≪4≫
放課後。私達は生徒指導室の前に集合している。何故か騒ぎを聞き付けたリアも一緒に。私も関係者だと意気揚々と。
しばしの沈黙後、リアが口を開いた。
「こ〜んなことになったの……、誰のせいだと思う?」
リアのイヤミったらしい言葉に、私・渚君・聖亜の3人はビシッと即座に水奈本先生を指差した。
「なっ、なんで俺なんだよっ」
水奈本先生は怒ったが、その言葉に聖亜がキレた。
「なんでも何もねぇだろ!? 貴様がやったらと前世にこだわってっからっ! しかもっ、例え教育実習生だとしても、『先生』ともあろう人が『先生』に呼び出されるとは、『先生』としての自覚が足りねぇんじゃねぇのか!?」
「う……っ」
水奈本先生は返す言葉につまる(うっわっ、すっごい説得力あるな〜)。
ガチャと、その時生徒指導室の戸が開く。
「何騒いでる。早く入れ」
怖い顔した風見先生が言った。
「んで、お前らなんなんだ?」
生徒指導室で皆椅子に座ると、即、風見先生の質問が始まった。
「いや……、『何』と言われましても……」
渚君が苦笑いで言う。
「話しちゃってもいいんじゃないの〜?」
リアがため息ついて軽く言う。とっさに止めたのは渚君。
「駄目だよっ」
「だって、言ったってどーせ信じてくれる訳ないもの。言ったって、言わなくたって変わんないじゃない」
(確かにごもっとも)
なんか釈だが、リアの言い分に納得していたら、水奈本先生が口を挟んだ。
「そいや……、カイメールも関係者って……、どういう……」
「あ〜、リアは現役バリバリなの」
渚君が水奈本先生の言葉を遮りつつ言う。
「えっ!? ……あ、だからこの髪……」
「おい……っ」
風見先生が、とても怒りつつ口を挟んだ(先生……、目が怖い……)。
「俺に分かる様に説明しろ」
風見先生の一言で、空気が張り詰める。私達は思わず顔を見合わせた。
「うんっ、よしっ」
沈黙を破って、口を開いたのは渚君。
「どーせ信じて貰えないんだし、言おう!」
「えっ!?」
思わず声を上げたのは、私と聖亜、水奈本先生。だけど渚君は、そんな事は気にも止めず、風見先生に言った。
「先生。前置きします」
「ん?」
「これから全て話します。信じる信じないは先生の自由ですけど、決して、作り話じゃないんで」
いつになく真剣な渚君。風見先生は、その真剣さを受け止め、うなづいた。
「わかった。話してみろ」
その後、約10分を要して、渚君はあの話の洗いざらい全部を風見先生に話した。風見先生は、終始腕を組んだまま、真剣に耳を傾ける。
(なんで……。風見先生……、なんでこんな嘘の様な話……、真面目に聞いていられるの……?)私はてっきり笑い飛ばされるか、『ふざけるな』って怒られるかと思ってたのに……。
渚君が全てを話した後、生徒指導室の中は、重たい空気が流れた。しばしの沈黙……、その中、風見先生が静かに口も開いた。
「今……、『アクア』……と言ったな? 天原」
「あ……、はい……?」
風見先生の意図のわからない質問に、渚君は首をかしげ気味。
「で……、立花はその……『アクア』の生まれ変わりだ……、と言うんだな?」
「え……? はい……、まぁ……」
同じく意図のわからない質問に聖亜も首をかしげる。
(何……? 先生……、どういうこと……?)
