≪5≫
もし 読んで下さっている方がいるのであれば
もし 待っていて下さっている方がいるのであれば
大変長らくお待たせいたしました
The legend of Mermaid 第5話です
今回より 小説の文章が今までと 多少でも違うと思います
ここの小説は 自サイトの小説の再録なのですが その自サイトにて たくさんの批評サイト様に批評して頂きまして 少なからず学んだ結果です
今までは 自サイトの小説をそのまま移してきただけでしたが 今回よりは 手直しをしてあります
既に投稿済みの小説も 時間はかなりかかるかと思いますが 手直しをしたいと思ったいます
それでは お待たせし過ぎた The legend of Mermaid 第5話
よければご覧下さいませ
びっくりした。
……なんてものじゃない。
──『俺は、今の俺は、明日菜が好きだ。
俺と付き合わないか?』──
帰って来てからずっと、私は自分の部屋にこもってる。帰って来る最中も、帰って来てからもずっと、頭の中で聖亜のあの言葉が、リピートしてて止まんない。
私は、突然のことに頭が回らなくて、とりあえず一晩考えさせてとことわって、走って家に帰った。聖亜の顔を見ることも出来なかった。
いや、見てても、見えなかった。
頭の中は真っ白。聖亜の言葉だけはいやに鮮明に浮かび上がって、他は把握出来なかった。
考えもしなかった。
聖亜が、私を女として見てたなんて……。
近くにいすぎたせいかな?
私と聖亜は、今年で初めてクラスが別れたというクサレ縁。はとこだし、家は裏同士だし、親同士は凄く仲いいし。聖亜の姿を見ない日なんてほとんどなかった。
そのせいかな?
今までの私にとっての聖亜は、男も女もなかった。
けど、今日で一変。私の中の聖亜は、普通の男になった。初めて、私と聖亜は女と男なんだ、って理解した。
どうしよう……。
聖亜のことは決して嫌いじゃない。いや、どっちかって言うと、『好きだ』。聖亜は、私が唯一心を許している男子。
「は〜……」
なんだか深いため息が出た。まさか、この私がこの手のことで悩む日が来るとは思わなかった。しかも相手があの、聖亜とは。
私は今まで、人を好きになったことなんてない。もちろん、告白されたのだって初めて。まぁ……、渚君にはされたっぽいけど。
聖亜のことは『好き』。だけど、これが恋愛の『好き』なのかどうかが……、わからない。
どうしよ……、どうしよう……っ。
さっきから、顔のほてりが消えない。心臓もいつもより早く波打ってる。頭の中では、相変わらず聖亜のあの言葉がリピートしてる。
こんなの、初めてだ。
まさかこんな風になっちゃう自分がいたなんて……。
「あー。駄目だ……。頭混乱して考えられないや」
私はベッドに横になって天井を見上げた。
全然駄目。聖亜の真剣な瞳が、あの言葉が、グルグル回って頭が働かない。
落ち着いて。落ち着いて、自分。聖亜の言葉を、ゆっくり考えよう。
聖亜は、どうして私なんかを好きになったのかな? 渚君にしたってそうだ。こんな……、見た目平々凡々で、性格ひねくれた私なんかを。一体、何がよかったのかな。
そういえば……、聖亜は言ってた。今も尚聖亜を好きだと言う利寿さんは、前世の気持ちに流されてる様にしか見えないって。
うん、確かに。そう、見えなくもない。
渚君も?
渚君は……、私をサレスの生まれ変わりだと信じて疑わない。だから? 渚君本人の気持ちではなくライティスの気持ちに流されて、私のなかに見るサレスが好きなのかな。
私……、私は?
聖亜は私に、『お前も前世に流されるタイプか?』って聞いた。
違う。
私はサレスじゃない。そんなものに流されてたくない。私の中にはサレスなんていない。サレスの気持ちなんてわからない。
渚君は、……嫌。
あんな私の意見おかまいなしに抱きついてきたり、女々しいのに頑固で。子どもっぽい様なナヨッとしてる様な……。私の苦手な物を総まとめにしたようなヤツ。
しかも、『ライティスの気持ちに流されて』言い寄って来る男なんて。
絶対駄目。
じゃあ、聖亜は?
