本先生は我に返った様に答える。


「なんであんたまでそんなに深刻になってるの?」

「えっ。あ……、いや」


 もはや何も繕えていない水奈本先生。を、砂賀野さんは更に追い討ちをかける。


「あぁ。後……、さっき学校の前であんたが言ってた『姫様』って何?」


 なんて痛い所を。


 水奈本先生はもちろん私も、聖亜も渚君も氷りついた。

どうしてこの人は、勘が良いのか運が良いのか。それとも天性の人を見る目? 毎回毎回、こんなにまで的確に痛いところばかりを突かれていては……。私達に勝ち目なんてあるのだろうか。


「なんで……っ。そんなこと今関係ないだろ!?」


 水奈本先生が少し声を荒げる。が、砂賀野さんは平然としたまま。首を傾げている。


「ホントに関係ないの? 私も関係してるとは思えないのは確かだけど……。あんたの態度が怪し過ぎるんだもん」


 嫌だ。砂賀野さんと話していると全てを見透かされている様な。そんな気がしてしまう。砂賀野さんは確かに首を傾げているが、何やら余裕もある様に見える。うっすらと確信しているような目が怖い。


 私達は、皆で絶句。ひたすら返す言葉がない。

 何を言っても、砂賀野さんが相手では墓穴を掘るだけ?


「『姫様』って、明日菜ちゃんのことを呼んでなかった?

 なんていうか、ひっかかるのよねぇ。普通の女子高生相手に、しかも海吏の場合、仮にも生徒相手にその呼び方な訳だし。そして、海吏の過剰反応。何より、今みんな絶句してるし」


 砂賀野さんが満面の笑みを浮かべる。私達は同時に目を見開き、息を飲んだ。が、声は出ない。


 どうしてこんなに勘が良いの?

 更に、普通常識的に考えてこんな人魚の話と弟の結び付きなんて思いつかないと思うけれど。砂賀野さんには、そんな常識、通用しないのかな。


「うーん……。明日菜ちゃん、もしかして人魚?」

「な。

 んな訳あるかっ! 良くこの姿を見やがれ!」


 とっさに聖亜が反論。逆に言えば聖亜だけ。


「そぉよねぇ。明日菜ちゃんはどう見ても人間だし……」


 聖亜の言葉に、砂賀野さんは首を傾げながら何やらブツブツ言っている。


「あ……っ!」


 程なく、砂賀野さんは何かに気付いた様な声を上げた。そのまままた私達をじぃっと見回す。


「なんだよ」


 聖亜が険しい顔でボソッと言う。眉間には凄いしわが寄ってる。更に声がいつもより低く、見るからに不機嫌なオーラを放っている。これは、相当怒ってる聖亜。


「いや、あのね? なんて言ったら良いのかしら……」


 聖亜の怒りなど砂賀野さんにはまるで意味がない。何も気に止めるそぶりも見せず言葉を返す。


「私、実は変な記憶みたいなヤツがあるのよ……」


 少しの間を置いて、私達は同時に目を丸くした。『変な記憶の様なもの』? 嫌な、予感……。きっと私達はみんな、同じ想像をしたに違いない。


「産まれる前の記憶……、っていうか。なんか良い言葉ないかしら。……そうだ。

 ……『前世』?」


 嘘……。


 砂賀野さんは刺す様な瞳で私達を見てる。が、私達は皆呆然。目を見開き固まったまま。


 何を、言い出すの? この人……。


「私はその記憶はひどく曖昧なんだけど……。聖亜君と渚君、あなた達を見てたら気付いたわ。

 その記憶の中に2人にそっくりな人がいるの」


 聖亜と渚君を指差す砂賀野さん。

 『前世』に2人とそっくりな人がいた? 何それ。とんでもなく嫌な予感を掻き立てるこの事態。

 もしかして、この人も……?


「だからね、もしかしてあなた達もそれかな? って……」


 疑問系でありながら、決定されている様な口調。多分、最初は砂賀野さんも半信半疑だったのではないかな。だけど、私達のこの態度が砂賀野さんに自信を与えてしまったんじゃ……。

 そのことを裏付ける様に、砂賀野さんは私達を一人ずつ凝視していく。私達の表情を見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。全てを確信したかの様に。


 改めて私達に問うた。



「ねぇ、あなた達も『前世』の記憶あるの?」






──────【8】 終了

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