≪1≫
――キーンコーンカーンコーン……。
「……ふぁ〜……っ」
6月の終わり。もうじき夏本番を迎える太陽は、朝だというのにギラギラと暑い。そんな太陽に照らされて、私は教室の窓側一番後ろの席で大きなあくびをした。
教室の中は前期中間試験も終わり、近づく学祭と夏休みに向け少し浮足立っている。私はそんな級友達に混じろうともせず、ボーッと座っている。
私の名前は、高瀬明日菜。
県立河守高等学校1年6組。成績上の中、運動神経中の上、ルックス平凡、肩に付くか付かないかのストレートの髪はまとめるでもピンでとめるでもない。
愛想は悪く一匹狼。友だちは少なくクラスでも浮いた存在。
──特徴、『青みがかった髪と極端に色素の薄い瞳』。
「転入生を紹介する」
いつの間にか始まっていた朝のショートホームルーム。いつの間にか来ていた担任の風見先生が言う。
転入生……? なんか季節外れ。夏休み直前なんて。夏休み後じゃダメだったのかな。
「入っておいで」
「ハイッ」
先生の言葉に、ドアの向こうから元気な男の子の声が聞こえた。なんかちょっと子どもっぽい感じの声。『男』と解ってのことだろう。クラスの女子からザワメキが起き、皆の視線がドアへ集中。私も一応ドアの方へ目を向けた。
──ガラッ、と、勢い良く戸を開けて一人の背の高い男の子が入ってきた。と同時に、女子から黄色い歓声が起こる。
「天原渚君だ」
先生は黒板に彼の名前を書きながら言った。
『渚』? なんか変わってる。女の人みたいな名前。
その転入生こと天原渚君は、少し童顔で女顔、こういう顔を美形って言うのかな。背はすらっと高く、180cm近い様に見える。そして何より、髪の毛が日本人とは思えない位茶色、というか栗色。
『男』、というものに興味のない私にも分かる。いわゆる、『モテる』タイプの男の子だった。
「天原渚です。どうぞヨロシクお願いしますっ」
天原君は、先生の隣でペコッと頭を下げ、元気良くそう言った。
なんか、良く言えば『元気良く』かもしれないけど、悪く言えば精神年齢低そうな感じ。
と、私にとっての彼の第一印象はこうだった。興味のない男の中でも更に、苦手なタイプだなぁ、と感じていた。
その時、キョロキョロと教室を見回していた天原君と目が合った。
トクン、と、小さく心臓が跳ね上がった。
私はそんな自分に驚き、思わずさっと彼から目を反らした。
「──先生」
すると天原君は、一呼吸置いて口を開いた。そして突然私のいる方を指差した。
「先生っ。僕っ、彼女の隣に座りたいですっ!!」
──は?
突然の天原君の言葉を理解するのに、私は少し時間がかかった。私だけではなく、クラスの皆が、先生までもが口をポカンと開けて目を丸くしてる。天原君だけが、凄く嬉しそうに私のいる方を見ている。
か、彼女って、私のコト? いやでも……、私の前の席にも女子はいる訳だし。まさかよりにもよって私をなんて……。
「か、彼女って……?」
先生がボソッと言った。正に私の気持ちを代弁するかの様な言葉だ。
「え? だから、窓側一番後ろのあの娘ですっ!!」
教室の中が一気に騒がしくなる。
な、なんで? やっぱり私なの?
さっきまで天原君にキャーキャー言ってたミーハーな娘達が怪訝な顔を私に向ける。
「ねぇ、先生! いいですよね? 彼女の隣、都合良く空いてるしっ」
天原君は、ニコニコ顔で先生を説得する。
まぁ、偶然私の隣が空いてるのは確で、ここしか空いてないのも事実。だから彼がここに座るのは必然……。ではあるけど……。 なんだってわざわざご指名で?
