≪6≫
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─一体……、聖亜も渚君も、私のどこがそんなにお気に召すのだろうか?
だいたい私は、顔は平々凡々、まさに並。性格はひねくれてる……、という並以下。頭の良さが唯一の取り柄みたいなもの。
彼氏いない歴15年、モテない歴15年、男嫌い歴15年だったのに……。
妙な展開になったもんだ。
高1の夏の始めに現れた、この私に初めて言い寄って来た男2人。
1人は、長年つるんできたはとこ兼幼馴染み兼、現在私の彼氏なんていうものとなってる立花聖亜。
もう1人は、季節外れの時期に転校してきて、私を探していたなどという変なヤツ、天原渚。
なんだかなぁ……。誰がこんな状況になると予測出来ただろうか。
今は夏休みに入って何日か経った、8月の始め。渚君が転校してきたのが6月の終わり。まだ1ヶ月ちょっとしか経ってないのに、回りの状況が普通ここまで急変するものだろうか?
聖亜自身も、今の自分の状況にかなりビックリしてるって言ってたし。
やっぱり、そうだよなぁ。こないだまでは男も女もない、ただの幼馴染みだったんだし。
聖亜とは夏休み中、たまにフラフラ出かけてる。どっちかが買い物とかある時に誘う感じ。
そして、1回バッタリ渚君に会ってしまった。渚君の後ろにはリアもくっついてたけど。
なんていうか、聖亜とリアがグルになってる、というか……。
そのせいで、余計渚君はキレる寸前、あわや殴りあい……。とまでは一応行かなかったけど、そんな風になりかねない感じだったから、私はなんとか話をうちきって、聖亜をつれてそそくさ逃げた。かなり……、注目浴びてたけど。
いつこの付き合いが親の耳に入るだろう……。なんとなく、気恥ずかしくてまだ言ってないから。
その時を機会に、聖亜にできるだけ1人でふらつくなと念をおされた。
◇◆◇
──ガチャッ。
「行ってきまーす」
夏休みも下旬に差し掛かる頃。今日は、聖亜と出かける約束。私は勢い良く家を出た。
あぁ、今日も暑い。
雲のない綺麗な青空。ギラギラと照り付ける太陽。ここんとこ連日30度を超えている日々。そのせいか、聖亜とも出かけてなかったんだけど、今日は久々。聖亜が買い物だかで。
にしても……、ここまでしょっちゅう出かけた夏休みは始めてだ。少し、いつもより焼けたなぁ。ちょこっと小麦色、なんだか健康的な色だ。
あぁ、そうだ。
頼むから今日は、渚君とバッタリ会いません様に。
「あっ! 明日菜ちゃんだ!」
不意の聞き慣れた声に、体がビクッと反応してしまった。
聖亜と2人で街中をふらついてたら、後ろからこの騒がしい街中でもハッキリ聞こえるほどのどでかいアイツの声が響いた。ゆっくり振り返って見ると、遥か彼方150m位向こうから誰かが走ってくるのが見えた。
そう。あれは紛れもなく渚君……。
どうしてこんな人混みの中、しかもあんな遠くから分かる訳……? ある意味感心してしまう。
なんて変に感心してると、聖亜が私の腕を掴んだ。
「逃げるぞっ」
「え……っ」
私の答える間もなく、私の腕を掴んだまま聖亜は、全力疾走しだした。
「うわっ、ちょっ……、聖亜っ、は、速……っ」
「は!? 何!? 風で聞えねぇわっ」
ちょ、ちょっと待って。
聖亜と私じゃ、足の速さに差がありすぎるんだけど。全然ダメ。一緒に走ってるんじゃなくて、ただ引っ張りまわされてるだけだ。
「立花君! なんで逃げんのさ! 臆病者ーっ!!」
「ッバーカッ! 逃げんのも時には勇気だ!」
後ろの方から渚君の大声が響き、聖亜もまた叫ぶ。
なんて言うか、またもの凄く見せ物になってる……。
──数分後。
