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≪7≫

またも 大変長らくお持たせ致しました(汗)


The legend of Mermaid 第7話です





もし よければ お読み下さいませ

 ──放課後。


「お邪魔しま〜、す」


 ここは聖亜の家、の聖亜の部屋。

 あの時、昼休みももう終わる時間だったから、放課後、聖亜に家に誘われた。

 『ゆっくり、話そう』って。


「なんか、ちょっと見ない間にシンプルな部屋になったねぇ」


 聖亜の部屋を見渡し呟いた。

 最近でも聖亜の家に自体は何度も入ってるけど、そう言えば聖亜の部屋は久しぶりだ。家同士の交流はまだまだ続いてるけど、流石にもう一緒に遊ぶ、なんて年でもなくなったから。

 なんて言うか、黒ばっかりな部屋だ。そして紺や白が点在。そして以外にというかなんというか片付いてる。いや、それ以上に物が少ない。


「あったりめーだろ。お前が最後に俺の部屋入ったのいつだと思ってんだ?」


 一人で感心していると、お茶のペットボトルとポテトチップスの袋を持った聖亜が後ろから現れた。


「え、いつだっけ?」

「小5」


 そんなに前だったかぁ。


 部屋に通された私は、聖亜に差し出されたクッションを敷いて床に腰を下ろした。聖亜は、私に向かい合う様にベッドに座り、ポテトチップスの袋を開ける。


 それから、不意に真面目な顔になった。


「言いたいこと、全部言え」


 いつものぶっきらぼうな聖亜の口調。だけど、まじめな表情と真摯な瞳で親身になってくれてるのが分かった。


 言いたいこと……。


 いっぱいある。

 聞きたいことも、いっぱいある。だけど、私の中でイマイチ整理がついてない。

 何から話せばいいのかな……。それが、わからない。


 うつ向き、言葉を探す私に、聖亜は急かしもせず静かに待ってくれてる。私がひとしきり考えた後、口に出たのは、最大の不安だった。


「私って、人間じゃないの……?」


 うつむいたまま、小さな声で言った。聖亜はうなづき口を開く。私を、真正面から見て。


「どうして、そう思う?」


 どうして……。


 聖亜の問いに、あまり回ってない頭を回転させる。いろんな感情がグルグル渦巻く。何から言えばいいのか、わからない。思い付いたことを、口に出せばいい?


 だめ。なんか、泣きそう……。


「うん。

 なんかさ、髪も……、こうやって青くなった訳でしょ……?」


 泣くのをこらえるために、あえて視線を上げた。下を向くと重力に逆らえずに涙が溢れそうだったから。でも。


「うん。後は……?」


 優しくうなづく聖亜と、目があった。その瞬間、もう駄目だった。

 私の意思に逆らい、一粒の涙が私の頬を伝った。


 もう、駄目だ。

 止める術は、私にはない。


「後ね、昨日、お風呂で……、一瞬足が、

 魚に……っ」


 涙も止めずに、私は思ってることを全部聖亜に言った。聖亜は、真剣な優しい目で私を見てる。

 涙のせいで、上手く話せない。言葉が、切れる。


「人魚、空想上の物な、はずなのに……、存在してたし……」


 不意に、聖亜の手が目前に伸びる。優しく、私の頬から涙を拭った。

 だけど、そんな優しい聖亜の行為に、応えてる余裕は今の私にはなかった。

 一度外に出してしまった言葉は、気持ちは、もう、とどまることを知らない。


「どうしてこんなことが私の体に起こるの……? なんで私なの……!?」


 話していくうちに、次第に頭の中が整理されていく。と同時に不安も恐怖も大きくなる。何が怖いのか不安なのか、自分て嫌と言う程理解していく。だんだん声にも、力が入った。


「つまりは私は、

 人間じゃないの!?」


 最大の不安。最大の恐怖。

 思いっきり外に放った。私の涙を、聖亜はそっと拭う。そしてそのまま、私の肩を抱いた。


「俺は、人間だと思うぞ」

「──え」


 私の耳元で聖亜は囁いた。それから、私に視線を合わせ、ゆっくりと言い聞かせる様に言った。


「確かにおまえには、『人魚』っぽいところはある。が、俺からすればぽいだけだ。

 いいか? まず人魚は10年たってやっと人間でいう1年分歳取るんだ。後、地上で走り回る体力もない。だけどお前はどうだ?」


 聖亜が私に問う。


 10年で1歳分歳を取る。ことは渚君に聞いた。走り回る体力がないことは夢で見た。私、は、今まで1年で1歳、歳を取ってきた。地上を走り回ることもできる。確かに……、そこだけを考えたら人間だ。

 だけど、この髪の色、魚になった足。


 ──これは、人間じゃない……。


「明日菜っ」


 グルグル考え込む私に、聖亜が言う。


「考え過ぎるなっ。

 考えて見ろ。どうして人間の両親から人魚が産まれるんだっ!?」


 聖亜は強く言う。


 あぁ。確かに……。


 あれ……?

 でも前に渚君が……。


「私達、サレスの子孫だって……、渚君が言ってた……」


 私の言葉に聖亜は目を丸くした。

 そういえば、聖亜は知らなかったっけ?


「それホントか?」


 聖亜の問いに、私は無言のままうな付く。

 そして聖亜は軽くため息付いた。


「だとしても明日菜……、300年前だぞ? 何代前なんだよ。そんな大昔の人魚の血……、もうないも同然じゃないか?」


 『ないも同然』。

 そうかな。そうなのかな。


 だと、しても……。


 ダメ。

 聖亜、ダメだ、私。

 考え過ぎって言われても、考えてしまう。


 私は、人間でありたい。



 何分かして、私が少し落ち着いたころ、聖亜も少し落ち着いたかの様に、ポテトチップスに手を伸ばした。そして、呟いた。


「天原は、なんで俺達がサレスの子孫だって知ってんだ……?」


 あ、確かに。

 ライティスやサレスの死んだ後を知る術はないし……。どうやって?


「家系図でもあったりしねぇかな」




「家系図? あぁ。あるよ」

「!?」


 ダメ元で、聖亜のお母さんに聞いてみた。ら、聖亜のお母さんはさらりと言った。私と聖亜は声ならぬ声を上げた。


「え!? マジ!?

