外側からの風景
朝のHRが終わって、教室が再び騒がしくなる。教室の後ろでは男子が騒ぎ出し、教科書を取り出す紙のこすれあう音があちらこちらから聞こえてくる。
机から上半身を乗り出して、肩を叩く。前の席に座る、奈々子がこちらを振り向いた。
「奈々子、テスト勉強はかどってる?」
「え?・・・うん、はかどってるよ」
奈々子が少し微笑みながら言う。嘘だ。奈々子は普段から無表情で、愛想笑いなんてものはほとんどしない。そんな奈々子はクラスの男子からはとっつきにくいと思われているらしい。まるで見る目がない。私が男だったら奈々子みたいな女の子、絶対にほっとかない。
「そう?今回範囲広めだから厳しいよね」
「そうだ・・・ね、ちゃんとやらなくちゃね」
無表情を装ってても私には分かる。今の私の発言を受けて途端に不安になってる。勉強しないと駄目かな?って考えてる。ほんと素直。
「・・・志保は?」
奈々子が尋ねてくる。視線を逸らしてるのは後ろめたいからだろう。可愛いやつめ。
「んー、あんまやってない。ってかまだ10日位あるし、大丈夫でしょ」
「そっか・・・」
ふっと表情が緩む。良かった、まだ大丈夫だよねって思ってるんだろう。あまり苛めるのも可哀想だから、これ位にしておこう。
それにしても。私は心の中で独りごちる。ここ数日の奈々子の行動の理由は何なのだろう?
3日ほど前から様子がおかしい。放課後に教室に戻ってきたと思ったらふにゃふにゃになってたし、次の日は凄い不機嫌で、今日来てみれば目に見えて上機嫌だし。って言っても私達位しか分からないだろうけど。
学校から真っ直ぐに家に帰りたがるのも、テスト勉強をしたいからだと思っていたけど、そうじゃないみたいだし。
・・・普通、考えられるとしたら、男絡みなんだけど。1年の時に奈々子に告白して散っていった人数は、私が把握してるだけで4人もいる。奈々子は相手のことを考えて、絶対にそれ関係の話を自分からは喋らないから、もう2~3人はいるんじゃないかと踏んでいる。
それでも、奈々子はかなり恋愛に関して不器用だから、話したこともない相手と付き合うなんて考えもしないはず。でもこの数日を振り返ってみても、奈々子が男子と仲良さそうに話している場面なんて無かったし。
「・・・志保?」
奈々子の怪訝な声にはっとする。
「あはっ、奈々子に言われて改めてテストどうしよーって思っちゃった」
「・・・今日図書館で勉強しようか?里奈と智代も誘って」
「あ、いいね、それ」
奈々子ってばホントに優しい。こんなに可愛いんだから、彼氏できないのホントおかしいって思う。実際、文化祭に来て奈々子を見て一目ぼれした中学の同級生を、奈々子に紹介したこともあった。でも奈々子はメールもすごい素っ気無いし、遊びに誘ってもなんだかんだとかわされてしまったらしく、そいつはすっかりしょげかえってた。私は奈々子が可愛くて仕方ないし、いい恋愛もいっぱいして欲しいけど、本人がなかなか乗り気にならないのだからしょうがないと思ってた。
でももし奈々子に好きな人が出来たんなら・・・私は精一杯応援してあげたい。
元々奈々子と私は1学年で同じクラスだったけど、最初はまったく絡みなんてなかった。
奈々子は最初凄い地味で、全然喋らなかったからどのグループにも属してなくて、何となく浮いてた。私は最初から何人かの子たちとつるんでたけど、何だか凄い奈々子のことが気になった。すごい無表情なわりに、心細くて泣きそうな顔に見えたから、ほっとけなかった。