どうやら渚君を撒いたらしい。
私達は、街の真ん中にある大きな公園のベンチで休むことにした。……正確に言うと、私が休んでる。聖亜は割りと平然……。
「せ、聖亜……っ」
私はかなり荒れた息を必死で抑えて言った。
「あ?」
「あ? じゃないよ……。私の足の速さも考えて。速いよ……」
「速いったって、お前の足に合わせてたら、お前、思いっきり天原の餌食だぞ」
それは、そうかもしれないけど。でも、疲れる……、と言うよりもしんどい。こんなに走ったのなんて久々。
「喉乾かね? 飲み物買ってくっから座ってろ」
「へ?」
聖亜はヘバッてる私にそう言うと、今いるベンチと対角線上の反対に位置する自販機へと走って行った。
よく体力残ってるな。大きな公園、今の私じゃそれを走ろうなんて思えない。
それにしても、なんでこんな人混みの中、計った様に渚君に会うのかな? そして、なんで渚君は、あんな遠くから私らの姿を発見出来る訳? 恐るべし……。
「見〜つけたっ」
「!?」
1人で考えて込んでいると、私の後ろから急に男の声がした。っていうか、言うまでもなく。
「やほっ! 明日菜ちゃん!」
そろりと振り返ると、案の定、リアに付きまとわれつつも満面の笑みの渚君が立っていた。
その直後、渚君から笑みが消え、珍しい厳しい顔になり、不意に視線が私より上に上げられた。
「久しぶり。立花君」
「え……?」
「よぉ。天原」
ふと見ると、缶ジュースを2本持った聖亜が立っていた。凄く冷ややかな瞳をして。
「聖亜っ! いつの間にっ」
「今来た」
速……。本当にその体力はどこから……。
って、いやいや今はそれどころではない。早くここからいなくならないと、また……。いや、今度こそ本当に殴り合いに……っ。
「せっ、聖亜!」
「ん?」
「もう行こっ! 疲れなら取れたからっ」
私は急いで立ち上がり、強引に聖亜の腕を引っ張った。
「立花君」
「あんだよっ」
渚君に背を向けて行こうとした瞬間、渚君に呼び止められてしまった。聖亜は立ち止まり苛立たしげに応える。
駄目だ。なんだか、一触即発の雰囲気。
だが、私のハラハラを裏切り、渚君の口からは思いもよらぬ言葉が出てきた。
「気付いてないの? もしかして」
「はぁ?」
私と聖亜は意表をつかれ、素頓狂な声をあげた。が、渚君は冷静に、私達を通り過ぎさらに後ろの方を指差した。
「あっち。よーく見てみなよ」
言われるまま、渚君の指差す方を見た。広い公園、目を凝らして。すると、公園の木の陰に何かが、誰かが隠れた。
え……? 何? 誰?
聖亜は無言でその木に向かってゆっくりと歩き出す。
「あっ、逃げやがった!」
近付く聖亜に気付いたその誰かは、慌てて走り出した。とっさに、聖亜もその人を追いかけ地面を蹴る。
少しづつ追いつき、そして、その人の腕を掴んだ。
「キャッ」
「あぁ゛!? テメェ……ッ」
聖亜が捕まえたその人は、見覚えのある女性。
「り、利寿さん……?」
「貴様、何してたんだ?」
聖亜により無理矢理ベンチまで連れてこられた利寿さん。に、聖亜が聞く。呆れた様な怒った様な、目が座ってる。
「ご、ごめんなさい。ふと……、2人の姿を見かけたものだから、気になって……」
利寿さんはうつ向き、申し訳なさそうに言う。声は弱々しく、震えてる。
「気になってだぁー? 俺が何してようと貴様にゃ関係ねーだろ。テメェ、ある意味ストーカー行為だぞ!?」
確かに……。
聖亜は嫌気がさした様な顔をして、心底深い溜め息をついた。
「ごめんなさい。どうしても、気になって……」
この人、本当に聖亜が好きなの? まだ……、今日を入れても2度しか会ってないのに……。それなのに、ここまで、本気なのは……、やっぱり『前世』のせい?