あっさりさっぱりしてて、ちょっとキツイとこあるけど。それは私も人のこと言えないし。何より聖亜は私にとって、唯一心を許した、気のおけない
男子。
私、聖亜のことは好き、……だ。
そうだよ。渚君なんかよりずっと好き。
聖亜なら、いい。気も合うし。長年つるんでるから、お互いよく分かってるし。
いい、……んじゃないかな。
うん。きっと……──。
次の日。
昨日、一晩考えた。ほとんど寝てない……、いや、寝れなかった。だけど、一応答えは出した。ちゃんと、聖亜に答えを出さなくちゃいけない。
けど。
まだちょっと顔合わせ難いから今日はちょっと早目に家を出ちゃおう。
「行ってきまーす」
ガチャッと、勢い良く家のドアを開ける。
「よぅ」
「わっ」
家を出ると、門の所に聖亜が立っていた。驚きのあまり思わず目を丸くして、更に体は一歩引いた。
「せ、せ……、聖亜!?」
「早いな」
口ごもる私に対し、腕を組んだ聖亜は平然と言う。
「お……、おは、おはよっ」
なんだがまともに話せない。びっくりした。いつもより15分も早く家を出たのに、まさか門の前で待ってるとは。
「行くぞ」
「えっ、あっ、はいっ」
何故か敬語になってしまう私。
それにしても、聖亜はなんていつも通りな態度なの……? 私がこんなにあたふためいてるのに。まぁ、普段は別に一緒に学校行ってる訳じゃないから、いつもと違うと言えば違うけど。
なんとなく無言のまま歩く私達。なんだが緊張してしまう。いつもと同じ通学路。大して遠くない学校が、いつもより遠く感じる。
言わなきゃ。言わなきゃ。だけど、どうしよう。
話しかけるタイミングが分からない。
「明日菜」
私が話を切り出せなくて、しばらくうつむいて歩いていると、私の隣を歩く聖亜が口を開いた。私の方は見ないで前を向いたまま。
「は……、はいっ」
「結論は出たのか?」
急に核心付いてくる言葉に心臓が跳ね上がる。ドキドキと、自分で煩く感じるほど。
落ち着いて、自分。キチンと一晩考えた答えを聖亜に伝えなくちゃ。自分で切り出せなかったこと、聖亜が与えてくれたチャンス。勇気を出して。
「で……、出た」
「そうか」
聖亜はゆっくりと振り向き、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「じゃあ、聞かせてくれ」
「う、うん……っ」
なんか、聖亜に真剣に見つめられると緊張する。心臓が凄い早さでバクバク言ってる。このまま倒れるんじゃって思うくらい。心臓の音だけ頭に響いて、外の喧騒も耳に入らない。
「──い……、いいよ」
「……え?」
やっとの思いで答えを伝えた私に、聖亜は目を丸くして疑問の声をあげた。凄く、驚いた顔をしてる。
「私、聖亜と付き合うっ。私、聖亜となら大丈夫って、聖亜とならいいって、思ったの」
言えた。
なんか、凄い緊張……。動悸が、うるさい。
「……お前、本気か?」
『言えた』と、ホッと一息ついたのも束の間、聖亜の口から予想外の言葉が漏れた。
「俺は……、絶対断わられると思ってたんだが。……いいのか?」
どうして? 聖亜は凄く真剣で、だけど何処か疑問の眼差しをしてる。喜ぶのではなく疑問……?
「いいよ」
なんとなく首を傾げながら答える私。聖亜は真剣な瞳で更に続ける。
「だいたいお前……、天原はいいのか?」
「な、なんで渚君が出てくるのっ」
またも思いもよらぬ聖亜の言葉。
『サレスになんか流されない』、私はそんな思いから、思わず声が大きくなった。聖亜はそんな私に、本気で疑問の目を向ける。
「明日菜……。お前、本当に天原のことは好きじゃないのか?」
今度は私も疑問の目になる。『私が渚君を?』。なんでそうなるの? どうしてそう思うの?
「す、好きじゃないよっ。あんなヤツっ」
思わずムキになる私に、聖亜の顔が少し曇った様な気がした。
「そうか……」
何? なんか、私変なこと言った?
むしろ、喜ぶことを言ってるよね?
「せ……」
私が思わず声をかけた瞬間、聖亜はニッと笑って私を見た。
「後悔すんなよ?」
いつもの勝ち気な聖亜だ。顔が曇っていった様な気がしたのは、気のせい、かな?