先生はかなり深いため息をついて、腕を組み直した。
「先生……、どうしたんですか……?」
渚君が言うと、風見先生はまたため息をついて、ゆっくりと言った。
「実は……な。俺は……、その『アクア』……という女性の……、
子孫だ」
「────!?」
風見先生が……アクアの……子孫……!? 風見先生の爆弾発言に、みんな固まった。風見先生はそのまま話を続ける。
「立花……。その女性のフルネームは、『アクア=リート=ハリー』というか?」
「え……。はい。そうです」
「そうか。確実だ。俺は、その人の子孫だ」
シーンとした。あまりの突然のことに。みんな思い当たる言葉もなく、黙りこんだ。
そんな中、聖亜がやっとの思いかの様に口を開いた。
「……そうか……。『風見』だ……」
聖亜の言葉に皆振り返る。聖亜は、何かに気付いた様な顔をしている。
「俺……、いやアクアは、人魚探しに協力してくれた日本の風見家の当主と結婚したんだよ……」
「え……、『ショウ』さんと? そうだったんだ……」
渚君が驚いて言う。
そいや、前に日本の風見家と協力したって言ってたっけな。
「先生……」
渚君は続けて口を開く。
「どうしてこんな……300年も前の先祖のこと……、知ってるんですか?」
「あぁ……。1冊の日記があるんだ」
「日記……──?」
それから、実物を見せてもらうことになり、私たちは今、風見先生の車で先生の家へ向かっている。『日記』というのは、どうやらアクアの書いたものらしい。
(………)
ちょっと待ってよ…っ。なんでこんな展開になってる訳!? しかも……、風見先生がアクアの子孫ってことは、アクアは実在した訳で。つまりは……、あの話は実話……─!? ん……、いや待てよ? 実在した人物を勝手に使って空想話を作りあげたっていうことも……(こじつけ?)。
「これだ」
一人で考えを巡らせているうちに先生の家へ着いてしまった。先生はすぐその日記を持ってきて、私たちの前に差し出した。
それは表紙に『DIARY』と書かれた、ハードカバーのボロボロのノートだった。『300年前のもの』と言われても、納得できるほど。
聖亜は懐かしげに眺めている。
「うわぁ……、全部英語……」
ソロッと開いて見ると中は全て英語。(……読めはするけど……、私には訳は無理かな……)
その時、隣で渚君が言った。
「これ……、英語って言ってもイギリス英語だよ」
「イギリス?」
「そ。ハリー家はイギリス貴族だからね」
あぁ、それも前に聞いたな。
なんか……、なんでこんなに証拠やら証人やら……。もうやだ。この話、どんどん真実身をおびてくる。
「先生、これ読めるんですか?」
その時、水奈本先生が口を開いた。
「いや。全然」
「じゃあなんでアクアのこと、ご存知だったんですか?」
「あぁ。俺の家には、この日記と共に、代々言い伝えられてきた話があるんだよ」
──それは、300年も前に『アクア=リート=ハリー』という、世界的に有名だった女科学者が先祖にいた……というもの。
しかも、それだけではなく、人魚を追っていたこと、それにより弟と対立したこと、結局は人魚を捕まえることができなかったこと。
この日記と共に、代々伝わってきたらしい。
「すげ……。全部当たってる……」
風見先生の話を聞き終わった後、聖亜がボソッと言った。
(全部当たってる……!?)ちょっと待ってよっ。なんで300年も前の話がそんなに正確に伝わってくる訳!?
「しかし……、先生が俺の……、アクアの子孫……。なんか変な感じだ……」
聖亜が呟く。(確かにな〜)世界は狭い。
って……、私またなんか流されてません?
「ま……、これでお前達の繋がりはわかった」
風見先生が私たちを見回して言う。
「だけど、学校であの訳のわかんねぇ騒ぎは起こすなよ?」
(確かにね)最近私たち、ギャーギャー騒ぎ過ぎだ(7〜8割、水奈本先生のせいだけど)。
「はい」
皆、返事をした。
帰り道、風見先生の家はあまり遠くないので、歩いて帰ることになった。
「なんか懐かしいな…」
御人魚川の橋にさしかかった時に、水奈本先生が呟いた。
「そいや水奈本…」
その時聖亜が、何かに気付いた様に声を上げた。
「人魚の寿命は800年くらいだろ? 当時300才にもなってなかった貴様が、どうしてもう生まれ変わってんだ?」
聖亜は、自分で話しかけたにも関わらず嫌々といった感じ。
(寿命が800年?)そいや、前に渚君が人魚は10年で人間でいう1年分年とるとか言ってたっけ。(って事は、ライリは若くして亡くなったのかな?)