席替えをして奈々子と席が近くなったのをきっかけに、私はどんどん奈々子に話しかけていった。メルアドも交換して、休み時間も話すようにした。私は自分で言うのもなんだけど見た目思い切りギャルだし、奈々子は戸惑ってたけど、懲りずに話し掛けてるうちに警戒も解いてくれた。私が日ごろつるんでいた里奈と智代とも少しずつ話すようになって、奈々子は見た目も私達に合わせるようになっていった。・・・っていうか私達が奈々子の服装をどんどん変えていったんだけど。奈々子がすっかり垢抜けた頃、ようやく奈々子の可愛さに気づいたバカ男子達が騒ぎ出したけど、私はそのバカさ加減にイライラした。奈々子に関心のある奴らのほとんどは、地味だった頃には奈々子を見向きもしなかった奴らなのだ。
見た目は確かに派手になったかもしれないけど、奈々子の性格は全然変わってないし、言葉少なだけど擦れてるわけじゃないし、まして男子に媚びてるわけじゃない。
奈々子の変化を「男が出来た」だの「遊んでる」だの好き勝手抜かしてたデリカシーゼロ野郎が奈々子に告白しようとしていたのを知ったときは私達3人が全力で潰してやった。
学年が変わって、また4人とも同じクラスになったとき、一番喜んでいたのは奈々子だった。私達も教師の采配に感謝した。私達みたいなギャルは、同じクラスにわざと固めておくのが定石なのかもしれない。そこに奈々子を加えてくれたことに感謝した。
奈々子は私達にとって、可愛い可愛い秘蔵っ子だ。4人で居る時に羽目を外したり、大声でキャッキャと笑う奈々子を見ていると私達3人は胸がキュンキュンして堪らなくなっているのを、奈々子自身は知らない。
仕方が無い。奈々子が私達に話してくれるのをゆっくり待とう。私はそう結論付けた。
・・・悪い虫がついてるんじゃないといいけど。まぁ、その時はその時だし。
「よしよし」
奈々子の頭を撫でるとますます怪訝な表情になる。
「・・・何?」
その様子に気づいて里奈と智代も寄ってくる。
「よしよし」
「よーしよし」
「何!?何!?」
必死で頭を隠す奈々子を3人でなで繰り回してあげた。
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朝のHRが終わると誰が誘うわけでも無しに、自然と教室の後ろへと集まる。
「なぁ、礼ちゃん。勉強どこまで進んだよ」
最後にやってきた礼ちゃんに話を振ると、何故か目を見開いた後下を向く。ややあって、ためらいがちに顔を上げた。
「・・・やっ・・・てない」
「「「ええええ」」」
その場にいた全員で非難の声を上げる。
「え、だって礼ちゃん、ここの所即行で家帰ってたっしょ!?」
ノブが思わず礼ちゃんに突っ込んだ。
「いや、うん、帰ってたけど。ゲームしてた」
「うわ!!出た!!またネトゲ!?」
「そろそろ勉強しとけって、今回数学範囲すげー広いぞ」
ツトムが呆れ顔で言う。
「今日から!!今日からやるから!!」
礼ちゃんが慌てて宣言しだす。周りの奴らが勉強してると途端に不安になんだよなこいつ。
「うーん、そっか。俺も今日からやるかな」
思わずそう呟く。
「そうだな。まぁ俺も今日から頑張るわ」
ツトムが頷く。
「俺は明日からでいいや」
ノブがやる気なさげに宣言した。
「・・・え、ええええええー!?」
間延びした叫びが響き渡る。
「え、何?礼ちゃんどうした」
「いやいやいや、おかしいでしょ、完全に今俺だけ勉強してない流れだったじゃん」
「何なに、何か釈然としなかった?」
「釈然としなかったねえ!!お前ら全員勉強してねーじゃねーか!!何だよ、俺「・・・し・・・てない・・・」みたいなリアクションしたけど全然セーフじゃん!!すげー不安に駆られてたんだけど!!」
「・・・え、何々、どれ位?」
「は!?」
「どれ位の不安に駆られてたの?」
ニヤニヤ笑いながら礼ちゃんを見つめる。ノブもツトムも下を向いて微動だにしない。
礼ちゃんがぐっと詰まる。俺のほうを睨み付けながら必死の形相だ。
「<はじめてのお使い>位だよ!!」
「ぶっ」
ノブが噴出す。ツトムも肩を震わせて耐えていたが、やがて噴出した。
「・・・っし!!」
礼ちゃんがガッツポーズをしてからはっとしたように突っ込んだ。
