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≪3≫

 (な…、なんだこれ…)

 朝。学校の玄関。自分の靴箱の前で私は立ち尽くした。だって…、(私の上靴がない…)。何これ…。どゆこと?

とりあえずスリッパ履いてくか。

 「あれ?明日菜ちゃんどしたの?スリッパなんか履いて」

 その時、後ろから渚君の声が響いた。

 「あぁ。私の上靴がないの」

 「へ?なんで?」

 「さぁ…」

 「キャー!!」

 そしてその時更に渚君の後ろから、聞き覚えのある叫び声がした。

 「リア…」

 ポカンとしながら渚君は声をかけた。リアは渚君を見るなり抱きついた。

 「いや〜ん、渚ーっ!私の上靴がない〜っ」

 「え?」

 (コイツも上靴がない!?)

 ……ん?これってもしかして…、いじめってやつか?しかもターゲットが私とリアって時点で、犯人は間違いなくうちのクラスの渚君ファン!(しっかし、高校生にもなって子どもっぽいことするね)

 「えぇ?二人そろって?なんでかな」

 私とリアを交互に見ながら渚君がのう天気に言った。(もとはと言えば…)

 「あんたのせいだよ」

 「え…」

 思わず言った私に渚君は目を丸くした。だけどそんな渚君は放っといて、私はスタスタと教室に向かった。

 犯人はアイツかな。渚君ファンのリーダー格。美人だが性格最悪。の、賀川ルイ!

 ──ガラッ。と勢い良く教室のドアをあけた。教室を見渡すと窓辺で友だちと話す賀川ルイを見つけた。と同時に目が合う。すると賀川ルイはニヤッと勝ち誇った笑いをした。(…コイツに間違いない!!)

 「ちょっと賀川ルイさん?」

 「何?」

 私が呼び掛けると、賀川ルイは口元に薄い笑みを浮かべた。(なんっだこの女はっ)

 「私の上靴、返してくれない?」

 「何のこと?」

 顔をひきつらせながら聞くとコイツはニヤッと笑って答えた。

 ガラッ

 「明日菜ちゃん!」

 その時、渚君(と、くっついて来たリア)が血相変えて、教室に飛込んできた。

 「僕のせいってどうゆうこと!?…って、どうしたの?怖い顔して」

 「コイツが私の上靴隠したの。きっとリアのも」

 「ええ!?」

 私は思いっきり賀川ルイを指差して言った。

 「なんでそんなことするの!?」

 と渚君は賀川ルイに言う。(だからあんたが私に馴れ馴れしいから…)

 「言い掛かりよ。天原君。おはよ」

 めげずに賀川ルイは飛びっきりの笑顔を渚君に向ける。でもそんなのは渚君には効き目なしで、続けて口を開いた。

 「だって明日菜ちゃんは君がやったって言ってるよ!」

 (なんだその理由は…)

 「な…、なんで天原君は高瀬さんの言うことなら直ぐ信じるの!?」

 賀川ルイの笑顔が崩れた。

 「だって僕、君のこと知らないしっ」

 と、渚君はヒドイことをサラリと言う(仮にもクラスメートを…)。しかも賀川(呼び捨て)からすれば好きな人からの言葉。(ざまみろっ)

 それから渚君は、不意に私の肩に手をかけると、そのまま私を軽く抱き寄せた。

 「僕の明日菜ちゃんをいじめたら、許さないからね」

 (だ…っ、抱き…っ!?)何すんだ、コイツはー!?