聖亜の言葉に水奈本先生は表情を曇らせた。
「あ…、いや…。実は…」
そこまで言うと、水奈本先生は言葉を詰まらせた。聖亜がじれったそうに口を開く。
「なんだよ」
「いや…、実はライリは…、姫様が亡くなった後…、
自殺したんだ」
「じ……、自殺ぅ!?」
思わず皆で叫んだ。
それから道の往来で……というのもなんだから、私達は川原へ移動した。そして、水奈本先生が詳しく話し始める。
「前の俺……、ライリは……、姫様が亡くなった後……、あの憎きライティスから姫様を守れなかった責任と、姫様を失った悲しみで……、姫様が亡くなった6日後……、自殺したんだ」
重い空気が流れる。水奈本先生の言葉に、皆言葉を無くしてる。ただ一人を除いては。
「どうやって?」
と、なんの遠慮もなくスパッと聞いたのはリア。(確かにこういうこと気にしなさそうだけどさ……。ちょっと考えろよ……)
「手首を……、切ったんだ。姫様と……、同じ方法を取ったんだ」
水奈本先生は悲しげな、微かな笑顔で言った。更に、空気が重たくなっていく。リアだけは、『それにしたって、死ぬなんてバカね』とでも言いたげ。
そんな中、さっきまで暗い顔してたはずの渚君が声を上げる。珍しく怒った顔で。
「ちょっと待て……。水奈本先生……、あんたの言いぐさ聞いてると、まるで僕がサレスを殺したみたいじゃないか!」
「けっ。そんな様なもんだろっ。テメェが姫様たぶらかしてさっ」
渚君の言葉に水奈本先生はキレる。
(また始まった……。この二人の口喧嘩)って言うか、水奈本先生の大人気ないというか……。何、高校生のガキ相手にムキになってんだよ……。
「違う!あれは無理心中じゃない!ちゃんと二人合意の上だったんだ!」
渚君は叫ぶ。
「しかもあれはサレスが……っ」
勢いに任せた感じに叫んでいた渚君が、言葉を詰まらせた。何か思い出した様に目を丸くする。そしてそのまま、表情を曇らせ、宙を眺めてボソッと言った。
「そうだ……。あれは……、サレスが言い出したんだ……」
(サレスが……──?)
「そんな訳あるか……っ!!」
水奈本先生が叫ぶ。少し間を開けてから、やっと……という感じで。
「あるんだよ……っ」
渚君は悲痛な叫びを上げた。そして、うつ向きポツリポツリと話した。
「サレスが……、『死ぬ』って言い出したのは……、水奈本先生……、あんたらを……ライリ達を守りたかったからなんだ……」
「……なんだって……?」
水奈本先生の顔が青ざめる。そして、私の顔をチラット見た。(あの……、私を見られても困るんですけど?)
渚君はうつ向いたまま、話を続けた。
「最初サレスは、自分だけが死ぬって……、言い出したんだ。理由を問いつめたら……、これ以上地上にいたらいつアクアに捕まるかわからない。だから、皆に迷惑がかかる前に死ぬって……。ライリ達皆を……、守りたいって……。そして自分が死ぬことで、アクアにことの重大さを気付かせたいって……、言ったんだ……」
うつ向きながら語る渚君は、辛く苦しそう。水奈本先生は、青ざめると同時に怒りを込みあげて叫ぶ。
「それで!? そのまま死なせたってのか!?」
「違うっ! 僕は止めた! 止めた……」
次第に青ざめた、苦しそうな顔になっていく渚君。
「止まってねぇじゃねぇか!」
「違う……っ! 止めたけど……、サレスは本気で……っ。だから一緒に……っ」
怒りに任せて叫ぶ水奈本先生。だんだん……、脅えてる様な感じに見えてきた渚君。(何……? 一体どうしたの……?)