利寿さんは思い詰めた顔をしている。そして、何かを決心したかの様に、手を握りしめて言った。
「ねぇ、アク……、じゃない、立花君っ」
「んだよ」
聖亜は相変わらず冷ややかな目をしてる。さげずんですらいそうな瞳。
「どうして、どうしてサレ……、高瀬さんと歩いてるの? まさか……っ」
悲痛な色を帯びた表情の利寿さんの問いに、聖亜は一瞬黙って私をチラッと見た。冷ややかな瞳、ではなく……、何か沈んだ……。
な、何……?
「そうだよ。明日菜は俺の彼女だよ」
「そんな……」
利寿さんの顔が、更に曇る。悲壮感漂う表情、目が泳いでる。
「明日菜。行くぞ」
「え? あ、うん」
聖亜は私の手をしっかりと取った。優しく、だけど力強く。そしてそのまま、利寿さんと渚君、ついでにリアに背を向けて歩き出した。
その時、利寿さんが口を開いた。積が切って溢れたかの様な叫び。
「どうして、どうして……!?」
その言葉に、聖亜はピタッと立ち止まる。
「私は今でも、アクアが……、立花君が好きなのにっ。ずっとずっと探してたっ。またっ、前世みたいに2人で、一緒にいたいから……っ!」
利寿さんが切実に叫ぶ。
ホント……、どうしてそんなにまで?
それから利寿さん達には背を向けたまま、聖亜は少し間を開けてからゆっくり口を開いた。
「お前ら……、自分で前世の気持ち流されてるって思わねぇ? 俺には、お前らは現世でも前世の時の思いに流されてる様にしか見えないんだよ」
静かに、それでいてはっきりと強く、聖亜は言った。相変わらず利寿さん達には背を向けたままで。
その姿は、背を向けたままのその姿はまるで、『俺は違う』と言う意志の表れの様。
聖亜の言葉に、渚君も利寿さんもただ、息を飲んで呆然としてる。何も、言い返さない。何も言い返せない? つまりは、図星、なのかな。
聖亜は、少し間をあけて更に続ける。相変わらず静かに、強く、そして淡々と、言い聞かせる様に。
「確かに、前世での俺と笠上は、アクアとショウは夫婦だったけど、前世と現世は違うんだよ。
俺とアクアは、違うんだよ……」
昼間の街中の憩いの場、として賑わう公園。に、聖亜の声が妙に響き渡った様に感じた。
渚君と利寿さんは、神妙な顔をして聖亜の後ろ姿を眺めてる。聖亜は、なんだか無表情だ。無表情の瞳で、私でもなく、宙を眺めてる。私の手を取る聖亜の手に、少し力がこもった様に思えた。
それから、何秒間そのままだったろうか。無言で、重たい空気が立ち込める私達の間。聖亜は、何も言わない。そしてそのまま、私の手を取ったまま、静かに公園を後にした。
それ以来……、夏休み中、渚君も利寿さんも私たちの前に姿を現すことはなかった。聖亜の言葉が心に刺さったのかなんなのか。2人とも神妙な顔をしてた。何も言い返さずに。
こんなこと、考えたことなかったのかな?
なんか、聖亜って凄い。なんか、凄いいろいろ考えてる。重たい言葉。
別に……、前に流されてる訳じやない私にも、なんだかズシッとくる言葉だった。
◇◆◇
──9月1日、始業式。
残暑厳しい9月。天気予報では今日は30度を越えるらしい。
久しぶりの制服に久しぶりの学校。そして何より、久しぶり早起き。
課題しか入ってない軽い鞄を手に、朝から暑い空を見上げた。
そう、今日から学校。
「よぉ」
「あ、聖亜。おはよ」
いつもの登校時の待ち合わせ場所。聖亜が一足先に来ていた。
聖亜……。と渚君は、また衝突するのだろうか? これから学校。夏休みはもう終わり。毎日、顔を合わせるんだ。
でも、あれから姿を現さなかった渚君。もう、何も、言わなくなってしまうのだろうか?