 それちょっと見せてくれっ」

「え、なんで?」

「いいからっ」


 聖亜の言葉に、おばさんは家系図を探しに行く。私と聖亜は、言葉なく顔を見合わせた。


 冗談だった、つもりなのに。まさか、ホントにあるとは……。




「ゴホッ。しっかしきったねぇな、これ」


 聖亜の部屋に埃が舞う。

 おばさんが持ってきた家系図は、太くて大きな巻物だった。物置に入れたまま、半分忘れられてたらしく、かなりの埃にまみれていた。私達は、むせながら埃をはらう。そんな中、聖亜が染々と言う。


「なんでんなもんあんだろなぁ」

「確かにね。もしかしてうちにもあるのかな」

「あぁ。かもしれねぇな。──よし。だいたいいいな。開くぞ?」


 聖亜がゆっくりと巻物の紐をほどいた。

 コロコロと音もなく転がる巻き物。


 最初は白紙。少し転がして初めて、人の名前が出て来た。


 よく見ると、完全な家系図ではなかった。最初に出て来た名前は、私と聖亜のひいおばあちゃんに当たる人の名前。その人の子供に当たる人から私達にかけては何も記されていなかった。

 2人で首を傾げたが、考えて見れば当然な気もした。

 このご時世に、いちいち家系図に残す、なんて聞いたことがない。

 まぁ、家系図があること事態、変な気もするけど。


「300年前ったら何代位前になるんだ?」

「う〜ん……、12〜3代位かなぁ」

「このひいばあちゃんで3代前だから……」


 家系図を更にコロコロ転がして行く。と、それはとある代よで止まっていた。


「あれ? 14代目より前は書いてねぇな」

「ホントだ。

 ……あっ、聖亜っ。見て! 13代前のとこ!」


 目に入った文字に、私は慌てて指差した。そこの書かれていた名前は……。



「セイン、ハリー……」



 私と聖亜は同時に声を上げた。



 『セイン=ハリー』。

 サレスとライティスの息子の名前だ。

 因みに……、サレスとライティスに当たる15代前、セインの前は『不明』と書かれている。


 『セイン=ハリー』は、実在した。

 じゃあ、やっぱり私達は……、サレスとライティスの子孫?


「明日菜っ」

「え……?」


 睨む様にして家系図を見ていた聖亜が、突然声を上げた。


「見ろっ。ここで立花家と天原家に分かれてるっ」


 聖亜の指差す先を見てみると、ちょうど唯一続いていたハリー家のところが、娘2人しか産まれなかったみたいで、立花家と天原家に分かれていた。

 5代前……、ってことは。


「私で言う、父方のおばあちゃんのいとこに、天原って人がいるんだ……」

「俺で言う、父方のじいちゃんのいとこか」


 なんか、私達と渚君の家って、すっごい遠い親戚なのかと思ってたけど……、それほどでもない?


「ホントに俺らってサレス達の子孫なんだなぁ」 と、聖亜が感心した様にしみじみと呟いた。


 サレスの子孫。

 つまりは、『人魚』の子孫──。


 あぁ、駄目。そんな深く考えちゃ駄目……。

 さっき聖亜も言ってくれたのに。人魚の血が混ざってるのは私だけじゃないって。私は一人じゃないんだって……。

 でも、やっぱり……っ!!


「聖亜ー!」


 私が一人でうじうじ考えていると、下から聖亜のおばさんの声が響いた。


「友だち来たよ〜」


 え……?


「友だちぃ゛?俺に友だちと呼べる様なヤツいるかぁ…?」


 聖亜は心底疑問な顔で言う。

 確かにそうかもしれないけど、自分で言うのって……。



「んなぁ゛…っ」


 私を部屋に残し階下へ行った聖亜の怪訝な声が響く。すると次に聞きこえた声は、いやに聞き覚えのあるものだった。


「やっほー!」


 ──え……?


 思わず私も部屋を飛び出し階下へと向かう。すると玄関に、ニコやかに手を振る見覚えある少年。


「あ、天原ぁ゛……!?」

「渚君っ!?」


 ──と、リア。




「貴様……っ、なんでここにいるんだ? いや……っ、それよりもっ、なんっで貴様が俺ん家知ってんだよ」


 聖亜が静かに怒る。

 ここは聖亜の部屋。ここにいるのは私・聖亜、そして突如現れた渚君とリア。もちろん、聖亜に怒られているのは渚君。


「学校でも言ったじゃん。僕は明日菜ちゃんのいる方向がなんとなく分かるって。それ辿ったら立花君の家に辿り着いたの」

「…………」


 見るからに聖亜の怒りは、静かながらも膨れ上がってきているにも関わらず、渚君はニコニコ顔であっけらかんと答える。そんな渚君の態度に、聖亜は本気で怒りを爆発させる気配。


「だからって、何故うちにあがってくる……っ!?」

「もちろんっ、明日菜ちゃんに会いたかったからっ」 本気で怒り狂いそうな聖亜を前に、渚君はニコやかにかつ爽やかにそんな言葉を言い放った。なんて怖い物知らずな……。


「貴様……! 今すぐ消えろ。俺の視界に入ってくんな……!」


 聖亜は渚君の胸ぐらを掴み上げ、もの凄い低い声で言った。眼光鋭く、更にすわってる。

 怖いよ、聖亜……。


「あっ、家計図だ! それっ、僕ん家にもあるよっ!」


 怒り狂った聖亜から話題を反らす様に渚君が言った。わざとらしい程の明るい声で、家計図を指差して。


「え?