「先生っ」
唖然としている先生を急かす様に天原君は言う。先生はまだ呆然としている。
「あ、あぁ。あそこしか空いてないしな……」
「やったっ!!」
呆気に取られたままの先生の言葉に、天原君は目を輝かせて喜ぶ。そして、スキップする様な軽い足取りで歩いて来て、私の隣の席にストンと座った。私はまだ呆然と、そして何と無く天原君を目で追う。というか追わさってしまう。
それから天原君は私の方を向き、ニコーッと少し子どもっぽい笑顔を浮かべた。
「初めましてっ、天原渚ですっ。ヨロシクッ」
「ヨ、ヨロシク……」
私は何か度肝を抜かれた感じで、流れに流され答えた。終始ニコニコ顔の天原君は更に続ける。
「君の名前は?」
「た、高瀬……、明日菜……」
「明日菜ちゃんか。ヨロシクねっ」
なんなのこの男は……。
教室はガヤガヤ騒がしいまま。天原君にキャーキャー言ってた娘達が、あからさまに悪意の目で私を見てる。先生は気を取り直してショートホームルームを進めてる。天原君は、相変わらずのニコニコ顔で私を見てる。
一体なんなの?
私の隣が都合良く空いていて、転入生が座るのは当たり前だけど……。なんだって、なんだってわざわざ私をご指名で?
訳がわかんないよ。
「高瀬さんっ」
気が付くと朝のショートホームルームは終わり、私の机の周りに数人の女子が立っていた。天原君に対し、黄色い声をあげていたミーハーな娘達だ。
なんだか皆、怖い顔をしている。私は顔を引きつらせて口を開く。
「な、何……?」
「天原君とはどういう関係!?」
彼女達は口を揃えて言った。私は、目が点になる。
私、からするととても唐突な言葉だ。でも、彼女達の目は真剣。本気で言って来ているのだ。
でも、どーゆー関係も何も……。
「いや、初対面……」
「そんな訳ないじゃないっ」
私の言葉を遮り、彼女達はヒステリック気味に叫んだ。声が耳にキンキン響く。
そんなこと言ったって、私の方にこそこの天原君に聞きたいこと大量にあるんだから。
「いやいや、確かに僕と明日菜ちゃんは初対面だよ」
とその時、私の隣から何やら呑気な声が聞こえてきた。声の主はもちろん天原君。ふと見ると、ニッと笑ってこちらを見ている。
なんか、『明日菜ちゃん』って、馴れ馴れしい……。今日初めて会ったのに。
「じゃあ、どう……」
「どうしてわざわざご指名でここに座ってきたの!?」
今度は私が思わず口を開いた。彼女達の言葉を遮り、強い口調で。天原君はそんな私に一瞬驚いたかの様に目を見開いた。が、すぐにあの子どもっぽい笑顔に戻り、何だかとても意味深なことを言い放った。
「僕ね、君を……、
明日菜ちゃんをさがしてたんだっ」
「……え?」
「何それっ、どーゆーことぉ!?」
やっと反応出来た私に対し、彼女達は私の言葉を書き消すかの様に口々に言った。
「ナイショ」
「え─っ」
しつこい彼女達に天原君はニコッと笑って返す。そして、抗議する彼女達を尻目に私に視線を向けた。
「明日菜ちゃん。君にはそのうち教えてあげるね」
ずっと神妙な顔して彼女達と天原君のやりとりを眺めていた私に、天原君はなんだか優しい笑顔を浮かべた。
一体なんなの? この男。本当に訳がわからない。
私を探してた? なんで? どうして? 一体何の為に?
変なの。
変な人。
「おっはよーうっ。明日菜ちゃんっ」
天原君の転入2日目。朝、教室のドアを開けてからの彼の開口一番の台詞はそれだった。
「お、おはよ……」
私は『引き』ながら答える。彼の朝っぱらからの元気さと、私への呼び方にちゃんづけが定着してしまったことへ。更に今の挨拶が、クラスにではなく私個人に……、であるという点に。顔が引き釣る。
クラスのミーハーな娘達がこっちをみて睨んでる。天原君は私の苦労も知らずに、ニコニコ顔で席についた。
なんで私がこの天原君のせいでクラスの女子達から睨まれたりして、こんないらぬ苦労をしなくちゃならないの?