「明日菜?」
「へっ? あ……、何?」
聖亜に呼ばれて私は現実へと引き戻された。なんだか、隣りの聖亜のことも忘れて、考えこんでた?
「どした? 黙り混んで」
「えっ? あぁ、いや。なんでもないよ。ちょっとボーっとしてただけ」
なんとなく、言い訳。だって。
『何も言わなくなってしまう』って何? 私、何考えてるの? 渚君が、『何も言わなくなる』、それにこしたことないじゃない。
『なってしまう』。何、その言い方。まるで、そうなって欲しくない様な……。
「明っ日菜ちゃーんっ! おっはよーう!」
「……お、おはよ……」
今日、渚君が教室のドアを開けて、一言目はそれだった。
なんか、『何も言わなくなってしまう』どころか、まるで何事もなかったかの様に……、至って普通の夏休み前と同じ態度。
いや、それどころか、行動がエスカレートしてる。
夏休み前よりも更に馴れ馴れしい、というか……。常に私について来ようとするし、常に私に話しかけてないと気がすまないみたいにしょっちゅう話しかけて来るし。更に、聖亜に対してすらなんか馴れ馴れしい。
というかなんというか……。
さっき久々に会った聖亜に対し渚君は、『やっほー、聖亜君っ。ひっさしぶりーっ、元気だった?』、なんて話しかけてた。それはもうとてもニコやかなか渚君スマイルで。聖亜は一瞬呆気に取られて目を丸くしたけど、すぐ『下の名前で呼ぶな』と、後ろから強烈な蹴りを入れていた。
この渚君の態度には、私も呆気に取られて目を丸くした。と言うより、この世で有り得ないものを見てしまった気分だった。
渚君は、次の日もそれからもずっと、そんな調子……。
「なんっなんだっ、あいつはっ」
夏休みが終わり1週間が過ぎたある日の昼休み。渚君をなんとか撒いて、屋上にやってきた私達。聖亜が疲れと呆れと怒りをおり混ぜて言った。
「アハハ。だね……」
私は冷めた笑いと供に呟いた。
私なんか今日、学校の敷地に足を踏み入れてから初めて視界に渚君がいない気がする……。そして相変わらずリアも渚君の回りをうろちょろしてる。
なんか疲れる。最近逃げてばっかりの様な気が……。
その時、ガチャと静かに音をたて、屋上のドアがゆっくりと開いて行く。
珍しい。この学校の屋上はめったに人がいない。私達は良くいるけど。私達がいる間に誰かが来る、なんてことすらほとんど体験したことがない。 私と聖亜は一瞬目を見合わせ、ドアを見た。
そして、私と聖亜はまた、顔を見合わせた。
そこに立っていたのは、ドアを開けたのは、
渚君だった。
傍らには、リアがくっついてる。そんなことは気に止めない雰囲気の、勝ち気に微笑んだ渚君だった。
さっき、撒いたのに……。
「天原っ! テメェ……、なんでここが分かった……!?」
聖亜は、渚君から私を隠すかの様に、私の前に立った。渚君はニコッと笑って返す。
「うん。なんとなくね」
「なんとなくだぁー!?」
「うん。多分、これも僕のこの変な力の一種だと思う。なんとなく、明日菜ちゃんのいる方向がわかるんだ」
「何ぃ゛……?」
ニコニコの渚君に、今にもキレそうな聖亜。
あぁ、だから街中とかでも私を見つけれたのかぁ。って、納得してる場合じゃない。
この状況はちょっと……。今度こそ、殴り合いとか……。
「ねぇ、明日菜ちゃん、立花君」
ふと見ると、渚君は珍しくマジな顔をしていた。
「話があるんだ。聞いてくれる?」
「話、だと……?」
いつもよりも低い声で言う聖亜。渚君は無言で頷く。いつもよりも大人っぽい、真面目な顔で。
聖亜は軽くため息をつくと、顔を険しくさせた。そして、私の手を強く握る。