 「このっ変態!」

 ──ドスッ、と、思わず渚君にみずおちを食らわした。

 「ちょっと渚!大丈夫!?」

 「天原君!ちょっと高瀬さん!何するのよっ」

 リアと賀川が我先にと渚君に駆け寄り、私を攻め立てた。(こんな時に二人で息合わせないでよ…)。私の身にもなってくれ…。

 「そんなことより早く上靴返してよ」

 「そんなこととは何よ!?しかも何のことだかわかんないわっ」

 賀川はヒステリック気味に叫ぶ(ホントこの女やだ…)

 「い…、いい加減に…」

 「ちょっと君!」

 その時、怒りに満ちた渚君の声が響いた。

 「明日菜ちゃんいじめたら…、許さないからね」

 渚君はさっきと似た様なことを言った。けど、口調はさっきよりも大分重たい…(うわ〜…、渚君が怒ってる…。珍し〜…)。って感心してる場合じゃないか。

 賀川は、渚君が怒ってるのに気付いてちょっと青冷めたが、なんとか食いさがっていた。

 「天原君っ、どうして!?どうして高瀬さんなんかを!?まだ会って間もないのに…っ。」

 (高瀬さん『なんか』ってどういう意味だよ…)。賀川は私に対して失礼な言葉を渚君に投げかける。

 そして渚君は…、うつ向き固まった。(ん?何?どうしたの?)

 「どうし…っ」

 ───パンッ

 私が渚君に話しかけた瞬間、凄い音が教室に響きわたった。突然…、教室の窓ガラスが全部割れていた。

 一瞬の間…。の直後、教室中から悲鳴。軽く怪我した人もいるみたい。突然のことに、みな意味が分からずパニック状態。そんな中、渚君だけはまだうつ向いたまま固まっていた。パニックな教室にも、突然ガラスが割れると言う、怪奇現象にも動じず。そしてそのまま、静かに口を開いた。

 「『高瀬さんなんか』って、どういう意味…?」

 いつになく太く低い声だ。

 (もしかして…、これって…)

 渚君の怒った顔を見た時、私の中で何かがよぎる(そんなこと…あるのかな…)。何が予感な様な物。(でも…、きっと…)

 思って…、いや、気付いてしまった。

 ガラスを割ったのは…、


 渚君、渚君の力…!?



 それから、すぐ担任の風見先生が来て渚君は我に返った。とたん、その場に倒れこんだ。凄い疲れた顔して。そのまま保健室に担ぎ込まれた。


 「目…覚めた?」

 今は2時間目真っ只中。やっと渚君は、ゆっくり目を開けた。

 「明…日菜ちゃん…?」

 やっと起きた渚君は、か細い声で言った。1時間以上寝たにもかかわらず、とても疲れた顔をしている。

 「ずっと…付いててくれたの…?」

 「うん…、まぁ」

 「授業は…?」

 「ん…、さぼった」

 「どーして…?」

 (え……)。渚君の問いに私は言葉がつまった。言われて見れば確かに、どうして私はここにいるんだろう。授業をさぼってまで、1時間以上も。

 「まぁ…、いいや。とにかく嬉しい。ありがとう、明日菜ちゃん」

 渚君はニコッと笑う。(わ…、なんで?)なんか照れる…。

 「ごめんね…、明日菜ちゃん。びっくり…したしょ…?」

 渚君は手を顔にのせ、口を開いた。

 「うん…、まぁ…。あれも…、渚君の力なの…?」

 「うん…」

 やっぱり…そうなんだ。あの時、なんでか私は確信してた。あれは…、渚君の力だ…、って。

 「実は…ね」

 渚君は手を顔にのせたまま、静かに語り始めた。

 「僕、ああいう風に怒っちゃったりすると、この力のコントロール…、きかないんだ…」

 コントロールが…?

 「あっ、そだ。先生…、いる…?」

 渚君が心配そうに小声で聞く。(そっか…)先生に聞かれちゃヤバイ…よね。

 「ん。大丈夫。さっき、職員室行った」

 渚君がほっとした様に微笑む。(それにしても…)

