謳われぬ末姫
※お相手はガチで竜です。人間になりません。
一の姫は凜とした美しさを、
二の姫は誰もが目を奪われる妖婉さを、
三の姫は花のような可憐さを、
四の姫は学者が舌を巻く聡明さを、
詩人達はそれぞれの姫を高らかに謳った。
……ただし、末の姫を除いて。
そばかすだらけの、赤毛の王女。
その少女が私の元に訪れていたのは五年前迄のこと。
森の奥深く、お世辞にも楽しいとは言い切れぬ場所。
そこに私は住んでいるのだが、
彼女はそんな事を気にすることなく毎日足を運んできた。
十にも満たない、それも一国の姫が護衛も付けず…
そう心配していたのは言うまでもない。
確か彼女の家族は溺愛しているのではなかったのか?
だからこそ自由にさせているのか…
いやいや放任主義にも程があるだろう、と色々考えたものの、
ただ私は彼女の相手をするだけだった。
「……またいじめられたのか、ウィーニ」
ある日、訪ねてきた彼女はボロボロと大粒の涙をこぼして。
何を言うでもなく、ただ静かに泣き続ける。
その痛ましい姿を見ていられず、私は静かに果物を差し出す。
何故、泣く娘を慰めないのか。私は口下手だからだ。
言葉で伝わらぬのなら、行動で示すしかない。
私は旨い物を食えば幸せになる、よってこの動作を行った。
女心を理解していないと言われそうだが仕方あるまい。
雌など、そもそも同種にすらここ何百年会っていないのだ。
彼女が久しぶりに話した相手となる。
それに人間なら涙をぬぐえるが、私の爪では触れてしまえば傷つく。
鱗に覆われた巨躯、鋭い牙に尖った角。
そう、私は竜なのだ、何千年もこの森に居座る。
そして彼女はこの国の末姫。もちろん人間である。
奇特な彼女は何を思ってか、
お伽噺に出てくる王子ではなく、姫を攫う竜に興味を持った。
残念ながら悪い竜はいなかったが、近くに住む私の話を聞き、
いざ出陣……と何とも軽いノリで会いに来たのが始まりである。
その話を聞いた時はこの国大丈夫か、と悩んだものだが、
毎日雨の日も嵐の日も繰り返されたならば、
この奇想天外な彼女にも慣れてしまった。
一応、天気が悪い日は来るなと叱るが聞き耳持たず。
下らぬ私の話で楽しんでくれるのは嬉しいが、
怪我をされてはと心配する私の気持ちなど知らぬのだろう。
話を元に戻そう。
今のよう、時折彼女は泣いた状態で会いに来る。
正直、非常に困惑するので勘弁してくれとは思うが邪険にはできない。
私は少なからず、彼女に好意を抱いているからだ。
でかい蜥蜴風情が何をほざいているのだろうな。
「どうして、私はこんなに醜いの。
父上も母上も姉上達も綺麗なのに。
こんな姿じゃ、お嫁さんになんてなれない」
彼女はよく家族以外の男に詰られるらしい。
赤毛やそばかすといった彼女の個性を。
容姿など年を取れば衰える、それに所詮皮一枚の話だろうに、
それをバカにするなどなんとその男共は愚かなのか。
彼女の話を聞く度、罵った醜男共を殺してやりたくなる。
ぐずぐずと鼻を鳴らす。
ああ、そんなに擦ってはだめだ。赤くなっているだろう。
慰めの言葉一つ浮かばぬ私は焦ることしかできない。
「もし、どうしても妃になりたいなら私が娶るさ。
……私はお前が好きだから」
彼女の泣き顔はひどく私の心を揺さぶる。
だから、ついうっかり本音を漏らして。
相当驚いたらしい、瑠璃の瞳は今にもこぼれ落ちそうだ。
「本当?本当に?」
「ああ、嘘は吐けぬ」
「私、不細工だよ。そばかすだらけで赤毛で」
「私もこの通り鱗だらけで目つきが悪いぞ。
