視線の行く先
放課後、俺達は教室に残った。テスト前なのでほとんどの部活も休みだ。6時位まで、皆で残ってテスト勉強をしようということになった。それ自体には何の異論もなかったので、こうやって教室に残ったのは良い。机を向かい合わせに4つ固めて座る。
教室には野崎も残っていて少しドキリとする。いや、ドキリとする意味が分からん。別にやましいことなんてないはずだ。ただ、野崎達も残って勉強をする様子だ。教室の後ろの方に固まった俺達と教室の前の席で固まっている野崎たちとは距離もあるけれど、何だか落ち着かない気分になった。気を取り直そう。
「・・・っしゃ、やりますか」
各々教科書やノートを取り出す。俺は未だどの教科も手付かずなので、とりあえず英語と数学の範囲をざっくり見直そうと思い、それらを机の上に広げた。
「ガチでやろうな。あんま話とかしない感じで」
まさやんが言う。
「おっけー。無駄に笑い取っていかない感じね」
俺達も神妙にうなづく。
「んじゃ、まぁやりますか・・・」
パラパラと教科書を捲り始める。
野崎たちや、他にもチラホラ残っているクラスメイト達も目的は勉強のようで、わずかに小声で不明瞭な会話が漏れてくる程度だった。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・ふぁ・・・」
動きがあったのはツトムだった。
「・・・ふぁ、ふぁ・・・!!」
俺達はツトムの様子を伺う。
「・・・ふぁぁぁあ!!・・・・・あ、出ないわ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ごめんごめん」
不発に終わったくしゃみに、俺達はすでに興味を失い勉強を続ける。
「・・・」
「・・・」
俺は授業中に要点をまとめ、赤で書き込んだノートの記述を赤シートで隠しながら暗記していく。
するとまさやんがおもむろに顔を歪ませ始めた。
「・・・よっ・・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・よぉっ・・・よぉおおっ・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・・よぉっ・・っしゃ!!!!!!」
まさやんがガッツポーズをしながら思い切り吹き出した。
「・・・」
「・・・」
「・・・あー、悪り。花粉がやべえわ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
皆反応を返さずにシャーペンを走らせ続ける。
するとまたまさやんが顔をしかめ始めた。
「・・・よぉおおっ・・・・」
「ちょっ・・・ごめん、ごめん、まさやん」
とうとう耐え切れずに顔を上げてしまう。
「よっ・・・!!え?」
「ごめん、え?・・・え?ごめん、ちょっといい?」
「何?」
「いやいや、『よ・・・っしゃ!!!』って!!!何それ!!何それ!?」
「は?くしゃみだよ?」
それまでだんまりを決め込んで下を向いていたノブとツトムも耐え切れずに噴出する。
「どういうくしゃみだよ!!」
「・・・え?何かおかしかった?」
まさやんは怪訝な表情で答える。
「どう聞いてもおかしいだろ!『よっしゃ』て!!大体『よぉおおおお』って溜めが入るのおかしいだろ!!一本締めし始めるかと思ったわ!!」
「いや、おかしいも何もこれが俺のくしゃみだから・・・」
「つーかガッツポーズしてんじゃん!!完全に故意だろ!!」
「気持ちが入ってくからさ・・・」
「気持ちを込めるくしゃみって何だよ!?」
我慢しきれず次々と突っ込んでいく俺達の勉強はなかなか進むことは無かった。
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結局、2時間の勉強会で俺がこなせたのは英語のみの範囲の三分の一位だった。このペースではまずい。英語自体は得意な科目なので、まだ危機感は少ないが、このペースでは身につくものも身につかないだろう。
『ジェネシス』にログインすると、すぐにチャットを打ち込んだ。
『ライア: こんです』
『風巳: こん|ω・)ノ』
『シシリア: こん^^』
『♪LILI♪: こんばんは!』
『にあ: お、こんー!』
『ライア: あの、実はそろそろテスト期間で、ちょと10日位IN控えます!!』
『にあ: ありゃ』
『風巳: おkです』
『シシリア: あ、ライアさんも学生なんだ』
『♪LILI♪: シルバーさんも最近INしないから何でかなと思ってたけどそうか』
『にあ: それじゃー仕方ないですよねー。ライアさん今度俺とも狩りいこうね!』
『ライア: あ、是非是非!!』
『にあ: じゃあ今週は城攻め厳しいかもですね』
『♪LILI♪: そうですね』
『風巳: テスト頑張って下さいd(`・ω・´)b』
『シシリア: 頑張って!!』
『ライア: ありがとうございます!!じゃ、失礼します!!』
『シシリア: ノシ』
『にあ: ばいばいー!』
『風巳: (゜∀゜)ノシ』
『♪LILI♪: 頑張ってくださいー!』
皆の激励を見届けてからログアウトをする。まだOVERLOADに入ったばっかりでインを控えるのは少し気が引けたが背に腹は変えられない。
野崎もインしていなかったな。きっと野崎も暫くはインしないだろう。そう思うと少し残念な気がしたが気を取り直して俺は机の上に勉強道具を広げた。