「・・・いや、まさやん!!今その流れじゃねーだろ!!」
『振りが来たらボケきる。かつ、誰かを笑わせる』
これが俺達の暗黙の了解だった。部活もバラバラだし、1年の時同じクラスだったのは礼ちゃんと俺だけ。2年になってノブとツトムと絡むようになったのも、笑いのツボが近いからだろう。
それでも俺達は礼ちゃんに話を振ってボケさせるのがパターン化していた。礼ちゃんはいじってナンボだと思っている。
高校に入って、初めて礼ちゃんを見たときの印象は「暗くて、ガード固い」だった。礼ちゃんはクラスでは目立つほうだった。やたら足はえーし、勉強も出来るし、イケメンだしで、当初はクラスの女子からも注目されていた。でも、傍から見てて、「いやいや、お前それはねーだろ」って思わず突っ込みたくなる位、女子に対する反応が冷たかった。目は合わせないし、微笑みもしないし、その場をすぐ離れるし。<何かよく分からないけど感じ悪いし、怖い>っていうイメージが定着するのにそんなに時間は掛からなかった。
でも、俺らに対する反応は全然普通だし、まだガードは固いなって感じだったけど話してくうちにちょっと羽目外すようなことも言うようになって、それを聞いてたら「おっ?」って思うことが多くて、自然と一緒にいるようになった。
そんで話してくうちに気づいた。礼ちゃんは本当にちぐはぐな奴なんだ。まず自己評価がかなり低い。自分に対する女子の反応が悪いのも完全に自分の態度のせいなのに、「自分が不細工だから」だと思ってる。入学当初キャーキャー言われてたのにまったく気がついてない。完全にバカ。女子に対する素っ気無さも「自分と話しててつまんないと思われたら怖いから遠慮してる」らしい。あの態度が遠慮!?気を遣ってる!?完全にバカ。
何か<手札に最高のカードがそろってるのに自分ルールでどんどん切っていってカスにしてる>って感じのバカさ加減だった。しかも俺らが散々指摘しても理解できない。何か過去にトラウマでもあったの?って位、歪んだ物の見方をする。
ここだけの話、2年になってから礼ちゃんが好きになった高倉さんも、思いっきり脈があった。脈があったくせに礼ちゃんが高倉さんを前にテンパって、避けるような態度を取り続けた所為で、高倉さんは優しくて気が利くことで評判のサッカー部の小野寺と付き合いだした。過ぎた話だし蒸し返すつもりもないけど、完全に礼ちゃんはバカ。
そんな礼ちゃんを見てるとドン引きしつつも、何だかほっとけないような気持ちになるのも事実だ。たまに本気で殴りたくなる位煮え切らない奴だけど、悪い奴じゃない。
ただ、救いようもないくらいちぐはぐなんだ。
俺らの前では思いっきり笑って、ボケて、楽しそうにしてる礼ちゃんを見ると、「いや、それ女子の前でやれよ!!イチコロだぞ!!」って思わず言いたくなるけど、まぁ、いいか放っておいても。
それに最近はよっちゃんと仲が良いみたいだ。よっちゃんは不思議な子で、あの礼ちゃんが最初から普通に話してた。俺らは度肝を抜かれた。俺らの中では礼ちゃんは警戒心の強い野生の動物レベルだったから、一時期はよっちゃんかムツゴロウか、位の評価だった。
でも良く見てたらよっちゃんはかなり頑張って話しかけてることが分かった。俺らはニヤニヤしながらそれを眺めることにした。礼ちゃんに春が来るのもそう遠くは無いだろう。
「・・・まさやん」
「あ?」
「今どこいってたの?」
どうやら完全にぼーっとしてたらしい。
「ごめん走馬灯見てた」
「まさかの臨死!?このタイミングで!?」
全員で笑いながら思う。この救いようの無いちぐはぐ野郎に、どうかいいことがありますようにと。
リアルの方も固めていきたいと思います。
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