「僕が殺したんじゃない!!」
川原に渚君の声が響きまたる。渚君は、脅えた様に叫び、と同時に、崩れ落ちる様にその場に座りこんだ。
皆、言葉をなくしてる。ただならぬ雰囲気に、風見先生も立ちつくしてる。
渚君はカタカタ震えてる。何? 一体……、どうしたの?渚君。
私はそろっと歩み寄り、渚君に声をかけた。
「渚……君?」
私はしゃがんで渚君の顔を除き込んだ。ちらっと、私を見た渚君の顔は……。(な……っ、泣いて……)
「うわっ」
その直後。突然渚君が私を抱き絞めた。いつもの軽い感じじゃない。まるで助けを求められたみたいに……、必死で。
「渚君……?」
やっと、私の口から出た言葉はそれ。
あまりの事態にか、珍しくリアの止めが入らない。私も何故か……、振り払えない。
「ねぇ……。渚君……、どうした……」
「ごめんね……」
渚君がボソッと言う。
御人魚川付近は、大きな川なのに、人通りが少ない。だから、小声でもいやに響く。
渚君は、何かに脅えるかの様に少し……震えてる。
「ごめんね……。水奈本先生の言う通りかも……。結局言って、サレス……前の君は……、僕が前の僕が殺した……ことになるのかも……」
「……え……?」
渚君の『告白』に、息を飲んだ。私だけでなく、皆も。渚君は震えたまま、私を抱き絞めて……、いや、しがみついている。
(サレスとライティスは心中したんでしょ?)なのに、渚君……、ライティスが『殺した』って……、どういうこと?
「やっぱり貴様かーっ!」
その時、水奈本先生が拳をふり上げ叫んだ。
(先生……っ、もしかしてなぐ……っ)
「先生っだめっ!」
私は思わず渚君を振り払い、水奈本先生を止める様に渚君の前に立ちはばかった。水奈本先生は、拳をふり上げたみピタッと止まった。
「明日奈ちゃん……」
「姫様……」
渚君と水奈本先生が力なく呟く。
それから渚君は一呼吸置いてからボソッと言った。
「明日奈ちゃん、ありがとう……。でも……、いいんだ」
その言葉に皆、渚君の方へ振り向く。渚君は静かに立ち上がった。そして薄く笑って口を開いた。
「明日奈ちゃん……、ありがとう。でも僕は、君を……、サレスを守れなかった……。いや……、
サレスはライティスなんかと出会うべきじゃなかったんだ……」
渚君は辛そうな笑顔で語る。辛そうではあるけど、はっきりと。
「僕は水奈本先生に……、ライリには殴られても仕方ないこと……、してるんだよ」
誰もいない静かな川原なのに、渚君の言葉でさらに静まり返った様な気がした。みんな言葉をなくして立ち尽くしてる。何分かして、珍しく通った人の声で、我に返った。
そして……、水奈本先生が口を開く。
「ハハ……。やっぱりそうなんだな……? 貴様が姫様を……殺したんだな……?」
「……そんな様な……ものだよ……」
水奈本先生の言葉に、渚君はうつ向いて、静かに答えた。
「そうか……。──殴ってもいいんだな……?」
水奈本先生は、拳をさすりながら上目使いで言う。
「うん。覚悟は出来てる」
顔を上げた渚君が、水奈本先生の目を見てはっきりと言った。
「そうか……。じゃ、お言葉に甘えて……っ」
(あ……──っ)
「ダメーっ!!」
──気付いたら、私は渚君と水奈本先生の間に割って入っていた。しかも、渚君に多い被さる……、いや、抱き締める様に。そして、私と渚君はその場に座りこんだ。 なんでこんな行動を取ったのかわかんない。ただ、二人とも間違ってると思った。殴らせてはいけないと思った。そしたら、体が自然と動いていた。
水奈本先生は、呆然として、拳を振り上げたまま硬直してる。渚君も呆然として固まってる。
私は必死に、言いたいことをまとめてる。
「……違う、違う……っ。二人とも……、間違ってるよ……っ」
頭の整理が少しついて、やっと口を開くまで、2〜3分かかっただろうか。私は、この妙に声の響く川原で、思ったことをそのまま言った。……まだ、頭の整理はしきれていないけど。
「二人とも間違ってるっ。『サレス』はそんな風に思ってなかったっ。私が……、本当に『サレス』なのかはわかんないっ。でも……、でも私が今まで2回しか見てない夢の中での『サレス』はっ、誰が悪いとか、そんなことなんも考えてないっ。『サレス』はただ……、ただ純粋に『ライティス』が好きで、側にいたくて……。だけど……、口うるさいとか言いながらも結局『ライリ』のことも好きで……、守りたくてっ。
『サレス』はただ、それだけだったんだよ……」
(なんか……、言いたいことまとまってない……)
聖亜やリアも、水奈本先生に渚君も言葉をなくしてる。
「……姫様」
水奈本先生がボソッと言い、力尽きた様に拳をストンと落とした。
「……明日奈ちゃん」
渚君の優しい声が響いた。ふと、渚君の顔を見ると、うっすら涙目で優しく微笑んでいた。そして、ホッとしたかの様な軽いため息をついて、優しく強く私を抱き締めた。
「ありがとう……。明日菜ちゃん……」
なんだろう。渚君の言葉に、なんだか心の奥が暖かくなった。
「お前ら……」
しばらくして、聖亜が口を開いた。
「いつまでイチャついてるつもりだ?」
その言葉に、私は我に返った。
「───!!」
ザザッと、私は無理矢理渚君から離れた。
(……そうだっ)私、何渚君なんか抱き締めてんの!? 何渚君なんかに抱き締められてんの!?