 「コントロールがきかないって…」

 「あ…、うん…。気付いたら自分の意志と関係なく力だけが発動しちゃってる…、感じで…」

 「倒れたのは…?」

 「この力…、ちょっと体力使うんだよね…。我を忘れて大きな力使っちゃったから…、いわゆる…疲労だよ…」

 渚君は冷めた笑いをする。手を顔にのせてるから目は見えない。けど…、口元だけの冷めた笑いだって分かる。

 なんか…、コントロールきかないとか疲労で倒れるとか、簡単に言うけど…。

 「それって…、危ない…んじゃない…?」

 「───うん…。そうなんだよね…」

 渚君は少し間をあけてから、ボソッと言った。

 「今日みたいに暴走しちゃったりすると…、関係ない人に被害被っちゃったり…。僕自身も…、疲労で倒れるんだから、使い過ぎたら…どうなるか分かんないし…」

 渚君は、この簡単に片付けて良くない話を、ちょっと冷めた笑顔で言った。

 「ちょ…っ、渚君…っ!笑ってる場合じゃないでしょー!?」

 「え…」

 思わず叫んだ私を、渚君は驚いた顔で見た。

 「な…、何?」

 「いや…、明日菜ちゃん…。あの話…信じかけてくれたんだな…って」

 (はっ)確かに今の会話の流れだと、それっぽいな…。

 「べっ、別にそぉいう訳じゃ…」

 と、私は慌てて否定する。

 「それに…」

 渚君は何かを言いかけて口をつぐむ。

 「いや…、やっぱいいや」

 渚君はニコッと笑って誤魔化した。(コ…、コイツ…)どうしてこうはっきりしないの…!?

 「渚君…っ。そこまで言ったら全部言う!」

 怒った私に渚君は苦笑いで答える。

 「いや…、その…。」

 「何!?」

 私が強引に聞き出すと渚君は諦めた様に口を開いた。

 「なんだかんだ言っても…、明日菜ちゃん…、僕のこと心配してくれたんだな…、って…」

 (──────っ)

 私はしばらく反応できなかった。 自分の顔が赤く染まったのが分かった。渚君は『ヘヘッ』と照れ笑い。(何が『ヘヘッ』だ!!)

 「一生寝てろ!!」

 私は、渚君の顔にまで乱暴に布団を被せ、保健室を出た。




 ────いつもと同じ時間、同じ場所。もうすぐあの人が…、来る…っ!

 「サレス…?いるか?」

 私の後ろから男の人の声が響く。

 「ライティス…!!」

 「サレスっ」

 私はその人:ライティスに駆け寄り抱きついた。ライティスも私を強く、優しく抱き締める。

 ここは御人魚(みとな)川の川原にある洞窟。私とライティスは、1週間に1度、ここで会っている。今の私には、これだけが楽しみ。このためだけに…、生きている。

 「ライティス…。会いたかった…っ」

 「あぁ…、俺もだ…っ。……ごめんな…、サレス…。1週間にたった1度しか会えなくて…」

 「そ…、そんなことないっ。私の…方こそ…、私が『人魚』だというばっかりに…、堂々と会えなくて…」

 そう…。もし私が…、人魚じゃなかったらどんなに幸せか…。

 「何を言うっ!それこそおまえのせいじゃないだろうっ!」

 ライティスは私の言葉に辛そうな顔をする。

 「人魚が堂々と表に出れないのは人間のせいじゃないか…」

 ライティスは力強く私を抱き締めた。

 「俺たち人間が、人魚のことを考えずに…、興味本意でつかまえたり…するから…」

 ライティスは声を絞り出す様に言った。

 「ごめんな…。俺は…、お前が川から出ると危ないのを分かっているのに…、お前を手放せない…」

 「──やっ、何言ってるの!?」

 ライティスの言葉に私の声が思わず大きくなる。

 「『手放す』なんて悲しいこと言わないでっ。私は…っ、自分は人魚だけどっ、ライティスと離れるなんて考えられないっ」

 ライティスの私を抱き締める手が強くなる。

 (好き…。好きよ…、ライティス…)

 どうして…、どうして私は人魚なの…?人間に生まれたかった。人間に生まれて、ライティスの側にずっといたかった…っ!!