 あ、あんのか!? やっぱお前ん家にも!?」

「あるよ〜。だから僕らはサレスの子孫だって分かったんだよ」


 不意の渚君の言葉に、聖亜も怒るのを忘れて声をあげる。

 やっぱり、そうだったんだ。と、なると、やっぱり私の家にもあるんだろうか、この家系図。


「ところで明日菜ちゃん。なんで立花君家なんかにいるの?」


 と、渚君が唐突にニコやかに言う。なんていうかホントに、渚君って前ぶれなく話の腰を折る。そんな渚君の言葉に、聖亜はまたしても静かに怒る。

 再び聖亜の手は渚君の胸ぐらへ。


「自分の彼女を自分の部屋に入れて何が悪い。 しかも『なんか』ってなんだ?『なんか』って」


 聖亜。なんか短気なのはいつものことだけど、なんか拍車がかかってない?「そういうんじゃなくてっ、んなわざわざ家系図なんか引っ張り出して来て何を話してたの?」

「え、あぁ……」


 渚君の言葉に聖亜の表情が曇る。と同時に、渚君を掴みあげていた手を放す。ちらっと私を見て、小声で『言ってもいいのか?』って聞いた。


 ありがとう、聖亜。気を使わせてばっかりだ。私は聖亜の目を見てうなづき、自分で口を開いた。


「うん。あのね、私、人魚のことでいろいろ不安になって……、話を聞いてもらってたの」


 私の言葉に、渚君が笑顔を消した。そして、一呼吸間を開けてから口を開いた。


「不安? どうして……?」


 渚君の真面目な瞳。珍しいだけにドキッとする。


「うん、いや、ね……」


 あれ……。さっきちょっと落ち着いたはずなのに。思い出したら……、考えたら……、駄目だ。


「なんて言うか、私、人間じゃ……、ないのかな……っ」

「明日菜っ」


 私の言葉を遮り、聖亜が強い口調で言う。思考の迷宮から我に返ると、大きな手が私の頬を包み込み、目の前には聖亜の顔があった。

 ──強い瞳。優しいけど強い瞳が私を見てる。


「深く考えるなって言ったろ。思い出したらまた考えちまうんなら、何も詳しく説明する必要なんてない」


 目頭が熱くなる。

 なんでわかるの? 聖亜。私なんにも言ってないのに、どうして的確に欲しい言葉をくれるの? 私の表情とか態度って、そんなに分かりやすい?



「人間じゃない?」


 渚君がボソッと言う。聖亜は瞬時に反応。


「蒸し返すなっ」

「人間よ」


 え?


 聖亜の叫びなど我関せずに、今まで静かだったリアが突如口を開いた。


「人魚の私から見れば、あんたは人間よ」


 リアがしれっとした顔で言う。


「うん。僕もそう思う」


 渚君も口を開いた。珍しい真面目な瞳で。なんか、思いもよらぬ、って感じ……。渚君の中で私は、人魚なんだと思ってた。だって……。


「渚君、前に『私は人魚になっていく』、みたいなこと言ってたじゃん……。それに、今日、学校ででも……」


 そう。渚君が転入してきた頃、渚君に言われた。『人魚になっていく』って。その頃は、深く考えてなかったけど……。実感もなかったし。

 更に今日。学校で私の青い髪について風見先生に説明する時だって渚君は、私は『人魚に近付いてる』みたいなことを言ってた。


「あぁ。ごめんね。明日菜ちゃん。僕、言葉足らずだったねぇ」


 渚君は申し訳なさそうな顔をする。


「明日菜ちゃん自身が人魚になるとは思ってないよ。なられちゃ困るしね。なんていうか、人魚の性質を持つ、みたいな感じかなぁ」


 性質を、持つ……?


 『人魚になる』のと、『人間だけど人魚の性質を持つ』のって、なんかそんなに違うのかな。人魚そのものになるのではなく、人魚の特殊な能力を持つ、みたいな感じ?

 なんにしても、そんなものだっていらないん。いらないよ。

 普通の、普通の人間がいい。


 でも、これも深く考えたら駄目かな。考えない方がいいのかな。


 不意に聖亜が私の頭を優しくなでる。そして私の目を見て無言のままうなづいた。

 不思議。言葉はなくても十分励ましになる。


「ごめんね。明日菜ちゃんっ」


 不意に、雰囲気ぶち壊しの渚君のいつもの明るい甘ったれた様な声が響く。


「そんなに気にしてたなんて……っ」


 おもむろに私に抱きつこうとした渚君。が即座に、聖亜の蹴りと、リアの止めが入る。


「貴様、どさくさに紛れて何しやがる」

「渚っ! 渚は私の物よっ」


 なんだこれ……。いつものノリだ。

 一気に、重たかった場の雰囲気が軽くなった。今のは……、もしかして渚君なりに気を使ったのかな。なんて……、どうだろう。あの渚君だし。

 でも、なんとなくそんな気がする。


 ──うん。なんか、少し元気出たかな。

 深く考えるのは、もうやめとこう。






 数日後。


「ふぁ……。ねみ」


 私の隣で、寝転がった聖亜が大きなあくびをしつつ、伸びをする。

 ここは、『御人魚(みとな)川』の川原。

 最近私たちは、放課後をこの川原でのんびりすることが多い。最近放課後は、何故か渚君はめったにひっついて来ない。学校は、なんか私達、つまりは私・聖亜・渚君・リア、そしてしつこく残る水奈本先生の変な噂が未だにあってなんだか居にくい。家は、聖亜との付き合いが親にバレそうで嫌だし。まぁ、隠したいって訳でもないけど、あんまりさらけ出すのはなぁ。

 それを考えるとこの川原って、人通り少ないし、静かでいいんだよね。


 私と聖亜は、特に何をするでもなく、何をしたいでもなく、ただその場所が私達の特等席かの様に座って、綺麗な川を眺めていた。


 今日までは。



 不意に水のはねる音が静けさを切り裂いた。川から聞こえて来た、結構大きな音。

 さっきまで草原に寝転んで、半分寝ていた聖亜が起き上がる。


「ん? なんだ?」

「わかんない。なんだろ……」


 私と聖亜は目を凝らして、音がしたあたりの水面を眺めた。すると……。


 ──バシャンッ。


「姫様っ!」


 激しい水音と供に女の人の声が響く。目を丸くした私達が見たものは、川から顔だけだしてこちらを見ている女性。

 しかも、『姫様』って一体……。


「あれ? あいつ……」


 目を見開いたまま、聖亜がボソッと言う。


「あいつ、リアの侍女じゃねぇ?」

「え……?」


 リアの侍女……?

 って、前にリアを川に引きずり込んでったあの人……?


「そうです!」


 私が口を開くより先に、その川から顔だけだした女性が言った。こちらに向かって泳いで来つつ。


「私、リア様の侍女であります、レーネ=イクスレイでございます!」


 そうだ。確か、レーネさんだ。本人の名乗りによって、私の中でやっと顔と名前の記憶が一致した。

 レーネさんは、なんだかとても丁寧な口調で喋りながら、川からはい上がって来た。


「おい。いいのか。んな人魚の足のままで」

「あぁ、そうですわっ。これ乾くの遅いんですよねっ」


 聖亜の冷静な突っ込みに、レーネさんは慌てて足、というか尾を乾かす。

 それにしても、そんな大事なことを忘れるなんて……、なんかこの人、少しテンポずれてる様な……。それとも、足を乾かすのを忘れる程慌てる様な用事?