「あ、天原君?」
「『渚』でいいよ。明日菜ちゃん」
事の真実を問い正そうと、私が思い切って話しかけると、天原君はニコニコ言った。
下の名前で呼べっていうの? なんだかなぁ。
「渚君?」
「何? 明日菜ちゃんっ」
私は改めて仕方なく呼び直す。渚君は飛びきり嬉しそうな笑みを返してきた。
……なんだろう。なんかこの人と話してると調子が狂う……。なんて言うか、渚君のペースに引きずりこまれる。そんな感じ。
「君、一体なんなの?」
私の思ってることをそのまま口に出した。そう、不思議な変なことばかり言う渚君。一体何なの? この言葉が一番しっくり来る。
私の言葉に渚君の顔から笑顔が消えた。なんだか初めて見る顔。と言ってもまだ会って2日だけど。静かな瞳で私を見てる。その瞳に、私はなんだか動揺してしまった。なんだか、動悸が早くなったから……。
「わ、私を探してたって、どういうこと……っ?」
私はなんとか動揺を隠して口を開く。
渚君は昨日、私を探してた、と言った。でも私には渚君の顔に見覚えもないし、全く意味が分かんない。
「知りたい?」
と言った渚君には、あの笑顔が戻っていた。このコロコロ変わる態度は何?
「あ、当たり前でしょ!?」
「フフ〜ン。どぉしよっかな〜」
渚君は、ニヤ〜ッっ勝ち誇った様な面白がってる様な顔で言う。なんだかその態度、ちょっとカチンと来る。
「何それっ、はっきりしてよっ」
思わず声を荒げた。なんだか面白がってる風の渚君にちょっと腹が立ち、更にはっきりしないのが嫌、な白黒はっきりさせたい性格の私。すると渚君は苦笑いをした。
「アハハッ。ごめんごめん。そんな怒んないでよ」
なんか、やだ……。
はっきりしないのが嫌な前に、渚君のペースがなんか嫌。私のペースが保てない、ペースが……、乱される。
従来一匹狼の私が、教室でこんなに人と話してること事態希だ。そんな私を見て、クラスの人達も怪訝な顔で私を見てる。一部の女子からは、明らかに悪意の視線だ。渚君とだけは、ペラペラ話してる様に見えるんだろうけど……。
「分かった」
一人で考えを巡らしていると渚君が突然言った。なんだか意外に思えて、更には意外にあっさり出た言葉にキョトンとしていると、渚君はいつものニコニコ顔で続けた。
「いつかは明日菜ちゃんも絶対知ることだしね。そこまで言うなら、うん。教えてあげるよ」
「ほ、本当……?」
「うん」
なんだかポカンとして呆気に取られてる私に対し、渚君は常にニコニコしてる。
そして、売って変わってこの態度。やっぱりなんか調子が狂わされる。でも、まぁ、いっか。教えてくれるって言うんだし。
「その変わり、放課後、付き合って欲しい所があるんだけど〜」
不意に響いた渚君の声、何か企んだ含み笑いをしてる。私が調子狂わさつつも少し安堵していたのに、その渚君は含み笑いがその安堵感を見事にぶち壊した。
「は? な、なんであんたなんかと……っ」
「ここじゃ、ちょーっと話せないんだよねぇ」
思わず声を荒げた私の言葉を遮り、渚君は含み笑いのまま言う。
「だから、放課後付き合ってくれたらそこで教えてあげる」
な、何それ……。
──キーンコーンカーンコーン……。
「さ、渚君。放課後になったけど? 何処へ行くっての?」
放課後。帰りのショートホームルームが終わった直後、私はこう渚君に切り出した。なんだか強引に決められて少しムカつくのも本音だけど、まぁ、教えてくれるって言うんだから仕方ない。
嫌々ながらの私の言葉に渚君は、何やら困った様子で私の顔を見た。
「う〜……。やっぱ言わなきゃダメ?」
何それ。
はっきりしないのが嫌な私は、この渚君の煮えきらない態度に……、軽くキレた。