「貴様と話すことなんかねぇ」
そう言うと聖亜は、私の手を引いて屋上の出口へと向かった。そして、渚君の脇を通り過ぎた直後。
「逃げるの?」
聞き慣れた渚君の声であり、聞き慣れない渚君の張りのある声。聖亜はそれに反応し、足を止めた。渚君と聖亜は少し横にズレてるけど、背中を合わせた様な状態。渚君は、こっちには背を向けたまま動かない。聖亜も足は止めたものの、振り返りはしない。
「逃げる、だと……?」
「うん。違う?」
「違う」
「そう?」
「そうだ」
何、このずいぶんと淡々とした……、雰囲気。相変わらず背を向けたままで。顔も見ずに淡々と話す。
怖いくらい普通に……。怖いくらい……、普通じゃなく。
「とにかくっ」
渚君は振り返った。その顔には、いつもの渚君スマイルが戻っていた。
「聞いてよ。夏休み中に立花君に言われたこと、僕なりに考えて答え出したんだから」
「あの後ね、僕、ずっと考えてたんだ」
渚君は、屋上のフェンスによしかかり、ペタンと座りこんだ。それにつられて私達も座る。聖亜は、渚君のいる方からは少し体の向きを反らしてる。リアは、こんな時でも渚君の側からは離れない。
「立花君にああ言われてさ、僕、結構ショックだったんだ。そんなこと……、考えたことなかったからね。
あの後、僕が明日菜ちゃんの前に姿を現さなくなったのは、少し自分でゆっくりと考えてみようと思ったからなんだ」
めったに人の来ない屋上。渚君の静かな声がいやに響く気がする。
聖亜は体の向きは反らしたままだけど、顔だけは渚君の方へ向けた。真っ直ぐ渚君の目を見ている。とても真剣に。
渚君は空を見上げてる。
「でね、僕なりにしっかり答え出したんだ」
渚君は視線を下ろした。そして、ゆっくりと私を見て、聖亜を見た。
「ねぇ、立花君なら分かると思うけど……、サレスと明日菜ちゃんって、似てると思う?」
「……いや、顔はそのままだが……、中身は全然違う」
「でしょ? 明日菜ちゃんとサレスって、同じなのは顔だけなんだよね。性格は別人」
「まぁ、な」
聖亜はボソッと言った。その聖亜の肯定の言葉に渚君は一瞬笑って、また真面目な顔になった。
「立花君、あの時言ったよね? 『前と今は違うんだ』って、『俺とアクアは違うんだ』って……」
渚君の言葉に、聖亜は何かを悟った様な顔をした。そして、渚君から視線を反らした。『ちっ』と、舌打ちして。
「もう、何が言いたいか分かったしょ?」
渚君はニコッと笑う。聖亜は軽くため息ついて、ボソッと口を開いた。
「あぁ。つまりは明日菜も……」
「前世と現世では違う」
2人の声が綺麗に揃った。
「って言いたいんだな……?」
「そっ。僕とライティスは違うし、明日菜ちゃんとサレスも違う。だから、この気持ちは前世からそのまま来た訳じゃないよ」
渚君はニコニコしながら言う。聖亜は、渚君から視線を反らしたまま、神妙な顔をしてる。
「まぁ、でもね……」
渚君が笑顔を消して口を開いた。
「最初は、そうだったかもなぁ」
「は?」
聖亜が怪訝な顔で渚君を見た。
「うん。最初の頃は……、まだ転校したての頃は、サレスの来世だから、明日菜ちゃんが好きだったのかも……」
「ほら見ろっ」
渚君の言葉を遮って聖亜が怒鳴る。渚君は、一瞬びっくりして、それから笑顔になった。その笑顔はいつもの子どもっぽい笑顔じゃない。なんだか……、優しく微笑んだ。
聖亜ではなく、私を見つめて。
「でも、今は違う。
本気だよ? 本気で……、明日菜ちゃんを愛してるよ」
な……。
耳を疑った。言葉に詰まった。だって。
初めて聞く言葉。言われたことない言葉。
今のは、何?