「あの、レーネさん。なんか用ですか?」

「え? あぁっ! そうですわっ」


 私の呼び掛けにレーネさんははっとした。そしてまたも足を乾かすのを忘れて凄い勢いで言った。


「姫様っ! リア様っ、リア様を見掛けませんでしたか!?」


 ひ、『姫様』って……、何?


「リアなら今日学校にいたぞ」


 レーネさんの本意とは違う所がひっかかっていた私の代わりに、聖亜がボソッと言う。

「ほ、本当でございますか!?」

「あぁ。けど、その後は知らねぇぞ」

「そうですか……」


 聖亜の答えに、レーネさんは途端にしょんぼりと肩を落とす。

 だけど、レーネさんには悪いけど、私ははっきり言ってリアなんてどうでもいい。それよりも……!


「あの、レーネさんっ」

「はい。なんでございましょうか、姫様」


 私の言葉にレーネさんは、とてつもなく丁寧な口調で返す。少し丁寧過ぎる様なその口調も気になるけど、それよりも。

 『姫様』

 私がひっかかるのはそこ。


「あの、私、『姫』じゃないんですけど……」

「まぁっ。何をおっしゃいますかっ、姫様っ」


 私の言葉にレーネさんは目を丸くして驚く。


「例え生まれ変わっても姫様は姫様……」

「レーネさんっ!」


 私はレーネさんの言葉を遮り、軽く怒鳴った。レーネさんはビクッと肩を震わせ話を止めた。


「レーネさん。私はもうサレスじゃないんです。生まれ変わったらもう別人なんですっ!」


 私は最初は静かに。だけど少しずつ力が入ってきてしまった。レーネさんに、私にも……、言い聞かせる様に。私が、そう思い込むために。


「今の私は、極々一般的な人間の、高瀬明日菜ですっ」


 私は、人間だ。


 レーネさんは、私の言葉にびっくりしていた。そして、だんだん神妙な顔になっていき、小さく息を飲んでから静かに口を開いた。


「そう、ですか……。分かりました。姫様がそこまでおっしゃるのであれば。これからは『明日菜様』と呼ばせて頂きます」


 それは……、本当に分かってるのだろうか。私からすると『様』付け自体が嫌なんだけどな。イマイチ理解しきってくれてはいないんだろな。


「あの、それでは私、人間に見られないうちに帰ります。明日菜様っ、今日はありがとうございましたっ」


 レーネさんは、言うなり華麗に川へ飛込んだ。


 『人間に見られないうちに』って……、私達は思いっきり人間なんだけどなぁ。信頼されてるのか、それとも人魚仲間と思われてるのか……。なんだかなぁ……。


 ──カサッ。

 その時、私達の後ろから草の擦れる音が響く。いや、風の吹く川原だから、草の擦れる音なんてそこら中から聞こえる。よい一層、大きな音、というか……。

 私と聖亜は何の気もなしに振り返る。と、そこには背の高い綺麗な女の人が立っていた。ちょっときつい感じの美人、年は20代中盤くらいかな?

 その人は、5m程離れた所から私達を、なんだかとても熱心に凝視している。

 一体、誰?


「ちょっと紗子(すずこ)さーんっ。速いっすよっ」


 その女の人の後ろから、今度は男の人が現れた。何が入っているのか、私達の鞄よりも大きなハードケースの重たそうな荷物を肩にかけた、やたら背の高い人。年は女の人より若くて、20才ちょっとかな? 金髪で目が青い。けど、顔は日本人だから、髪染めててカラーコンタクトかな。


「もうっ、八田君っ。遅いわよっ」


 『紗子』さんと呼ばれたその女の人が、その男の人:『八田』君に向かって言った。

 長身の若い男女。2人とも綺麗な顔してて、男の人は金髪、青い目。とても目立つ。


 す、紗子さん? 八田君?

 私と聖亜は訳が分からなく、ポカンとして2人を眺めていると、紗子さんという人が口元に薄く笑みを浮かべた。──そして、静かに、衝撃的な事を放った。



「君達、人魚と知り合いなの?」



 私と聖亜は、固まった。

 と、いうことは言うまでもない。


「ねぇ。君達、人魚と知り合いなの?」


 固まったまま何も言えない私達に、その『紗子』さんは、じれったそうにもう1度そう言った。

 なんか、一応、疑問系ではあるものの、否定させない雰囲気。座ったままの私達を見下ろすこの『紗子さん』の目は勝ち気だ。確信持って言ってる。きっと、ただ確認するために、聞いてきている。


 なんて、のんきに状況説明してる場合じゃない。

 私と聖亜は、互いに助けを求めるかの様に顔を見合わせた。全身から血の気が引いて行く。寒くなるくらいに。

 それから数秒。聖亜が平静を装って、静かに口を開いた。


「な、なぁ。あんたら……、誰?」

「え? あぁ、ごめんなさい。紹介が遅れたわ」


紗子さんは、ショルダーバックから名詞を取り出した。


「私、フリーの新聞記者の砂賀野紗子(さがのすずこ)です。」

「──しっ」


 砂賀野紗子さんのニコやかな自己紹介と名詞に、私と聖亜は同時に声を上げ、更に同時に言葉を詰まらせた。


「あ、俺は紗子さん専属カメラマンの八田友柾っ。ヨロシクっ」

「専属だったの?」

「えっ、違うんすか!?」


 八田君って人がなんか言ってるけど、放心中の私達の耳には残らない。


 新聞記者……? って、まさか、レーネさん見られた……? いや、それならまだしも、もしかして写真……、なんか撮られたり? 八田君って人のあの大きな鞄は、もしかしてカメラじゃない?