気にするな。そもそも私はお前を醜いなんて思えん」
私の口説き文句にもならぬ告白に、
ぱああ、と彼女は心底嬉しそうな顔をする。
ちなみに先程の言葉は嘘ではない。
照れくさくて言えぬが、私は彼女が愛らしくてたまらないのだ。
「約束、約束よ、エリオット。
私、貴方がもっと好きになってもらえるよう頑張るから。
絶対にお嫁さんにしてね」
「……待っておるぞ」
無論、この約束は果たせぬのだろう。
私は竜だ、人になることは叶わぬ。
人を想うことはできても、愛されることはない。
きっと彼女も年ごろになれば、
容姿など気にせず愛してくれる者が現れるはずだ。
だから私はただ愛する彼女の幸福を願うだけ。
この逢瀬を最後に彼女が森を訪れることはなかった。
あれから五年の月日が経って、
最近、よくウィーニの噂を聞くようになった。
どうも彼女はとても美しい娘になったらしい。
それだけではない、
魔法の才もあり、国に大きく貢献しているのだと。
おかげで求婚者が耐えぬと耳にした。
風の便りでは近々結婚すると。
たぶん相手は隣国の王子だと囁かれている。
元々届かぬ相手とはわかっていたが、少し胸が痛んだ。
でも幸せになってくれて私は嬉しい。
そう、嬉しいのだ。彼女が愛する人間と結ばれたなら。
「……なのに、何故ここにいるのだ。ウィーニ」
にこにこと私の足下に立つ娘に問いかける。
彼女は会わぬ間にとても美しくなった。
それでも笑顔は変わらず、私は一目で気付いたのだが。
「約束通りお嫁に来ましたわ、エリオット!」
「……は?」
呆然とする私に彼女は形の良い眉を顰めた。
むすっ、と唇をとがらせ、非難めいた声で私を叩く。
「エリオット、待ってくれるって言ったじゃない!
お嫁さんにしてくれるって……」
「いや、それはどうしても嫁ぎ先が決まらなかった時の……」
今のお前なら腐るほどいるだろ?
そう返したなら、彼女は更に機嫌を悪くする。何故に。
そもそも噂の王子はどうしたのだ。
「お前は隣国の王子に嫁ぐのだろう?」
「ありえませんわ!
あんな顔だけヒョッロヒョロの貧弱王子なんて!」
「強い相手がいいなら、あの要塞国の将軍でも……」
「アイツ、まだ私が磨かれる前散々バカにしてくれましたの。
そのくせ、私が謳われるようになってからは
掌返して求婚求婚……思い出しただけで反吐が出ますわ」
ケッと荒んだ動作に驚きを隠せない私を置いて、
彼女は唯一鱗のない腹の部分へ擦り寄ってくる。
「私、ずっとずっと貴方が大好きでしたの。
醜かった私を女として愛してくれたのは貴方だけ」
「……私は竜だぞ?
それにお前が良くてもお前の家族が」
「竜と人間の夫婦なんてよくある話ですわ。
あと家族は『孫が生まれたら見せに来てね』と
温かく送りだしてくれましたわ」
今、さらっと爆弾を落とさなかったか。
彼女の発言を反芻する。おかしい、絶対におかしい。
だがマイペースな彼女は動揺する私に気付くことなく、
「私の全てを貴方に捧げます、エリオット」
花すら見とれると謳われる笑みを向けたのだった。
昔々誰にも謳われなかった王女様は、
星をも焦がれる美姫となりました。
美姫となった彼女の元には、
数多の男達が求婚しましたが、
彼女は全てを蹴り飛ばし、森の主である竜へと嫁いだのでした。
え?その後どうなったのかって?
一年も経たぬうちに国が姫の誕生に大喜びし、
十年後には森の住人が六人になっていたとさ。
そしてめでたしめでたしで物語は結ばれるのです。
ヒロインの方が男前大好き故、これからもこんな感じで。
次は一番上のお姉さんのお話でも。