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図書館が思った以上に込み合っていたために、私達は図書室から教室に戻ってきた。教室に残っている人たちはまばらで、それならばということで私達は教室で勉強をすることにする。それに智代が、矢野君が教室に残っているのを発見した途端にここで勉強しようと言い出したのだ。
「・・・そんなに気になるなら話しかけてくれば?」
ちらちらと教室の後ろで固まっている男子達に目を向ける智代に小声で話しかける。
「簡単に言うね志保。あの輪に入るのは無理でしょ・・・はー、昌也君かっこいい・・・」
熱烈な視線を送る智代。そんなに見つめたら好きだと宣言しているようなものだと思うけど。
「まさか『サムライ』たちまで勉強してると思わなかったー、ラッキー」
智代が嬉しそうに呟く。いつも教室の後ろで固まってお喋りをしている4人の男子。
サッカー部の矢野昌也君に剣道部の遠藤信夫君、男バレの前橋奨君。それに、部活には入っていない神谷礼君。
うちのクラスのイケメン達が徒党を組んだようなメンバーで、うちのクラスの女子からは
『サムライ』と呼ばれていた。イケメンはイケメンなんだけど軽い性格の子達では無くて、その纏う雰囲気から付けられたものだ。女子の前だと寡黙な人達で、特に神谷君はひどくて、私が話し掛けた時は目も合わせなかった。それがいいって人もいるんだろう。私はどうかと思うけど。ただ、休み時間ごとに教室の後ろで固まって、本当に楽しそうに騒いでいる姿はクラスの女子の目の保養になっている。
智代は元々1年の時から矢野君のファンでずっとキャーキャー言ってるけど、矢野君は中学の頃から付き合っている彼女がいるみたいで、そこからの進展はまるでない。
「趣旨変わってるし。せっかく奈々子が頑張ろって言ってるのにぃ。ねー、奈々子?」
甘ったるい声を出しながら里奈が奈々子の頭を撫でる。
「・・・え?」
頭を撫でられて初めて里奈に気がついたとでも言うような声を出す奈々子。
「何その気ぃ抜けた声―!奈々子が言いだしっぺなのにさぁー!うわっはっはー!!」
何が楽しいのか笑い出す里奈。っていっても里奈はいっつもこんな感じだけど。ここから更にテンションが上がると太ももを叩き出したり拍手しだしたりする。
「まさか奈々子も『サムライ』に興味津々かー!?うははー!!」
「里奈!」
奈々子が鋭い声で里奈を咎める。
「里奈、声でかい!!」
智代も慌てて里奈を制する。里奈はばつが悪そうな顔で
「ご、ごめんー」
と謝った。里奈はテンションと声の大きさが比例するので内緒話には向かない性格をしている。
『サムライ』たちは黙々と勉強を続けているようだ。皆一様にほっとする。私は何か引っかかるものを感じたのだけど、それが何か分からないまま、教科書を取り出すことにした。
「ふぁあああ・・・!!!」
教室に間の抜けた声が響き渡る。声のしたほうを見ると遠藤君がくしゃみが出そうにしている。
「・・・出ないわ」
遠藤君が呟く。他の子たちは無視だ。
「出ないのかよ!!」
里奈が小声で突っ込んだ。その後は静寂が続くかと思われた教室に、程なくまた間の抜けた声が響く。
「よぉっ・・・」
「・・・よぉっ・・・よぉおおっ・・・」
思わず声のした方を見ると矢野君が顔を歪めてこぶしを握っている。何事かと思っていると教室中に響き渡る声で矢野君が叫んだ。
「・・・・よぉっ・・っしゃ!!!!!!」
派手にくしゃみをする矢野君。綺麗なガッツポーズをしている。その様子を見て里奈が下を向いて震えだした。さっき注意されたので笑いを堪えているのだろう。手もぎゅっと固く閉じられている。いつもだったら太ももを叩き出すところだ。
『サムライ』の他のメンバーは矢野君のくしゃみに対して何のリアクションも起こさない。
いつもならきっと怒涛の突っ込みが続くのだけど、皆勉強に集中しているのだろう。
「よぉおおっ・・・!!」
だが矢野君がまた同じようなくしゃみをしようとしたので私も思わず吹き出しそうになる。
「ふひっ!」
里奈が変な声を出した。
「ちょっ・・・ごめん、ごめん、まさやん」
とうとう耐え切れなくなったのか神谷君が顔を上げる。
「よっ・・・!!え?」
「ごめん、え?・・・え?ごめん、ちょっといい?」
「何?」
「いやいや、『よ・・・っしゃ!!!』って!!!何それ!!何それ!?」
「は?くしゃみだよ?」
里奈が顔を歪める。ぎょっとして見ると声を出さずに爆笑していた。凄い芸当だ。
「どういうくしゃみだよ!!」
「・・・え?何かおかしかった?」
「どう聞いてもおかしいだろ!『よっしゃ』て!!大体『よぉおおおお』って溜めが入るのおかしいだろ!!一本締めし始めるかと思ったわ!!」
神谷君がどんどん突っ込んでいく。智代もとうとう耐え切れなくなったように笑い出した。
「いや、おかしいも何もこれが俺のくしゃみだから・・・」
「つーかガッツポーズしてんじゃん!!完全に故意だろ!!」
「気持ちが入ってくからさ・・・」
「気持ちを込めるくしゃみって何だよ!?」
神谷君の怒涛の突っ込みに私も気がつけば頬が緩んでいる。おかしくって奈々子に同意を求めようと視線を向けると、私は思わず真顔に戻ってしまった。
奈々子が微笑んでいた。
私の心臓が思い切り跳ねたのが分かる。それ位可愛らしく奈々子は笑っていた。こんなに奈々子が優しく笑うことなんてめったに無い。教室の後ろの掛け合いに笑っているのではない様な笑い方だった。
思わず奈々子の視線の先に誰がいるのか探る。
・・・奈々子の視線は神谷君に注がれていた。
何だかリアル話ばかり書いていますが、次話からオンラインがメインの内容になると思います。
お気に入り登録して下さっている方が思ったより居て驚いています。
ありがとうございます。