「渚君。あんたさっき教えるったしょ……? 私、そーゆーはっきりしないの、凄い腹立つんだけど」
私の自分でも驚く位の低くい声に、渚君は青い顔して半歩引いた。苦笑いの表情を浮かべる。
「いや、その、ちょっとね……。もう少しじらしたいかなぁ……、なんて」
渚君はボソボソと言い訳。
しかもその内容が『じらしたい』? 本気で腹が立つんだけど。
「渚君……?」
「あーっ! ごめんなさいっごめんなさいっ。ちゃんと教えるからっ、そんなに怒んないでよっ、明日菜ちゃーんっ!!」
また私が低い声で言うと、渚君は猫撫で声で慌てて弁解した。
……ほんとにこの男は。言葉使いが子どもっぽいと言うか、ナヨッとしてると言うか……、気持ち悪くもあるみたいな。もっと普通に話せないの? どう聞いても今時の高校生の言葉使いじゃない。
その時、不意に誰かが私の手を握った。
「じゃ、明日菜ちゃん。行こっか」
そこには私の手を握り、ニコやかに言う渚君がいた。握った手を目線の高さまで持ち上げ、わざと強調して。
「!?」
と、私は声にならない声をあげる。と同時に、顔が真っ赤に染め上がった。
いやだ。私、何赤くなってんの?
「ちょ、渚く……。放して……」
「早く、明日菜ちゃん」
私の言い分などおかまいなしに、渚君は私の手を握ったまま、ズンズン歩いて行く。クラスの皆がポカンとして見てる。ミーハーな女の子達だけは私を睨んでる。
なんか、凄い恥ずかしい。
私の顔は真っ赤だし、心臓は、凄い早さでドキドキ言ってる。
だって、男子に手を握られたのなんて初めてで、何が起きてるのか良くわからない。
どうしたらいいのか、良くわからない。
「図書館……?」
動悸と戦いながら、渚君にムリヤリ連れられて歩くこと、約15分。着いた所はそこだった。
「なんだってこんなとこに……」
「いいからいいからっ」
ボソッと言った私に対し、渚君はゴキゲンな顔して私を強引に引っ張ってく。
なんか……、疲れる。渚君のこのハイテンションはどこから来るんだろう? なんかいろいろと吸い取られてそうだ……。
「ここ、ここ」
と言う渚君に連れて来られた場所は、図書館の奥の奥。回りを背の高い本棚に囲まれた、他から遮断された様な空間。本棚には、古い言い伝えや伝説の本なんかが納められている。あまり、人の来なさそうなスペースだな。
「ねぇ、明日菜ちゃん。この街の川原に建ってるお墓……、知ってるよね?」
「え? お墓って、アレ? 人魚がどーのこーのっていう……」
「そう」
──この街には、真ん中に大きな川:御人魚川が流れている。その川は私の通う高校:河守高校の近くも通っていて、そのうちの学校の近くの川原に、古いお墓、の様なものが建っている。。そのお墓にはこう書かれている。
『人間と人魚 の 運命の果て
禁じられた恋破れて
サレス と ライティス
1689年12月18日 ここに眠る……』
なんでも、その人魚の『サレス』と人間の『ライティス』ってのが、300年も前に恋に落ちて、けど人魚と人間なもんだからいろいろあって、結局心中してあそこに埋葬されたとかなんとか……。そんな胡散臭い『伝説』と供に、そのお墓はこの街では有名だ。
「あのお墓にまつわる伝説ね、実話なんだよ」
ハイ?
渚君がさらりと言ってのける。この年になって、有り得ない話を。
「な、何言ってんの……っ」
「そう言うと思ってここに連れて来たんだ」
渚君はニコッと笑う。そしておもむろに本棚から1冊の本を取り出し、ポカンとしてる私の前に差し出した。とても古そうなボロボロの洋書だった。小豆色の表紙で紐でしばってある本だ。一体いつの時代の?