私に言ったの?
私が言われたの?
顔が、熱い。
渚君は、そんな凄まじい発言を、照れもなく言った……。
あ、『愛してる』……?
「貴様、人の彼女によくもヌケヌケと言いやがるな」
聖亜は深いため息をついて渚君を睨みつけ、それから軽くうつ向いた。何やら、静かに怒ってるっぽい……?
「うんっ! もう遠慮しないよ」
渚君はニコニコ顔で答える。そんな渚君の言葉に聖亜はまたも深いため息をついた。それから、心底嫌そうに『ちっ』と舌打ちをする。
「あぁ、そうかよ。っつうか、今までも遠慮なんてしてねぇだろっ。フンッ。
もういいだろ? 明日菜っ、行くぞっ」
「え、あ……、うん」
聖亜は私の手を強めに握り、屋上から出て行った。
『本気で明日菜ちゃんを愛してるよ』
私は、渚君のあの凄まじい発言が頭から離れなかった。なんだか上の空で、『帰るぞ』という聖亜の言葉への返事も、申し訳ないけど生返事気味。だって、こんなこと、体験したことないんだもの。
顔が赤いのが分かる。
渚君は、珍しく追って来なかった。
あぁ、駄目だ。のぼせちゃう。
何分経っただろうか。私は、さっきから風呂の湯船でボーッとしてる。なんでだろう。渚君のあの言葉が頭から離れない。
『本気で明日菜ちゃんを愛してるよ』
この言葉ばかりが頭の中で渦巻いて、思考回路が正常に働かない。
何やってんだろ。顔のほてりが消えない……。
どうして? たかが……、そう、たかが渚君の言葉なのに。しかも今更な感もあるのに……。
渚君の、気持ちなら知ってた。
ちゃんと言われたことはないけど。なんてもの好きにも、私なんかを好きだ、ということ。それを、言葉に出して言われただけなのに……。
知ってた、ことなのに……。
「ハァ……」
なんだかため深い息が出た。こんなことで……、私は何を考えこんでるの?
たかが、渚君の言葉。
知ってたことなのに。知ってたことを、改めて言われただけなのに。
凄まじい発言ではあったけども……。
あぁ。駄目。こんなとこで、湯船の中なんかで考えこんでたら、ホントにのぼせちゃう。この顔のほてりは、お風呂にいるせいで余計じゃない?
もう上がらなきゃ。
風呂から上がろうと立ち上がろうとした。いつものつもりで、湯船の端に手をかけ、延ばしていた足を曲げ、力を入れた。
瞬間。
私はバランスを崩した。激しい水温、激しい水しぶきが舞う。
湯船に沈みかけた所を、すんでの所で両手で湯船にかけた手に力を込め、体を支えた。
な、何? 足が、言うことを聞かない……。
私は息を飲んで固まった。
言うことを聞かない足。に、目をやると、私の視界に飛び込んで来たのは、『うろこ』。
青とも、緑とも取れる、美しい色の、うろこ。
足が、私の足が魚に……。いや。
──私が人魚になっていた。
何、これ。
正に、頭が真っ白。
今、何が起きてる? なんだか、固まって動けない。体が、自分の物じゃないみたいに、硬直して動かない。
これは、夢? 幻?
一体、どういうこと?
私の足が魚に。私は、人魚なの?
嫌……っ!