「明っ日菜ちゃ〜んっ、おっはよ〜」
不意に聞こえた言葉に、体がビクッと反応した。
校門の手前、後ろの方からアイツの声が響いた。
「な、渚君。お、おはよ……」
「あ、立花君もおはよ」
「よぅ」
う、う〜ん……。
なんか、言った方がいいのかな。私と聖亜が付き合いだしたこと。
でもなぁ……。
「明日菜……」
急に聖亜が小声で話しかけて来た。何と無くつられて、小声で返す。
「何?」
「コイツに言ってもいいだろ?」
「……え」
やっぱり……、言っちゃうの? っていうか、言うべき?
私の困惑を感じとった様に聖亜は軽くため息をついた。
「明日菜。こういうヤツははっきり言わないとつけ上がるぞ?」
それなんか、すっごい納得。
う〜ん……。やっぱ言うべきだよなぁ。渚君は私をどうやら好きらしいし。でもな〜、だからって当て付けの様に言わなくてもって気も……。しかも私、渚君と席隣だし。気まずくなりそうな……。
「言うぞ?」
聖亜が真剣に言う。
うん……。
ま、いいか。どうせ渚君だし。気まずくなったってたいしたことない。
そう。
どうせ。
「うん」
「ねぇ……、さっきから何二人でコソコソ話してるの?」
二人で小声で話してると、渚君が面白くなさそうに言った。すると聖亜は、渚君の面と向かって立った。顔には、勝気な笑顔。
「天原。もう明日菜に手ぇ出すなよ」
「……へ?」
突然の事に目を丸くする渚君。聖亜はそっと手を伸ばし、優しく私の肩を抱いた。
ドクン、と心臓が大きく波打つ。全身の血が逆流する。
ここ、学校の前庭なのによく聖亜は、恥ずかしげもなく。私の顔は、真っ赤だ。
「今日から俺達、付き合いだしたんだ」
「──っ」
渚君が息を飲むのがわかった。目を見開いて、言葉もなく立ち尽くしてる。
聖亜はニッと笑うと、私の肩を抱いたまま学校の玄関へ向かう。
皆見てるんですけど……。ホントに聖亜は、どうしてそんなに大胆なの?
「……明日菜ちゃん……?」
私達が歩き初めて少しして、後ろから微かに渚君の声が聞こえた。
「嘘でしょ……?」
半分かすれた様な渚君の声、小さな声。なのに何故かはっきり耳に残った。
そして、なんだか私の何かに、
突き刺さった。
凄い気まずい……。
只今1時間目が始まる直前。私の隣では、悲しそうな、辛そうな、怒ってそうな、渚君が影のある顔で座っている。 渚君は、朝のショートホームルーム直前に教室入ってきた。いつもより乱暴にドアを開け、椅子に座った。一言も口を開くことなく。隣に座る私を、全く見ることもなく。
さっきのことは、学校全体……、とまではいかなくとも、既にクラス中には知れ渡っているようだ。渚君ファンの女子達は、こないだまで『天原君とはどういう関係?』とか言ってたクセに、今は『あの天原君を振るなんて……』等と、わざと聞こえる様にしてるとしか思えない状況で言っている。
いろいろ言われてるけど、私は別に振ってないんですけど……。別にちゃんと告白された訳じゃないから、私もちゃんとは断る必要ないし。
良く分かりもせずに、言わないで欲しいよね。
はぁ〜。ため息が出る。なんか疲れる……。
聖亜にしても、あの男離れした顔で結構モテるものだからさ。当然うちのクラスにも聖亜ファンな娘はいる訳で、もとから目はつけられてたけど更に睨まれることに……。
なんだかな、私が何をしたっていうんだか。
だいだい、私には何故聖亜がモテるのか、謎だ。だって、そりゃ私は聖亜のあのかなりあっさりさっぱりした性格は性に合うけど、噂で聞いた聖亜の女子への降り方はかなり酷いものがある。聞いたところによると、表情一つ変えずに面と向かって、『貴様には興味ない』と言い放ったらしい……。なのに人気は衰えることをしらない。
それから数日。ずっと聖亜と行動を共にする私に、皆の……、特に渚君の痛い視線が注がれた。
渚君とは、あれ以来一言も話してない。
それどころか渚君は、誰に対しても態度が冷たい。こないだ渚君に『キャーキャー』言い寄って来た女子に対し、顔も見ずに怒った顔で『うるさい』と言い放った。
後、最近学祭へ向けての準備が放課後少しづつ始まってるんだけど……、
あの渚君が一切手伝わない。ただならぬ雰囲気にクラスの皆も何も言えない状態。