「あ〜あ、立花君……。せっかくいい雰囲気だったのにブチ壊しじゃん〜……」
と、渚君はとてもがっかりした様に言った。
「だ……っ、誰がいい雰囲気だっ」
「えー……?だって今回は、明日奈ちゃんの方から抱きついてきてくれたんだよ〜?」
「う……」
渚君に突っ込んで欲しくない所を、思いっきり突っ込まれ、言葉につまる私。
(そーだ……)そうだよ……。今回は、私の方から……っ。
(っかー……っ)
一生の不覚っ!!
「リア様!」
その時、川の方から水の音と共に女の人の声が響いた。皆、一斉に振り向く。
「げっ、レーネ!!」
とっさに叫んだのはリア。(リ……、リア様……? レーネ……?)
そこには、川から首から上だけを出した女の人がいた。そしてその人は周りを見回した。
「に……っ、人間!」
その人はそう言うと、パシャンと川にもぐって行った。
「な……、何……?」
私がボソッと言うと、渚君が口を開いた。
「リア……。今の人、確か……」
「そうよ。私の侍女の『レーネ』よ」
と、リアは呆れ顔。それに、水奈本先生が反応する。
「じ……っ、侍女!? お前、そんなに位高いのか!?」
「そーよっ。私は現長老の娘よ!? それに、カイメール家よ!?」
リアが得意気に語る。
「カ……、カイメール……? あ……っ、あの大金持ちの……っ!? こんなクソ生意気な小娘が!?」
水奈本先生は目を丸くさせ、尚且、リアを指差して言った。
「ク……っ、クソ生意気な小娘とは何よ!?」
「いえ……っ。滅相もございませんっ」
(何やってんだよこの二人……)しかも水奈本先生敬語になってるし。
「あ〜、そうそう。レーネは水奈本先生……、ライリと同じ家の者よ」
リアが思い出した様に言う。
「え? イクスレイ家?」
「そっ! あんたをえらく慕ってるわ。侍女の鑑だって。ライリは侍女達の間では有名よ」
「ライリさんなんですかー!?」
リアが言い終わるや否や、川から驚きと喜びに満ち溢れた声が響いた。
「に……、人魚……だ……」
私は呆然として言った。
リアの侍女という『レーネ』さんが、リアの説得で陸に上がった。(私らは人魚を捕まえたりはしないってことね)
私の目の前に今、腰から下が魚……、世間一般でいう『人魚』の女性が座っている。
「ホ……、ホントに大丈夫なんですかぁ……?」
レーネさんは弱々しく聞く。
「大丈夫! 私なんか毎日会ってるのよ」
リアが得意気に話すが、レーネさんは不安が拭いきれない様子。
(ちょ……)
ちょっと待って…。なんで人魚なんか実在してる訳ーーー!?
「あ……、あれ?」
その時、レーネさんが私の顔をマジマジと見て言った。
「もしかしてあなた……、サレス姫の生まれ変わりの方じゃございませんか?」
(……へ?)