 顔面蒼白。今の私の顔は、きっとそんな言葉がぴったりなんじゃないだろうか。渡された名詞を見たまま、私の身体は凍り付いている。

 多分、聖亜も同じ。


「じゃあ、改めて聞くけど……」


 と、砂賀野紗子さんは私達の側へ寄って、相変わらず座ったままの私達に視線を合わす様にしゃがんだ。そして、ニコッと笑う。


「君達、人魚と知り合いなんだよね?」


「──何のことだよっ」


 1、2秒の間の後、聖亜が砂賀野さんから目をそらしつつ言った。


「あらぁ? 何のことって、しらばっくれないでよ。今、一緒に話してた人、人魚でしょ?」


 砂賀野さんは、ニコッと勝ち誇った笑みを浮かべてる。

 やっぱり、しっかりバッチリ見られてるのかな?


「知らねぇよ」


 聖亜が吐き捨てる様に言う。その時、砂賀野さんの後ろに立っていた金髪の、八田とか言う人が、重たそうな鞄から大きなカメラを取り出した。


「フッフッフッ。隠したってムダだぞ? 俺がバッチリ撮っちゃったかんねっ」


 砂賀野さん同様、勝ち誇った笑みを浮かべ、カメラを掲げる八田さん。


 そんな。本当に……、写真なんて……!


「そ……っ」


 思わず『そんなっ』と声を上げた私を、聖亜が口を覆って止めた。聖亜は、鋭い目で砂賀野さんと八田さんを睨んでる。


「ホントかよっ? 撮ったって」

「あぁっ。本当本当っ」


 八田さんはニヤニヤして言う。聖亜は目をより鋭くさせる。


「じゃあ、現像して見せてみろや。今すぐにっ」

「うっ」


 聖亜の一か八かな強気発言に、八田さんは言葉を詰まらせた。


「ほら見ろっ。やっぱ嘘だっ! ホントに撮ったんならこっそり現像して、新聞にでもなんでも載っけるだろ。明日菜、間に受けんなよ」


 聖亜は私の頭にポンと手をおいた。


 凄い……。

 本当、こういう時の聖亜って頼りになる。落ち着き払ってて、凄い。頭の回転が早いのかな。きっと。


「もうっ。八田君っ! 余計なことしないでよっ」

「よ、余計って。そりゃないんじゃないっすか!? 紗子さーんっ」


 八田さんの失敗に砂賀野さんが怒鳴る。

 とりあえず、写真は撮られてはいないんだな。だけど……、砂賀野さんのこの自信たっぷりな態度は、人魚を『見た』のは、確かなんだな。


「ねぇ、しらばっくれないで教えてよ。君達、人魚と知り合いなんでしょ?」


 相変わらずの笑顔で、しつこく食い下がる砂賀野さん。

 なんか、この人を納得させるのって……、至難の技かもしれない。


「おい。貴様」

 と聖亜は、砂賀野さんへ激しく睨みつけ、低い声で言った。嘲笑う様に、鼻にかけて。


「あんた、いい年こいて人魚なんて信じてんのか? バッカじゃねぇ?」

「私もねぇ、そんなの信じてなかったけど……。なんせ、この目で見ちゃったからね」

「けっ。どうせ見間違いだろ。近眼じゃねぇ?」

「そうかしら」


 聖亜の悪態に、笑顔で返し続ける砂賀野さん。なんかこのやり取り、怖いんですけど。


「あの、明日菜様……?」


 その時、何処からか聞き覚えのある女の人の声。いや、あの呼び方……、『レーネさん』。


 人魚だ。


 再び、血の気が引いた。


「レ、レーネさんっ!今は出て来たら……、……?」


 とっさに声のする方へ振り返り、『出て来たら駄目』と言いかけた。──が、そこにいたのは。


 レーネさん。確かにレーネさんだけど……。足が、ある。服、着てる。


 『人間』、のレーネさんだ。「レ、ェネ、さん……?」


 私は、驚きのあまりすんなりと言葉にならない。

 そんな私よりも遅れること数秒、砂賀野さんが目を丸くして口を開いた。


「あなた、もしかして……、さっき、この2人と話してた人……?」


 何、この人。顔まで判別する程はっきり見たの? あの時は、まわりに人の気配なんてしなかったと思う。なのに、一体何処から見てたの?


「そうですわっ」


 呆然とする砂賀野さんに、レーネさんがすかさず口を開いた。


「先ほどこのお二方と話をさせて頂いていたのは私ですわっ」


 な、何? もしかしてレーネさん、私達のやりとり見てたんだ。そして、助けに来てくれた……?


「そうそ! コイツだよっ。さっき俺らが話してたのは」


 畳み掛ける様に聖亜も口を開いた。


「見間違いだったんですかねぇ?」


 私達をマジマジと見ながら八田さんが呑気な感じに言った。直後。

 鈍器の打撃音。


「痛っ」

「そんなはずないわよっ」


 砂賀野さんが八田さんを拳で殴りつつ、怒鳴った。

 な、なんか、思った通り凄い人だな、砂賀野さん。


「私はこの目でしっかりと見たのよ!? 八田君っ! あんただって見たでしょう!?」

「まぁ、それっぽいのは見たっすけど。俺、砂賀野さんみたいに、目ぇ、良くないっすから」

「えぇっ、そうよっ! 私は両目3.0よっ! 何よ!? あんたのそのカラコンは飾り!?」

「飾りっす……」


 凄い剣幕の砂賀野さん。八田さんは、殴られた所をさすりつつ、ボソボソ言う。なんだか、八田さんが憐れだな。


「とにかくっ」


 仕切り直すように、砂賀野さんは私達を睨みつけ怒鳴った。


「この目で見ちゃった以上、何がなんでも証拠押さえてやるわっ! これからあなた達を徹底的に追うから! 覚悟しといてっ!」


 そう言い残し、砂賀野さんは慌ただしく嵐の様に立ち去る。八田さんが慌てて後を追う。やっと、帰ってくれた……。

 疲れた……。疲れる、砂賀野さん。


「助かった。人間の格好で出てきてくれて」


 聖亜が大きな溜め息と共にと言う。


「はい。川に戻りましたら、明日菜様達の妙な会話が聞こえまして、明日菜様の危機だと思いまして、慌てて尾を乾かして参りました。

 って……。あ、明日菜様ー!」


 呆然としていたのか、淡々と喋っていたレーネさんが急に叫び出した。レーネさんは、涙目になりながらパニック気味に喋る。


「ど、どど、どうしましょう……っ!!