 「サレス…」

 私を抱き締めたままのライティスが静かに口を開く。

 「俺達…、かけおち…しないか…?」

 「え…」

 「かけおち?」

 私が驚きの声をあげた瞬間、洞窟の入口から女の人の声が響いた。

 「それは困るわね。またあんた達を探さなくちゃならないじゃない」

 とっさに振り向くと、洋服の白衣を着た女の人と着物を来た男の人が立っていた。

 「アクア!」

 ライティスが叫ぶ。

 立っていた女性は…アクア。私達人魚を追っている若き天才女化学者。なんと…、ライティスの双子のお姉さん。

 「お久しぶりね。やっと見つけたわ」

 アクアが不適に笑う。

 「まずい…っ!サレス…っ、逃げろ!!」

 「で…っ、でも!」

 アクアの隣にいた男の人が、刀を構え戦闘体勢に入っている。ライティスも、腰につけていた短剣を抜いた。

 「ラ…ッ、ライティス……!!」

 「サレス…っ、早く…!行けー!!」



 「!!」

 気がついたら…、ここはベッドの上。

 「あ…朝?…今の…夢?」

 いつもと変わらない朝だった。違う…と言えば、まだ目覚まし時計のなる5分前だということ。

 (ちょ…、ちょっと待って…)今のは…、夢…?だって…、『サレス』、『ライティス』、『アクア』ったら、あの話そのまんま…っ!…しかも…、今の夢の中で私は…、サレスだった…。

 もしかして…、これが…、渚君が言ってた…、あの…夢…───!?

 何これ…。冗談じゃないよ。こんなの…、こんなのただの夢!絶対ただの夢!!渚君になんて絶対言わない!!




 ──ピンポンパンポーン

 『呼び出しをします。1年6組天原渚君。生徒指導室へ来て下さい』

 昼休みの教室に、呼び出しの放送がかかる。ざわめくクラスメート。

 「あ〜ぁ…。呼び出しかかっちゃったか…」

 渚君が机の上で脱力してる。昨日渚君は、大事をとって早退していた。

 「ちょっと…。昨日のことじゃないの?」

 私は小声で言う。

 「う〜…。やっぱりそうだよね…」

 渚君は頭を抱え込みうなった。

 「とにかく行ってくるよ。昨日のガラスのこと疑われてるんだろうけどさ。『そんなことできる人いると思うんですか?』って、訴えてくる」

 苦笑いの渚君は、そう言うと立ちあがった。(まぁ、そりゃそうだけど…)

 「ところで明日菜ちゃん」

 「ん?」

 「生徒指導室ってどこ?」



 「ったくっ。渚君、君ね、転入してきたばっかりでよく分かんないのは当たり前だけど、生徒指導室は玄関からうちのクラスに行く途中にあるんですけど!?」

 私は、渚君を生徒指導室に案内しながら怒鳴る。渚君ってクラスメートの名前もさっぱりっぽいし。ってか、覚える気が感じられない!?

 「はーい…。これから頑張って覚えます…」

 渚君は、後ろからすごすごと着いて来る。

 「はいっ。ここだよ。生徒指導室」

 「うー…、なんか緊張してきた」

 「何言ってんの。ほらっ、頑張ってね」

 ポンポンと渚君の背中を叩く。

 「失礼します」

 意を決した渚君はノックの後、そう言って生徒指導室の戸を開ける。

 「ん?高瀬か?」

 中にいた担任の風見先生が私に気付いた。

 「あぁ、ちょうどいい。おまえも入れ」

 (──え…)なんで私まで?

 言われるまま私と渚君は生徒指導室へ入り、風見先生の差し出した椅子に座った。私と渚君に…、緊張が走る。

 「さて、まず高瀬。」

 (え…。私から?)

 「お前…いじめられてるのか?」

 (──へ?)

 呼び出し食らう覚えがないと思ったら、そういうことか。しかし…、いじめ…なのか?あれ。上靴1回隠されただけだし…(因みに上靴は、今朝学校に来たら靴箱に戻ってた)。

 「いや…、いじめって言っても…、上靴1回隠されただけです…し、私もおとなしくいじめられてるガラじゃないんで大丈夫ですよ」

 「そうか…?」

 風見先生が心配そうに言う。(今更ながら…)風見先生っていい先生なんだな〜と感心。

 「相手は賀川ルイだろ?他の生徒に聞いたが…。アイツ、教師への外面はいいんだけどな…」

 風見先生がぶつくさ言う。(良くわかってるな、この先生)