目を丸くして固まった私をヨソに、あいつがいつものノリで私に抱きつきつつ言った。
「そう! この人がサレスの生まれ変わり! ね〜、明日奈ちゃん」
(………っ)
ホンットにこの男は…っ。
「そんなこと知らん! それにっ、いちいち抱きつくなっ!」
そんな私達のやりとりを見て、レーネさんはため息つきつつ言った。
「サレス姫様……、やはり人間に転生なさったんですね……。人魚でしたら……、また姫として生活して頂きたかったのですが……」
レーネさんは、染々と嘆きながらボソッと言う。
(ひ……、姫として……?)
じょ……、冗談じゃない! 私は人間だー!
「姫として……って、例え王族の生まれじゃなくても?」
パニック中の私をヨソに渚君が言う。するとレーネさんはキリッとした声で言った。
「はい。その通りですわ。例え人間の男にたぶらかされ、最後は無理心中という不名誉な形で終わったにせよっ、姫としての実績は今までのどの誰より素晴らしいものだったんですからっ」
レーネさんは腕に力を込め力説。(へぇ……。サレスってそんな凄かったんだ……)
って……、私また流されてるー!?
「ちょっと……っ」
突然、怒った渚君の声が響く。
「君も誤解してるっ。僕はサレスをたぶらかしてなんかないっ」
渚君は珍しく怒鳴る。レーネさんは負けじと反論。
「何が誤解ですかっ」
「何がじゃないっ。僕とサレスは出会った瞬間に、こうバックに光が走ってそうな一目惚れという恋に落ちて入ったんだ!!」
怒って顔を真っ赤にさせた渚君が力説。(何をクサイこと言ってんだよ、この男……)
「何が一目惚れですかっ。貴方がサレス姫をたぶらかしてそう思い込ませたの間違いじゃありません!?」
「へぇ。サレスって、そんな男にたぶらかされる様な器の姫だった訳?」
「う……っ」
渚君の鋭い突っ込みで口を積むぐレーネさん(勝者渚君だぁね……)。
「もういいですわっ。とりあえずサレス姫の生まれ変わりの方が見付かった事を王に伝えて参りますっ! リア様っ! 帰りますわよっ」
「え……」
レーネさんは負け惜しみ的に叫び散らし、リアの腕をガッシリ掴んだ。
「ちょっ、冗談じゃないわよ! 私は渚の側にいるのよ! 離しなさいよっ」
リアの抵抗も無視し、レーネさんは川へ向かう(以外と力持ち……)。
「バイバ〜イ」
リアにニコやかに手を振る渚君(解放されるもね)。リアは悲壮感たっぷりに叫ぶ。
「渚ー!」
ドボンッと、リアとレーネさんは川の中へと消えていった。(なんか……)リアにはざまぁみろって感じ? (あの人嫌いだし〜)
「ちょっと待て」
その時、水奈本先生がボソッと言う。
「アイツ、明日から学校どうすんだ……?」
たまに先生らしいこと言う。
次の日。私と渚君と聖亜は、一応リアのことを風見先生に報告に行った(リアのことだから2〜3日で戻って来るだろうって話になったけど)。風見先生は、イマイチ話に着いていけない感はあるものの納得してくれ、他の先生達に話をつけてくれることになった。(ホントいい先生)リア、あんた恵まれてるよ?