背筋が凍る。ゾッとして、寒気が体中を走り抜けた。
慌てて目をつむる。顔を左右に振る。目を擦る。
このことを、気のせいにするために、見なかったことにするために。夢、幻にするために。
何秒、目をつむっていたかな。
数秒後、恐る恐る、目を薄く開ける。
「あ、あれ……?」
目前に広がったのは、見慣れた人間の、私の『足』だった。
魚ではなく、人魚ではなく。
戻、った……?
今のは、なんだったの? なんか、呆然唖然。とにかく驚いて動けない。頭も体も動けない。
私の足が魚になっていた。私自身が、人魚、になっていた?
どうして? なんで?
あれは夢?
そう言えば。前に渚君が、私は人魚になって行くみたいなことを言ってた。体に変化が表れるって。
それ、なの?
私の体に、人魚になる変化が……?
私、人間じゃなくなるの?
また、背筋が凍る。
人間じゃなくなる、なんて、嫌。怖い。
まさか。まさか、そんなこと……?
そんな『まさか』だよね? 私は、今、ちゃんと人間だもの。
2つの足で地面を歩ける。これからも歩いていく。
そう。ちゃんと人間だ。
『人魚』になんて、なりたくない。
何、これ……。
押し寄せる不安を無理矢理押し込み、お風呂から上がり、パジャマを着て、洗面所の鏡の前に立った。
そこでまた、私は凍り付くことになった。だって、なんか。
髪の色が、いつもより青い?
気の、せい? いや、気のせいじゃないっ。青い。青いよ、絶対。元から少し青っぽかったのは確かだけど……、それにしてもいつもより。
「なん、なのさ……」
鏡の中の自分に向かって、ボソッと呟く。受けとる相手のない言葉は、静かな洗面所に響く。
鏡の中には、凍り付いた私がこっちを見てる。少し、青ざめた瞳でこっちを見てる。
何……。これも、渚君の言う、体に起こる変化なの?
私が、人魚になっていく、って言うの……っ?
◇◆◇
「明日菜、どうしたんだ? それ……」
次の日の朝。私と聖亜の待ち合わせ場所にて、聖亜が唖然として言った。これが今日、聖亜の開口一番。
「わかんない……」
私は自分の髪を数本つまんで力なく言った。
私の元気のない言葉に聖亜は何かを感じ取ってくれたらしく、ポンポンと私の頭に手を置き、優しく撫でた。
足が魚、なのはすぐ治ったのに、この髪の青さは一晩経っても戻らなかった。
昨日は、なんだかいろいろ頭の中で渦巻いちゃって、ろくに寝れてない。
私は人間だ、って、必死に思い込もうとしてた。
一つ、気付いた。この髪の色……、リアの髪の色に似てる。
「わっ。明日菜ちゃんっ、髪青いっ」
渚君の開口一番もそれだった。同じクラスの連中もさることながら、他のクラスの人達まで集まって、私の髪を見て行ったりしてる。
そんなジロジロ見ないで……。染めた訳でもないんだし。
「明日菜ちゃんっ。体に変化、表れてきたねっ」
「え……?」
私の隣で渚君が、満面の笑みで言う。
『体に変化が現れた』?
「や、やっぱりそうなの? ……これ?」
「うん。だと思うよ」
恐る恐る聞き返す私に対し、渚君はあっさりと言う。
そ、そんな……。私、何? これからこんな変化が出てくるの?