 「まぁ、なんか大事になる前に言いに来いよ?」

 「はい」

 私は素直にうなづいた。(なんか…)『教師』ってものをあんまし信用してなかったけど、この風見先生はいい先生だな。入学から約3ヶ月にして気付いたよ。

 「次は天原な」

 風見先生の言葉に渚君は、顔をこわばらせる。

 「高瀬へのいじめが原因で賀川に怒ったって聞いたが…」

 「あ…、はい…、まぁ。そうです…」

 渚君はしどろもどろに言う。

 「で…、お前の怒りに呼応するかの様に窓ガラスが割れた…、と」

 風見先生はメモの様な物を見ながら、首をかしげて言った。きっと、他の生徒から聞いたんだろうな。

 「まぁ…。確かに…、そんな感じでした」

 渚君は冷や汗をかいている。まぁ、私は大丈夫だと思うけど。不思議な力が暴走して窓ガラスを割りました、なんて本当のことを言ったところで誰も信じない…。って言うか、渚君の頭が疑われる?

 「んなことはないと思うが、一応聞くぞ?そんな感じに見えたってヤツが多いからな」

 風見先生は渚君の目を見た。渚君の顔に緊張が走る。

 「お前がガラスを割ったのか?」

 「──違いますっ。一体どうやって割るって言うんですか?」

 渚君が意を決して言う。渚君の一世一代の名(迷)演技の開始?

 「なんで割れたのか、僕だって知りたいですよ」

 渚君が言う。…開き直ったのか?緊張してた割には、堂々とした態度だよ。

 「だよな〜…。う〜ん…。よし」

 風見先生はひとしきり悩んだ後、渚君に聞いた。

 「じゃあ、天原。窓ガラスの件は全く関係ないんだな?」

 「──はい」

 渚君はちょっと間を開けたが、はっきりと答えた。

 「分かった。疑って悪かったな。戻っていいぞ」



 「う〜…。こっちこそ騙してごめんなさいだよ〜…」

 生徒指導室が見えなくなってから、渚君が嘆いた。

 「確かにねぇ」

 「明日菜ちゃん…。風見先生っていい先生だね」

 苦笑した私に渚君は半分涙目(オイオイ)

 ホント…、風見先生にはごめんなさいだわ。これは私も、渚君の共犯(?)だよね。全てを知ってて黙ってるんだから。だからって…、素直に話したところでねぇ。

 倒れた原因を追求されたらやばかったかな?

 (────ん…?)

 待って…。おかしくない?これ…。忘れただけ…?なんで風見先生は、渚君が倒れた原因を聞いて来なかった?

 「ねぇ、渚君」

 まだ嘆き続けている渚君に声をかける。

 「そぉいや、先生。倒れた原因、聞いて来なかったね」

 「え゛…っ」

 私の言葉に渚君は驚く。

 「何そんなに驚いてんの?」

 「えっ、いやっ。確かになと思いましてっ」

 渚君は何か慌てた…、様に見えた。(ん…?何さ?)

 「そ…っ、そんなこと聞かれたらヤバイじゃん!」

 苦笑して言う渚君。

 なんだ。慌てたのはそういうことか?




 ──────ここまで来れば平気かな…。

 「姫様っ、サレス姫様!?」

 (ふぅ…)やーっと逃げ出せた。

 さっきから私を呼んでいるのは、私の侍女のライリ。ライリ=イクスレイ。とにかく口うるさい。

 (ごめんね…、ライリ…)私は、一人になる時間が欲しいの。姫としての仕事が嫌な訳じゃない。だけど、プライベートのの時間は…、もっと放っておいて欲しいの。小さい時から側にいたライリ。嫌いじゃないよ?むしろ大好きだけど…、心配しすぎ。プライベートの時間まで干渉してこないで…。

 だから…、ごめんね。逃げ出したりして。ちゃんと、帰って来るからね。


 でも、どこ…行こうかな。見付からないところは…、そうだ!地上に…、人間界に…行ってみようかな…。

 駄目なのは分かってる。未成年の私には地上へ出ることは大犯罪だ。だけど…、だからこそ見付からないよね?この尾も、乾かせば人間の足になるっていうし。人間にも見付からなければ…。