 あれが噂に聞く『マスコミ』と言うものでございましょう!? バレてしまいましたわっ! 私達の事がバレてしまいましたわー!」

「レーネさん。とりあえず落ち着いて……」

「これが落ち着いていられる状況でございますかぁ!?」


 まぁ、確かにそうだけど。パニックになる気持ちもわかるけど、なんだか私は逆に冷静になってきた。ゆっくり考えなきゃ。


 大変なことになった。

 フリーの新聞記者って、一体どのくらいの影響力があるんだろ。どこかの新聞社に所属してる訳じゃないし……。でも、マスコミはマスコミだし。

 やっぱり大変だよね。


「ヤバイな……」


 聖亜がため息混じりに呟く。私の言葉を代弁するかの様な言葉。ふと見ると、聖亜の目はとても厳しい。


「これから俺と明日菜。追い回されるな」

「だね……」


 聖亜の唇を噛み締める様な呟きに、私は力無く返事をする。やっぱり……、そうなっちゃうよね。


「ど、どうしましょ〜……っ」


 少し呆然としていたレーネさんが、再びパニックになったかの様に、悲痛な声を上げる。唇は震え、顔色は青く、瞳からは涙が零れてる。


「私、私……、王様にお叱りを受けますぅ〜っ! リア様の侍女から外されたらどうしましょ〜っ! それに、それにっ、明日菜様にまでご迷惑を……っ」

「あ〜、はいはい。レーネさん、とりあえず落ち着いて。一番悪いのはレーネさんじゃなくてリアですよ」


 私はレーネさんを丸め込む様に言う。

 でも、この『一番悪いのはリア』って言うのは実際問題当たっている。リアが川から出てうろうろしてるから、レーネさんが探さなくてはならなかった訳だし。


「とにかく、レーネさんはすぐ川に帰って下さい。そして、もうむやみやたらとこっちには来ないで下さいね。後、リアには私から話しておきますから」

「は、はい……っ。ありがとうございますっ、明日菜様っ」


 泣き崩れそうな勢いのレーネさんが、私の言葉にうなづき、深々とおじぎをする。そして、華麗に川へと飛込んで行った。


 綺麗。

 潜った瞬間、足は魚の尾へ、服は溶けるかの様に水の中へ消えて行く。鱗がキラキラと光り、水面に揺れる……。流れる様に泳ぐ。人魚が泳ぐ姿って綺麗なんだなぁ。

 レーネさんは、川から顔だけ出してもう1度おじぎをした。そして、川へ深く深く潜って行った。






「えぇ!? マスコミにばれた!?」


 翌日。今は12:30、昼休み。屋上。いるメンバーは、私・聖亜・渚君・リア。渚君とリアの見事なまでに重なった叫びが、静かな屋上に響き渡った。


「いや。まだ完全にバレた訳じゃ……。写真も取られてないし」


 そんな2人に気押されつつ、私はボソボソと答える。渚君はヒステリックに叫ぶ。


「な、なななっ、なんっでんな事になったの!?」

「いや、レーネさんがね……」

「レーネが!?」


 私の言葉が言い終わらぬうちにリアが声を上げる。『レーネ』という名前に反応して。


「もーっ、何やってんのよ、レーネはっ」


 私まだ、『レーネさん』がどうしたのかは言ってないんだけど……


「あのなぁ……。リア」 聖亜が呆れ顔で、更に深いため息ついて言った。


「何よ」

「貴様の侍女はなぁ、お前を探してたんだぞっ。んでっ、偶然河原にいた俺らにあんたの居場所聞いてて、それであの新聞記者に見られたんだぜ? そうなると、1番悪いのテメェじゃねぇか」


 それ、昨日私も思った。その通りだよ。レーネさんが甘かったところがあるのも確かだけど。何より元凶はリアだ。


「えぇ。私ぃ?」


 リアは、不満気に口を開く。


「そうかもしんないけどさぁ。でも私、人魚に産まれたくて人魚に産まれてきた訳じゃないしぃ……」


 リアが口を尖らせる。


 この人。分かってはいたけど、なんて言う軽い女だ。一体私達はなんのために必死になってるの? 当の本人が、おおげさかもしれないけど、仮にも自分の一族の存亡の危機だと言うのにこの態度。


「ま、しょうがないわね。私、一旦川に帰るわ」


 と言い、スクッと立ち上がったリアは、やれやれと言った感じ。呆れてすらいるかも。

 リアはそのまま、猫撫で声で渚君にじゃあねといい、軽い足取りで屋上を後にした。

 残された3人で、深い溜め息。


 なんか、腹が立つ。昨日、私達はあんなに一生懸命砂賀野さん達を誤魔化して来たのに。本当、リアは好きになれない。




「あ。やっほー、君達。コンニチワッ」


 放課後。いつもの様に私と聖亜、そして無理矢理着いて来た渚君とで、帰ろうとした時、私と聖亜は校門手前で固まった。校門の向こうに、にこやかに手を振り、声をかけてきた女の人がいたからだ。隣りに金髪の男の人をつれた女の人……。


「さ、砂賀野さん……」

「え!? この人が!?」


 誰だか分からずに首を傾げていた渚君が驚きの声を上げる。

 そして聖亜は静かに怒って口を開く。


「なんで俺らの学校知ってんだよ……っ」

「昨日制服着てたじゃない。すぐわかったわよ」

 あからさまに怒っている聖亜の機嫌は無視し、砂賀野さんは相変わらずにこやかに言う。そんな中渚君は困惑しつつ、小声で言う。


「ね、ねぇ。明日菜ちゃん。本当にこの人達が、例の……、あれ?」

「あぁ。うん、まぁ……」

「あら……?」


 私達の会話に気付いた砂賀野さんは、渚君の顔を凝視し、首を捻る。


「君、昨日はいなかったわねぇ。なのに私達のことこの子達から聞いてる……、となると」


 そこまで言うと砂賀野さんはニヤリと笑う。


「もしかして、この子も君達の仲間……っ」


 砂賀野さんは不意に口をつぐむ。目を丸くして。

 何故か、というと、聖亜と渚君が凄い目で砂賀野さんを睨みつけたのだ。凄い、凍て付く様な2人視線。流石の砂賀野さんすら、黙らせた。


「な、何かしら……?」


 ただならぬ2人の物言う視線に、砂賀野さんは目を泳がせつつ呟いた。

 その時、渚君の回りの石ころが数個、音もなく浮き上がった。空へと舞う風船かの様に、軽く。

 砂賀野さんと八田さん、そしてその場に居合わせていた河上高校目の生徒達が丸くした。


「な、渚君っ! ストーップッ!!」

「──っ」


 とっさに、渚君の方を揺らし止める私。その声に渚君は我に返った様にハッとして、石は地面へとそのまま落ちた。

 怒る気持ちはわかるけど、『石ぶつけた』なんてなったら洒落にならない。


「聖亜もっ! キレるの終わりっ」


 私は聖亜の背中を軽く叩いた。聖亜は舌打ちをする。

 砂賀野さんと八田さん、その他生徒達は固まったまま。呆然として、話す言葉が見つからない感じ。


 それにしても、渚君。あの力まで見られちゃったよ……?