水奈本先生の絡みにも無反応。
逆に聖亜と水奈本先生は酷くなってるけど。
──そんな風に数日過ぎて……。
遂にというか、水奈本先生が教育実習の最終日を向かえた。
帰りのショートホームルームでの水奈本先生からの一言なども終え、なんだかこんな時だけ先生に見えるけど。
放課後。真っ先に来たのは、やっぱりというかなんというか……、私のところである。
「姫様ぁっ! しばしのお別れですねっ! とても哀しいです!!」
水奈本先生は私の両手を取り、涙でも流しそうな勢いで話す。
「あっそっスか」
「寂しいですけど心配なさらずにっ。何か困ったことがございましたら真っ先に飛んで参りますから! だから……、だからっ、せっかくライティスからは逃れたのに…っ。姫様っ! 早くアクアの餌になるのは止めて下さいー!!」
また言ってる。
水奈本先生は、私と聖亜が付き合い出してから、毎日毎日この台詞を1日3回は言ってる。
「餌って……」
「貴様……」
その時、どこからともなく冷たい妖気でも放ちそうな聖亜の低い声が響いた。
「明日菜に触んじゃねぇ……」
聖亜……。なんだかかオーラとか見えそうな位の低くドスの効いた声。
「アッ、アクアッ! 貴様っ、いい加減姫様を餌にするのは止めろ!」
「餌とはなんだ。それに、貴様こそいい加減に『アクア』って呼ぶの止めやがれ」
聖亜が本気でキレる直前だ。目は鋭くて、声はいつも以上に低い。
「水奈本……。貴様、今日で教育実習終わりなんだよな? ……ってことはもう貴様の顔見なくてすむんだよな? あ〜、せーせーする」
「う……っ」
聖亜の勝ち……。
口喧嘩で聖亜に勝てる人は、きっとそういないよね。口の悪さもさることながら、頭の回転の早さっていうか。
「明日菜。帰るぞ」
「あ、うん」
と、私と聖亜が歩き出した時、後ろから私達を呼び止める声がした。
「明日菜ちゃん。立花君」
その声は、渚君の声。聖亜はピタッと足を止めると少し険しい顔をして、ゆっくりと振り返った。
「天原……」
「……渚君」
渚君は、ちょっと前までの明るく少し子どもっぽい渚君からは想像も出来ない様な顔をしている。怒ってる様な、悲しんでる様な、辛そうな……。なんだか少し、大人びた様に感じる。
「天原……。俺、お前に『明日菜に手を出すな』って言ったよな?」
聖亜が静かに怒った口調で言う。対して渚君は、表情は相変わらずだけど、なんだかちょっと穏やかな口調で話す。
「別に、今のは話しかけただけで、手は出してないでしょ?」
「じゃあいい加減、下の名前で呼ぶな」
二人の間には限りなく冷たい空気が流れてる。
ここは廊下。行き交う人がこっちを見ていく。またも、凄い見せ物になってる。だけど、聖亜と渚君はそんなのおかまいなしに話してる。とても、氷ついた空気の中で。
「じゃ、改めて。立花君、高瀬さん」
ドキッと、何故か心臓が跳ねあがった。『高瀬さん』、か……。
なんだか変な感じだな。
「話がしたいんだ、3人で。
屋上でいいや。ちょっと、来てくれないかな……」
この河守高校の屋上は、あまり人が来なく、静かだ。私達3人が来た時も誰もおらず、シンと静まり反っていた。
「ねぇ……、立花君」
屋上に来て数分。暑い陽射しの中で、無言の時間が続いた。そして、やっと渚君が口を開いた。
「いつから、明日菜ちゃ……、じゃないや、高瀬さんが好きだったの?」
渚君は空を見上げて呟く感じで言った。その質問に聖亜は、渚君の顔も見ずに床を眺めたまま、少し間を置いてから答えた。
「その辺……、よくわからん」
「どうして……?」
「存在が近すぎたからだな」
「近すぎた……?」
「あぁ。前にも言ったが……、はとこで幼馴染みでくされ縁で。その上、家は裏で親が仲いいし」
「なるほど……」
なんか、普通の様で、普通じゃない会話が続いてる。
二人はさっきからお互いの顔も見ずに話をしてる。しかも、5秒位の間を空けつつ。なんだか淡々と……。
「天原」
その時聖亜が不意に顔を上げ、厳しい眼差しを渚君に向けた。
「こんなこと聞くために俺達を呼んだのか?」
その言葉に、渚君の顔が一瞬固まった。それから、うつ向き軽いため息を着いた後、聖亜と視線を合わせた。
「……まさか」