表紙には、かすれてるけど英語で何か書いてある。
『Mermaid』?
「明日菜ちゃん。この本見える?」
また何を言い出すの? この男は。
「はぁ? 当たり前じゃん」
「やっぱり君がそうだっ!!」
私の言葉を聞くや否や、渚君は図書館なのに喜々として叫んだ。そして他の人々の注目をあびる。私は小声で怒鳴りつける。
「叫ぶなっ! ここ図書館!」
「アハハ。ごめん。嬉しくてついね」
呑気に笑う渚君。
嬉しくて? 一体なんのこと? ホントにこの男、訳わかんない。
「この本、ある人達にしか見えないんだ」
「……はぁ!?」
またおかしなことをさらりと言う渚君に、私は思わず思いっきり怪訝な声を上げた。
あのー……、この人頭の中大丈夫? なんて、失礼な考えが浮かんでしまう。だってそうでしょう? 何なの、この非現実的な話は。
「でね。この本、あの川の伝説の本なんだ」
私の怪訝な声などおかまいなしに、渚君はどんどん話を進める。
それにしても、あの伝説の本なんて聞いたことない。
「あの伝説の本なんてあったんだ……」
「うん。あのね、伝説の中の『ライティス』がイギリス人で、これもイギリス英語で書かれてるんだ〜」
イマイチ話についていけない私に対し、渚君は終始浮かれ気味。
ライティスって人はイギリス人、だったっけ? アメリカじゃないのか。
「そしてね、この本、その伝説に関わりのある人にしか見えないんだっ」
「……はぁ゛!?」
渚君は得意気に語る。のに対し、私は力いっぱい怪訝な声を上げた。眉間に思いっきりしわを寄せて。
「でね、明日菜ちゃんはこの本が見える……ってことだから、あの伝説に関わりあるんだよっ」
「!?」
私の力いっぱいの怪訝な声など、渚君は気にも止めてない。
この男は何を平然とこんな空想話を……?しかも得意気に。ホントにこの人大丈夫?
「その目は疑ってるね。明日菜ちゃん……」
私の疑惑の目、というよりももはや珍獣を見るかの様な視線ににようやく気付いた渚君は不服そうに言う。
「あ、当たり前じん……」
なんだかため息が出た。こんな幼稚な空想話がどうやら本気らしい渚君に。誰か冗談だと言ってよ。どうやったら信じれるの? こんな話。
そして渚君は、再び誇らしげな笑みを浮かべ口を開いた。
「まぁまぁ、明日菜ちゃん。これを見たら疑えなくなるよっ」
と渚君はその伝説の本をペラペラとめくる。そして、あるページに辿りつくと、私には見えない様に本を伏せて言った。
「ねぇ。あの伝説の二人の顔、見たことある?」
「え、ない……けど……」
私の言葉に渚君は更に得意気にニィっと笑う。そして、『ジャジャーン』などと言う効果音をつけつつ隠していたページを私に目の前に差し出した。
「これはあの伝説の二人の肖像画だよ」
──え……?