嫌。
嫌だよ、そんなの。
私の気持ちも考えずに、どうしてそんな簡単に言うの? 渚君。
そんなこと、聞きたくない。聞きたく、なかったよ。
私の表情があからさまに曇ったのかな。渚君の瞳が、心配そうに揺れた。
「明日菜ちゃん。ど、どうしたの?」
私を、『サレスの生まれ変わり』だと信じて疑わない渚君。心配はしてくれるけど、その理由については、疎いかもしれない。
「高瀬、何事だ……? それ」
現在昼休み。案の定というか……、風見先生に呼び出された。
聖亜と渚君も付いて来てる。聖亜は、なんだか元気のない私を心配してくれてる。渚君も、そうなんだけど、理由については良くわかっていないみたい。
呼び出された場所は、風見先生が化学教師であるが故に化学準備室。呼び出された原因は、まぁ、言うまでもなくこの髪。
私のせいじゃないのに。
しかも、なんて言ったらいい? 渚君の言う、『体に現れた変化』だなんて認めたくない。口に、したくない。
「あの、先生。なんか、昨日の夜から急に……」
私はあんまり言いたくなくて、あったことをそのまま言った。すると、渚君が軽く、聞きたく言葉を言ってのける。
「先生っ。例のあの話のやつですよっ」
やめて。
そんな簡単に言わないで。
聞きたくない。
私は、そんな風には思ってない。
「あぁ。人魚がどうのこうの……、ってやつか?」
「そうです……っ」
渚君の言葉を遮る様に、聖亜が渚君の頭を小突いた。と言うより、殴ったに近いかな。
私の、表情を察してくれて……。
それにしても風見先生はすぐに何の話だか察してる。
こんなにあっさりと話が通じてしまうなんて。先生、信じてるのかな。
あんな、突拍子もない話なのに。
ふと見ると、風見先生は腕を組んで考えこんでいる。やっぱり、信じてない?
「なぁ」
「はい?」
「だからって、なんで青くなるんだ……?」
「あぁ。それは人魚が青い髪だからですよ。ただ、人魚全員が青じゃないですけど。青系……、緑から紫までいますよ」
風見先生の素朴な疑問、渚君はのにこやかに説明する。風見先生は感心したかの様にうなづきつつも更に疑問の目。
「だから、なんで高瀬の髪は青味が強くなったんだ?」
「あぁ。それは多分、『人魚』に近付いてるんでしょうね」
い や
渚君がニコやかにさらっと言った言葉が、私の心の奥に深く刺さった。
ちょっと待って。
──『人魚に近付く』? 私が…?
いや。
私は、人間だよ?
なのにこれから人魚に近付いてくって言うの? なんで?
それでこのまま放っとけば人魚になるの? もしなったら……、何? 私は人間じゃないの?
青ざめた。
怖い。怖い。
怖い。
「先生……っ」
ガタッと、私は思わず立ち上がった。顔は、軽く上を向けて。
風見先生の顔を、見てる様で見てない。
下を見たら水分がこぼれ落ちそうだったから。
「もう、この髪のことは、いいですよね?」
「あ、あぁ……。まぁ、仕様がないよな」
急に言い出した私に、風見先生は驚いている。
「分かりました。行こっ、聖亜っ」
「え? ……あぁ」
聖亜も、驚いている。
だけど、私はそんなことは気にせず、気にしてる余裕はなく聖亜を連れて、化学準備室を出た。
そそくさと。逃げる、みたいに。
「明日菜。どうした?」
聖亜は私を引き止める様に言う。私は、相変わらず視線はやや高くしてズンズン歩いていたのをピタッと止めた。
最初は、何とも思わなかった。渚君に初めて会って、この『人魚』の話を聞かされた頃は。でも、こうして訳の分かんない変化が我が身に起こって、事実、人魚も実際に存在していて。
なんだか、急に、不安……? 恐怖……? ──そういう何とも言えない感情が渦巻いてきた。
「うん。なんか、ね……」
私は、静かに口を開いた。
聖亜は私の前に立ち、目線の高さを合わせてくれる。
「なんかさ、よく分かんないけど……。何?
私って、なんなの?」
「明日菜?」
言いたいことのまとまっていない私に、聖亜は疑問の声を上げる。
「何? 私って……、
人間じゃないの……?」
ちょっと間を開けて、最大の疑問を、不安を、恐怖を、口に出した。昼休みの人通りの多い廊下。なのに……、私の声が響き渡った様な気がした。
──────【6】 終了