渚君は薄く笑っていた。
なんか……、渚君が笑ったの久しぶりに見た。だけど……、今日のはいつもの明るい笑顔じゃない。
凄く、陰がある笑顔。
「どうしても、納得出来なくて……」
渚君はボソッとそう言うと、クルッと後ろを向いた。
「なんか、どう考えても……、少なくとも最初は立花君が明日菜ちゃんを女の子として見てたとは思えなくて……。
なんで、どうして、一体いつから……、って」
渚君は冷めた笑いを浮かべた。
「確かに、ついこないだまで、俺にとっての明日菜は男も女もなかったな」
聖亜は、とても真剣な瞳で返す。
聖亜も、そうだったんだ……。
私にとっての聖亜も男も女もなかったもなぁ……。凄く、近い存在だったから。
告白されるまでは。
「じゃあ、どうして女の子として見る様になったの……?」
「良く分からんが……、お前が現れたからだな、きっと。明日菜に言い寄って来た男なんて、お前が初めてだからな。それを見てたら、だんだん……、な」
「あぁ。なるほどね……」
なんか、この二人は軽く私をけなしてない? 要は、モテないって訳でしょ? 確かに事実だけど。
それにしても仮にも『好きな人』のことでしょう? なんていうか、この二人はもの好きなのかな。
「なんかさ……」
渚君はゆっくりと、こちらに向き直った。辛そうな表情で。
「どうしても納得出来なくて。信じられなくて、いや、信じたくなくて」
渚君は聖亜の目を真剣に見て言った。はっきりと。それから、私をも、真剣に見た。
なんだか、こんな真剣な渚君。見たことない……。
それから聖亜は、少しうつ向いた。それから軽くため息をつき、顔を上げた。
「納得?
……させてやろうか?」
「え……?」
そう言った聖亜は、勝ち気な目をしていた。
聖亜の言葉に、渚君の視線は、私から聖亜に戻る。渚君の目には困惑の色がうかがえる。
……聖亜、何する気なの?
「明日菜」
聖亜は真剣な瞳で私の目を見て呼んだ。指で手招きしながら。
どういうこと……?
私は聖亜に呼ばれるまま、聖亜に近づいた。すると聖亜は、ちょっと強引に私を抱き寄せた。
さっきまでの勝ち気な目ではなく、凄く真剣な目。強い力を持った瞳が私を見つめてる。
不意に聖亜の顔が私の目前に広がった。
ほんの数cm先の聖亜の顔。私の唇に触れる柔らかい感触。私の顎と腰に添えられた腕。
気付いた時には、私は聖亜にキス、されていた。
な……っ?
聖亜は、ゆっくりと私を離した。
聖亜は、真剣な顔で私を見てる。私はただ、目を見開いてる。
何? 何が起こったの?
私は今、聖亜と……?
聖亜は静かに渚君の方へ視線を向けた。
「納得したか?」
見ると、渚君は息を飲み、固まっていた。目を見開き、顔面蒼白とも言える表情。
何故だか、私の心臓が跳ね上がった。
あんな表情、見たことない。
少し間をおいて、渚君は握り拳に力を入れ、うつ向いた。かすかに、震えてる。
「──した……っ」
と言ったと同時。に、渚君は屋上の出口へと走り出した。
ま、
待って。
「渚く……っ」
とっさに足が動いた。体が勝手に反応した。
渚君を、追い掛けなきゃ。
一歩踏み出した所、私の足は止まった。いや、止められた。私は腕を掴まれた。
振り返ると、当たり前だが聖亜。私の腕を掴んだ聖亜。真剣な、怒った様な、寂しそうな表情を浮かべてる。
また、私の心臓は跳ね上がる。
「……行くな」
──聖亜……。
なんか、たった一言の聖亜の言葉が、凄く悲痛な感じに聞こえて、私は、動けなくなった。
「納得したよな……?」
「え……?」
帰り道。
なんとなく2人で無言のまま歩いていた。すると、不意に聖亜が口を開いた。ボソッと、力なさげに。
「だから、天原」
「あ、あぁ……。
多分ね……」
私は、は切れの悪い返事をした。
さっき、渚君はうつ向いたまま、顔を見る間もなく走ってっちゃったから、よくはわかんないけど。
何より、一度に色々ありすぎて頭が働かない。なんだかよくわからない。
「なぁ。明日菜」
「え……?」
不意に聖亜が立ち止まる。つられて私も立ち止まる。
静かに、真剣に私の目を見つめる聖亜がいた。そんな聖亜は、無言のまま数秒私を見つめ、それからはっきりと言った。
「嫌だったか?