 (あ…、遠くでライリの呼ぶ声が聞こえる…)

 うだうだしてられない。…よしっ。行っちゃえっ。


 「うわ〜っ。綺麗…」

 川から顔を出して最初に目に付いたのは、色とりどりの…(これが…花?)。凄〜い。

 (尾、乾かさなくちゃ)

 私は川からでる。草や花(だと思うもの)に隠れ、あまり目につかない様にして。

 「あ…、空に何か飛んでる…」

 あれが、鳥ってやつかな?虫…って言うのも空を飛ぶって聞いたな。…フワッと風が吹く。風が肌を撫でていく感覚。川の中の波が肌を撫でていく感覚ともまた違う。…気持ちいい。

 (なんか…、何もかも新鮮で嬉しいな)

 こんな、一人でのんびり出来ること…、今まであっただろうか。いっつも誰かくっついて来ちゃうからな…。

 これからも…、時々なら、川から出ても平気かな…。

 「う〜ん…、それにしても…。尾、なかなか乾かない…。鱗って、ちょっとぬるぬるしてるからな〜…」

 私は、尾に手で風を送ってみた。その瞬間…。

 ──ガサガサッ、と、後ろから物音がした。

 「だ…っ、誰か…っ、いる…?」

 思わず振り返る。(どうしよう…っ)、人間に見られちゃった?


 後ろにいたのは、人間。男の人。綺麗な金髪の。

 (────っ)

 目があった。なんで?目が離せない。この人は…誰?

 その人は驚いた目でこちらを見てる。そして、静かに口を開いた。

 「君は…、人魚…?」



 ───

 「……………」

 また…、あの…夢?

 (は〜…)と、私はベッドの上で大きなため息を付いた。

 今度は何?最後に出てきたあの男…、ライティスだよね…。つまりは、サレスとライティスが初めて出会った時?

 「も〜…、いい加減にしてよ…」

 私は布団に顔を突っ伏して、ボソッと言う。

 …渚君に言った方がいいのかな…?でも…、もし言ったら…きっと…、『やっぱり君がそうだ!』とか『やっと信じてくれたんだね!』みたいな…。こう…、無理矢理…。

 (か…、考えたくもねー…)やっぱ言うのよそう…。うん、私は何も見なかった(マインドコントロール)。はぁ〜…(なんかため息ばっかり出るよ…)。



 「夢、まだ見ない?」

 「……………」

 (そんな…、今日に限って聞いて来ないでよ…)。今日の渚君の、登校して二言目はそれだった。

 「い…、いや…。見てないけど…、まだ…」

 私はわざと目を反らして言った。

 「…『まだ』…?『まだ』って言った…?」

 ハ…ッ、しまった。ボロ出しちまったっ。

 「『まだ』ってことは、あの話信じてくれたんだね!」

 「え゛っ!?」

 ちょ…っ、待っ…。勝手に自分の都合のいい用に話を進めるなーっ!!

 …これで…、『夢見た』…、なんて言った日には…。(か…、考えるのよそっと)

 ぎゅ…っ、と、思案中の私に何かがおおいかぶさった。いや、何か…なんて言うまでもなく…、アイツ…っ。

 「な…、渚君…?」

 私が額にプッツンマークを浮かべているのに対し、渚君はニッコリ笑顔。

 「夢見たら、ちゃーんと僕に教えてよ?」

 …………っ、ホンットにこの男は……〜っ!