それから…。
「なぁ、立花。あの日記、うちの家が持ってていいのか?」
風見先生が神妙に聞いた。聖亜はポカンとして返す。
「へ?」
「もとはと言えば立花の……前世のものだろ? うちとしても代々伝えていかなきゃいけないって訳でもないし。読めないし」
風見先生の言葉に聖亜の表情が少し曇る(何? どしたの?)。が、曇ったのは一瞬だった。
「あぁ。したら俺が貰います」
(……なんか意外……)
あれだけ前世は関係ないって言う聖亜だし、いらないって言うかと……。
そして、次の休みに取りに行くことになった。んだけど、渚君が『もう1回見たい』などと言い出し、更にいつものノリで、私まで行くハメになった。(なんで私まで……)
日曜日。私と渚君、聖亜は風見先生の家へやってきた。インターホンを押すと風見先生が出て来た。
「おお、来たか。わざわざ悪いな」
「いえ……」
「おじさんっ」
風見先生の言葉に聖亜が答えかけた時、私達の後ろから女の人の声が響いた。
「ちょっと勉強教えて貰おうと思ったんだけど……、お客さん?」
振り返ると私達より少し年上な感じの美人な女の人が立っていた。(『おじさん』って……、風見先生のことかな)
「あぁ、利寿。すまんな。こいつらは俺の生徒だ。で、コイツは俺の姪の笠上利寿だ」
風見先生は私達にその人を紹介した。そして利寿さんは、私たちにニコやかに挨拶をした。
「こんにちは」
「あ……、こんにちは……」
私達が口々に答えた時、利寿さんの顔から笑みが消えた。そして、とても神妙な顔をしてボソッと言った。
「……あなた達……、誰?」
「───え…?」
利寿さんの唐突な言葉に私達は反応するのに時間がかかった。利寿さんは、私達の顔を見ながらブツブツと独り言。
「……この顔……まさか……? こんなにそっくり……」
訳が分からずポカンとしてると、利寿さんはある1点を見て固まった。その視線の先にいたのは……、聖亜。
「アクア?」
と言ったのは他の誰でもない利寿さん。(へ?)何? 聞き間違い?
「アクア……? アクアなのね……?」
利寿さんの顔が喜びで満ち溢れていく。涙目になるほど。聖亜は目を見開いて立ち尽くしてる。
「アクア……っ! 会いたかったー!」
「うわっ」
利寿さんは喜びの声をあげながら、聖亜に抱きついた。その拍子に、二人はバランスを崩し、その場に崩れた。
(ちょ……、ちょっと……)なんでこの人の口から『アクア』なんて出てくる訳!?
「アクア……っ。会いたかった……」
利寿さんは、何度も『アクア』と呼びながら聖亜を抱き締めてる。聖亜はそんな利寿さんを無理矢理引き離し、顔をマジマジと見た。そして、何かピンと来た顔をしてボソッと言った。
「もしかして……、お前…、──ショウ?」
「ごめんなさい。紹介が遅れました」
その後、風見先生の家に入り、利寿さんが改めて自己紹介を始めた。
「私は笠上利寿。おじさん……、風見先生の姪です。つまり、アクアの子孫です。そして、私自身は……、私の前世は……
アクアの夫の風見翔太郎でした」
「───ええ゛!?」
数秒の間の後、私と渚君、そして風見先生は同時に声をあげた。
「ショ……っ、ショウさん!?」
渚君は目を丸くして言う。それに対し利寿さんは涼しげに答える。
「ええ。生まれた時から記憶があったの。……で、その呼び方がすんなり出る辺り…、やっぱりあなたライティスなのね?」
「えっ!? あっ、はい。まぁ……」
驚きのあまり、渚君はしどろもどろ。そして、利寿さんは私を見た。何故か……、冷たい眼差しで……。
「そして……、あなたはサレスの……?」
(な……、何……?)言い終えると利寿さんの眼差しが更に冷たくなった気がした。
それから利寿さんは、私から視線を反らし、聖亜を見た。
「ねぇ、アクア……」
利寿さんが静かに口を開く。
「どうして捕まえないの?」
「は?」
利寿さんの唐突な言葉に聖亜は怪訝な顔をする。
「どうして? 念願だったじゃないっ! 人魚を捕まえること! 目の前にいるじゃないっ!」
「───あ゛!?」
利寿さんの言った『捕まえる』の意味を理解した聖亜が、顔をしかめる。
「今が人魚を捕まえる絶好のチャンスじゃないっ」
(もしかしなくても……)『人魚を捕まえる』って……、私を捕まえるってこと……?