……キス」
「……っ」
急な、そしてストレートな問いに、私の顔が赤くなる。心臓もまた跳ね上がる。動悸も早くなる。
なんだか改めて実感してしまう。だけども実感はわかない。
私、聖亜と、したんだよね……。
キス、を。
「嫌だったか?」
「う、うぅんっ。そんなことないっ。私は聖亜の彼女だもんっ」
なんか今にしてどっと恥ずかしさが込みあげて来た。なんだか嫌だったのか、嫌じゃなかったのかもよくわからない。
勢いだけで返事してる。
「ごめんな。強引で、不意打ちだったし。雰囲気もクソもなかった。
だから……、嫌だったんならはっきり言ってくれ」
聖亜は、真剣さと供に、すまなさそうな顔をしている。
確かに……、不意打ちだしよくわかんないうちにされてたって感じだったけど……。
「大丈夫。嫌じゃない」
はっきり言って自覚はない。だけど、今、私の中に、嫌、って感情はない。これって、嫌じゃなかったからだよね?
その時、ふわっと聖亜が私を抱き締めて来た。その腕は、力強く、優しい。
「せ、聖亜?」
「信じるからな……?」
私を抱き締めながら聖亜は、耳元でボソッと言った。
『信じるからな』……?
「う、うん」
その時私は、聖亜のその言葉の真意がよく分かっていなかった。ただ、言葉通りの意味だと、軽く頷いてしまった。
頷いた私を聖亜は、更に強く抱き締めた。
──昼間でもあまり日の光の届かない深い森の中。
「ライティスッ、ライティスッ!」
目前に彼はいないというのに、思わず声が出る。
私は、川で洗ってきた重たい洗濯物を持って、深い森の中に木やつるや葉、拾った布などで作った我が家へ向けて走った。
「ライティスッ!!」
「サレス……? どうした? そんなに慌てて」
ライティスは、私の呼ぶ声に気付き、息子のセインをあやしながら家、とは呼び難い家から顔を出した。私は、走ったせいで荒れた息を無理矢理落ち着かせ、必死になって言った。
「来た、来たよ……っ。もう、アクア達がっ!」
「な……っ」
「さっき、川で洗濯してたら……、遠くの方でちらっと……っ」
ライティスの表情がこわばる。さっきまで和んだ感じだった小さな家の中が、一気に張り詰めた。まだ小さなセインまでも、神妙な顔をしている。ライティスは、一瞬悩んだが、直ぐ様決断した。
「サレス……っ。行くぞっ」
「はいっ」
『行く』、というのは、この家を片付け、別の場所へ移るということ。
私達は、3週間以上同じ場所にいたことはない。今では、ほとんど森の中で暮らしている。
息子のセインが産まれて、間もなく2年。私達家族3人は、ずっとそういう生活をおくっている。
「ここまで来ればいいか」
「うん……。だね」
川でアクア達を見掛けたのは昼前。今は夜中。足場の悪い森の中を、ずっと歩き続けた。
「はぁ〜……」
二人して木によしかかり、深いため息と供に、その場に座り込んだ。セインがライティスの腕の中でぐずってる。ライティスはセインの頭を優しく撫でながら、私に言った。
「大丈夫か?」
「うん。今日はあんまり走ってないし」
私達人魚には、地上で走り回ったりする体力がない。普通に生活するのに支障はないんだけど、どうにも走るのはキツイ。この逃亡生活で、ちょっとは体力がついたとは思うけど……。
こんな私を抱えての今の生活は、とても辛い。
──私が、人魚であるばっかりに……。
「ごめんね……」
いろいろと考えてるうちに、思わずそんな言葉を呟いた。
「……は?」
ライティスは疑問の声を上げる。
「ごめんね。苦労ばっかりさせて……。私が、人魚であるばっかりに……」
「なっ」
私の言葉にライティスは目を丸くする。
「何を言うんだっ! お前は何も悪くないっ! 悪いのは相手が人間じゃないからってっ、研究材料としか見ない人間……、アクア達だろう!」
「うん……。でもこのままじゃ、ライティスもセインも、一族の皆も守れない……。
私がいなくなれば、全てが解決するのかな……」
はぁ……。
なんか、深いため息ついちゃった。
また、あの夢、か。
そういえば子どもいたんだったけ、あの二人。なんか、ちょっと久々だったな……、この夢見るの。
つ、疲れる。
この夢は、なんか本当に精神的に疲れさせてくれる。
実際、人魚は実在してたし……。どんどん現実の中に幻想が、人魚が入り込んでくる。認めざるを得なくなる。
はぁ……。もうこの話は考えるの止めよう。どんなけ考えたって真実は変わらないんだから。
無駄に悩んでないで学校行こう……。
そうだ。
学校行くと渚君がいる……。
昨日、あんなことあったばっかりだし。余計気まずく……、なるよね?