 「いちいち抱きつくなっ!」

 ボスッ…。──いつものパターンである。




 「えー、今日から3週間、教育実習で来た水奈本先生だ」

 間もなく始まった朝のショートホームルーム。風見先生が言う。

 (教育実習…?)確かに、風見先生の隣に、スーツを着た若いお兄さんが立ってるけど…。なんていうか童顔?高校生の中に入ったら埋もれそう。

 「今日から3週間、皆と一緒に勉強することになりました、水奈本海吏(みなもとかいり)です!どうぞよろしく!」

 教育実習の水奈本先生は元気よく言う。(…なんかさ…)渚君と似た様なタイプ…?(苦手だ…)。

 「あ…、あれ?」

 隣で渚君が疑問の声を上げる。

 「どしたの?」

 「え…、いや…。ちょっと…。─まさかね…」

 (──は?)何を意味不明なことを…。

 が、『意味不明なこと』はまだ続いた。

 「…サレス…姫様…?」

 と言ったのは、他の誰でもない水奈本先生である。

 「!!?」

 と、声にならない叫びをあげたのは、私と渚君。(サ…『サレス』って…)

 水奈本先生は私の方を見て、放心した様に立ち尽くしている。そして、放心した様な瞳のまま、私のところへ歩いて来た。…直後、私の両手を握りしめた。

 「姫様?サレス姫様ですね!?覚えてらっしゃいますか!?また会えて嬉しゅうございます!!」

 「──は!?」

 (な…、何!?何なの、この人ーっ)

 他の生徒は唖然(当たり前)。私はパニクって口をパクパクしていたら、渚君がボソッと口を開いた。

 「あ…っ、あんた、もしかして…っ」

 見ると渚君はとても驚いた顔をしている。その声に振り返った水奈本先生も、渚君の顔を見るなり目を丸くした。

 「お…、お前は…!」

 水奈本先生はそろそろと、渚君を指差す。(な…、何…?)

 「姫様をたぶらかした、あの憎きライティス!!」

 ──は?

 「だっ、…誰がたぶらかしたっ、誰が!」

 ──ちょ…、ちょっと待ってよ…。この人、サレスとライティスを知ってんの!?またあの話の関係者!?

 「どーして君がここにいるの!?」

 「そっちこそ!!どーしてまた姫様の近くなんだよ!?」

 二人ははたから見たら、いや、私から見てもかなり意味不明な言い合いを繰り広げる。(ちょ…、ちょっと待て)

 「うるさいっ!!」

 とっさに私は叫ぶと、二人はピタッと止まり私の方を見た。

 「ちょっと待ってよ!二人でギャアギャアと、訳わかんない!…水奈本先生!あなた誰ですか!?」

 私の言葉に、水奈本先生はショックを受けた顔をした。

 「ひっ、姫様!覚えてらっしゃらないんですか!!?」

 「知りませんよ!その『姫』っての、止めて下さい!」

 「明日菜ちゃんはまだ何も思い出してないよ」

 「渚君は黙ってな」

 「姫様!覚えてらっしゃいませんか!?俺は姫様の侍女だった『ライリ』です!」

 水奈本先生がそう言った。

 え…?私の…侍女…?侍女のライリって…、まさか…あの…?

 「ライリー!?」

 「覚えてらっしゃいましたか!?」

 やっと頭の整理がついた私に、水奈本先生は嬉しそうに言う。

 ちょっと考えた後に、ふと昨日見た夢が頭に蘇った。『ライリ』、サレスの侍女の人魚だ。

 「ラ…ライリって…、あのライリ…ですよね?そっ、そぉいや顔そっくり?…だけど男!?」

 「明日菜ちゃん…?」

 一人パニクりながらブツブツ言ってると、渚君がいつになく低い声で言った。

 「まだ夢見てないんじゃなかったの?」 渚君の疑惑の目。(ハッ、しまったっ。思いっきりボロ出しちまったっ)

 「えっ!あっ、いや…」

 「どーなの!?」

 「み…、見ました…」

 いつになく強気な渚君に気押され気味の私(何敬語になってんだ、私)。それから渚君は、喜々として聞いてきた。

 「ど…、何処!?何処の夢見たの!?」

 「え…、え〜と…。初めて会った時と…、アクアに襲われた時…」

 「ふ〜んっ。も〜、ちゃんと教えてって言ったじゃん!」

 「…………」

 いや、だって…、ねぇ?