「あの、砂賀野さん?」

「え……、え!? 何!?」


 砂賀野さんは、ようやく我に返り声をあげる。私は、不覚にも見慣れてしまったけども、あんなもの見て驚くのは、信じられないのは、当たり前。

 とりあえず、学校に来られるのはまずい。しかも、今は早くこの場を去らないと、渚君の力とかのことで泥沼になりそう。


「砂賀野さん。もう、私達に関わらないで……、っても、無理だろうから、せめて、学校には来ないで下さい」


 できるだけ、変な噂はたたない様に。誰かが何処かで、『人魚』に辿り着く可能性がない、とは言い切れない。できるだけ明るみにならない様に。できるだけ、誰かが人魚にたどり着いてしまう可能性が低くなる様に。


 そうでなければ、また人魚を危険に晒してしまう……っ。



 ちょ、ちょっと待って……? 私、何を、言ってんの?


 『また』、って何?

 どういう意味?


「明日菜?」

「!!」


 今度は私が固まっていた。聖亜に呼ばれて我に返った。ふと視界に入った聖亜の顔は心配気に瞳が揺れている。きっと、私が凄い呆然とした顔をしていたんだろうな。


「どした……」

「ん? 明日菜ちゃん、どうかしたの?」

「な、なんでもない……」


 聖亜の言葉に、渚君も私に言葉を投げ掛ける。


 とっさに、『なんでもない』としか答えられなかった。


 私は一体、どうしたの?


「せ、聖亜っ。行こっ」

「え? あぁ」


 私は、まだ呆然とつっ立ったままの砂賀野さん達に軽くお辞儀をして、聖亜を連れて歩き出した。聖亜は首を傾げつつ、私の成すがまま付いて来る。渚君は猫撫で声をあげて追いかけて来た。


 後ろの方で、校門辺りがが騒がしくなってる。チラッと見てみたら、砂賀野さん達は未だ立ち尽くしてる。



 『また、人魚を危険に晒してしまう』……?


 『また』って何……?

 『また』って何? 『また』って何!?


 どうしたの? 私……。私は、人魚じゃない。私は、サレスじゃない。 私には、サレスなんて関係ない。私は、人間。人間だよ?

 人間、なのに……。


「明日菜、どうしたんだ?」


 聖亜が、校門が見えなくなってから、改めてそう聞いた。

 だけど、私に答えられない。


 そもそも、どうして私はこんなにまで必死になって……、人魚を守ってるの?

 なんで?


「明日菜……?」


 私は、その場に崩れる様に座りこんでしまった。


 なんでかな?

 私は人間。絶対に人間。

 前世だって関係ない。もし、もし仮に、前世と言うものが存在して、私の前世が人魚、サレスだったとしても……、関係ない。

 今の私には、関係ないことなのに。


「明日菜。どしたんだ? 大丈夫か?」

「明日菜ちゃん……、どぉしたのぉ?」


 渚君は消え入りそうな声で言う。

 聖亜は、そっと私の肩を掴み立たせる。スカートについた砂埃を軽くはらってくれる。


「おい。明日菜?」


 うつむいたままの私に、聖亜は目の高さを合わせて静かに言う。

 なんか、聖亜に隠し事って……、出来ないや。


「聖亜……」

「ん? 何だ?」

「ねぇ。聖亜はどうして人魚を守ろうと思うの……?」

「──っ」


 私の質問に、聖亜は顔を強張らせた。

 なんで?

 理由は、わからない。だけど、聖亜の表情は次第に雲っていき、終いには顔をうつ向かせた。

 一呼吸置いてから静かに口を開いた。


「俺は、前世で、前世の俺が……、人魚にやってきてしまったことに対して……、罪悪感がある」


「え……」


 思いもよらぬ聖亜の言葉。うつむきつつも、はっきりと言った。私と渚君は驚いて、少しの間を置いてからやっと反応出来た。

 私より、先に渚君が口を開いた。呆然としたまま呟く様に。


「罪悪感なんて、持ってたんだ……」

「あぁ。アクアの時は……、罪悪感の『ざ』の字もなかったけどな」


 聖亜はうつ向いたまま。小さなため息をついた。

 それから顔を上げた。その瞳は、毅然としていた。


「やっちまったことは、どうにもなんねぇし……、悪あがき程度にしかならねぇかもしんないけど。せめてもの償いに俺は……、アイツらを守っていきたいと思う」


 はっきりと、決意すら感じる力強い言葉。

 聖亜は、アクアが、自分の前世がしてしまったことで戦ってるんだ。そのために、人魚を守ってる。前世のことで戦ってる。

 だけど、自分のために戦ってる。


 私は、何を言ったらいいのかわからず、黙り込んでいた。聖亜は、そんな私の目を見てニッと笑った。


「なぁに暗くなってんだよ。お前、アレか? なんで自分が人魚のために必死になってんのか……、とでも考えたのか?」


 図星。


 流石聖亜だ。15年も一緒にいたから、私のことなんて結構お見通しだったりする。まぁ、15年も一緒にいても聖亜のことはよくわかんないことも多いけど。


「図星、だろ?」


 聖亜が優しい顔で言う。私は、少し間を置いて小さくうなずいた。


「なんで?」


 その時、不意に渚君が口を開いた。ふと見ると、困惑した顔をしてる。その声に、力はない。


「なんで? いいじゃん。必死になったって……。明日菜ちゃん自身にだって関わってくるかも……」

「貴様は黙ってろっ」


 聖亜が凄い形相で渚君を睨む。渚君は口をつぐむ。今尚、困惑して。

 渚君は、人魚に対して、前世に対して、渚君自信の感覚と私の感覚のズレには疎い。


 聖亜は改めて私の瞳を見た。


「いいか? 明日菜。深く考えるな。お前がとっさに人魚を守ろうと必死になってたってんなら、それはお前が人間だとか、サレスがどうとかそんなことは関係なく、お前自身が単純に人魚を守りたいと思ったんだ。違うか?