なんか、嫌だな。
渚君は一体、どんな顔して学校へ来るだろう……。
私は一体、どんな顔して学校に行けばいい? 渚君に会ったらどんな顔したらいい?
いや、渚君に会ったら私は、一体どんな顔をしてしまうだろう。
「あ〜、天原は風邪で休みだ」
朝のショートホームルームで、担任の風見先生が言った。
休み?
『風邪』って……、ホントに? もしかして、昨日のことで……?
なんて、自意識過剰かな。
「渚ーっ! 久しぶりーっ!!」
私が考えを巡らせているうちに、いつの間にかショートホームルームは終わり、教室にかん高い声が響いた。
もの凄く聞き覚えのある声……。
ドアの方を見ると、案の定リアが立っていた。川に帰ってたはずなのに、また川から出て来たの?
「……あらぁ? 渚は〜?」
リアはキョロキョロしながら、私の所、いや、正確に言うと渚君の机の所へやって来た。
「ねぇ、渚は?」
リアは仕方なくと言った感じで私に話しかけた。リアに話しかけられたのって初めてかな。
「え? あ……、風邪で休みって……」
「休み〜? 嘘ぉ。せっかく出て来たのにぃ。学校来た意味ないわ」
リアは渚君の机に、覆い被さり、頬をスリスリしながら言った。それから、すっと顔をあげる。
「かぁえろっと」
不意にリアがそんなことを言った。平然と伸びをしながら。私は我が耳を疑う。
「え!? こんな久々に学校出て来たのに!?」
「だ〜って、私は渚に会うために学校来てるのよ。渚がいないんだったらいる意味ないわ」
リアは当然と言わんばかり。
なんて言うか……、どうしてこの人はこんなにも渚君が好きななんだろう。趣味がわからない。見目がいいのは、まぁそうかもしれないけど。
「それに」
一人でリアに呆れていると、リアは私の耳元でボソッと言った。
「私は人間で言うと高2に値する年齢なのよ」
目が点になる私。
「えぇ!?」
私の驚きをよそに、リアは小声で続ける。
「しかも、天下のカイメール家のお嬢様だし、更に長老の娘だし、小さい時から英才教育受けてるのよ? 学校なんて必要ないわ」
リアは得意気に語る。そう言えば前に水奈本先生が『カイメール家は大金持ち』みたいなこと言ってたっけ? 自分で言ってしまうのがリアらしいと言うかなんというか。
それより、夢で見たけど、成人してない人魚が地上に出るのって犯罪なんだよね? 確か。そんな天下のお嬢様が地上でフラフラしてていいの?
「よし。渚ん家に寄って帰ろ〜」
リアは、そんなことを言いながら軽くステップ踏んで教室を出て言った。
リア。渚君ん家知ってるんだ。
大丈夫なのかな、渚君。ホントに、只の風邪……?
まぁ、私が何もそんなに気に止めなくてもいいな?
ちゃんと告白された訳じゃないし、だから私もちゃんと振った訳ではない。それは確か。だけど、この状態は……、
軽く振ったことにはなるんだろう。
あの時、渚君は凄い辛そうな顔をしていた。でも……、それは、私が悪い訳じゃない。
そう。別に、誰も悪くない。
それから、渚君は今週いっぱい学校に来なかった。リアもだけど。
その間に学祭も終わった。まぁ私もクラスの茶店の店員担当時間以外は全然学祭に参加しなかったけど。聖亜と屋上でボーッとしてた。協調性のないからね、私達。威張れることじゃないけど。
次の週。
朝のショートホームルームが始まるギラギリ直前、渚君が登校してきた。
無表情で一言も言葉を発さず、自分の席に座った。一瞬足りとも私の方は見ずに。
すごいきまずい……。
空気でピリピリしたものを感じる。ただ怒ってる訳じゃない。悲しさや辛さや、いろいろ入り混じった神妙な空気を。
そんな中、怖い物知らずな渚君ファンの女の子達が、渚君の机を取り囲んだ。
「天原君っ。久しぶり!」
「もう風邪はいいの? 1週間も来ないから心配しちゃった」
「天原君と学祭まわりたかった〜」
その娘達は黄色い声で渚君に語りかける。が、渚君は一切反応なし。誰の顔も見ずに、無表情で黙り込んだまま。
「天原君? どうしたの黙り込んで」
「一緒にお話ししようよっ」
渚君があからさまに無視してるのに対し、その娘達はおかまいなしに話しかける。この相手の状況構わずの態度。ホントに渚君が好きなの?