「ねぇっ! アクア……」
「うるせぇっ」
利寿さんの言葉を遮り聖亜が怒鳴った。
「今の俺にそんな気はねぇよ」
聖亜が利寿さんを睨む。
「そんな……っ。私はまたアクアと人魚探しができたらなって…、ずっとアクアを探してたのよっ!? アクアがやらないなら……、私がやっちゃうわよ!?」
「やめろっ!」
聖亜の一言で辺りが静まり返る。利寿さんもビクッとして口をつぐんだ。──聖亜は、かなりのブチ切れ状態だ。
「俺にその気はねぇっつってんだろっ!? しかもっ、明日菜も今は人間だぞっ」 聖亜の言葉に利寿さんは息を飲む。
「アクア……」
利寿さんは困惑した瞳でボソッと言った。
「後、今の俺は『アクア』じゃねぇ。『立花聖亜』って名前があんだ。『アクア』なんて呼ぶんじゃねぇ」
(聖亜……?)
なんか……、初めて見た。こんなに怒った聖亜。聖亜は……怒りっぽくはあるけど、どっか冷めた人間だから、今まで本気でキレたところは見たことない。
「明日菜っ。帰るぞ」
「え?」
聖亜は利寿さんから目を反らして言った。
「立花……っ! 日記は……っ」
「あ、持って帰ります」
風見先生の言葉にも聖亜はロクに目も合わせない。(一体どうしたの?)
後ろの方から、涙目になった利寿さんのか細い声が聞こえた。
「アクア……」
「アクアじゃねっつってんだろ! ……ったくっ。帰るぞ! 明日菜っ」
利寿さんの声が聞こえるや否や、聖亜は容赦なく怒鳴りつける。
「あ、はいっ。先生……っ、あの……、お邪魔しました」
聖亜は風見先生から日記を受取り、軽く頭をさげると玄関に向かった。私も慌てて追う。
「あっ、僕もっ。お邪魔しましたっ」
渚君も後に続いた。
(なんだか……)気まずい雰囲気を残したまま出てきちゃったけど……、いいのかな。……でも、それより……。
「聖亜……、一体どうしたの?」
「別にっ」
聖亜は冷たく返して来た(うっ、そっけない……)。
「あ、明日菜ちゃん。家まで送るよ」
「結構だ」
と、渚君を拒んだのは私……、よりも聖亜が一瞬早かった。
「聖亜……? ……わぁっ」
聖亜は私の腕を掴み、聖亜の方へ引き寄せた。そして、渚君にガンを飛ばした。
「俺は明日菜ん家の裏に住んでんだ。何もテメェが送る必要はねぇ」
「……へ?」
渚君は驚きの声をあげた。
「明日菜っ。行くぞ」
「え?あ……、うん……」
渚君は聖亜の意外な言動に呆然としていた。
(うん……。凄く……意外)
今までの聖亜は、渚君が私にどんなちょっかいかけてきても、ひたすら傍観してたのに……。急に……、何……?
(うー……っ。なんか暗い……)
さっきから二人で無言のまま歩き続けてる。聖亜の顔は未だに少し怒ってる。なんか……、気まずい。(なんか話題……。あ、そうだっ)
「せっ、聖亜っ。さっきの利寿さんさ、今でも聖亜が好きみたい……」
私の問いかけに、聖亜は凄い怒った顔でこっちを見た(思わず言葉につまるほど)。……何 ?これは禁句ですか……?
それから聖亜は、いつもより低い声で言った。
「お前……。あぁいうの、前世に流されてるっておもわねぇ?」
「え……?」
聖亜は怒ると同時に、とても真剣な目をしていた。
「確かに、前世では俺とアイツは夫婦だった。けど俺にはそんなの関係ねぇ。アイツがまだ俺を好きなのは、アイツがショウの気持ちに流されてる様にしか見えねぇ」
聖亜はまっすぐ私の目を見てる。なんだか、返す言葉が見つからない。いつになく真剣な聖亜の瞳に。
「明日菜。お前もか?……お前も前世に流されてるタイプか? また…、天原がいいのか?」
「ち……、違……っ」
「俺はっ」
とっさに否定した私の言葉を聖亜は遮る。とても真剣な、強い口調で。
それから聖亜は少し黙りこみ、うつ向いた。何か悩んだ瞳をして。
そして数秒後。顔を上げた聖亜の真剣な瞳に、何かの決心が宿った。
「俺は、今の俺は、
明日菜が好きだ」
────……え……?
突然の言葉に反応できない私。
「俺と付き合わないか?」
真っ白になった私の頭に、いつになく真剣な聖亜の言葉だけが残った。