その絵を見て私は固まった。息を飲んだ。氷ついた。
その絵には、あの伝説の二人らしい外国人男性と人魚が、腰から下が魚の女性が寄り添っていた。でも、私が驚いた原因はそこではなく、二人の……、顔。
「そっくりでしょ〜。僕と明日菜ちゃんに」
渚君はニコニコして言う。
──そう。
そこに描かれていた二人は、渚君の言う通り私と渚君の顔をしていた。
二人とも、今の私達よりはちょっと年上な気がするけど、髪の色や長さ、目の色だって違うけど。紛れもなく、私と渚君の顔だ。
何これ……。そう言おうとして、私は声にならなかった。
「びっくりした?」
渚君の嬉しそうな言葉に私は無言のまま素直にうなづいた。
──その絵には、寄り添った二人の男女。と言っても女性の方はいわゆる『人魚』。
女の方は、顔は私。髪は綺麗な青で腰の辺りまで伸ばして一つにまとめてる。目は金色。腰から下は……、魚。
男の方は、顔は渚君。髪は金髪で、肩を越すほど伸ばしていて、こちらも同様一つにまとめてる。そして目は青。
伝説の悲劇さとは裏腹に、絵の中の二人は幸せそうに微笑んでいる。
「僕らはこの二人の生まれ変わりだよ」
「はい……!?」
言葉もなくその絵を眺めている私に、渚君はまたおかしなことを言い出した。
はっきりしないのが嫌、な性格上、私はそういう非現実的な話も嫌いだった、っていうか受け付けない感じ。だから、思わず思いっきり怪訝な顔をした。
「何より、この顔が証拠だと思うんだよね」
渚君はあの絵を指差す。
証拠……。確かにそっくりだけど。だからって……。とは思うけどイマイチ反論の言葉が浮かばず黙り込んだ。
「それに色々名残りもあるしね」
「名残り……?」
私がボソッと聞き返すと、渚君は優しく笑って私の髪に手を伸ばした。
「そ。例えばこの髪。この不思議な人間らしからぬ青さは生まれつきだったんじゃない? サレスは青い髪だからね。その名残りだと思うよ。目も凄く色素薄いけどこれはサレスが金色だから。
僕の日本人らしからぬ茶色な髪も金髪だったライティスの名残りだろうし、目だってよく見ると青がかってんだよ」
私は言われるまま渚君の瞳を覗きこんだ。
……確かに。純な日本人にしては青っぽい色をしてる。私にしても、確かにこの青っぽい髪は生まれつきで、中学や高校入学の時にちょっと苦労した。染めてるんじゃないかって疑われて。
お母さんが言ってたけど、産まれた時にいろいろ病院行ったりしたんだって。でも、全くもって異常なし。
「ねぇ、明日菜ちゃん。泳ぎ、上手かったりしない?」
渚君が唐突に話題を変えた。
「あ、うん……。習ったこともないのに、泳げる……、けど?」
「やっぱりね」
あまりの唐突さに目が点になりながら答える。確かに私は、習ったこともないのに泳ぎだけはかなり得意だった。
渚君は不適に笑う。
「それもサレスの名残。前世が人魚だったから、今でもスイスイ」
渚君は嬉しいなニコニコ顔。
あぁ、そうか。
ずっと不思議だった。なんで泳げるのか。
私にとって泳ぐことは、習うことでも覚えることでもなかった。だって、体が知っていたから。皆が皆、泳げる訳ではないことに気付いたのは、小学校の体育のプールでだった。
なんか、納得……?
「信じてくれた?」
「!!」
と、渚君の嬉しそうな声で我に帰った。
待って。何を納得してるの、私。
た、確かに色々つじつま合わせるとそんな気もするけど、みんな偶然の産物。たかがちょっと偶然が重なっただけで、こんな非現実的な話を現実にされてたらたまらない。
危ない。危うく流されるとこだった。
「んな訳ないじゃんっ」
「え〜……。明日菜ちゃん、夢な〜い」
「うるさいっ、なんとでも言えっ」
猫なで声ですがる渚君君に私は小声で怒鳴る。
確かに私は必要以上に現実的かもしれないけど、いくらなんでもこの話は現実離れし過ぎでしょう。空想話が好きな人だって、この話じゃ現実だなんて思えないんじゃない?
「あ。因みに僕らはこの二人の子孫だよ」
さっきまですがってたくせにあっさり復活した渚君が言う。
「は!?」
「この二人ねぇ、心中したっていうけど、子ども残して心中したんだ」
私の疑問の声など気にも止めず、渚君は平然と話を進める。
そして、渚君は否に真面目な表情をする。そうなると、なんだかいつものノリで否定出来ない。
渚君は静かに、あの『人魚の伝説』を詳しく語り始めた……。