 「ま、その話は後でゆっくり。それより水奈本先生!」

 渚君は水奈本先生に詰め寄った。

 「あんたもしかして…、『ライリ』だった時の記憶ある…、の?」

 「そーだ」

 渚君の問いに水奈本先生は強気に答える。

 「………っ、どーしてっ、ライリといいアクアといい、前世(まえ)の記憶あるんだー!?」

 「『アクア』!?アクアもいるのか!?」

 思わず叫んだ渚君の言葉に水奈本先生が反応する。

 「いるよ」

 「なにぃ!?姫様!俺がアクアからお守りします!」

 「今のアクアはそういうことしないし大丈夫だよ」

 渚君の言葉に、水奈本先生は『そうなのか?』という顔をする。

 「それに…、何もあんたが明日菜ちゃん守らなくても僕が守る!」

 (はい?)

 「ふざけるなっ!俺は、お前から姫様を守る!!」

 (はぁ?)

 その時、風見先生の止めの言葉が入った。(そいや朝のショートホームルーム中だったっけ)



 ってな訳で(?)うちのクラスでは、渚君と水奈本先生の冷戦が始まった。…けど、それより凄いのは聖亜と水奈本先生である。聖亜は隣のクラスだから、現場をみたコトはないけど、既に冷戦通り越して手が出そうだとか…。授業中とかまさに火花が散ってるらしい…(是非、生で見てみたい)。

 そんなこんなで、気付くとこの学校では、私達(私と渚君、聖亜、水奈本先生)の噂で持ちきりになっていた…(こないだ新聞部の人がインダビューにきた…。追い返したけど)。

 そんな中、一つの事件が起こった。



 ──ガッターン!!

 「な…、なんだぁ?」

 と、言ったのは教科担任の先生。今は授業中。突然隣のクラスから何か重たい物が倒れる音がした。(…?聖亜のクラスだ…)

 ──ガラッ

 その時、誰かがうちのクラスのドアを勢い良く開けた。それは…、

 「聖亜…!?」

 そのままズケズケと教室に入って来たのは聖亜だった。なんだか、怒りに満ちた顔をして。

 「天原!」

 「は…、はいっ!?」

 怒りにまかせて叫んだ感じの聖亜に、渚君は驚きつつ声を上げる。(せ…聖亜?何事?)

 「お前っ、水奈本のことどう思う!?」

 「は?」

 私と渚君が同時に声を上げる。(仮にも先生に呼び捨てかい…、聖亜)

 「ヤだろ!?な?腹立つだろ!?ムカつくだろ!?」

 「え〜…、あ〜…、うん…」

 「だろ!?よしっ。お前俺の仲間だ!」

 「へ?」

 「お前、ヤなんだろ!?あいつっ」

 「あ〜…、そ〜…だよねぇっ。やだよねぇっ、腹立つよねぇ!?」

 「だろ!?」

 何意気投合してんだ、この二人…。

 「明日菜!お前も仲間だ!」

 「はい!?」

 「お前だっていい加減ヤだろ!?『姫様』って呼ばれるのっ」

 「まぁ…、そりゃ…」

 「アーックーッアーッ」

 その時、どこからともなく、水奈本先生の怒りに満ちた低い声が響いた。

 「貴様…、今は授業中だぞ…、早く教室戻れ…」

 「うるっせぇな。誰が貴様の言うことなんか聞くかよ。後、アクアって呼ぶの止めやがれ」

 水奈本先生の言葉に、やっぱり怒りに満ちた聖亜が言う。

 「しかもアクア!ついでにライティス!姫様に触れるな!」

 水奈本先生が怒鳴る。

 (……は〜…)なんかため息でる。なんだってこの兄ちゃん(既に呼び方が先生じゃなくなってる)は、そんなに前世(まえ)にこだわるんだよ…。

 その時、隣のクラスからうちの担任:風見先生が静かに怒りながらやって来た。

 「立花…、高瀬…、天原…、水奈本先生…」

 な…、なんかヤな予感が…

 「放課後…、生徒指導室まで来い」

 や…、やっぱり?

 風見先生は、静かになった聖亜と水奈本先生ん引き連れて隣のクラスへ戻って行った。


 まためんどいことになったぞ…?

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