友人たちとの会話
さっきまでの自制心はどこにいったのか、次の休み時間、俺は気がつけば野崎を見つめていた。慌てて視線をそらしても、どうしても野崎のことが気になる。だが野崎はいつも行動をともにしているグループの女子達とわいわい喋っていて、こちらをちらりとも見るそぶりがない。さっきまでとはまるで逆だ。
「神谷、お前ギャルっぽいからあそこら辺のグループ苦手とか言ってなかった?」
後ろの席の石田が決して周りには聞こえないように声を潜めながら話しかけてきた。
お前寝てたんじゃないのかよ。そのまま寝ててくれて良かったのに。
「・・・何が」
「いや、お前さっきからあっちチラチラ見てるから」
それは完全に挙動不審だな。もう見ないようにしよう。
「何なに、神谷っち。仲良くなりたい子でもいるの?協力してあげようか?」
気がつけば俺は前と後ろから口撃を受けていた。
「・・・よっちゃん。それはない」
鋭すぎる質問なので天邪鬼に返しておこう。前の席から身をよじらせて話しかけてきたのは大野良美。通称よっちゃん。何と言うか歩くとプニップニッって音がしそうな女の子だ。誤解のないように言っておくとよっちゃんは別にふくよかではない。何か、イメージがそんな子なのだ。いつもニコニコしててなんかよくわかんないけど幸せそう。高校2年だっていうのに身長が150位しかない。そんなよっちゃんは、何故か席が前後になった時からやたら振り返って俺に話しかけてくるので、人見知りである俺ですら、気がついたらこの子を「よっちゃん」と呼ぶようになっていた。再び誤解のないように言っておくと、恋愛感情を持っているわけではない。俺にとってはクラスの中でも気兼ねなく話せる数少ない貴重な女子なのだ。
「よっちゃん、こいつにそんな気回す必要ないから!!」
石田がやや早口で言う。よっちゃんはなんていうか、誰しもが自然とよっちゃん、と呼びたくなるような雰囲気を持っているのだ。別に俺だけが男子の中でこの子をよっちゃん呼ばわりしているわけじゃない。むしろ、男子からも女子からもよっちゃんって呼ばれているのだ。ただ、石田の場合はちょっと事情が違う。こいつ、よっちゃんにベタ惚れなのだから。
「だって神谷っち女の子と全然話さないでしょー?男の子たちの輪の中だと凄いはちゃけてるとことか見るけどさー。・・・女の子に興味ないの?」
「よっちゃん、俺の名誉のために言わせて貰うけど、女の子は大好きだよ」
たまらず答える。よっちゃんは若干天然入ってる。石田いわく尚良し、らしい。
「そういえば神谷ってどんなのがタイプなんだ?」
石田、会話をつなげて行きたいのは分かるけど、もうこの話題良くないか?よっちゃんもすげー食いついてきてるけど。俺そんなテンションじゃないよ。
「・・・あー。タイプ・・・。タイプか・・・何だろ、あんま考えたこと無い・・・」
「何それ神谷っちぼんやりしすぎ」よっちゃんが楽しそうに笑う。
よっちゃんだってほんわかしすぎだぞ。あ、これ突っ込みでも何でもないや。石田お前息止まってるぞ生きろよ。
「・・・やっぱ可愛い子かな」
「えー!神谷っち面食い?」
よっちゃんが眉を潜める。石田、いいんだぞお前は息をして。顔まっかっかじゃねえか純情か。
「いや、顔っていうか・・・雰囲気とか・・・そういうの。私服が可愛いとか?」
「ええー?よくわかんないけど、神谷っち女の子の服装にこだわりとかあるの?」
「うん。わりとシンプル目でさ、ロングスカートとか履いても野暮ったく見えない子とか
オシャレだよね」
「・・・神谷っち、そういうとこ見るんだ。意外・・・」
よっちゃん。君は俺をどんな人間だと思ってるんだ。
「確かに神谷って服のセンスいいよな。こいつの私服見たことある?よっちゃん」
「え、無いよー!神谷っちそんなにオシャレなんだー?見たいー!」
石田お前俺を餌によっちゃんを釣ろうとしてないか?よっちゃんはまたキラキラ目を輝かせるしそれを見て石田は蕩ける寸前だし何かもう二人だけで話せばいいのに。
どうにかして話題の中心を自分からずらそうと奮闘する。
「よっちゃんも私服とかこだわってそうだよね。・・・何かあれだわ。森ガールって感じするもん」
・・・我ながら適当すぎるな。森ガールって言っとけば何とかなるみたいな。でも系統としてはよっちゃんはそっち系統な気がするんだわ。歩くと音がしそうだしね。
「えー?私は特にこだわりはないなー?でもロングスカートね!今度挑戦してみようかなー!」
「あ、持ってないの?」
「うん、ロングスカートを着こなすよ私!」
いつからそんな話になったのかよく分からんけど、よっちゃんが楽しそうで何よりだ。
何か石田がさっきからおとなしいな。お前せっかくよっちゃんと話せるんだからもっとがっついてこうよ。俺は他人のこととなると俄然強気になれるタイプだった。要はひとでなしだった。
ちょうどチャイムが鳴って皆が席に付きだす。
「今度神谷っちの私服見せてよー」
よっちゃんがそう言って来たので俺は得意の<肯定とも否定とも捉えにくいけど何となく場は持つ愛想笑い>を放ってその場を強制的にお開きにした。あそこまでハードル上げられて私服は見せられねーよ。
それから結局放課後が過ぎても、俺と野崎の視線が合うことはなかった。でも、休み時間の野崎の発言が頭から離れなかったので、若干早足で帰路に着く。すると家まであと10分といったところで、携帯が震えた。間髪いれずに取ると、野崎からのメールだった。題名にはスカイプIDらしきものが書かれている。本文を読むと
「スカイプIDです。登録しておいて」と書いてある。
ダッシュで家まで帰り自室に入ると、まっさきにパソコンの電源を入れた。ほとんど使わなくなっていたスカイプを起動する。コンタクト追加にメールのIDを入力するとコンタクトの中に「奈々子」が表示された。「?」のままなのでまだ相手方には承認されていないようだ。まだ帰ってないのかもしれないな、と思った瞬間だった。
「?」マークが消え、同時にチャットが送られてきた。
『相変わらず家帰るの速い』
いや野崎、お前人のこと言えないだろ。
オフライン描写でもう1話くらい使いそうです。早くオンラインの話も書きたいです。