 深く考えるな」


 聖亜は、ずっと私の目を見てる。力強い眼差しで。なんとも頼もしい瞳で。


 単純に、私が人魚を守りたい?


「明日菜、人魚が世間に見付かればどうなるなんて、誰にだって簡単に予想つくんだ。それを止めようってんだから、それは人として凄い良いことなんじゃないか?」



 どうして、聖亜の言葉にはこんなに説得力があるの? どうして、私が欲しい言葉を的確に言ってくれるの?


 そうか……。


 私が、私自身が人魚だとか人間だとか、そんなことは関係ない……。

 ただ、危険な目に会いそうな人達を、人魚を守りたいと思っただけなんだ……。


「うん。そうだね……」


 私はゆっくりとうなずいた。そんな私を、聖亜はそっと強く抱き締めた。


 聖亜って……、凄いな。あんなに渦巻いてた心が、凄く軽くなった。こんなにも、迷いが簡単に消えた。

 どうして聖亜には、私の欲しい言葉が分かるの?


「……?」

 ふと見上げると聖亜は、私、ではない方を見ていた。鋭い目で。険しい顔で。──真剣に。

 聖亜の視線を辿る。その先には、渚君。


 不意に私の心臓が早鐘を打ち鳴らす。目に映る、渚君の表情を見て。


 渚君の瞳が、揺れていた。悔しい。悲しい。辛い。いろいろな感情が渦巻いて、瞳が揺れている。その感情が、ハタから見てもしっかりと読み取れる様に。

 私の頭は真っ白になった。動悸が更に速度を増して行く。心臓どころか、全身の血管が波打っている。

 渚君から、目が離せない。

 どうして?


 それから渚君は、唇を噛み締めうつ向いた。拳に力を込め、そして、私達に背を向けて走り出した。


 ──渚君……っ!






 自己嫌悪。


 帰宅後。私は自室のベッドに倒れ込み、自分の頭を叩く様な勢いで抱えた。



 どうしてだろう。


 あの後私は、とっさに聖亜から離れて渚君を追った。


 なんで? わかんない……。なんで渚君を? 聖亜の前で、聖亜から離れて、いや。あれは振り払ったに近かった。そこまでして……、

 どうして。


 ベッドに突っ伏しながら、自問自答を繰り返す。……答えられてはいないけど。


 なんか、あの渚君の悲しそうな、悔しそうな、辛そうな……。なんとも言えない顔を見たら、頭が真っ白になった。心臓が激しく鳴り響いた。

 何も考えれなくなって、走り去っていく渚君を見たら、とっさに体が動いてた。

 とっさに、聖亜を振り払っていた。


 わからない、わからない……っ!


 渚君を追い掛けて、まぁ、追い付けなかったけど。それから我に返った時、血の気が引いた。自分のした行動の意味が分からない。

 慌てて聖亜のところに返ったら、今度は聖亜が、去り際の渚君と同じ様な顔をしていた。それから聖亜は薄く笑って……、帰るぞ、と言っただけだった。

 その後も、聖亜はこのことには触れなかった。

 全く、一切、こんなことは、なかったかの様に。


 どうして?

 ねぇ、聖亜……。どうして怒らないの?



 私は、渚君を追ってどうするつもりだったんだろう。なんで……、この体はとっさに渚君を追い掛けたの?どうして…、聖亜を振り払ってしまったの?



 どうして私は、聖亜を裏切った……?



 私のした行動は、聖亜への、完全なる裏切り行為だよね? なのに、どうして聖亜は私を責めないの?

 心の奥がもやもやする。罪悪感。もの凄い罪悪感が渦を巻いている。

 聖亜、しっかり怒ってくれた方がまだ少し良かったよ……。


 あの、聖亜の辛そうな顔が頭から離れない。

 明日、明日聖亜に謝ろう。


 絶対、謝ろう。






 急いで朝ご飯を口に書き込んだ。鞄を掴み取り、ろくに鏡も見ずに家から飛び出した。

 こういう日に限って、私は寝坊した


 現在8:05。走れば遅刻はしないけど。

 いつも聖亜と互いのうちから少し行ったとこにある公園で7:40に待ち合わせしてて、7:50になっても来なかったら先に行くって決めてあるから。聖亜はもう、多分いない。


 待ち合わせの場所には……、やっぱり誰もいない。

 まぁ、こんな時間までここに居たら、歩いては間に合わなくなるし、当然だけど。


 とにかく、急がないと。




 靴箱に手をついて、肩で激しく息をする。学校まで走って、息が荒れている。なかなか戻りそうもない。


 学校にはなんとか間に合ったけど、やっぱり聖亜には追い付けなかった。


 遅刻寸前だから、すぐ教室行かないとショートホームルーム始まってしまう。


 聖亜に謝るの、昼休みまでできない。



「おはよう。高瀬さん」


 急いで上靴に履き替えていたら、後ろから聞き慣れない声がした。


「え? あぁ。お、おはよう……?」


 振り返ると、そこには同じクラスの女子が1人立っていた。

 私は面食らった。クラスでは1匹狼で、孤立していると言っても過言ではない私。入学間もなくならまだしも、今日(こんにち)になって私にわざわざ挨拶してくる人なんて居なかったから。渚君以外は。


 あれ? この子……、その渚君ファンで、私を毛嫌いしてた娘だ。なんで突然、挨拶なんか? 悪いけど、気味悪い。



 その時、鈍い打撃音が遅刻寸前なせいで人気のない玄関に響き渡る。と同時に、私の後頭部が鋭い衝撃に襲われた。


 何が起こったのかが理解出来ない。


 視界が歪み、白くなった。次の瞬間、頭に広がる激痛の波に飲まれ、意識は闇へと引きづりこまれた。




 意識を失う刹那。

 妙に冷静に事態を理解した自分がいた。



 渚君ファンに襲われた、と。







───────【7】 終了

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