そのうち、次第に渚君がキレて行くのがなんとなくわかった。流れて来る空気が変わった、っていうか……。
「うるさいっ!」
2〜3分して渚君はついに完全にキレた。渚君叫び声に同調するかの様にに窓ガラス1枚割れた。
一瞬にして教室が静まり返った。渚君の回りを取り囲んでいた女の子達は、口をポカンと開けたまま立ち尽くしている。
これはまた、力のコントロールが効いてない?
渚君は、回りを取り囲んでいた女の子達を押し退けて、ガシッと私の腕を掴んだ。
「へ?
……わっ」
渚君は私の腕を掴んだまま、私が反応する間もなく、凄い怒った足取りで教室を出た。そして向かったのは隣のクラス、そう。
聖亜のクラスだった。
「な、渚君……?」
私が話しかけても聞いているのかいないのか、渚君は無反応。渚君は勢い良く、聖亜のクラスのドアを開けた。
響き渡ったドアの音に静まり返った聖亜の教室。
一瞬の間。
の後、険しい顔をして聖亜は立ち上がった。渚君は、私の腕を掴んだまま、他のクラスなのにも関わらず、ドンドン進んで行く。そして、聖亜の机の前までやって来た。
な、何……? 一体何をする気なの?
渚君は聖亜を睨みつける。睨む渚君は珍しい。聖亜も渚君を睨みつけてる。
2人の間に緊迫した空気が流れる。
そして聖亜は、私の腕から渚君の手を無理矢理払い除け、私を聖亜の方へ寄せた。
「明日菜に、手ぇ出すなっつったろ、天原」
静まり返った教室に、聖亜のいつもより低い声が響き渡る。
聖亜のクラスメートが唖然として私達を見てる。完全に見せ物になってる。
そんなことはかまわず、2人は睨み合いながら対峙している。そして渚君が静かに口を開いた。
「宣戦布告……、するよ」
「何ぃ?」
聖亜はより一層眉をつり上がらせた。
せ、せんせんふこく?
私は、なんだか頭が真っ白。働かない。
「宣戦布告だよ。宣戦布告。なんのことだか分かるしょ?」
「あぁ」
「もう少しで夏休みだし、気を付けた方がいいよ」
「そうだな」
2人は、今にも殴り合いそうな程睨み合いながらも、静かに会話している。ある意味よけい怖い。
それにしても、『宣戦布告』って……。
私……、のことなんだよね?
つまりは、『私の取り合い』……。ってことになるの?
「さ、明日菜ちゃん。教室戻ろっ」
「へ?」
渚君は混乱中の私の肩を押し、強引に教室を出ようとした。ふと見ると渚君の顔にはあの笑顔が戻っていた。そう。渚君特有の、あの、子どもっぽい笑顔が。
なんだか、久しぶりに見た。
教室を出る直前、渚君は急に立ち止まる。そしてゆっくりと聖亜の方へ振り返った。
「立花君」
「なんだよ」
一瞬の間。直後。渚君は聖亜を指差した。
そして、はっきりと言う。
「明日菜ちゃんは、絶対落とすっ!」
な、なにそれ。
「フン…ッ。ふざけんなっ。やれるもんならやってみろっ」
負け時と聖亜も返す。
な、な、な……?
睨み会う聖亜と渚君。呆然として頭が真っ白な私。目を丸くして言葉を無くす聖亜のクラスメイト。
一体何?
凄い発言。凄い状況。
これは、我が身に起こっていることなの?
──これより、『聖亜VS渚君』の、大戦争が幕を上げた──
───────【5】 終了
読んで下さりありがとうございました
多分 次の投稿もある程度時間がかかってしまうかと思います
すみません
今回ほど 遅くは致しませんので もしよければ またよろしくお願い致します